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おわりの訪れを夢見て

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 勤務先である店が閉店してから約一時間後の午後八時すぎ。今日はみきと約束を交わした後も大きな仕事が起きることもなく、私は順調に退勤時間を迎えていた。

 「おっまたせー! ごめんね愛衣ちゃん、遅くなっちゃって!」

 それからというもの、誘ってくれたみきを待たせる訳にはいかないと大急ぎで一人暮らしをしているアパートに舞い戻り、身支度と、なるべく目立たない服装に着替えてやって来たのである。

 一人だけでは滅多に足を運ばない駅前広場。私はたくさんの人が行き交うこの場所でたった一人みきの到着を待ちぼうけていた。

 綺麗に言えば〝特別な用事〟を済ませる場所へと向かうために。

 一方のみきは、今日は社長が不在で専務が早退したために閉店後の店内で残務処理をしており待ち合わせの時間に十分ほど遅れてこちらへとやって来た。そのことに関しては事前に分かっていたことだったことに加え、何度か連絡を取り合っていたため事情はよく知っているつもりだ。むしろ急がせてしまって申し訳ない気分である。

 「こんばんは……大丈夫です、お疲れさまです……」

 「うん、おつかれ! ふふ、相変わらず黒ずくめだねぇ? ま、似合ってるからいいんだけど! あとバレない!」

 「……衣料品店に勤めていながらこんな格好で良いのかなって、いつも思ってます……」

 「大丈夫だよぉ! 服は自分が良いって思ったものが一番似合ってるんだから! そんなこと言ったら私なんてジーンズにトレーナーだよ? おしゃれのカケラもない!」

 そう言ってみきは自らの服装を見せてくれる。彼女の服装もやはり控えめで、黒のジーンズ・パンツに青と白の横ボーダーが入ったトレーナーだけ。みきはああ言っているが、心なしかおしゃれな服装に見えないでもない。やはりこれは性格の差、なのだろうか。

 「……ま、今晩はおしゃれもへったくれもない所へエンジョイしに行く訳だし。それで妥当だと思うよ?」

 「……は、はは……」

 「よし! じゃあ行こっか!」

 元気な声とともに私の腕はみきに掴まれて引っ張られていく。こうしているとみきの気持ちを感じることが出来て、足取りは軽やかで楽しみにしているようだ。

 「あ、そうそう。愛衣ちゃん、今日行く所なんだけど、前と同じ場所で良かったかな?」

 「……他に、あの系列のお店分からないです……!」

 「アハハ! そりゃココかココのお店で! ってリクエストされた方が困るなぁ! よかった、了解。じゃあ〝ファーイ〟で決まりね……ふふっ、今日はいつも頑張ってる愛衣ちゃんに前とは違うご褒美を与えようじゃあないか!」

 なにやら勿体ぶるようにジーンズのポケットから一枚のカードを取り出す。そこには店名である《クラブ・ハプニングファーイ》のロゴとみきの夫、専務の名前が書かれていた。

 「それは……?」

 「これはね、あの店のVIP会員カード……知る人ぞ知るブツなのよ。ごはん屋さんで言ったら裏メニュー的なやつね!」

 「はぁ……。でもどうしてそんな物が……って、わ……」

 何気なく理由をみきに尋ねると、突然私の腕を引っ張りみきの側へ連れて行かれる。腕を引っ張る力が強いみきの顔をふと伺うと、私の目の前には少しだけ不満そうな顔が浮かんでいた。

 「……実はあのお店、ある方法で店員にパスワードを言うとVIP会員になれるんだってさ。プレイ内容は同じだけど、制限時間分個室でいちゃつけるんだって……しかも密室で……! ウハウハ出来るらしいよ……んふふ……!」

 「……個室……密室……」

 願ってもない情報だ。前に体験したことが周りの騒がしい音もなく楽しめるなんてと、つい顔が綻んでしまう。しかし、時々中島家の男性陣に連れて行かれるとはいえ頻繁に行っているわけではないみきがどうしてそのことを知っているのだろう? この系列の店も今から行くところしか知らないようだし、謎は深まるばかりだ。

 「お、なんで知ってんのって顔してるね! せっかくなので教えてあげよう! なぜならば、ウチの旦那が勝手に墓穴を掘ったからでーす! ……ウチの旦那、酔っ払ったら刑事ドラマの犯人顔負けなくらいに自白するのよねぇ? あれもこれもぜーんぶ……この会員になるのにン万円払ったとかもねぇ……!」

 「ま、万……!?」

 とんでもない単語が聞こえ思わず聞き返してしまった。しかもこれはある意味秘密の話ではないのだろうか……? 良いのだろうかと思っていると、ため息を吐き捨てたみきの口調はどこか苛ついていて、私の視線は自然とみきの方に向き直る。

 「……はあぁ。男は単純な生き物だって聞いてたけど、それが事実って判ると百年の恋も冷めそうになるわ……。まだ風俗で遊びまくりフィーバーしてましたって言われた方がビンタくらいで済むわよ。ま、だからって黙って使うのは気が引けるけどさ。ファミリー優待券だと思えばいいのよね! 黙認してあげてるんだもの、このくらい当然よねぇ愛衣ちゃん……!」

 みきはいつも接客でも見せている笑顔をこちらに輝かせている。しかし、見慣れた額には確かに、青筋も浮かんでいた。この場合、専務とみきが何かのきっかけで喧嘩になったらどちらが不利になるのかは明らかなのかもしれない。

 「……心中お察し申し上げます……」

 「うふ、やっぱり愛衣ちゃんは物分りのいい子だわ……! もお、そういうところスキ……! ……おっと、こっちだ。愛衣ちゃん、おいで?」

 みきはそう言って私の腕を掴んでいた手を手首の方へと滑らせ、私の身体はみきに引っ張られる。

 繁華街の通りを脇道に逸れ、一本細い道に入ると――老若男女に通用する表側の賑やかさとは違うそこは雰囲気の賑やかさで包まれていた。薄暗く、眩んでしまいそうなほどやけにまぶしい店の看板が立ち並び、同時に私の目には仕事帰りの男の人たちの群れが映り込む。きっと彼らは酒を飲んだ後なのだろう、楽しそうな声色があげる上機嫌な騒ぎ声は道沿いに立ち並ぶシアンやショッキングピンクの看板の光と混ざり合い、酔っ払っていない今の状態で感じるこの雰囲気はどこか怖く思えてしまうのだった。

 どういう風に例えれば良いのだろう。こう、ここまで人目をはばからず騒ぐ、いや、子どものようにはしゃいでいる大人の光景など普段目にすることはないのだからそんな風に思えるのだろうか。学生時代に身を小さくしながら賑やかな側を通り抜けていた時の、そんな思い出に煽られて、私はみきに握られている左手首をもう片方の手でみきの手と一緒に握り気を紛らわそうとするのだった。

 「……。……大丈夫、お姉さんに任せなさいって! ふふっ」

 そう言って、みきは白い歯を輝かせながら私の方を向き微笑んでくれる。この暗闇と怪しい光に囲まれた状況ではこれほど心強いと思える人はなかなか居ないものだ。

 「……うう、一人で来なくてよかった……前は酔っ払ってたからあんまり感じなかったけど、こういう場所だったんだな……」

 「お! 見えてきた! 愛衣ちゃん、目的地が見えてきたよ!」

 そうこうしている内に私たちは目的の場所に着いたようでみきの声につられて顔を上げる。そこには確かに今回の目的の場所である《クラブ・ハプニングファーイ》と書かれた、これもまた派手な装飾が施された看板が映り込んできたのだった。

