神様と妖の静穏化

彩女莉瑠

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第四章

第四章の二 春の宴②

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「君はあの少女のことを慕っているのかね?」
「はい?」

 思わず間抜けな声が出てしまう。

「隠さずとも良い良い」

 稲荷神いなりのかみは、うんうんと一人で納得している様子だ。結人は何を言っているのだ? と言う不審な視線を向けるが、稲荷神いなりのかみは意に介さない様子だ。

「若いって素晴らしいの。ただな、人間は我々よりも遥かに脆弱ぜいじゃく。そして寿命も遥かに短い」

 稲荷神いなりのかみは続ける。

「相当の覚悟なしでは、関わってはならぬ存在よ」
稲荷神いなりのかみ様にも、何か心当たりがおありなのですか?」

 結人の質問に、稲荷神いなりのかみは遠い目をして、昔一度だけ、な、と答えた。
 さて、そんな話をしている結人から少し離れた場所。そこに奏は座っていた。三柱の酒神しゅしんは、その名の通り酒の神様だ。奏は酒神しゅしんにお酌をされ、もてなされていた。

「お前が黄泉の国から返ってきた貴重な人間か!」
「素晴らしい!」
「あの黄泉神よもつかみを良くぞ、説得した!」

 三柱は終始このようなテンションで奏をもてなし、お酌をし、飲めや歌えやの大騒ぎである。奏は酒には強い方ではあったが、さすがに三柱のテンションとお酌のスピードにはついていけない様子だ。
 奏は桜をじっくりと見る暇も与えて貰えずに、ただひたすらに酒をあおる。

「いける口じゃな!」
「良い飲みっぷりじゃ!」
「素晴らしい!」

 三柱はその様子にまたまたテンションが上がる。奏は段々と血の気が引いていくのを感じつつ、注がれた酒を飲み干していた。

酒神しゅしん様……、アタシ、ちょっと……」

 奏はふらふらと立ち上がる。

「どこへ行くのじゃ?」
「風にあたりにいくのか?」
「まだまだ酒はあるぞ?」

 三柱は三種三様に疑問を口にしていたが、奏はそれには答える余裕もなく、ふらふらとその席を立つのだった。



 時間は少しさかのぼり、奏が酒神しゅしんからのお酌攻撃を受けている時。
 アマテラスの隣に呼ばれたあずさは、緊張した様子で座っていた。

「そう緊張するな。そろそろ慣れたであろう?」

 アマテラスの言葉に、あずさはぶんぶんと首を振った。
 ここまでの絶世の美女の隣に座ることになるとは思っていなかったのだ。その様子にアマテラスはくすくすと笑っている。

「そなた、この一年は本当に頑張ってくれたな」

 アマテラスは長い手を伸ばして、あずさの頭をぽんぽんとすると、これまでのろうをねぎらった。

「あ、ありがとうございます……」

 あずさは顔を真っ赤にしながら言う。

「ところで、あずさ。そなた、天狗の団扇うちわを手放したそうじゃの?」

 アマテラスの言葉にあずさは、そうなんです、と答えた。
 神々と契約を果たした今、団扇うちわはもう必要ないと判断したこと、あの団扇うちわによって奏が一度命を失ってしまったこと。あのような思いはもう二度と嫌だということ。
 それらを一気に説明する。
 あずさの言葉をふむふむと聞いていたアマテラスは、少し考えてから口を開いた。

「そなた、奏に惚れているのだな?」

 その言葉を聞いた瞬間、あずさの顔がぼっと赤くなる。

「隠さずとも良い」

 アマテラスはにやにやしながら言う。あずさは、

「べ、別に隠すつもりは……」
「良いのだ。男女は惹かれあう生き物なのだからな」

 アマテラスはにやにや笑いを隠さずに言う。

「思いは、打ち明けぬのか?」
「えっ?」

 考えもしなかった言葉を受け、あずさはアマテラスの顔を見やる。アマテラスは真剣な眼差しであずさを見据えていた。その視線にあずさはドキドキする。ちらりと奏の様子をうかがうと、奏は三柱の酒神しゅしんにお酌をされ、それを飲み干している所だった。

「言わねば伝わらぬことも、あるのだぞ?」

 アマテラスはそんなあずさに言う。あずさは奏を見つめ、そしてぐっと拳を握った。

「伝えた方が、いいんでしょうか……?」

 そう呟くあずさに、アマテラスは答える。

「伝えた方が、あずさがすっきりするだろう」

 確かにそうかもしれない。
 あずさは春先に気付いた淡い恋心に、どうしたものかと考えることが多くなった。奏に対して、どう接していいものか、いざ奏を前にすると緊張して、いつもの自分でいられなくなる。この気持ちに決着をつけるなら、思いを伝えるのも一つの手段かもしれない。
 そんなことを考えていると、奏が酒の席を立つのが見えた。あずさは思わず腰を浮かした。そんなあずさに向かってアマテラスは優しく言う。

「行ってくると良い」
「ありがとうございます! アマテラス様!」

 あずさは立ち上がると、奏の後を追いかけるのだった。



「奏っ!」

 あずさは桜の大木から少し離れた場所に立つ奏に声をかけた。ここは宴の喧騒から少し外れている。頭上には、大きな枝を伸ばした桜の花がちらちらと舞いながら降り注いでいた。

「あら、あずさちゃん……」

 奏は相当飲んだのだろう。顔色が大分良くなかったが、それでもあずさの顔を見ると優しく微笑んでくれた。
 あずさはそんな奏の様子に少し下を向いてしまう。微笑んでくれるだけで、顔が赤くなるのが自分でも分かった。この優しい微笑みが大好きだった。

「そうだ、あずさちゃん。アタシ、あなたに伝えなくちゃいけないことがあったの」

 奏はあずさに向かって改めて言う。あずさは何事かと顔を上げた。

「冬にね、アタシのために黄泉の国まで来てくれて、本当にありがとう。本当に嬉しかったわ」

 奏はそう言うとにっこりと微笑む。
 その微笑みを見たあずさは、何だか拍子抜けしてしまう。

「あずさちゃん?」

 奏は黙ってしまったあずさに声をかけた。あずさはにっこり笑うと、

「いいの! 私がどうしても奏に帰ってきて欲しかったからやったことだから」

 そう伝える。
 あずさはこのままの奏が好きなのだ。思いを伝えるのはまだ先でも構わないだろう。
 ひらひらと舞い散る桜の花びらだけが二人を見ているのだった。



 こうして、賑やかな神々の宴は三日三晩続いていった。
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