The Three Sounds

彩女莉瑠

文字の大きさ
上 下
6 / 51
第一音

第一音⑥

しおりを挟む
「お疲れ様、大和くん」
「大和、お疲れ」

 二人は大和の方を向いて言う。大和は興奮冷めやらぬ様子で、矢継ぎ早に口を開いた。

「三人ともスッゲーな! こう、音の洪水って言うか、やっぱり去年の文化祭の時も思ったけど、生音の圧力って言うの? スッゲーわ!」
「ありがとう」

 大和の言葉に琴音がふんわりと微笑んで答える。カノンはと言うと、自ら使ったドラムセットの片付けを行っていた。大和はそんなカノンの傍へと行くと、

「なぁなぁ、カノン。コメントにもあったけど、大会とかは出ないのか?」
「大会? 何の話?」

 カノンは片付ける手を休めることなく大和へと返答する。大和はカノンへ自分のスマートフォンの画面を、ほれ、と言って見せつけた。そこには先程の、夏のガールズバンドの大会について触れたコメントの、スクリーンショットが映し出されていた。
 それを見たカノンは先に楽器の片付けを終えてカノンの手伝いをしていた鈴を呼んだ。

「すーずー! 大和がスクショしているこのコメント、何のことだか分かるー?」
「えー?」

 鈴も片付けの手を止めると大和のスマートフォンの液晶画面を覗き込んだ。

「……、わかんない。帰りに調べてみる」
「頼んだ、鈴」
「カノンちゃん、鈴ちゃん! 時間、過ぎちゃう!」

 琴音からの言葉に二人は、ヤバっ! と言うと急いで残りの片付けを行うのだった。

 それから無事に時間内で片付けを終えた三人は、大和と共に音楽スタジオを後にした。スタジオから出た瞬間に四人の頬を五月の爽やかな風が撫でる。日の入りの時間が近いため、ビル群の向こうに見える西の空は燃えるような赤へとゆっくりと変化していくのだった。
 四人はそのまま真っ直ぐ地下鉄の駅へと向かう。ICカードを使って改札を抜けると、人の列へと並んで地下鉄の電車を待つ。そんな中鈴がスマートフォンを取り出して何やら検索を始めた。

「見付けた。カノン、琴音、これ見て」
「なになにー?」

 鈴にスマートフォンを突きつけられた二人が液晶画面を覗き込んだ。そこには『ガールズバンドコンテスト』と大きな文字で見出しが躍っている。

「これ、さっき大和が見せてくれた、リスナーが言ってた大会?」
「多分」
「高校生限定で、ガールズバンドが対象のコンテストって書いてあるね」
「なんか、面白そうじゃない?」

 三人はキャッキャッと楽しそうに会話を弾ませていく。どうやらこの大会への出場に前向きなようだ。

「じゃあ、このサイト、二人にも送るね!」

 鈴はそう言うと手慣れた様子でカノンと琴音へコンテストの詳細ページを送った。メッセージを受け取った二人はそれぞれ自分のスマートフォンを取り出し、その画面を見つめようとする。

「三人とも、そろそろ電車、来るよ」

 コンテストの詳細ウェブサイトを見ようとしていた三人へ大和が声をかける。確かに駅のホームには間もなく電車がホームへ到着する旨を、駅員のアナウンスが告げていた。
 四人はホームに滑り込んできた地下鉄に乗った。帰宅ラッシュの電車内に座れる席などもちろんなく、四人は扉付近で立って再び自分のスマートフォンの画面を見つめる。

 ガタンゴトンと揺れる電車の音以外、物音や話し声がしない車両の中では四人以外の大多数の乗客が、四人同様にそれぞれスマートフォンを眺めている。それはどこか異様な光景なのだが、これが当たり前の日常になっている四人はその異様さに気付かない。
 地下鉄に乗って数分で四人は電車の乗換駅に到着した。この駅で多くの乗客が吐き出され、電車内の静寂が嘘のように人々の喧騒が戻ってくる。まるで今まで息を止めていたかのように呼吸を始めた駅のホームの、喧騒の中に四人も降り立ち、改札を抜けてから地上へと続くエスカレーターに並んだ。そこでようやく大和が口を開く。