 ここまで来て今更だが店へと向かおうとしている足運びはどこかおぼつかない。しかし、みきが私のことを引っ張っていくために私のかすかに震える脚は無駄な抵抗のようである。

 「えーと……あ! 太田くんじゃん! おーっす!」

 「あれ、みきさん? 今日も来てくれたの! ありがと! ……って、あれ? 社長かダンナさんは?」

 「ふふ、今日はおシノビなのだよ太田くん……!」

 「……ハハッ! お姉さんが直々に癒やされに来たってこと? いいねぇ、息抜きは大事だかんね!」

 「そーそー! 誰かに慰めてもらわなきゃやってらんないのよね、今の世の中……」

 「分かるわー。出すものは出しとかないとね!」

 みきは店の前で、建物の入口でパイプ椅子に腰を掛けていた男の人と話し始める。さすがは顔なじみになるほど連れて行かれている、ということだろうか。それにしては楽しそうに、親しそうに話し込んでいるようだけれど。

 「……ん? あれ、みきさん? その隣りにいるかわいコちゃんは……?」

 「太田くん、ウチの社長はよく言ってるのよね。目的が果たせるのならば、必要な模倣をせよ、ってさ。だから私も社長の模倣をして連れてきちゃったんだ! かわいいでしょ? 愛衣ちゃんっていうの!」

 「……アハハッ! 社員の鑑だなコレは……! いい先輩だね、愛衣ちゃん!」

 「は、はあ……ど、どうも……」

 そう言って太田と呼ばれている男の人はパイプ椅子を鳴らしながらニコニコしている。悪い人ではなさそうだ。……態度は悪いけれど。

 「んで? ってことは、二人とも遊びに来たってことでいいのかな?」

 「モチロン! 今日はとことん遊んでっちゃうわよぉ!」

 「オッケー。ちょうど今日は人が少ないんだ、うるせぇオッサンも少ないからのびのび出来るよ!」

 「ああ、そのことなら気にしてないわ。――コレ、使わせてもらうからね……」

 「……! ……ふっ、みきさん? そいつは本人じゃないと使えないんだよなぁ」

 「あら……そうなの?」

 「……ま、みきさんはいつも来てくれるステキなお姉さんだからね! 特別に許可してあげるよ! ……ただし、一人だけね」

 「まあ、随分なのねぇ……」

 太田は椅子から立ち上がり私たちの前に立ちふさがる。そして太田は、こちらを見下ろしながら彫り深い顔を私たちに向けた。

 「悪いね。こっちも商売なんだ。さ、どっちがVIPを……」

 「……。商売ねぇ。半ば強引にウチの旦那を会員にさせたのに、商売……ねぇ?」

 そう言ってため息をつきながらみきは自らの長い髪を指で遊び始める。その様子を見ているとなぜかどきりとしてしまう。そう、背中を見ているだけでも「苛ついている」というものが書いてあるのだから……!

 「ど、同意の上さ。みきさんのダンナさんはそれに頷いたまで……う!」

 「ふーん……前にちょっと聞いたんだけど、このVIP会員になるには、サブマネージャーにパスワードを言うしか方法がないみたいじゃない? 太田くんみたいな子が簡単に受付できるシステムじゃないって聞いたんだけど……違ったかしら。それに太田くんが出番の日っていつもサブマネージャーが居ない日なのよね? 管理者が居るのに、不在の時に勝手にVIP会員を作られちゃって。たいして客入りは伸びていないにも関わらず売上が伸びてるなんて、色んな意味でおかしいと思わないのかしらね。そんでここのオーナーさんは放任主義だから書類もだいぶテキトーらしいじゃない? ということは、隠すこともカンタンと」

 「よ、よくご存知で……! ハ、ハハ……」

 「……で? 私たち今日、二人で来てるんだけど。VIP会員サービス、二人とも受けられるのよね?」

 「……」

 「……。どうなの、太田くん」

 「……。……。……負けたよ。ちょっと待っててくれ……」

 風を切るような速さと、鈍く鋭さを持った声色は私たち三人の中で響き渡る。その音が過ぎ去り、少しすると何かを悟った表情を浮かべて太田は店内へと入っていく。どこか太田の背中に哀愁が漂っていて、振り返る間際に見た眉間のシワはすっかり薄くなり、しぼんだ風船のようになっていた。太田が目の当たりにした光景の衝撃は自然と私にも伝わってくる。だからこそこの身体は不思議と恐怖で震えてしまうのだ。

 それにしてもみきは、専務が自ら正直に全てを話したと言っていたが、どこまで本当のことなのだろうか……。

 「……み、みきさん……?」

 「……あん、やだぁ! 昔やんちゃしてた頃の顔が出ちゃった! ふふ、ごめんねぇ愛衣ちゃん!」

 みきはそう言いながら私に抱きついてこちらの頭を撫でてくれる。こうしていると暖かくて心地がよくて柔らかい感触に嬉しくなるけれど、先ほどのみきの太田を追い詰めていたように見えたドスの利いた声を思い出してしまうと冷や汗ばかりが流れてきてしまう。こうしてみきが私に良くしてくれているこの境遇に感謝するばかりだ。

 そんな額が寒いほどに汗をかいてしまう気持ちを抱えていると、太田は神妙な面持ちで一冊の本を手に持ちながら戻ってきたのだった。

 「さ、店に入る前に指名してくれ。今待機してるのはこの子たちだよ」

 「……これは?」

 「さっきも言った通り、個室でウハウハするからね。一人だけ指名できるのよ。さ、このリストの中から好きな子を……あ! 今日――かりんちゃん待機中なの!?」

 「ええ、まあ。かりんちゃん今日遅刻してきたからですね……ま、いつもだけど!」

 「かりんちゃん……?」

 今ひとつどういった人物なのか想像ができない。そもそもこの店にどういった人が居るのかが分からないから盛り上がる二人の会話についていけないのだ。そう思っていると、みきは太田が持ってきた本を私が見られるよう手渡してくれた。

 そこにあったのは「待機中」と書かれた表の中に〝かりん〟という名前と身体だけが収められた写真だけだ。

 写真に収められている白色のドレスが印象的で、脚を組みぶら下がった白い肌の長い脚を見るだけでも興味がそそられてしまう。ハイヒールがとても似合う脚線美と、ドレスが身体をかたどる綺麗で滑らかな曲線を見たら、自然と口の中は生唾で溢れつい飲み込んでしまった。

 そして、こんなにも綺麗な身体をしている人はどんな人なのだろうと思うのだ。

 「……うむむ……! か、かりんちゃんすごいんだよなぁ……! 骨の髄まで持ってかれるというか……!」

 「ハハ、この店で一番人気だしね! 初めての人は腰抜けるらしいよ?」

 「そ、そんなに」

 「……! よ、よし! かりんちゃんは愛衣ちゃんに譲ってあげちゃう!」

 「え……」

 「! い、いいの? みきさん」

 太田はそう言って目を丸めている。どういう意味を示すのか、きっとそれはみきの強く目をつぶる様子が物語っているようだ。

 「ふっ……ほら、私いい先輩だから!」

 「……自分で言っちゃオシマイでしょ……」

 「なに?」

 「あ、あー! みきさんはどの子にするのかなぁって! ハハハハ……」

 「そうねぇ……あ、あんりちゃん居る! ならばあんりちゃんで!」

 「出た、ロリコン……」

 「んー?」

 「ゴ、ゴホン!」

 みきは、明らかに太田からの言葉が聞こえている素振りを見せている。いつも綺麗だなと思っている彼女の細く長い指は、この時ばかりは威圧という刃を振りかざしているように見えるものだ。骨が鳴らす無言の脅しは傍から見ていても恐ろしい。

