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第一章
三 田んぼでの出来事②
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翌日の昼下がり。
奏とあずさは町にある小さな喫茶店にいた。木造で、アンティーク調のその喫茶店は落ち着いており、奏はブラックコーヒーを、あずさはミルクティーを片手に何やら思案顔であった。
「そもそも泥田坊ってどんな妖怪なのかしら?」
奏はそう呟くと手元に持っていたタブレットで泥田坊、と検索していた。
「どう? 出た?」
あずさはそのタブレットを覗き込む。するとまとめサイトに泥田坊について書いてあった。
今昔百鬼拾遺と言う書物に描かれている泥田坊は、片目の妖怪で、指が三本しかなかった。北国に住む翁が、子供のために田んぼを買い、その世話をしていたが、翁が亡くなった後、その子供は田んぼの世話をするどころか酒に溺れ、あろうことかその田を売り飛ばしたと言う。その後、その田んぼから「田を返せ~、田を返せ~」と騒ぐ声が聞こえてきた、と言うものだ。
記述はそこで終わっている。
「とてもじゃないけど、大カブトエビのようにすぐに説得するのは難しそうな相手ね」
タブレットをしまいながら言う奏に、あずさはどうしたものかと思案しながらミルクティーを一口飲んだ。
「あずさちゃんの方はどうだった? 最近失踪した子供はいたのかしら?」
「あぁ、それね!」
あずさは夏休み中だがバスケ部の練習で午前中に学校へ行っていた。その学校で部員たちに失踪事件が起きているかを聞いて回っていた。
「でね、三年の先輩が二人、いなくなってるんだって」
「あら、そうなの?」
何でもその二人の先輩は農家の息子だったそうだ。しかし親の農家の仕事を継ぐことを拒否していたらしい。失踪した日、その先輩たちは進路のことで親と大喧嘩し家を飛び出したそうだ。そしてそのまま行方知れずになったと言う。
「それが、瓊瓊杵尊様が仰る通り泥田坊の仕業と言うのなら、早急にどうにかする必要があるわね」
「あ! いいこと思いついた!」
「なぁに?」
「泥田坊対策のとっておき、だよ」
あずさは机の上に身を乗り出すと奏に耳打ちした。奏はそれを聞いた瞬間少ししかめっ面をした。
「それは、うまく行くのかしら……?」
「大丈夫だって! きっとうまく行くから!」
どこから来る自信なのだろう。あずさは胸をはって答えている。
ここはアマテラスとツクヨミの仲を取り持ったというあずさの勢いを信じるしかない。
「そうそう、昨日の大カブトエビの件でね、何で奏がヤタガラスに選ばれたのか分かった気がしたの」
あずさはミルクティーを一口飲むとそう切り出した。突然の話題に奏は疑問符を頭上に浮かべている。
「あのね、奏はきっと優しいんだよ。みんなの気持ちを感じて、優しいからヤタガラスが奏を選んだんだわ」
幼い頃の奏に黒猫が寄り添ったのも、大型犬が自転車で走る奏に並走したのも、きっとその奏の優しさに惹かれてのことだとあずさは言った。
奏は昨日の帰り道に自身が体験してきた不思議な体験をあずさに話していたのだった。
「あら、嬉しい。でもそれを言ったらあずさちゃんだって優しいわよ?」
今度はあずさが疑問符を浮かべる番だった。
「あずさちゃんは、大カブトエビの声が聞こえなくてもその様子から彼が寂しい思いをしているって感じた訳でしょ?」
そうなのだ。
あずさは大カブトエビが自分が動くと稲が倒れるということにショックを受けているように感じた。そして動かないと約束をしてくれた。しかしその背中のかぶとはどこか寂しそうに感じたのだった。だから奏の背中を押すように提案したのだった。
「その勢いと、優しさから、ヤタガラスに選ばれたのかもしれないわね」
奏はにっこりと微笑む。
あずさは少し恥ずかしくなって俯いていた。
「さてと。泥田坊対策はあずさちゃんの意見でやってみましょう」
奏はそう言うと伝票を手にレジへと向かって行った。
