モノクロ怪奇譚

彩女莉瑠

文字の大きさ
上 下
2 / 21

しおりを挟む
 気がついた時、僕は見知らぬ場所に倒れていた。もぞもぞと上体を起こした僕は眼前の景色に、はっと息を飲んだ。
 夜空を背景にした満開のソメイヨシノの大木。僕はその大木の下に居たのだ。ソメイヨシノの花弁は、月明かりを反射しているのか淡く美しく、しかし怪しく輝いている。時々ひらりひらりと輝く花弁が降ってくるのだった。
 そんな景色に魅了されながら僕は、

「ここに、酒がないことが残念でならないな……」

 そう独りごちる。
 しばらく眼前の大木に魅了されていた僕だったが、自身の両足で立ち上がる。服についた土を払ってから後ろを振り向くと、見たこともない絶景に再び息を飲むことになった。
 それは満開のソメイヨシノが桜並木となって道の両脇をいろどっている様子だった。先程の大木同様、そのソメイヨシノたちの花弁はやはり淡く輝いている。
 頭上を見上げると、上弦の月がぽっかりと浮かんでいた。

(このような自然の美しさが見られるとは。死にくことも悪いことではないな)

 僕はそう思うとゆっくりとこの桜並木を歩き始めた。
 どこまで続いているのか、どこへ続いているのか、全く分からないその道は、しかし着実に僕を死へといざなっているようだった。自らの足で、僕は死へと歩いて行く。

 そうして歩みを進めていると、遠くにこの美しい景色には異色の白い人影らしきものが立っているのが見えてくる。
 その人影らしきものは、一本のソメイヨシノの下に立っていた。僕はその様子を不審に思いながらも、少しずつ距離を詰めていく。

 距離を縮めたことで、僕は一つのことに気付いた。
 この人影は白の角袖外套かくそでがいとうを身につけていたのだ。しかしその顔はどれだけ近づいてもはっきりとはしない。まるで自分の目に、写真機で使われているフィルターがかかっているかのようだった。

 僕はそのことを不思議に思いながらも、その人物の傍を通り過ぎようとした。その間、白い外套を身につけた人物はじっと僕を見ているようだった。

 その視線は、少々痛い。

 僕はさっさとこの人影の前を通り過ぎようと歩みを早める。そしてその真横に来た時だった。目の端に映るその人物の口端が、にやりと上がったように感じた。

(何なのだ?)

 僕は少々不気味に思いながらも、その横を通り過ぎようとする。その瞬間だった。



 シャラン……!



 大量の鈴の音が響いた。
 僕が音のした方を確認しようと首を巡らせた時だった。

(え?)

 にんまりと笑っているような白い影の気配を感じながら、僕は意識を手放していた。



 そうして再び意識を取り戻した時、僕は見知らぬ天井を見上げていた。

(ここは……?)

 先程までの桜の絶景に比べると、簡素で殺風景なこの場所は、僕を少しずつ現実へと引き戻していくようだった。

「あら? 目が覚めたのですね。すぐに先生を呼んで参ります」

 高い声が僕の頭上から降ってきた。そこへ目をやると、白衣を着た女性が僕へと声をかけてきたようだ。

(もしかして、ここは、病院……?)

 ぼんやりと僕がそう思っている間に、女性は席を外した。
 僕は身体を起こそうと試してみたのだが、

(痛い……)

 全身に痛みが走って思うように動かせない。僕は仕方なく視線だけで周囲を見回す。
 両隣には寝台が置かれており、その上には患者らしき人物が眠っている。
 僕は右側の患者を見た。そしてその患者の肩の辺りにある、白黒の髑髏されこうべの姿に目を丸くする。

(何なのだ? あれは)

 僕が疑問に思って、その白黒の髑髏を凝視している時だった。

「目が覚めたようだね。自分の名前は分かるかい?」

 白衣に身を包んだ医者らしき人物が僕へと問いかけてきた。僕は隣から白衣の人物へと視線を移して答える。

島崎しまざき直哉なおやです……」
「意識はしっかりしているようだね」

 医者は診察簿に僕の様子を書き込んでいく。それから再び僕の方を見ると、

「君は、列車が来る線路へと飛び込み、ここに運ばれたわけだが、その辺りのことは覚えているかい?」
「……。じゃあ、僕はまだ、生きているんですか?」
「そう言うことになるね」

 僕の問いかけに、医者はしっかりとした声音で答えてきた。
 どういうわけか、僕は現世へと戻ってきたようだった。戻ってきて一つ気になることと言えば隣の患者だった。その肩の上に陣取っている白黒の髑髏の存在だけが不思議でならなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