 「じゃあ、愛衣ちゃんはかりんちゃんで、みきさんはあんりちゃんね……。じゃ、こっちだよ」

 「あ、あのっ」

 「うん? ……あ! ご、ごめんね勝手にかりんちゃんを指名しちゃって! 他の子が良かった……?」

 「い、いえ……でも、あの……良かったんですか?」

 「もちろん! ……一度味わってみなって、女の私でも惚れちゃうんだから……うふふ……!」

 太田が案内してくれる背中を追いつつそんな会話を交わす。先ほどの剣幕とはなんだったのかというような上機嫌に跳ねるみきの髪の毛先は嬉しそうに、興奮をしているようだ。

 「よし、ここだよ。みきさんはこっちの部屋で……愛衣ちゃんはこの手前の部屋だ」

 この前連れてきてもらった賑やかな店内を通り、私たちは壁際にある階段を登って行く。綺麗に掃除や手入れの行き届いた空間を通り過ぎていくと、明らかに下のフロアとは明らかに違った雰囲気の部屋が四つ目の前に現れた。

 太田は一番手前の部屋の前で足を止めて私たちに割り振られた部屋を指差し説明してくれる。前もってみきから聞いていた通り、ここで行うこととは下のフロアと何ら変わりはないようだ。

 「……って感じかな。時間制限は九十分で固定してるんだ、回りが悪くなると客足に響くからさ。あとは自由に楽しんでいってね。……ああ、それとこの店は前払いで頼むね。ここでこんな話するのは悪いんだけど」

 「そ、そんなことないですよ……。……じゃあ、これで……」

 「……ああ、愛衣ちゃん。女の子は通常料金の半額で大丈夫だよ。みきさんもね!」

 「はーい! ……えへへ、女の子で良かったね愛衣ちゃん!」

 「ハハ、ここ最近は女の子のお客も多いから、そろそろこの料金体制も変更しなくちゃダメかもね……」

 「ええ! お、太田くぅん……!」

 「大丈夫だって、そんなスグに変わりやしないよ! ほらほら、そろそろ女の子くるから! 部屋でくつろいで待っててよ」

 今ひとつ納得のいっていないみきを急かすように太田は彼女を部屋へと案内していく。その別れ間際、みきは相変わらずの笑顔でこちらに向けて手を振っている。そんな様子をぼんやりと眺めているとこちらにも太田に促されて《A》と書かれた部屋と向き合う。扉の取っ手を掴み、どこかカラオケボックスの一室を思い出させる部屋へと踏み入れ扉を閉めた。

 部屋の中は薄暗く、下のフロアと同じ音楽が掛けられ、心なしか座り込むためのソファーも前とは違い上等なものであしらったものから出来ているようだ。落ち着くような色合いで演出された光の下を通り手荷物と一緒にソファーへ腰を下ろす。ギシッという音ともに私の鼻には爽やかなアロマの匂いが漂ってきて、きつくないその匂いに先ほどまで抱いていた緊張は解されていくのだった。

 「……なんだろ、こういう所に来るとやっぱり緊張しちゃうな……。まあ、ちょっとだけ後ろめたさがあるからだけど……それにしてもいい匂いがするなぁ……さすがはVIP席……」

 「――はーい! じゃね、あんりちゃん!」

 緊張から解き放たれてソファーに身体を埋めていると、部屋の外から元気な声が部屋の中まで響いて聞こえてくる。その大きさに驚いて座り直していると、入れ替わるように部屋の扉は開かれるのだ。

 ――可愛らしい赤のハイヒールで着飾った、白く長い脚は一番最初に姿を現す。そして、道を辿るように目の前の見えてくる数は多くなっていき、やがて白いドレスは、写真でも見た、銀色で彩られ洒落た刺繍を着飾った白いドレスを身に纏う女性が姿を見せるのだ。いいや、女性と呼ぶには若いように見える女の子。どうやら彼女が私の指名した〝かりん〟という人のようである。

 「失礼しますー! ……あ、おおっ!?」

 かりんはいくつかの酒瓶とコップなどが入ったボトルキャリアを持ちながらこちらの方を見て目を丸めている。

 目が合った瞬間、胸の奥でどくんと音が聞こえてきたような気がした。それに私を取り巻く時間の流れが緩やかになったような感覚がして、鳥肌が一斉に立ち上がる。こうしてかりんの姿を見ていると先ほど店先で聞いた「一番人気」という単語を思い出し、スラリとしたかりんの背格好を見てなるほどとため息がこぼれた。

 ――まるで観賞用のナイフを眺めているかのようだ。

 背が高くとても細いその腰つきは、細さを保ちながらもしっかりとしていて、眼を見張る綺麗な流線形を持った彼女の姿は全貌を明かさなくても美しいと思えるのだ。ナイフの柄を連想させる白いドレスの下に隠れた身体は丸みを帯び、刃と当てはめられるところには太った木苺のような乳房がたわわと実って圧倒するような存在感を示している。

 命を奪うことが目的ではないナイフでもひとつ刃を剥けばどうなるか判らない。美しさと〝鋭い〟という艶やかさ兼ね備えた、私の相手をしてくれるかりんという人がそこには居たのだった。

 「……す、すご……! モ、モデルさんみたい……!」

 「うおーっ! 女の子だーッ」

 ガチャガチャと音を立てながらかりんは私の元へと駆け寄ってくる。

 その様子がどこか実家で飼っている犬に似ていることを思い出しながら目の前で起きていることに驚いていると、私が見とれていたかりんという人がこちらの目の前に座り瞳を輝かせながら感嘆のため息をついていた。

 彼女は驚いたり気味悪がったりしている訳でもない。単純に楽しそうな雰囲気を作っているのだなと分かると、かりんが勢いよく近付いてきたことによってずれた眼鏡を直すことにも落ち着いてかけることが出来たのだった。

 「うふふっ! こんばんは! それからはじめましてだね! あたしはかりんって言って……って、ああ! 指名してくれたんだもん名前は知ってたよね! えへへ、ゴメンゴメン! この度は指名して頂きありがとうございます!」


 「い、いえ……そんな……」

 「……うひゃーっ! こんなしょっぱいフーゾク店にこんなカワイイ女の子が来るなんて! なに!? ドッキリかなにかなの!? ついにテレビ業界もソッチ系のお店にまで取材に進出しちゃうって!?」

 「え、ええ……」

 かりんはそう言ってどんどん私の前へと迫ってくる。彼女は私のことを「かわいい」などと言っているけれど、かりんの方もとても、いやかなり整って可愛らしい顔をしているのだ。それは世の中にはこんな人も居るのだなと思えるほどで、軽くウェーブかかった長めのアッシュブロンドヘアーにセンター分けされた前髪さえとても愛らしい。それでいて言動もどこか子どもっぽくてなおさら可愛らしいなと思えるものだ。

