36 / 44
やっぱり悪役令嬢でした(4)
しおりを挟む
今日は卒業パーティーのはずだった。
はずだった……という表現になってしまうのは、偏に私の現在地がおかしいからだ。私は今、一段高くなっている貴賓席から卒業生たちを見下ろしていた。
ちなみにその卒業生には、スレイン王子とコール子爵令嬢も含まれる。レンさんの台詞によって真っ白に燃え尽きた彼らは、あのまま捨て置かれた。
ただでさえ少なかったスレイン王子の取り巻きは最早ゼロ。ここから見ると会場の中でそこだけぽっかりと人がいなくなって、悪目立ちしている。
それでも二人がこの場に残っているのは、レンさんが監視を付けたからだ。あの後、スレイン王子には一瞥もくれなかったレンさんは、衛兵の一人に「後でこの者を応接室まで連れて来るように」と指示した。
それについてレンさんは、「パーティーが終わった後で、ちゃんとシアに謝らせるよ」とにこやかに言っていた。その笑顔に、いつぞや父が口にしていた「こういう輩こそ質が悪いんだ。気を付けるように」という言葉を唐突に思い出してしまったのは何故なのか……。
「まずは皆、卒業おめでとう。これから国を支える同志となった皆には、学園で巡り合った友人や発見した自分の興味関心を大切にして欲しい。それが君たちが輝く未来に繋がるだろう」
私は、一歩離れて斜め前に立つレンさんの祝辞を聞きながら、卒業生並びにご来賓の皆様に愛嬌を振り撒いていた。
一番何がおかしいって、その私を見る彼らの目だ。自然過ぎる。もっと動揺してもいいと思う。少なくとも私と同じくらいには。
あと、本来は私もあちら側で国王陛下からありがたいお言葉をいただいているはずじゃありませんかね……?
解せぬと真顔になりそうなのを何度も愛想笑いに戻す私の横で、粛々とレンさんの『お言葉』は進んでいた。
「――最後に、この学園を卒業したことに自信と誇りを持って、君たちの心が指し示す道を進んで行って欲しい。その結果、君たちがローク王国から離れることになったとしても、私は自身の生き方を愛せた君たちを自慢の民と思うだろう。今日は本当におめでとう」
お祝いの言葉を締め括ったレンさんが、こちらを振り返る。それから彼は私を手招きした。
それに従って傍に寄った――途端、私は彼の片腕に抱き込まれた。
「皆が気になっているだろうから、この場で話しておこう」
視界がレンさんの胸だけになった私の耳に、いつ聞いても良い声が聞こえてくる。
「私、レンブラント・ロークはノイン侯爵令嬢アデリシアと婚約した。皆、知っているだろうがノイン侯爵令嬢は元々スレインの婚約者だった令嬢だ。十月に予定していた二人の婚姻式だった日に、私はアデリシアと結婚することにした。祝福して欲しい」
会場がわぁっと沸いたのがわかった。
(いやそんな話、聞いてませんけど!?)
私も彼らとは別の意味で「わぁっ」と言いたかった。
もしやこの体勢、今の私の反応が皆にバレないための対策なのでは?