残されたあずさもミルクティーを最後まで飲み干すと、奏の後を追うのだった。
その後奏とあずさの二人は失踪したと言う少年たちの家の田んぼへと来ていた。山間にあるその田んぼは広く、青々とした青田が広がっていた。一見すると昨日の大カブトエビが居た田んぼと良く似ている。似ているのだが、その田んぼは中央の泥が少し盛り上がっている様にも見えた。
「ここが失踪した先輩の家の田んぼ、なんだけど……」
あずさには何も見えなかった。奏はと言うとやはり何も感じられないようだ。
「てっきりここだと思ったんだけど、あてが外れたのかなぁ~?」
あずさが田んぼの水へと手をつけたその瞬間。
田んぼの中央の盛り上がっている部分が動いた。
「えっ?」
二人は驚いて田んぼの中央へと目をやる。徐々に大きく膨れ上がる田んぼの中央は、大きな人の頭を形どっていった。
「何あれ……」
それがあずさの第一声だった。徐々に人の形になっていく田んぼの泥は先ほど奏のタブレットで見た一つ目の妖怪の姿へと変わっていく。
「いたずら、したな……?」
どろっとした声が聞こえる。奏はすぐにあずさをその場から遠ざけた。
「奏、見た? 田んぼの泥が盛り上がって人の形になっているの」
「アタシには見えないわ。でも声が聞こえる。危険だわ」
田んぼのあぜ道ギリギリまで下がってあずさと奏は泥田坊と対峙する。
「私たち、話をしに来たの!」
あずさが田んぼの中央に向かって叫ぶ。しかし返ってきた言葉は、
「いたずら、許さない」
ゆっくりと泥田坊が近づいてくる。
「奏、アレを」
あずさは奏が持っていたバケツを受け取ると伸びてきた泥田坊の腕にバケツをひっくり返した。中に入っていたのは水である。
「あぁ……!」
「効いてる!」
水を浴びた泥田坊の泥が流れて行く。
喫茶店でのあずさの考え通りだった。泥を水で流すのを目的にバケツに水を予め汲んでいたのだった。
「話を聞いて! 泥田坊! そうしたら酷いことしないから!」
あずさは目の前の泥の人型に向かって叫ぶ。
「話を、聞く……?」
泥田坊が伸ばしていた手を引いた。それを見たあずさは持っていた水入りバケツを置いた。
奏とあずさは町にある小さな喫茶店にいた。木造で、アンティーク調のその喫茶店は落ち着いており、奏はブラックコーヒーを、あずさはミルクティーを片手に何やら思案顔であった。
「そもそも泥田坊ってどんな妖怪なのかしら?」
奏はそう呟くと手元に持っていたタブレットで泥田坊、と検索していた。
「どう? 出た?」
あずさはそのタブレットを覗き込む。するとまとめサイトに泥田坊について書いてあった。
今昔百鬼拾遺と言う書物に描かれている泥田坊は、片目の妖怪で、指が三本しかなかった。北国に住む翁が、子供のために田んぼを買い、その世話をしていたが、翁が亡くなった後、その子供は田んぼの世話をするどころか酒に溺れ、あろうことかその田を売り飛ばしたと言う。その後、その田んぼから「田を返せ~、田を返せ~」と騒ぐ声が聞こえてきた、と言うものだ。
記述はそこで終わっている。
「とてもじゃないけど、大カブトエビのようにすぐに説得するのは難しそうな相手ね」
タブレットをしまいながら言う奏に、あずさはどうしたものかと思案しながらミルクティーを一口飲んだ。
「あずさちゃんの方はどうだった? 最近失踪した子供はいたのかしら?」
「あぁ、それね!」
あずさは夏休み中だがバスケ部の練習で午前中に学校へ行っていた。その学校で部員たちに失踪事件が起きているかを聞いて回っていた。
「でね、三年の先輩が二人、いなくなってるんだって」
「あら、そうなの?」
何でもその二人の先輩は農家の息子だったそうだ。しかし親の農家の仕事を継ぐことを拒否していたらしい。失踪した日、その先輩たちは進路のことで親と大喧嘩し家を飛び出したそうだ。そしてそのまま行方知れずになったと言う。
「それが、瓊瓊杵尊様が仰る通り泥田坊の仕業と言うのなら、早急にどうにかする必要があるわね」
「あ! いいこと思いついた!」
「なぁに?」
「泥田坊対策のとっておき、だよ」