 そんな、わっとした勢いが似ているからなのか、彼女の黄色いバラのように笑う表情は私の視線を釘付けにするのだった。

 「あは、ゴメンねー……! ついテンションが上っちゃって! だっていつもはオジサマ相手だからさ、女の子が来てくれるだけでテンションが上っちゃうんだー!」

 「そ、そう……なんですね……。……ふふっ……」

 「おお……! こ、こんな物静かな人の相手ができるなんて……! あたしこのお店に居てよかったァ……!」

 そう言ってかりんはからからと笑いながら手を叩く。

 「えへへ。さっ、場が和んだところで……あ。そうだ! お客サマ、もしよければお名前伺ってもよろしいでしょうか! 許して頂けるのであればぜひファーストネームで呼ばせてください!」

 「それは、大丈夫ですけど……。私は、大原愛衣って言います……」

 「メイちゃん! かわいいー! あ、あたしのことはかりんって呼んでね! えへへ、じゃあメイちゃん! お酒は大丈夫かな? どんなのが好き?」

 「……むしろお酒は好きですよ? じゃあ……焼酎、お願いします」

 「うお! メイちゃん渋っ! 好きだねぇ! でもちょうど良かったー、ちょっとおもしろい焼酎が手に入ったから何気なく持ってきたんだけど大正解だったね!」

 かりんと握手を交わし、私の好きな飲み物を聞いて彼女は準備をし始める。かりんは、彼女自身が言った「おもしろい焼酎」を取り出し私に見せてくれた。

 「見て見て! 栗の焼酎だって! 絶対美味しいでしょコレ!」

 「……初めて見た……どんな味がするんですか……?」

 「あはっ! 敬語じゃなくてもいいよー! ……なんとなく歳が近い気もするしさ! あたし二十五なんだ!」

 「あ、じゃあ……私の三つ下なんだね」

 「おっ! メイお姉ちゃんですね! わっかりました!」

 「……普通に愛衣で良いよ……」

 なんというか、かりんから発せられるこのマシンガントークには感心してしまう。私は口下手だからなおさらそう思うけれど、この勢いと明るさはみきに引けを取らないのではないだろうか。

 「しかし、どんな味……栗! って味みたいだよ?」

 「そのまんまじゃん……あははっ」

 「あ……また笑ってくれた! えへへ!」

 「?」

 「ううん、最初見た時から大人しそうな人だなって思ってたんだけど、同時になんか疲れてるんじゃないかなって思っちゃって! だから、笑ってくれてすごく嬉しいんだ! えへへ……」

 そう言ってかりんは焼酎の瓶を持って嬉しそうに揺れ動いている。そんな彼女の素直なはしゃぎ方を見てそこまで分かるのかという驚きと不思議な暖かさにこの胸は包まれていく。暖かさと同時に胸の奥底できゅんと、弾けたような感覚がしたのであった。

 「それに、このお店に来てくれる人ってみんな気晴らしにパーッとしたい人たちが来てくれるからさ、そういう人たちが笑ってくれるのすごく嬉しいんだー!」

 「そうなんだ……ふふ、すごいねかりんちゃん……!」

 「わーい、褒められた! えへへ……ま、だからといってこの焼酎の味が分かるわけじゃはないんだけどさ! ぜひ一杯、いかがでしょうか?」

 「ふふ、うん。お願いします……」

 かりんにそう告げて酒を作ってもらう。そうしている間にもかりんとの会話は尽きることはなく、先ほどまで抱いていた緊張はどこかに行ってしまったようで、この瞬間の私の中では楽しいという気持ちで埋め尽くされていた。するといつの間にか私の目の前には可愛らしいコースターとともに焼酎が用意されていて手際の良さにも驚いてしまった。

 「ささ! どうぞ召し上がれ!」

 「うん、じゃあ……いただきます」

 軽く汗をかいているグラスを持ち上げ、グラスの縁から香ってくる匂いをまず初めにかいでみる。そこからは確かに栗のいい香りがしてきて、モンブランケーキとはまた違った心躍る甘い匂いで私の鼻は満たされていく。匂いだけでもすでに美味しいと息をつくと、機嫌の良さそうな笑い声も同時に耳に入り込んでくるのだ。ふと視線をかりんの方へ向けてみると、彼女は小さな顔を両手で包み二つの頬杖をして私の姿を見てくれていた。

 「ど、どうかした?」

 「ううん! ホントにお酒好きなんだなーって! メイちゃんめちゃくちゃ良い笑顔だったよ!」

 「そ、そうかな」

 「うん! その顔、本当に好きだって思ってる人じゃないと出ない笑顔だよ!」

 かりんの言葉を聞いてこの顔は自然と熱くなる。どこか恥ずかしいと思っている気持ちを抱きながら、その気持ちさえも飲み込もうとグラスを傾け中身を飲み込む。

 さほど辛さのない焼酎の味はとても飲みやすくてすっと私の喉を通り、芋焼酎に似た強い味わいとともに奥へと入り込んでいく。氷を入れているのに鼻から抜けていくものというのは香りを楽しんだ時と同じ甘く柔らかな香り。そう、炊きあがったばかりの栗ご飯のような香りが私を包み幸せな気分を作ってくれる。ここにかりんと二人きりということも相まってこの気持ちは膨らんでいくばかりだった。

 「どう? おいしい?」

 「……う、うまい……!」

 「おおっ! オッサンみたいな表情! いただきました!」

 「……! お、おっさん……」

 かりんからの何気ない一言につい自分自身の顔を触ってしまう。そんなに酷い顔をしていたのだろうか。

 「なんかメイちゃん見てたらあたしも飲みたくなっちゃったよ! すみません、あたしもゴチになりまーす!」

 「……ひょっとして、お客さんに毒味させた……?」

 「ちょー! 人聞きのわるいー! 試飲ですよ、し・い・ん!」

 「……物は言いようだね……」

 「うわーッ。メイちゃん何気にガツンと言うね! こりゃ一本取られましたな……えへへっ!」

 そう言ってもう一つのグラスを取り出しかりん自身が飲む分を用意し始める。あっという間に酒は出来上がり、かりんは「乾杯」と告げてこちらのグラスにぶつけてから嬉しそうに焼酎を飲み始める。するとかりんは言葉にしなくても声色だけで「美味しい」と叫んでいた。

 「こりゃ良いものを発見しちゃったなぁ……! あとで個人用に頼んじゃおうっと……」

 「ふふ……働いてる人の特権?」

 「まあね! こういうお店だから問屋さんもしょっちゅう来るし、買ったらお店にその分の代金払えばいいし! 酒飲みには嬉しいよ……買いすぎて少し遠慮しろって言われるんだけどさ、アハハ!」

 「へえ……かりんちゃんもお酒好きなんだ?」

 「うん! 仕事中だから飲んだくれる訳にはいかないけど、ある程度飲めるとお客さんも喜んでくれるし、楽しく接客もできるしね! それに酔っ払いたい時はオフでガンガン飲んでるしさ。そりゃもう、焼酎くらいだったら瓶ごとラッパ飲みでいっちゃうよ!」

 「……うそ……」

 「へーきへーき! 大体は二十五馬力くらいでしょ? いけるいける!」

 こういう時は世の中は広いのだなと思えるものである。やはり人は話してみないと分からないことばかりだ。

 「それにね、お酒入ると自然とエロスイッチ入りやすくなるし! ここはそういうお店だから鬼に金棒だよ! 下手したら別な棒握ってるかもね!」

 「……げ、下品だ……」

 「あれ? そういう話キライ?」

 「い、いや……そういう訳じゃ」

 「……ていうかさ」

 そう言ってかりんはグラスをテーブルに置き私の方に向き直っている。背筋を伸ばした姿を目で追うと、かりんは唇を尖らせながら興味深そうな眼差しでこちらのことを細目で見つめていた。