十月にとなれば、約半年後だ。寝耳に水とはこのことか。
それでもワンクッション置いたことで、表情を取り繕う余裕はできた。私も挨拶しなければ。
私はもぞもぞと動いて、レンさんに腕から抜けますよという合図を送った。
「今日婚約して十月って、緊急時くらいの速さですよ……」
解放された私は再び会場の皆様に愛嬌を振り撒きながら、レンさんにだけ聞こえる声量で指摘した。
王族は後継の関係で今日の明日で結婚することもあるだろうが、それは今私が言ったような緊急時に限る。平常時は高位貴族のそれに準ずるのが普通なのだ。その私の常識は、少なくともこの場にいる者たちの共通認識と思っていたのに。
大盛り上がりの人々は誰も彼も、そんなことは知らないような素振りをしていた。ここにいるのが貴族ばかりなことを思うと、今後のことを考えて意図的に記憶から消し去った……という方が正しいかもしれない。
ふっと、私の耳に触れる温度が高くなった気がした。レンさんが私の耳元へ顔を寄せてきたのがわかった。
この状況、きっと遠目からは愛を囁かれているようにでも見えただろう。
「シアの方から僕を熱烈に口説いてきたのに、お預けしようって言うの?」
「!」
ゾクゾクするほどの甘さを含んだ、恋人の囁きには違いない。
「僕は一ヶ月前から、僕とキスして結婚して子供を産みたいと言った君とそうすることばかり考えていたのにね?」
「…………」
違いないが、ちょっとばかり――それは具体的過ぎた……。
はずだった……という表現になってしまうのは、偏に私の現在地がおかしいからだ。私は今、一段高くなっている貴賓席から卒業生たちを見下ろしていた。
ちなみにその卒業生には、スレイン王子とコール子爵令嬢も含まれる。レンさんの台詞によって真っ白に燃え尽きた彼らは、あのまま捨て置かれた。
ただでさえ少なかったスレイン王子の取り巻きは最早ゼロ。ここから見ると会場の中でそこだけぽっかりと人がいなくなって、悪目立ちしている。
それでも二人がこの場に残っているのは、レンさんが監視を付けたからだ。あの後、スレイン王子には一瞥もくれなかったレンさんは、衛兵の一人に「後でこの者を応接室まで連れて来るように」と指示した。
それについてレンさんは、「パーティーが終わった後で、ちゃんとシアに謝らせるよ」とにこやかに言っていた。その笑顔に、いつぞや父が口にしていた「こういう輩こそ質が悪いんだ。気を付けるように」という言葉を唐突に思い出してしまったのは何故なのか……。
「まずは皆、卒業おめでとう。これから国を支える同志となった皆には、学園で巡り合った友人や発見した自分の興味関心を大切にして欲しい。それが君たちが輝く未来に繋がるだろう」
私は、一歩離れて斜め前に立つレンさんの祝辞を聞きながら、卒業生並びにご来賓の皆様に愛嬌を振り撒いていた。
一番何がおかしいって、その私を見る彼らの目だ。自然過ぎる。もっと動揺してもいいと思う。少なくとも私と同じくらいには。
あと、本来は私もあちら側で国王陛下からありがたいお言葉をいただいているはずじゃありませんかね……?
解せぬと真顔になりそうなのを何度も愛想笑いに戻す私の横で、粛々とレンさんの『お言葉』は進んでいた。
「――最後に、この学園を卒業したことに自信と誇りを持って、君たちの心が指し示す道を進んで行って欲しい。その結果、君たちがローク王国から離れることになったとしても、私は自身の生き方を愛せた君たちを自慢の民と思うだろう。今日は本当におめでとう」
お祝いの言葉を締め括ったレンさんが、こちらを振り返る。それから彼は私を手招きした。
それに従って傍に寄った――途端、私は彼の片腕に抱き込まれた。
「皆が気になっているだろうから、この場で話しておこう」
視界がレンさんの胸だけになった私の耳に、いつ聞いても良い声が聞こえてくる。
「私、レンブラント・ロークはノイン侯爵令嬢アデリシアと婚約した。皆、知っているだろうがノイン侯爵令嬢は元々スレインの婚約者だった令嬢だ。十月に予定していた二人の婚姻式だった日に、私はアデリシアと結婚することにした。祝福して欲しい」
会場がわぁっと沸いたのがわかった。
(いやそんな話、聞いてませんけど!?)
私も彼らとは別の意味で「わぁっ」と言いたかった。
もしやこの体勢、今の私の反応が皆にバレないための対策なのでは?
