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第二章
三 天狗の世界③
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「そうねぇ……」
そう言う奏はどこか遠いところを見ているようだった。
不思議なことが良く起きていた幼少期、自分を見る周囲の目が、今の太郎坊と同じだったからだろうか。嘘つき、と揶揄されることも少なくなかった。弱虫とも呼ばれていた。
そう言った中、見つけたのが今の自分だった。周りを気にしない。性別も関係ない。自分は自分であると言う確固たる何か。それを、奏は奏なりに見つけていたのかもしれない。
「奏も大変だったのね」
「そんなことないわよ~。今はそんな過去に感謝してるくらい」
奏はにっこり笑って言う。あずさにはそんな奏の強さが眩しかった。
「さてと、今日はもう遅いから寝ちゃいましょ! あずさちゃんお布団使ってね」
「え? 奏は?」
「アタシは雑魚寝で十分よ」
そう言うと奏はおやすみ、と言ってあずさから距離を取って横になる。あずさは奏のお言葉に甘えて、烏天狗が用意していた布団を使うのだった。
翌日の昼過ぎ。
奏とあずさは太郎坊の部屋の前に居た。今回は天狗たちの話を聞いた上で、猿田彦命からの依頼内容を、太郎坊に話すために会いに来ている。
「こんにちはー!」
あずさは大きな声で中へと声を掛けた。すると少しだけ扉が開いた。
「入れ」
中は相変わらず薄暗く、太郎坊のいる位置がおおよそ把握できる程度だった。
「何用だ?」
太郎坊の声には昨日までの張りがなかった。おおよそ、自分のことを聞かれてしまったと思って取り繕うのをやめたのだろう。
「今日はね、猿田彦の気持ちを伝えに来たの」
あずさが言う。猿田彦の単語に少し狼狽する太郎坊。しかしあずさは気にせずに続ける。
「猿田彦はあなたが小心者だからどうにかしてくれって依頼してきたの」
「そういうことか……」
消沈気味に言う太郎坊へと今度は奏が口を開いた。
「アナタのこと、色々聞いてきたわ。太郎坊になってからと言うもの、その名前の重圧に耐えてきていること、みんな知っていてよ?」
「……」
「小心者、大いに結構じゃない!」
奏は明るい声で言う。弾かれたように太郎坊は奏の顔を見た。
「小心者はね、危機管理能力に優れているのよ。これは大丈夫だろうか、こうした方が良くないだろうか。そんなことを考えられる。きっとお山をもっといい方向へと導けるわ」
奏の言葉が意外だったのだろう、太郎坊は目を見張っている。
「アナタが過去に受けた傷は忘れられないと思う。でも忘れる必要もないのよ。それは今のアナタを構築する上で必要なことなのだから」
奏は続ける。
傷ついた過去を変えることは出来ない。しかし、未来は自分次第で変えていけると言うことを。
「いつまでも薄暗いこんな部屋の中に閉じこもってないで、今の自分が気になることはなぁに?」
問われた太郎坊は少しの間考える。やはり気になるのは小天狗たちのことだろうか。烏天狗たちも口は悪いが悪気はないのだ。
「他の天狗たちは元気だったか?」
「それを確かめるのは、アナタの目、よ」
奏に促されるように太郎坊は立ち上がった。
「さぁ、自分の目で確かめて来て」
太郎坊は奏の声に後押しされるように薄暗い部屋の中、ゆっくりと扉へと向かう。そして手を伸ばし、固く閉ざしていた扉を開いた。部屋に光が一気に入り込む。眩しさに目が慣れるとそこにはたくさんの天狗たちの姿があった。
「これは……?」
呆然と呟く太郎坊に奏が明るく言う。
「みんな、太郎坊に会いたくて集まってくれたのよ」
「こんなにたくさん……?」
小さな身体をぴょこぴょこと跳ねさせながいるたくさんの小天狗、その間には烏天狗の姿。そして妖艶な女天狗の姿も垣間見える。
午前中、奏とあずさは手分けをして天狗たちに太郎坊の話を聞いていた。からかう天狗もいる中、それでも皆一様に太郎坊の安否を心配する声が多かった。奏とあずさは、必ず太郎坊を部屋から出すと約束すると、彼らはその太郎坊の姿を一目見ようと集まってきたのだった。
「みんな、アナタのことが心配だったみたいよ?」
奏の言葉に太郎坊は何と言っていいか分からない。だが、皆が太郎坊を慕うその様子だけで少しは愛宕山太郎坊としての自信はついたかのように見受けられた。
「そうか、皆に悪いことをしてしまったな……」
太郎坊はそう呟く。
「すぐには変われぬ。変われぬが、これからは自分なりの太郎坊を模索しよう」
太郎坊はそう奏たちに約束した。そして天狗の武器である団扇を手渡してくる。
「此度の礼だ。受け取れ」
「え? これは天狗にしか使えないんじゃ……?」
奏の素朴な疑問に太郎坊は答えた。
「お前たちは神に選ばれている。きっとそれにこれも応えるだろう」
奏はおずおずとその団扇を受け取った。
こうして猿田彦命の依頼を遂行した奏たちは、また会いに来ると約束して天狗の里を後にするのだった。
さて、天狗の里を後にする奏たちの後ろ姿をじっと見つめる人物がいた。吉田結人だ。彼は天狗の里から出たばかりの二人の背中をじっと見つめ、そして微笑んでいた。