 「メイちゃんってさ、やっぱりおっぱい星人なの?」

 「ブフッ」

 「おっ! 初々しい反応! まだえっちどころかキスもしたことないと言っちゃってる反応……ゴチでっす!」

 決して間違った意見ではない。しかし図星を指された私の正体は愚かなまでに本心の全てを正直にさらけ出してしまうのだった。

 「別にいいじゃん? 女の子がおっぱい星人でもさ! あたしも他人のおっぱい好きだよ!」

 「そ……そうだよ……。どうせ私はおっぱい星人ですよ……」

 「あはっ……逆ギレしちゃって……かぁわいー……!」

 つい忘れてしまっていたがここは単純な居酒屋などではない。欲求をさらけ出す場所だからこそ私の素性が明らかにされ、私以外知らない顔があっという間に他人の前に引きずり出されてしまう。それはなんだか恥ずかしくて、どこか嬉しくさえも思えるものだ。こうしていると栗の焼酎を飲み込んで楽しくなったことがなんだか懐かしい。

 「でもさーメイちゃん」

 「え……あ……」

 「せっかくVIP特権使ってここに居るんだからさ、もうちょいその特権使っていきなよ! この場所は……――イチから十までおっぱい触って良いんだから、サ……!」

 かりんは私の目の前に迫ってきて、息遣いさえも聞こえる距離に私たちの間は作られた。かりんは、自らの身体を見せつけるように背中を反らしドレスの隙間から覗かせている素肌、とても大きな胸を目の悪い私にも分かるほどに迫って来ていた。

 そんな様子を見つめて胸元を凝視していると、かりんは微笑みながら胸元のチャックを静かに下ろし、ドレスの下に隠されている身体を私の前に見せつける。

 目の前に現れた、とても大きな二つの胸の真ん中を走る綺麗なIの字のラインはこちらにどれ程の大きさを伴っているかを知らしめているようで、二つの胸が動く度に柔らかそうなそれはムチムチと潰れて、愛らしく映るそれを見て口の中が生唾で溢れかえるのだ。こんなにも明るくて子どもっぽいかりんは、どんな声で悦んでくれるのだろうかと、そんなことを考えながら。

 生唾を飲み込み、私のこの手のひらは柔らかさを求めていた。だからこそ、この手は好きな酒の入ったグラスを簡単にテーブルの上へと手放したのである。

 「……いいよ? 両手で揉んじゃいなって!」

 「……。……かりんちゃん……!」

 「あっ……あんっ……! ふふっ、いい子だねぇ……」

 私の手はついに触れたいと思っていた欲求に辿り着いた。十本の指はかりんの大きな胸の肉に埋まって、手のひらは少しだけ固さを感じる手応えと温かさを掴み取る。もちっとしたこの触り心地はつきたての餅のようで喉が鳴ってしまう。

 「や、やらかい……!」

 「えへへっ、ありがと! もっと、もっともみくちゃにしても、舐め回してオッケーだよ……? 本番さえしなけりゃそれで良いんだから!」

 「……本番……?」

 「……。……ようするに、セックスしなければいい、ってこと。ここはそういうことが出来ないお店なんだよ。中にはそういうことをやらせちゃう所もあるけど……それは違法なお店ね。そんな所に行っちゃったらあたしもヤバいし、メイちゃんだってタイホされちゃうかもよ?」

 「……うわ……」

 「だってレイプとおんなじじゃんそんなの。嫌がってない人も居ることは居るんだけど……それはどうなのって感じだよ。ここは疲れた身体を元気にさせるところであって身勝手な欲望をぶちまける場所なんかじゃない。純粋に楽しんでくれてる人も居るんだから、そんなことが原因で何もかもダメって言われちゃ、あたしも我慢できないよ……」

 「かりんちゃん……」

 きっとかりんはこの業界に居て長いのだろう。遠い目で私から視線を逸した瞳にはこれまであった出来事が映し出されているように潤み、哀愁を漂わせていた。

 だがその表情はすぐに無くなり、悲しそうな表情を閉ざすようにかりんの瞼もまた閉ざされたのであった。

 「ま、お客さんが原因の時もあるけどね! この前なんてさぁ、明らかにテントをおっ勃てながら来店したオッサンが居てさぁ! しかもチャラチャラしたオッサンでさ、マジキモかったんですけど! このバカーってテントを蹴りそうになっちゃった!」

 「……優しくしてあげてね……」

 「もちろん! ……メイちゃんみたいな素直な人にはあたし、目一杯良くしてあげちゃうよ! ……。それに、相手は人だからね、意思疎通がなきゃダメ。……でもね、それでも……あたし、いいなって思ったら――お店以外の場所であたしから誘っちゃうんだから……」

 「……?」

 「ふふっ……ようするに! メイちゃん頑張ってってことだよ! 頑張ればボーナス出るよ!」

 そう言ってかりんは両腕で胸を更に寄せて私の前に近付いてくる。私の目の前はかりんの顔でいっぱいになって、かりんの大きなつり気味の目も、色っぽさが漂う厚めの唇もこちらが胸を揉み込んでいることと同じように今の時間だけ私のものとなった。

 両腕で寄せられたために胸は弾けそうにドレスの胸元の間からぎゅうぎゅう詰めにされている。けれどもそれは感触にとっても同じであり柔らかさは増してぷよぷよとしているではないか。そんなかりんの胸の様子には可愛いと思うばかりだ。

 以前エリの胸を揉み込んだ時にも思ったけれど、かりんもまた本物の巨乳の持ち主だ。人工的に後から入れたものとは違うような、少し前に太ってしまった自らの脇腹や二の腕をつまんだ時のような柔らかい感触と似ていることを思えば間違ってはいないのだろう。それでいて肌の手入れはかなり徹底的にやっているようで滑らかなこの手触りはシルクのスカーフを触っているみたいだ。

 「お、おおお……! むむむ……」

 「……ぷっ。あははっ……!」

 「! な、なに……?」

 「あは、ごめん! でもさ、めちゃくちゃ難しい顔しながらおっぱい揉んでるのがおかしくって! あと鼻の下伸ばしてるのにその表情は……あははっ」

 「……! うそっ……」

 ……どうやらとても酷い顔をしてるようだ。自らの鼻の下が伸びているかどうかなんて分かりようはないけれど、自らの頬が緩んでいることははっきりと気付くことが出来る。かりんに笑われた後で直そうとしても遅いけれど気になってしまうものだ。

 「あは、あはは……! ふふっ、メイちゃんは思ってることは顔にすぐ出ちゃうタイプなんだねー! ……好きだよ、そういうカオ。もっと見せて?」

 かりんは私の耳元で囁きこちらの耳に息をかけてくる。一瞬の感触だったけれど驚いて私の身体は持ち上がりかりんの胸から手を離してしまう。手のひらが感触を失い代わりに部屋の温度を感じていると、かりんは席から立ち上がり私の前へとやって来る。すると、かりんはエリの時と同じように一言断ってから私の膝の上に乗ってきたのだ。