十月にとなれば、約半年後だ。寝耳に水とはこのことか。
それでもワンクッション置いたことで、表情を取り繕う余裕はできた。私も挨拶しなければ。
私はもぞもぞと動いて、レンさんに腕から抜けますよという合図を送った。
「今日婚約して十月って、緊急時くらいの速さですよ……」
解放された私は再び会場の皆様に愛嬌を振り撒きながら、レンさんにだけ聞こえる声量で指摘した。
王族は後継の関係で今日の明日で結婚することもあるだろうが、それは今私が言ったような緊急時に限る。平常時は高位貴族のそれに準ずるのが普通なのだ。その私の常識は、少なくともこの場にいる者たちの共通認識と思っていたのに。
大盛り上がりの人々は誰も彼も、そんなことは知らないような素振りをしていた。ここにいるのが貴族ばかりなことを思うと、今後のことを考えて意図的に記憶から消し去った……という方が正しいかもしれない。
ふっと、私の耳に触れる温度が高くなった気がした。レンさんが私の耳元へ顔を寄せてきたのがわかった。
この状況、きっと遠目からは愛を囁かれているようにでも見えただろう。
「シアの方から僕を熱烈に口説いてきたのに、お預けしようって言うの?」
「!」
ゾクゾクするほどの甘さを含んだ、恋人の囁きには違いない。
「僕は一ヶ月前から、僕とキスして結婚して子供を産みたいと言った君とそうすることばかり考えていたのにね?」
「…………」
違いないが、ちょっとばかり――それは具体的過ぎた……。
1
お気に入りに追加
116
あなたにおすすめの小説
強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します
天宮有
恋愛
私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。
その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。
シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。
その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。
それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。
私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。
醜い私を救ってくれたのはモフモフでした ~聖女の結界が消えたと、婚約破棄した公爵が後悔してももう遅い。私は他国で王子から溺愛されます~
上下左右
恋愛
聖女クレアは泣きボクロのせいで、婚約者の公爵から醜女扱いされていた。だが彼女には唯一の心の支えがいた。愛犬のハクである。
だがある日、ハクが公爵に殺されてしまう。そんな彼女に追い打ちをかけるように、「醜い貴様との婚約を破棄する」と宣言され、新しい婚約者としてサーシャを紹介される。
サーシャはクレアと同じく異世界からの転生者で、この世界が乙女ゲームだと知っていた。ゲームの知識を利用して、悪役令嬢となるはずだったクレアから聖女の立場を奪いに来たのである。
絶望するクレアだったが、彼女の前にハクの生まれ変わりを名乗る他国の王子が現れる。そこからハクに溺愛される日々を過ごすのだった。
一方、クレアを失った王国は結界の力を失い、魔物の被害にあう。その責任を追求され、公爵はクレアを失ったことを後悔するのだった。
本物語は、不幸な聖女が、前世の知識で逆転劇を果たし、モフモフ王子から溺愛されながらハッピーエンドを迎えるまでの物語である。
断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。
メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい?
「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」
冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。
そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。
自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。
気がついたら自分は悪役令嬢だったのにヒロインざまぁしちゃいました
みゅー
恋愛
『転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります』のスピンオフです。
前世から好きだった乙女ゲームに転生したガーネットは、最推しの脇役キャラに猛アタックしていた。が、実はその最推しが隠しキャラだとヒロインから言われ、しかも自分が最推しに嫌われていて、いつの間にか悪役令嬢の立場にあることに気づく……そんなお話です。
同シリーズで『悪役令嬢はざまぁされるその役を放棄したい』もあります。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)
【完結】スクールカースト最下位の嫌われ令嬢に転生したけど、家族に溺愛されてます。
永倉伊織
恋愛
エリカ・ウルツァイトハート男爵令嬢は、学園のトイレでクラスメイトから水をぶっかけられた事で前世の記憶を思い出す。
前世で日本人の春山絵里香だった頃の記憶を持ってしても、スクールカースト最下位からの脱出は困難と判断したエリカは
自分の価値を高めて苛めるより仲良くした方が得だと周囲に分かって貰う為に、日本人の頃の記憶を頼りにお菓子作りを始める。
そして、エリカのお菓子作りがエリカを溺愛する家族と、王子達を巻き込んで騒動を起こす?!
嫌われ令嬢エリカのサクセスお菓子物語、ここに開幕!
悪役令嬢はざまぁされるその役を放棄したい
みゅー
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生していたルビーは、このままだとずっと好きだった王太子殿下に自分が捨てられ、乙女ゲームの主人公に“ざまぁ”されることに気づき、深い悲しみに襲われながらもなんとかそれを乗り越えようとするお話。
切ない話が書きたくて書きました。
転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈りますのスピンオフです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる