モノクロ怪奇譚

彩女莉瑠

文字の大きさ
上 下
13 / 21

四⑤

しおりを挟む
 僕はそんな章子の身体を抱きしめながら耳元で語りかけた。

「今日は、章子の仕事はお休み、だよ」
「え?」

 章子は僕の言葉が理解出来ていない様子だった。そんな章子に僕はにっこりと微笑むと、力一杯章子の細い身体を抱きしめる。
 まるで、章子の魂が他のどこにも行かないように、この世にとどめるかのように。

「おはようございます!」

 そうしていると玄関から何人かの人の気配と女性の声が響いた。来客の予定など知るよしもない章子が驚いて、玄関へと向かおうとするのを僕は止める。

「言っただろう? 今日は章子の仕事は全部なしだ」

 僕の言葉に章子は目を大きくする。そんな章子ににっこり微笑みを残して、僕は玄関へと向かう。そうして大切な来客である数人のご婦人方を家の奥へと案内する。

「お忙しいところ、ありがとうございます」
「いいんですよ! おめでたいことは私たちも大歓迎ですから! ねぇ? 皆さん?」
「えぇ!」
「助かります」

 そんな話をしながら僕は、ご婦人たちに呆然としている章子を紹介する。
 紹介を受けた章子は訳も分からず自己紹介をした。その様子を見たご婦人が、

「あらあら、まぁまぁ。この子がお話に出ていらした?」
「はい、妻の章子です」
「本当に、なんと可愛らしいお嬢さんかしら! では早速、取りかかりましょうか。章子さん、こちらへ」
「え?」

 きっと章子は今、目の前で突如起こっている出来事に全くついて行けていないだろう。先程から口をパクパクさせ、何度もまばたきをしている。
 僕はそんな章子へ笑顔で声をかける。

「行っておいで、章子。悪いようにはしないから」

 僕のこの言葉に章子は少し不安そうな表情を残して、隣の部屋へとご婦人たちと共に消えていった。残った僕も準備に取りかかるのだった。
 それから準備を終えた僕は、声をかけられるまでソワソワとしていた。落ち着きなく部屋の中をうろうろとしてしまう。そうしていると、

「島崎さん、用意、出来ましたよ」

 隣の部屋へ章子と共に消えていったご婦人の一人が僕へと声をかけてくれる。僕はすぐに部屋の出入り口へと目を向ける。
 そこに現れたのは、化粧を施された白無垢姿の章子だった。僕はその章子の美しさに息を飲む。
 白無垢姿の章子は僕に視線を投げると、

「直哉さん、これは……? 直哉さんのその格好……?」

 疑問符だらけと言うような章子へと、僕は説明をする。
 僕たちは祝言しゅうげんを挙げてはいない。いや、挙げられなかったと言った方が正しいだろう。しかし章子は年頃の娘である。いくら口では祝言を挙げなくても平気だと言ってはいても、やはり章子にも祝言への憧れはあるに違いない。
 それに何より、僕自身が章子の白無垢姿を見てみたかったのだ。そこまで説明すると章子の美しい切れ長の瞳が揺れる。

「祝言とはいかないけれど、写真でも撮って記念にしようと思ってね」
「直哉さん……」

 僕の言葉に返す章子の声が震えている。その目元にはキラキラと涙が光っていた。僕はそんな章子へ苦笑をすると、

「せっかくの綺麗な化粧が取れてしまうよ?」

 そう言って章子の目元をそっと拭った。
 その後すぐに写真屋がやってきた。僕と章子は、僕たちのお気に入りの小さな庭へと出ると、そこで終わりかけの梅の花と共に写真を撮って貰うのだった。



 そうして梅の季節は終わっていく。章子は少しずつ身体を起こすことが辛そうになっていった。それでも僕のために家のことをやろうと無理をする。僕が章子に寝ているように言っても、章子は僕に笑顔を向けて、

「私は、病気ではありませんから」

 そう言ってがんとして家事を行うのだった。
 それでも心配な僕は、何人かの医者を呼び章子の身体を看て貰ったのだが、

「至って健康ですね。何の問題もありません」
「問題はないですね。何故奥様が辛そうなのか、原因は分からないです」

 そう言われてしまう。
 医者の診断が降りるたび、章子は僕に微笑んでから、

「ね? 私の身体は何ともないでしょう?」

 そう言うのだった。
 そう章子に言われても、僕は納得が出来ない。白黒の髑髏は見えない。医者も章子本人も大丈夫だという。だけどこれは、僕の勘のようなものなのだが、この嫌な感じは常に僕につきまとい、章子の命が残り少ないことを示しているかのようなのだ。
 僕は章子へと問う。

「章子、僕に出来ることは何かあるかい?」

 そのたびに章子は微笑んだまま口を開く。

「直哉さんは直哉さんのままで。そのままで、大丈夫ですよ」

 その微笑みは日ごとに細くなり、儚さが増していく。その笑顔を見るたびに、僕には章子にしてやれることが皆無なのだと、思い知ることになるのだった。
 そうして桜の季節が始まる頃には、章子は寝床から起き上がれなくなっていた。僕は慌てて医者を呼び、章子の身体を看て貰う。

「以前にも申し上げましたが、奥様のお身体に、悪いところはないように見受けられます」
「もっとちゃんと看てくださいよ! あなた、先生でしょうっ?」
「そう言われましても……」

 そう言って頭を掻く医者の胸ぐらを、僕は掴む勢いで章子の様子をもう一度看て貰えないか頼み込む。しかしそんな僕の様子を見ていた章子が、

「やめて、直哉さん。私、本当に病気ではないの」
「しかし章子……」
「私は多分、疲れているのね。だから大丈夫ですよ、直哉さん」

 しかし僕は、そんな章子の言葉に納得がいかない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】捨ててください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。 でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。 分かっている。 貴方は私の事を愛していない。 私は貴方の側にいるだけで良かったのに。 貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。 もういいの。 ありがとう貴方。 もう私の事は、、、 捨ててください。 続編投稿しました。 初回完結6月25日 第2回目完結7月18日

新しい道を歩み始めた貴方へ

mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。 そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。 その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。 あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。 あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?

猫の私が過ごした、十四回の四季に

百門一新
キャラ文芸
「私」は、捨てられた小さな黒猫だった。愛想もない野良猫だった私は、ある日、一人の人間の男と出会った。彼は雨が降る中で、小さく震えていた私を迎えに来て――共に暮らそうと家に連れて帰った。 それから私は、その家族の一員としてと、彼と、彼の妻と、そして「小さな娘」と過ごし始めた。何気ない日々を繰り返す中で愛おしさが生まれ、愛情を知り……けれど私は猫で、「最期の時」は、十四回の四季にやってくる。 ※「小説家になろう」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。

愛する人が妊娠させたのは、私の親友だった。

杉本凪咲
恋愛
愛する人が妊娠させたのは、私の親友だった。 驚き悲しみに暮れる……そう演技をした私はこっそりと微笑を浮かべる。

処理中です...