 「ねえねえ? メイちゃんにちゅーしていい? 大丈夫、マウストゥマウスじゃないから! そんなことここでしたらあたしが怒られちゃうし!」

 ちょっとだけ迷う提案だけれど、不思議と悪い気はしてこない。私は黙ったままこくりと頷いてかりんに応えるのだった。

 「えへへっ……それじゃあ遠慮なく……ちゅっ、んーっ」

 「ひゃあっ」

 「ほらほら! おっぱい揉まないと損しちゃうよぉ? ……それとも、おっぱい星人なメイちゃんは直の方がいいかな……?」

 私の両肩を掴んでいるかりんはこちらの頬にキスをしたり舌を使ってずりずりと舐めている。こちらに抱きついているかりんの体制は私にとってとても触りやすいもので宙にぶら下がっている胸は掴みやすそうに揺れている。そんなことを思っているとかりんはドレスの胸元にあるチャックを更に下ろして上半身だけ素肌をさらけ出し始める。それと同時に、私の目の前には胸が、とても形の良い丸が二つ。豊満な球体が現れて少しの間だけまばたきを忘れてしまう。

 丸々と太った木苺は、むしろメロンの形とそっくりなかりんの胸は張りもあり、ドレスの上から揉んでいた時に感じた柔らかさに偽りはないという形姿をしている。しかも乳首はピンと立っていて、その近くに見えている乳輪は華やかな大輪の花のようであった。なんていやらしいのだろう、という言葉は吐き出されることなくまた湧き出してきた生唾とともに口の中に溢れる全てを飲み込むのだった。

 「さあさあ。どうぞ! 今日メイちゃんで初仕事なんだー。……だからヨダレ臭くなんかないよ……?」

 そんなかりんの言葉に反応して私の口は自然と開き、たわわと実った胸にかぶりつく。

 唇で胸の肉をつまみ、舌でなぞりながら全体を舐め回していく。空いている片方の手で胸をこね回し胸の谷間に顔を埋めては心地よい満足感が背中をなぞられて、かりんの胸の中でため息をついてしまう。

 ――極楽だ。今私に取り付いている気持ちというものはそういうものである。

 「あんっ……! ふ、ふふ……メイちゃんの触り方……やらしー……! あとどっかのオッサンみたいにキツくつまんだり叩いたりしないから、すごくイイや……! やっぱ……女の子に触られてるのって一番いいかも……」

 「……もしかして、叩かれたりするほうが、良かったりするの……?」

 「痛いのはヤダなー! ……ま、お客さんがそうしたいのなら何も言わないけど……。だから、今はメイちゃんにおまかせしまーす!」

 「……うん、分かった」

 昔、学生時代だった頃。小さい頃と何ら変わりない私の胸を大きくさせたいと思いあの手この手を試したことがあった。一番簡単で手軽な方法として胸を揉み込んで刺激を与えることで神経を活発化させ、脂肪をつけやすくさせようと一時期ではあったが熱心に育てようとしたことがある。

 けれども日々の成果が乏しく、何よりいやらしい気分になりがちだったその方法は三日坊主とまでは行かなかったけれど短期間で終わってしまっていた。だが少なからず結果として効果はあったようで、悩んでいた頃と比べれば少しだけ丘が出来たのも事実であった。

 きっと、刺激を送り神経を活発にさせたことが要因であったのだろう。そうだとするのであれば、あの触り方は自らの希望を叶えるためだけの方法だけに留まらないのではないのだろうか。手のひらで地面を均すように平行を辿り、各所が活発になるようにと優しく壊してしまわないように、指の一本一本を使い気を付けながらまさぐって。

 「……っ! ……っあ、ああ……! じょ、上手、だよ……メイちゃんっ……きもちいい……よ……」

 他の女性の胸を触り揉むなんて慣れたものではないけれど、同じ女性だからなんとなくの感覚で分かってしまうのだ。触られるだけで心地良さを感じてしまう、手のひらの感触。例えそれが自分自身の手のひらの感触だったとしても……。

 「ん゛……っ、ずずっ……! んふぁっ……んん、ちゅっ……れろっ……!」

 「……! ……はあっ、ああっ……! んっ、イイよっ……あっ、やばっ……んん、メイちゃんが、楽しんでるのに――気持ちよくなっちゃいそう、なんてぇっ……」

 そんな声が聞こえてきてはっと顔を上げる。すると私の上には顔を赤くして切なそうなかりんの表情が昇っている。しかも厚い唇の間から心地良さそうな涎が垂れ出してきていて艷やかな表情が私の前には迫っていた。

 その気になっていると言っているようなかりんの表情と雰囲気には不思議と惹かれるものがある。――抱きしめて、彼女の全てに触れてみたい。どうしてか、そんな気持ちばかりが生まれてくるのであった。

 「……や、やば……。……あ、そうだ……。メイちゃん、〝おっぱい酒〟試してみる……?」

 「……なにその如何にもって名前……」

 「もー何しらけてんのー? ま、そりゃそうだけどさ? 名前の通り、このおっぱいを盃にしてお酒を飲むんですよ! メイちゃんお酒好きだし、ちょっと飲んでおっぱいで楽しんじゃってるでしょ? そろそろノド乾いたかなーってさ!」

 「まあ……それは確かに……」

 かりんはそう言って私の肩を優しく押して遠ざかる。すぐに戻ってきて焼酎の瓶を片手にまた私の膝に座り込み、ポンっと音を鳴らしながら蓋を開けて、かりんが言ったように寄せた胸の谷間に酒を注ぎ盃を作り上げる。さすがは大きな胸の谷間なだけあるものだ、溢れる気配はない。

 「さ、どうぞー! おっぱい酒・栗味! 召し上がれ!」

 頭が痛くなるような酒の名前だ。けれども美味しそうだと思っている私が居て、その正直さに自らのことながら文句を言いたくなるものだ。

 「……よし……。……ずずずっ」
 かりんの谷間に注がれた酒の量というのはおそらくお猪口一杯分くらいだろう。食器ではあるまいし妥当といえば妥当な量である。しかしすぐに飲み終わるその量はとても都合が良いもので、私はその先にあるもの味わうことに専念出来るのだ。

 焼酎にまみれたかりんの大きな胸。焼酎を振る舞われたこちらからすれば綺麗にしてあげないと失礼なことであるだろう。そんな気持ちが私を後押しして、この口は、この舌先はかりんの胸に注がれ跡だけを残した焼酎の残りを拭うのだ。一滴も残さないようにゆっくりと念入りに、何かをかき集めているかのような素振りを見せながら。

 「……んっ……」

 こうして舌を通してかりんの肌を舐め回していると温かさも伝わってくるようだ。その温かさが口の中に移ったかのように燃え上がり熱くなっていく。きっと何も割らずに焼酎の原液を飲んだからなのだろう、熱くて痺れるような感覚が舌に乗ると頭の中はぼんやりとし始める。酔っ払い始めている、その感覚が合っているだろう。

 ぼんやりとした感覚はとても心地がよく、いつも酒を飲んでいると覚える気持ちが私の思考となり行動へと結びつけていく。私の舌はもっと欲しいと動きかりんの胸を綺麗にしようと躍起になるのだった。

 肉まんを割くように二つの胸を分けて、その間に入り込んだ焼酎の跡を辿り……。

 「やっ……」

 上下の唇を使って肌をつまみ舌で舐め取る。何も残さないよう、やがて舌全体を使って貪欲にありつきながら。

 「……!」

 そしてこの手はもう一度かりんの胸を寄せ集めるのだ。やはり感触をもう一度確かめたいと欲張って。この心地の良い肌……もといかりんの大きな胸が良くてたまらない。私の好みによく合っている触り心地は揉む度に柔らかくなっていく。手の腹に当たる乳首さえも柔らかくなって、溶けてしまうのではと思ってしまうほど滑らかになっていくのだ。