DWバース ―― ねじれた絆 ――

猫宮乾
キャラ文芸
 完璧な助手スキルを持つ僕(朝倉水城)は、待ち望んでいた運命の探偵(山縣正臣)と出会った。だが山縣は一言で評するとダメ探偵……いいや、ダメ人間としか言いようがなかった。なんでこの僕が、生活能力も推理能力もやる気も皆無の山縣なんかと組まなきゃならないのだと思ってしまう。けれど探偵機構の判定は絶対だから、僕の運命の探偵は、世界でただ一人、山縣だけだ。切ないが、今日も僕は頑張っていこう。そしてある日、僕は失っていた過去の記憶と向き合う事となる。※独自解釈・設定を含むDWバースです。DWバースは、端的に言うと探偵は助手がいないとダメというようなバース(世界観)のお話です。【序章完結まで1日数話更新予定、第一章からはその後や回想・事件です】

職員室の異能者共

むらさき
キャラ文芸
とある中学校の職員室。 現代社会における教師たちの生活において、異能は必要でしょうか。いや、必要ありません。 しかし、教師達は全て何らかの異能力者です。 それは魔法使いだったり、召喚士だったり、人形遣いだったり。 二年生の英語科を担当するヤマウチを中心とした、教師たちの日常を淡々と書いた作品です。 ほとんど毎回読み切りとなっているので、どれからでもどうぞ。 生徒はほとんど出てきません。 こっそりとゲーム化中です。いつになることやら。

あなたになりたかった

月琴そう🌱*
キャラ文芸
カプセルから生まれたヒトとアンドロイドの物語 一人のカプセルベビーに一体のアンドロイド 自分たちには見えてない役割はとても重い けれどふたりの関係は長い年月と共に他には変えられない大切なものになる 自分の最愛を見送る度彼らはこう思う 「あなたになりたかった」

鉄格子のゆりかご

永久(時永)めぐる
恋愛
下働きとして雇われた千代は、座敷牢の主である朝霧の世話を任される。 お互いを気遣い合う穏やかな日々。 それはずっと続くと思っていたのに……。  ※五話完結。 ※2015年8月に発行した同人誌に収録した短編を加筆修正のうえ投稿しました。 ※小説家になろうさん、魔法のiらんどさんにも投稿しています。

管理機関プロメテウス広報室の事件簿

石動なつめ
キャラ文芸
吸血鬼と人間が共存する世界――という建前で、実際には吸血鬼が人間を支配する世の中。 これは吸血鬼嫌いの人間の少女と、どうしようもなくこじらせた人間嫌いの吸血鬼が、何とも不安定な平穏を守るために暗躍したりしなかったりするお話。 小説家になろう様、ノベルアップ+様にも掲載しています。

鬼道ものはひとり、杯を傾ける

冴西
キャラ文芸
『鬼道もの』と呼ばれる、いずれ魔法使いと呼ばれることになる彼らはいつの世も密やかに、それでいてごく自然に只人の中にあって生きてきた。  それは天下分け目の戦が終わり、いよいよ太平の世が始まろうというときにおいても変わらず、今日も彼らはのんびりと過ごしている。  これはそんな彼らの中にあって最も長く生きている樹鶴(じゅかく)が向き合い続ける、出会いと別れのお話。 ◎主人公は今は亡きつがい一筋で、ちょいちょいその話が出てきます。(つがいは女性です。性別がくるくる変わる主人公のため、百合と捉えるも男女と捉えるもその他として捉えるもご自由にどうぞ) ※2021年のオレンジ文庫大賞に応募した自作を加筆・修正しつつ投稿していきます

【完結】陰陽師は神様のお気に入り

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
キャラ文芸
 平安の夜を騒がせる幽霊騒ぎ。陰陽師である真桜は、騒ぎの元凶を見極めようと夜の見回りに出る。式神を連れての夜歩きの果て、彼の目の前に現れたのは―――美人過ぎる神様だった。  非常識で自分勝手な神様と繰り広げる騒動が、次第に都を巻き込んでいく。 ※注意:キスシーン(触れる程度)あります。 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※「エブリスタ10/11新作セレクション」掲載作品

ハバナイスデイズ!!~きっと完璧には勝てない~

415
キャラ文芸
「ゆりかごから墓場まで。この世にあるものなんでもござれの『岩戸屋』店主、平坂ナギヨシです。冷やかしですか?それとも……ご依頼でしょうか?」 普遍と異変が交差する混沌都市『露希』 。 何でも屋『岩戸屋』を構える三十路の男、平坂ナギヨシは、武市ケンスケ、ニィナと今日も奔走する。 死にたがりの男が織り成すドタバタバトルコメディ。素敵な日々が今始まる……かもしれない。

処理中です...