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暗雲(5)
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(邸に向かっている?)
麻袋を担いだ泥棒が、村の外れに向かう道を歩き出す。私が暮らしていた叔父さんの邸は、少し離れた小高い丘の上にある。泥棒が歩く先にある家となると、そこしかない。最も、知らずに道があるから辿っているだけの可能性もあるが。
私はレフィーを見上げて、あっと思って直ぐさま視線を外した。無意識で彼を頼ろうとしていた自分を、恥じ入る。
「どうしました? あの者を追い掛けたいのでしょう、行きますよ」
ほんの一瞬見ただけだったのに、レフィーは的確に私の気持ちを読み取っていた。
そんな彼をもう一度見て、でもやっぱり居心地が悪くて逸らしてしまう。
「泥棒が襲ってきたら、私はきっとレフィーをアテにしてしまうわ。ここに来るのでさえ、貴方が嫌がるのを無理にお願いしたのに」
レフィーが初日からしたいと言っていた実験さえ、私の都合で彼は先延ばしにしてくれた。そんな私に甘い彼が断ったことを、私は無理に押し通したのだ。これ以上はと、どうしても思ってしまう。
それなのに、レフィーは私が逃げた視線の先に手を差し出してくれた。
「あれは村の状況を確認する前だったからです。噂では聞いていたものの、本当にもぬけの殻かどうかはわかりませんでしたから。もし違って死体が転がっていたなら、そんな場所にミアを連れて行きたくなかっただけです」
「! そう……だったの」
さあこれで憂いは無くなったでしょうと言うように、レフィーが差し出した手を上下に動かしてみせる。
けれど、どこまでも優しい彼に、私の躊躇いは却って大きくなってしまった。
いつだって私のことを考えてくれていたレフィーを、私が一方的に責め立てた事実は変わらない。
(何時間も、レフィーが悪者のように責めてしまった)
そもそも雨を止ませないという村への報復だって、私の代わりにやっているようなものだ。私と出会うまで、レフィーはシクル村との接点なんてなかったのだから。
殺されかけた私が、そのことで悲しんだ。だから彼は、報復した。もし私が村を愛していて、進んで生け贄になっていたなら、彼はきっとここまでのことはしなかった。
ここまでは望んでいなくとも、報いを受ければいいという気持ちが確かに私の中にあって。それを彼が汲み取った。そして実行した。
報いを受けた村に、実際に多少胸がすいてしまったのが、何よりの証拠だ。
(レフィーは私をよく見ているのに、私は自分のことしか考えていない)
差し出されたレフィーの手を、見つめることしかできないでいる。手が動かない。
レフィーの手に応えないこともまた悪いと思うのに、手が動かない。
「……貴女は自分を身勝手と考えていますが、違います。そう思っている時点で、身勝手な者の条件から外れますから。それに身勝手というなら、私もでしょう。ここに雨を降らせたところで何の生産性もなく、心が満たされるわけでもなく。完全な、八つ当たり行為です」
「だってそれは――」
「他力本願とも思っていますか? 結構です。私としては、寧ろもっと積極的にそうしてもらいたいくらいです」
「あっ……」
いつまでも迷っていた私の手を、迷いなく取ったレフィーが歩き出す。
「積極的に、自分の手に負えなかったらではなく、初めから私をアテにして下さい。ミア」
そして彼は、躊躇いから握り返せないでいた私の手を、二人分とばかりに強く握ってくれた。
麻袋を担いだ泥棒が、村の外れに向かう道を歩き出す。私が暮らしていた叔父さんの邸は、少し離れた小高い丘の上にある。泥棒が歩く先にある家となると、そこしかない。最も、知らずに道があるから辿っているだけの可能性もあるが。
私はレフィーを見上げて、あっと思って直ぐさま視線を外した。無意識で彼を頼ろうとしていた自分を、恥じ入る。
「どうしました? あの者を追い掛けたいのでしょう、行きますよ」
ほんの一瞬見ただけだったのに、レフィーは的確に私の気持ちを読み取っていた。
そんな彼をもう一度見て、でもやっぱり居心地が悪くて逸らしてしまう。
「泥棒が襲ってきたら、私はきっとレフィーをアテにしてしまうわ。ここに来るのでさえ、貴方が嫌がるのを無理にお願いしたのに」
レフィーが初日からしたいと言っていた実験さえ、私の都合で彼は先延ばしにしてくれた。そんな私に甘い彼が断ったことを、私は無理に押し通したのだ。これ以上はと、どうしても思ってしまう。
それなのに、レフィーは私が逃げた視線の先に手を差し出してくれた。
「あれは村の状況を確認する前だったからです。噂では聞いていたものの、本当にもぬけの殻かどうかはわかりませんでしたから。もし違って死体が転がっていたなら、そんな場所にミアを連れて行きたくなかっただけです」
「! そう……だったの」
さあこれで憂いは無くなったでしょうと言うように、レフィーが差し出した手を上下に動かしてみせる。
けれど、どこまでも優しい彼に、私の躊躇いは却って大きくなってしまった。
いつだって私のことを考えてくれていたレフィーを、私が一方的に責め立てた事実は変わらない。
(何時間も、レフィーが悪者のように責めてしまった)
そもそも雨を止ませないという村への報復だって、私の代わりにやっているようなものだ。私と出会うまで、レフィーはシクル村との接点なんてなかったのだから。
殺されかけた私が、そのことで悲しんだ。だから彼は、報復した。もし私が村を愛していて、進んで生け贄になっていたなら、彼はきっとここまでのことはしなかった。
ここまでは望んでいなくとも、報いを受ければいいという気持ちが確かに私の中にあって。それを彼が汲み取った。そして実行した。
報いを受けた村に、実際に多少胸がすいてしまったのが、何よりの証拠だ。
(レフィーは私をよく見ているのに、私は自分のことしか考えていない)
差し出されたレフィーの手を、見つめることしかできないでいる。手が動かない。
レフィーの手に応えないこともまた悪いと思うのに、手が動かない。
「……貴女は自分を身勝手と考えていますが、違います。そう思っている時点で、身勝手な者の条件から外れますから。それに身勝手というなら、私もでしょう。ここに雨を降らせたところで何の生産性もなく、心が満たされるわけでもなく。完全な、八つ当たり行為です」
「だってそれは――」
「他力本願とも思っていますか? 結構です。私としては、寧ろもっと積極的にそうしてもらいたいくらいです」
「あっ……」
いつまでも迷っていた私の手を、迷いなく取ったレフィーが歩き出す。
「積極的に、自分の手に負えなかったらではなく、初めから私をアテにして下さい。ミア」
そして彼は、躊躇いから握り返せないでいた私の手を、二人分とばかりに強く握ってくれた。
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