 まるで私の疲れやいらつきを見ているかのようだ。刺激を与え柔らかくなっている私の手の動く様は私の心の中で積み重なっているもどかしいそれと似ている。どんどん柔らかくなっていく、ほぐれていく。なんて気持ちのいいことなのだろう。このまま凝りが解けていくように柔らかくなって、今触れて揉み込んでいるかりんの胸のような滑らかなものに、なっていけばいいのに。

 「……。……っ」

 身体がバターのようになっていく。かりんの身体から漂ってくる甘くてすっきりとする香りを感じていると全身が揉み解されていくようだ。肩や腰、脚や腕と頭にも及び、私の身体の恥ずかしい部分までもがそうなっていく感覚がするのだ。ムズムズとしてくるのである。

 ――そうしていると脚の間が、股の奥からぬくもりがほとばしって、つうっとした流れを感じるのだ。その感覚がしたあと座っている場所を動かすと、ほんのりとぬるぬるした肌触りを感じられる。

 いやらしい気持ち。それが私をもてはやすのであった。

 「『あ……頭の中、ふわふわってしてきた……空気が薄いって思ってる時みたい……! でも、やめられない……かりんちゃんの身体、もっと触ってたいな……』」

 かりんの胸を弄び、乳首さえも吸い尽くした後、酸素が足りなくなり胸から顔を外して、かりんの身体を抱きしめながらため息をつく。そうやって一息ついていると私の顔は突然、窮屈になってこちらの頭は丸ごと締め付けられる。急な出来事にびっくりしているとこの窮屈さの正体を知るのだ。

 ――かりんは私の頭を抱きしめながら、体重の一部をこちらに預けていた。そして……。

 「あ……ん゛っ……! あ゛っ……! あたしっ……やばっ……ッ! っあ゛……あ……!」

 そんな声が聞こえた途端、私の身体の上でガクンガクンと揺れ動き、耳にはかりんの荒い息遣いが聞こえてくる。ひょっとすると……。

 「……かりん、ちゃん?」

 「……! な、なんでもないよっ! ……さ、さあさあ! まだ時間はあるよ……?」

 「……う、うん……」



 ピピピピッ! ピピピッ!

 かりんが私の膝の上に乗ってからどれ程の時間が経ったのだろう。そんな風に時を忘れるほどかりんの身体を弄んでいたけれど、夢のようなひと時はついにピリオドを打たれた。部屋に置いてあるタイマーは電子音をけたたましくあげながら私たちの意識を向かわせる。

 かりんは心なしか残念そうな声をあげながら渋々私の膝の上から退いて立ち上がり服装を正しタイマーの元へと駆け寄っていた。

 あれからというもの、私はかりんの胸を触り、舐め回しそれどころか舌を使って脇や乳首を吸い尽くしていた。その途中でかりんは何度も無口になり身体をびくつかせていたのである。

 ……憶測であるから間違いないとは言い切れないけれど、もしかするとかりんは私がしていたことに対して敏感になっていたのだろうか? あの反応や千切れてしまいそうなか細い声は、私がたまに一人で性欲を満たすために慰めた時の反応と同じに思えたからだ。

 もし、それが本当のことだとしたら、とても恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだけれど、同時に私を嬉しくてたまらない気持ちにさせてくれるのだ。

 なぜだろう、話下手な私でも会話が意思疎通できた時と同じ胸の弾み。私がかりんの身体を独り占めにして、それを受け止め感じ取ってくれたのだろうかと思うと、私に背を向けながら顔を手で扇いでいる後ろ姿がとても愛しく思えるのだった。

 「……。……ていうか、私……」

 心地良さに浸りきって忘れていたが、かりんの体温が無くなり一気に冷めた身体の一部分が寒くなりその部分に指を当ててみる。――まずい、私の大事なところまで興奮して濡れてしまっているようだ……。

 「……ヘンタイか……」

 「メ・イ・ちゃん!」

 「うわ! ……び、びっくりした……」

 「あは、ビビりすぎ! ……ものすごーく名残惜しいんだけど、今晩はこれでオシマイです……。……えへへ、寂しいね」

 「う、うん」

 「……。ちぇーっ! うんじゃないよ、うんじゃ! 言っとくけど今日は再指名はできないからね? VIP席も一日一回だけだから! 日が変わらないと会えないんだからね! ……今日はもう会えないよ……?」

 「あ……」

 かりんはそう言って両腕をばたつかせる。小さな子どもが駄々をこねているかのようだ。

 そういう態度を見せてくれるのはきっと、かりんにとっても楽しい時間となっていたのだろう。私に対して不満だと言っているふくれっ面もどうやらそういうもののようである。

 そんなかりんの表情を見てしまうとこちらも一気に名残惜しくなってしまうものだ。だからと言ってこの店のルールに背くわけにはいかない。ルールとしてある以上、私は店からつまみ出されてしまうだろうし、下手したらみきにまで迷惑をかけてしまうかもしれない。寂しいけれど、これは仕方のないことのようだ。

 「……。……ちぇっ。……おっ! そうだ! ねえねえメイちゃん?」

 「え、うん?」

 「ハグしよ! あたし、メイちゃんのこと気に入っちゃってさ! ……寂しいんだ。こんな気持ち久しぶりだよ」

 「……かりんちゃん……。……うん、いいよ」

 かりんにそう言われて自然と気持ちは軽くなって嬉しさも相まって、私の腕はすぐに声のする方へと伸ばし始める。それを見たかりんは、私に飛びつくように座っている私へ目掛けて飛び込んでくるのだ。しかし飛び込んでくる強さに勢いはあったものの痛さや窮屈さは感じられない。かりんが持ってきた強さは布団をかぶった時のようで優しいものだった。

 「うー! メイちゃぁん……! また遊びに来てよねーっ!」

 「も、もちろん……! ……すごく楽しかったから、また遊びたいな……」

 「……ね、メイちゃん」

 元気な様子を見せていたかりんの様子がひっくり返ったかのような声色が私の耳元で囁かれ言葉が詰まる。かりんの甲高い声とは裏腹のどきりとするようなハスキーな声色が私の耳元で聞こえてきたのだった。

 「か、かりんちゃん……?」

 「メイちゃん……メイちゃんは明日お仕事あるの?」

 「え……ま、まあ……休みは週二日だけど、明日は出番だよ。その次は休みだけど……」

 「そっか! ……じゃあ――明日、また会えるかもね?」

 「へ……。わ、私ここに毎日通えるようなお給料貰ってないんだけど……?」

 「……アハハッ! ふふ、ホント……メイちゃんかーわいい!」

 「え……?」

 「あたし、このお店に住んでるわけじゃないんだからさ! ……んで、良かったらコレ、後で見てみてね。念を押すけど、誰も居ないところでこっそり見てよね! きっと良いこと書いてあるからさ! あたし期待して待ってるからね!」

 そう言ってかりんは私に抱きつきながら私の胸元に硬いを差し込んでくる。重いものではなさそうだが、肌にチクチクとしたものが当たって痒く思えてしまう。どうやら服の中に紙状の何かを入れたようだ。