「さっき話していた大会、出る気なの? 三人は」

 大和の問いかけを受けた三人は互いの顔を見やった。三人は先程の地下鉄の電車内で、ガールズバンドコンテストの募集要項について黙読していた。
 そこには予選があり、その予選は映像審査であること、その予選を通過したバンドだけが、本戦会場となる都内へと行けることになることなどが書かれていた。また、応募については学校側の許可も必要であることも書かれている。

「本選にもし行けちゃったら、都内まで行かないといけないんだよね?」
「そうみたい」
「都内かぁー。地方民には遠い場所だよね」

 三人はそれぞれに口を開いた。
 そうなのだ。カノンや琴音、鈴の住んでいる地域は地方のため、東京まで行くとなると夜行バスや新幹線を使うことになる。毎月のスタジオ練習台でお小遣いが火の車の三人にとって、都内まで行くための交通費を捻出するすべが思いつかないのだった。

「これは一度、ママに相談かなぁ……」

 鈴の言葉にカノンと琴音も異論はない様子だ。そんな会話を聞きながら大和は、

(こっそり出すだけ、出しちゃえばいいのに……)

 そんなことを思っているのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】ぽっちゃり好きの望まない青春

mazecco
青春
◆◆◆第6回ライト文芸大賞 奨励賞受賞作◆◆◆ 人ってさ、テンプレから外れた人を仕分けるのが好きだよね。 イケメンとか、金持ちとか、デブとか、なんとかかんとか。 そんなものに俺はもう振り回されたくないから、友だちなんかいらないって思ってる。 俺じゃなくて俺の顔と財布ばっかり見て喋るヤツらと話してると虚しくなってくるんだもん。 誰もほんとの俺のことなんか見てないんだから。 どうせみんな、俺がぽっちゃり好きの陰キャだって知ったら離れていくに決まってる。 そう思ってたのに…… どうしてみんな俺を放っておいてくれないんだよ! ※ラブコメ風ですがこの小説は友情物語です※

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

【完結】キスの練習相手は幼馴染で好きな人【連載版】

猫都299
青春
沼田海里(17)は幼馴染でクラスメイトの一井柚佳に恋心を抱いていた。しかしある時、彼女は同じクラスの桜場篤の事が好きなのだと知る。桜場篤は学年一モテる文武両道で性格もいいイケメンだ。告白する予定だと言う柚佳に焦り、失言を重ねる海里。納得できないながらも彼女を応援しようと決めた。しかし自信のなさそうな柚佳に色々と間違ったアドバイスをしてしまう。己の経験のなさも棚に上げて。 「キス、練習すりゃいいだろ? 篤をイチコロにするやつ」 秘密や嘘で隠されたそれぞれの思惑。ずっと好きだった幼馴染に翻弄されながらも、その本心に近付いていく。 ※現在完結しています。ほかの小説が落ち着いた時等に何か書き足す事もあるかもしれません。(2024.12.2追記) ※「キスの練習相手は〜」「幼馴染に裏切られたので〜」「ダブルラヴァーズ〜」「やり直しの人生では〜」等は同じ地方都市が舞台です。(2024.12.2追記) ※小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ノベルアップ+、Nolaノベルに投稿しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

俺たちの共同学園生活

雪風 セツナ
青春
初めて執筆した作品ですので至らない点が多々あると思いますがよろしくお願いします。 2XXX年、日本では婚姻率の低下による出生率の低下が問題視されていた。そこで政府は、大人による婚姻をしなくなっていく風潮から若者の意識を改革しようとした。そこて、日本本島から離れたところに東京都所有の人工島を作り上げ高校生たちに対して特別な制度を用いた高校生活をおくらせることにした。 しかしその高校は一般的な高校のルールに当てはまることなく数々の難題を生徒たちに仕向けてくる。時には友人と協力し、時には敵対して競い合う。 そんな高校に入学することにした新庄 蒼雪。 蒼雪、相棒・友人は待ち受ける多くの試験を乗り越え、無事に学園生活を送ることができるのか!?

処理中です...