そう言う奏はどこか遠いところを見ているようだった。
不思議なことが良く起きていた幼少期、自分を見る周囲の目が、今の太郎坊と同じだったからだろうか。嘘つき、と揶揄されることも少なくなかった。弱虫とも呼ばれていた。
そう言った中、見つけたのが今の自分だった。周りを気にしない。性別も関係ない。自分は自分であると言う確固たる何か。それを、奏は奏なりに見つけていたのかもしれない。
「奏も大変だったのね」
「そんなことないわよ~。今はそんな過去に感謝してるくらい」
奏はにっこり笑って言う。あずさにはそんな奏の強さが眩しかった。
「さてと、今日はもう遅いから寝ちゃいましょ! あずさちゃんお布団使ってね」
「え? 奏は?」
「アタシは雑魚寝で十分よ」
そう言うと奏はおやすみ、と言ってあずさから距離を取って横になる。あずさは奏のお言葉に甘えて、烏天狗が用意していた布団を使うのだった。
翌日の昼過ぎ。
奏とあずさは太郎坊の部屋の前に居た。今回は天狗たちの話を聞いた上で、猿田彦命からの依頼内容を、太郎坊に話すために会いに来ている。
「こんにちはー!」
あずさは大きな声で中へと声を掛けた。すると少しだけ扉が開いた。
「入れ」
中は相変わらず薄暗く、太郎坊のいる位置がおおよそ把握できる程度だった。
「何用だ?」
太郎坊の声には昨日までの張りがなかった。おおよそ、自分のことを聞かれてしまったと思って取り繕うのをやめたのだろう。
「今日はね、猿田彦の気持ちを伝えに来たの」
あずさが言う。猿田彦の単語に少し狼狽する太郎坊。しかしあずさは気にせずに続ける。
「猿田彦はあなたが小心者だからどうにかしてくれって依頼してきたの」
「そういうことか……」
消沈気味に言う太郎坊へと今度は奏が口を開いた。
「アナタのこと、色々聞いてきたわ。太郎坊になってからと言うもの、その名前の重圧に耐えてきていること、みんな知っていてよ?」
「……」
「小心者、大いに結構じゃない!」
奏は明るい声で言う。弾かれたように太郎坊は奏の顔を見た。
「小心者はね、危機管理能力に優れているのよ。これは大丈夫だろうか、こうした方が良くないだろうか。そんなことを考えられる。きっとお山をもっといい方向へと導けるわ」
奏の言葉が意外だったのだろう、太郎坊は目を見張っている。
「アナタが過去に受けた傷は忘れられないと思う。でも忘れる必要もないのよ。それは今のアナタを構築する上で必要なことなのだから」
奏は続ける。
傷ついた過去を変えることは出来ない。しかし、未来は自分次第で変えていけると言うことを。
「いつまでも薄暗いこんな部屋の中に閉じこもってないで、今の自分が気になることはなぁに?」
問われた太郎坊は少しの間考える。やはり気になるのは小天狗たちのことだろうか。烏天狗たちも口は悪いが悪気はないのだ。
「他の天狗たちは元気だったか?」
「それを確かめるのは、アナタの目、よ」
奏に促されるように太郎坊は立ち上がった。
「さぁ、自分の目で確かめて来て」
太郎坊は奏の声に後押しされるように薄暗い部屋の中、ゆっくりと扉へと向かう。そして手を伸ばし、固く閉ざしていた扉を開いた。部屋に光が一気に入り込む。眩しさに目が慣れるとそこにはたくさんの天狗たちの姿があった。
「これは……?」
呆然と呟く太郎坊に奏が明るく言う。
「みんな、太郎坊に会いたくて集まってくれたのよ」
「こんなにたくさん……?」
小さな身体をぴょこぴょこと跳ねさせながいるたくさんの小天狗、その間には烏天狗の姿。そして妖艶な女天狗の姿も垣間見える。
午前中、奏とあずさは手分けをして天狗たちに太郎坊の話を聞いていた。からかう天狗もいる中、それでも皆一様に太郎坊の安否を心配する声が多かった。奏とあずさは、必ず太郎坊を部屋から出すと約束すると、彼らはその太郎坊の姿を一目見ようと集まってきたのだった。
「みんな、アナタのことが心配だったみたいよ?」
奏の言葉に太郎坊は何と言っていいか分からない。だが、皆が太郎坊を慕うその様子だけで少しは愛宕山太郎坊としての自信はついたかのように見受けられた。
「そうか、皆に悪いことをしてしまったな……」
太郎坊はそう呟く。
「すぐには変われぬ。変われぬが、これからは自分なりの太郎坊を模索しよう」
太郎坊はそう奏たちに約束した。そして天狗の武器である団扇を手渡してくる。
「此度の礼だ。受け取れ」
「え? これは天狗にしか使えないんじゃ……?」
奏の素朴な疑問に太郎坊は答えた。
「お前たちは神に選ばれている。きっとそれにこれも応えるだろう」
奏はおずおずとその団扇を受け取った。
こうして猿田彦命の依頼を遂行した奏たちは、また会いに来ると約束して天狗の里を後にするのだった。
さて、天狗の里を後にする奏たちの後ろ姿をじっと見つめる人物がいた。吉田結人だ。彼は天狗の里から出たばかりの二人の背中をじっと見つめ、そして微笑んでいた。
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