 「……絶対だよ、メイちゃんっ。んちゅっ」

 耳にかりんからキスをされて身体が震える。気持ちいいと思っていると、かりんは私の元から離れていき、持ってきた荷物を持ちながらこちらの手を取って私へ立つように促している。どうやらそろそろ部屋を出なくてはならない時間のようだ。

 もう終わってしまうのかと改めて思いながら握られたかりんの手を握ってみる。するとかりんは私の手を握り返し、こちらに顔を見せることはなかったが鼻歌交じりで部屋の出入り口へと足を運んでいく。そうして部屋を出ると今まで暗かった部屋から一転して蛍光灯の眩しい光が私の目に差し込み視界がぼやけてしまった。

 しかしそれはすぐに慣れて回りの様子を見渡すと、入室する前と変わらない廊下の様子の中に一人、廊下に置かれているソファーにみきが腰をかけて座っている。……いいや、全身を投げ出してもたれかかっていると言った方が正しそうだ。

 「それでは! 本日はありがとうございました!」

 「こ、こちらこそ……。……かりんちゃん、ありがとう……!」

 「……ふへへっ……。いえいえ! それじゃまた!」

 かりんはそう言って頭を下げてから奥へと歩いていく。コツコツと歩きながらリズムを刻んでいる足取りは心なしか楽しそうな様子である。

 しかし、かりんが最後に私に言った言葉が気になる。「また明日会えるかもね」とは、どういうことだったのだろうか。

 「……後でこっそりって言ってたもんね……ちょっと、トイレに行って来ようかな……なんか、パンツがやばいかも……。……それより!」

 気になっていることを確かめようと思ったけれど、私の背後で聞こえて来る不気味な笑い声で私の優先的にするべきことが思い出されこの身体は後ろへと向き直る。私をここへ連れてきてくれたみきの、とろけきっているようにも見えるみきのことをフォローをしなくては。

 「み、みきさん……? ど、どうしたんですか……?」

 「……んあ。ああ、愛衣ちゃん……! かりんちゃんはどうだったー……?」

 「あ……はい。その、すごい方でした……明るくて元気で、てきぱきしてて……かわいくって」

 「そりゃ良かった! おねーさんも譲った甲斐があるってものよ……でへへ……」

 「み、みきさん?」

 「いやァ……かりんちゃんもすごっくってたまらんのだけど……でへへっ。あんりちゃんもねぇ……えへへ……。あの子、じらすの上手でねェ……なかなかおっぱい触らせてくれないんだけど、触れた時の反応って言ったら……おほほ……! あのかわいくてちっちゃいおっぱい……最高……! クセになりそうですよマジで……。今日一日あのおっぱいと声は私の身体からは離れていかないことでしょう……。もう私のことはロリコンと呼んでください……フヘヘ……」

 みきは乾いた笑いをしながら身体を引きつかせている。こんなことを言っていけないだろうけど、不気味の一言に尽きるものだ。

 しかしこれでは歩くのもままならない様子だ。そんなことを思っていると、しゃがみこんだ私の股の間からまたぬめりを感じてつい脚を閉じてしまう。このままではみきは立ち上がれないようだし、この間に個室で確認してこよう。

 「あ、歩けますか」

 「……もうちょい待って……余韻が抜けるまでもうちょい待って……」

 「わ、分かりました。……あの、その……ちょっと、おトイレ行ってきて、いいですか……?」

 「オッケー……。私を置いていかなければそれでいいよー……」

 「は、はい。それじゃ、ちょっと失礼します……」

 「はいはーい……」

 みきはそう言って力なく手を振っている。かなり心配だが、本人は大丈夫だと言っているのだから今はその言葉に甘えさせてもらおう。

 私はすぐに立ち上がり辺りを見渡す。すると私が居た部屋の次の次に《お手洗い》と書かれた看板を見つけ、私の足は床をつねるように掴みながらその方向へと歩き出す。トイレの前へやって来ると個室は一つしかなく男女共用のようだ。誰かが入ってきたら迷惑をかけてしまうかもしれないけれど、今の私にとって一人になれる空間があること自体がありがたかった。

 扉を開けて綺麗に手入れがされたその中へと足を踏み込む。中に入り扉を閉める間際、近くに誰かが居ないかよく確かめてから扉を閉めていく。今の所、私の他に居るとすればみきだけのようだ。

 「……はあ。……よ、よいしょ……っと。……っあ……」

 誰一人の目が届かない場所で、私が抱いている違和感を確かめるべく自らのズボンのベルトを外しそのまま床へと下ろす。――すると、ズボンとショーツが離れていくと同時に、私の股から糸が引いて雫となりショーツへと落ちていった。

 念の為にそれがどういうものだったのか確かめるべくしゃがみこんで確かめてみると、私の黒とグレーのボーダー柄のショーツの裏にはべっとりと粘ついたものがこびりついており、どきりとしながらこれがどういうものなのか察しながら掬ってみると、思った通りの感触でありとてもぬるぬるとしている。掬った指をつまむようにしてから指を離してみると、それは恥ずかしいほどに糸を引いて、たくさんの愛液はまたしても糸を引いて興奮を示していた。

 やはりそうだったのかと思い、おそるおそる自らの股を触ってみるとこちらもやはりびしょ濡れになってしまっていた。

 「……んっ……。う、薄々感じてはいたけど……やば……。というか、女の子で……かりんちゃんで、こんな風に興奮しちゃってたんだ、私……。……」

 興奮を覚え嬉しくなった反面、どこか一線を越えてしまったような背徳が私のちっぽけな背中に重くのしかかり罪悪感がこの身体を包み込む。

 楽しかった。けれども同性に興奮し欲しいと思った、そんな性欲の強すぎる自分自身が恐ろしかった。

 「……。はあ。確かに……昔からひとりエッチはよくしてたけど……ここまでだったのか、私って……。……でも、かりんちゃんすごかったな……もっと、触ってたかったし……かりんちゃんに、ここ……触って欲しかった……な。……って! だ、だめだめっ……あれ以上しちゃったら……私が、タイホ……! ……うううっ。……あ……うん?」

 私の正体というべき影が姿を現し、とんでもなくいやしい唐変木とうへんぼくな様子に肩を落としていると、そのはずみで服の下から何かが落ちていってその後を目で追いかける。トイレの床に落ちた物。それは一枚の紙、いや、どうやら名刺のようだ。

 「……かりんちゃんの名前が書いてある。……また来てってことかな、ふふっ……。あ、でも……それだけだった普通に私に手渡せば良いような……あ、あれっ……?」

 クラブ・ハプニングファーイのロゴと一緒にかりんの顔写真と名前が書かれた面を裏返してみると、そこにはピンクのペンで書かれた文字が現れたのだ。キラキラとしたラメ入りのインクのようでちょっと読みづらいけれど、そこに書いてあった内容につい声を出してしまう。

 なぜなら―― 「もし良かったら明日、時間の空いた時に電話してちょ! 〝080‐XXXX‐XXXX〟待ってるネ! かりん」と、可愛らしい文字で書いてあったのだから。

 そして、その内容を見てさりげなく言っていたことを思い出したのだ。かりんは「お店以外の場所であたしから誘っちゃうんだから」と、言っていたことを。

 だからこそ私は喜びで声が出そうになることを生唾と一緒に飲み込んで、急いでショーツとズボンを履き直し、みきと一緒に帰るために横たわるみきの元へと足早で駆けていくのだ。この足取りはまるで、ひょっとしたらと、言っているかのようだ。









おわりの訪れを夢見て・終
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