あずさは机の上に身を乗り出すと奏に耳打ちした。奏はそれを聞いた瞬間少ししかめっ面をした。
「それは、うまく行くのかしら……?」
「大丈夫だって! きっとうまく行くから!」
どこから来る自信なのだろう。あずさは胸をはって答えている。
ここはアマテラスとツクヨミの仲を取り持ったというあずさの勢いを信じるしかない。
「そうそう、昨日の大カブトエビの件でね、何で奏がヤタガラスに選ばれたのか分かった気がしたの」
あずさはミルクティーを一口飲むとそう切り出した。突然の話題に奏は疑問符を頭上に浮かべている。
「あのね、奏はきっと優しいんだよ。みんなの気持ちを感じて、優しいからヤタガラスが奏を選んだんだわ」
幼い頃の奏に黒猫が寄り添ったのも、大型犬が自転車で走る奏に並走したのも、きっとその奏の優しさに惹かれてのことだとあずさは言った。
奏は昨日の帰り道に自身が体験してきた不思議な体験をあずさに話していたのだった。
「あら、嬉しい。でもそれを言ったらあずさちゃんだって優しいわよ?」
今度はあずさが疑問符を浮かべる番だった。
「あずさちゃんは、大カブトエビの声が聞こえなくてもその様子から彼が寂しい思いをしているって感じた訳でしょ?」
そうなのだ。
あずさは大カブトエビが自分が動くと稲が倒れるということにショックを受けているように感じた。そして動かないと約束をしてくれた。しかしその背中のかぶとはどこか寂しそうに感じたのだった。だから奏の背中を押すように提案したのだった。
「その勢いと、優しさから、ヤタガラスに選ばれたのかもしれないわね」
奏はにっこりと微笑む。
あずさは少し恥ずかしくなって俯いていた。
「さてと。泥田坊対策はあずさちゃんの意見でやってみましょう」
奏はそう言うと伝票を手にレジへと向かって行った。
残されたあずさもミルクティーを最後まで飲み干すと、奏の後を追うのだった。
その後奏とあずさの二人は失踪したと言う少年たちの家の田んぼへと来ていた。山間にあるその田んぼは広く、青々とした青田が広がっていた。一見すると昨日の大カブトエビが居た田んぼと良く似ている。似ているのだが、その田んぼは中央の泥が少し盛り上がっている様にも見えた。
「ここが失踪した先輩の家の田んぼ、なんだけど……」
あずさには何も見えなかった。奏はと言うとやはり何も感じられないようだ。
「てっきりここだと思ったんだけど、あてが外れたのかなぁ~?」
あずさが田んぼの水へと手をつけたその瞬間。
田んぼの中央の盛り上がっている部分が動いた。
「えっ?」
二人は驚いて田んぼの中央へと目をやる。徐々に大きく膨れ上がる田んぼの中央は、大きな人の頭を形どっていった。
「何あれ……」
それがあずさの第一声だった。徐々に人の形になっていく田んぼの泥は先ほど奏のタブレットで見た一つ目の妖怪の姿へと変わっていく。
「いたずら、したな……?」
どろっとした声が聞こえる。奏はすぐにあずさをその場から遠ざけた。
「奏、見た? 田んぼの泥が盛り上がって人の形になっているの」
「アタシには見えないわ。でも声が聞こえる。危険だわ」
田んぼのあぜ道ギリギリまで下がってあずさと奏は泥田坊と対峙する。
「私たち、話をしに来たの!」
あずさが田んぼの中央に向かって叫ぶ。しかし返ってきた言葉は、
「いたずら、許さない」
ゆっくりと泥田坊が近づいてくる。
「奏、アレを」
あずさは奏が持っていたバケツを受け取ると伸びてきた泥田坊の腕にバケツをひっくり返した。中に入っていたのは水である。
「あぁ……!」
「効いてる!」
水を浴びた泥田坊の泥が流れて行く。
喫茶店でのあずさの考え通りだった。泥を水で流すのを目的にバケツに水を予め汲んでいたのだった。
「話を聞いて! 泥田坊! そうしたら酷いことしないから!」
あずさは目の前の泥の人型に向かって叫ぶ。
「話を、聞く……?」
泥田坊が伸ばしていた手を引いた。それを見たあずさは持っていた水入りバケツを置いた。
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