『悪役令嬢』は始めません!

月親

文字の大きさ
上 下
31 / 44

『秘密の恋人』が終わるとき(6)

しおりを挟む
 明日は卒業パーティーだ。
 一ヶ月前までは学校行事の一つでしかなかったそれが、今はこんなにも気が重い。
 再開された王妃教育に登城した私は、数刻前にまた例の二人に遭遇してしまっていた。あれでりずに庭園を通ってしまった私も私でかつだったと反省している。

『明日の卒業パーティーには、父上もいらっしゃるそうだ。俺とジェニーの婚約発表をして下さるに違いない』
『嬉しい! スレイン様……』

 蔓薔薇に囲まれた噴水の前でひっしと抱き合う二人。それはもういいと真顔になった私を置いて、言うだけ言った彼らは「あはは」「うふふ」と嵐のように去って行ったのだった。

「どうしました? アデリシア。考え事ですか?」
「あ……」

 名を呼ばれ、私はハッとして現実の光景に注意を戻した。
 その現実において真っ先に目に入ったのは、向かい合ってお茶をしていた絶世の美女――皇太后様。御年五十七と記憶しているが、本当、いつ見てもお美しい。
 皇太后様の生家はローク王国であるが、確か生母様はかなり遠方から嫁いで来られたと聞いている。何でも当時の辺境伯様が一目惚れをして、そこから二年欠かさず手紙と贈り物を送り続けてのゴールインだったとか。この美貌の血筋なら、その辺境伯様の努力もわかりみしかない。
 血筋といえば――と、ついシグラン公爵令息の顔を思い浮かべてしまった。金の髪にエメラルドグリーンの瞳まで同じ、そして超絶美形。彼は絶対に祖母似である。

「明日の卒業パーティーについて、少し……」

 考え事をしていたことには違いないけれども、あまりに胸の内が混沌としていて。私はどう言い表せばいいかわからず、皇太后様に曖昧に返してしまった。
 『卒業パーティー』は『悪役令嬢』の鬼門。何かが起きる予感しかない。
 本日の王妃教育にもこの場にも、控えている使用人さんたちを除けば私と皇太后様だけ。そんなコール子爵令嬢と皇太后様の関係から見て、スレイン王子の言う「俺とジェニーの婚約発表」は無いと判断できる。が、別の婚約発表――即ち、私とシグラン公爵令息のそれなら充分に有り得る。
 もしや今、私が皇太后様を見て彼を連想してしまったのもフラグなのでは……?

(本当に私とシグラン公爵令息の婚約発表だとしたら、噂の広まり方は婚約破棄のときの比じゃないわ)

 国王陛下が卒業パーティーにお見えになるという話は、これまたスレイン王子が言いふらすことで多くの人の耳に入るだろう。というより、たまたま私が今日聞いただけで既に知れ渡っていることかもしれない。
 この場合、代理を立てていた貴族たちも予定を変更して当主が来るだろう。卒業する子もいないのに、親戚だか友人の子だかと理由をつけて来る可能性さえある。謁見の手続きを踏まずにお近づきになれる機会を、貴族たちが逃すはずがない。
 私は優雅な所作を維持しつつ、心の中だけで溜息をついた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

強すぎる力を隠し苦悩していた令嬢に転生したので、その力を使ってやり返します

天宮有
恋愛
 私は魔法が使える世界に転生して、伯爵令嬢のシンディ・リーイスになっていた。  その際にシンディの記憶が全て入ってきて、彼女が苦悩していたことを知る。  シンディは強すぎる魔力を持っていて、危険過ぎるからとその力を隠して生きてきた。  その結果、婚約者のオリドスに婚約破棄を言い渡されて、友人のヨハンに迷惑がかかると考えたようだ。  それなら――この強すぎる力で、全て解決すればいいだけだ。  私は今まで酷い扱いをシンディにしてきた元婚約者オリドスにやり返し、ヨハンを守ろうと決意していた。

醜い私を救ってくれたのはモフモフでした ~聖女の結界が消えたと、婚約破棄した公爵が後悔してももう遅い。私は他国で王子から溺愛されます~

上下左右
恋愛
 聖女クレアは泣きボクロのせいで、婚約者の公爵から醜女扱いされていた。だが彼女には唯一の心の支えがいた。愛犬のハクである。  だがある日、ハクが公爵に殺されてしまう。そんな彼女に追い打ちをかけるように、「醜い貴様との婚約を破棄する」と宣言され、新しい婚約者としてサーシャを紹介される。  サーシャはクレアと同じく異世界からの転生者で、この世界が乙女ゲームだと知っていた。ゲームの知識を利用して、悪役令嬢となるはずだったクレアから聖女の立場を奪いに来たのである。  絶望するクレアだったが、彼女の前にハクの生まれ変わりを名乗る他国の王子が現れる。そこからハクに溺愛される日々を過ごすのだった。  一方、クレアを失った王国は結界の力を失い、魔物の被害にあう。その責任を追求され、公爵はクレアを失ったことを後悔するのだった。  本物語は、不幸な聖女が、前世の知識で逆転劇を果たし、モフモフ王子から溺愛されながらハッピーエンドを迎えるまでの物語である。

断罪シーンを自分の夢だと思った悪役令嬢はヒロインに成り代わるべく画策する。

メカ喜楽直人
恋愛
さっきまでやってた18禁乙女ゲームの断罪シーンを夢に見てるっぽい? 「アルテシア・シンクレア公爵令嬢、私はお前との婚約を破棄する。このまま修道院に向かい、これまで自分がやってきた行いを深く考え、その罪を贖う一生を終えるがいい!」 冷たい床に顔を押し付けられた屈辱と、両肩を押さえつけられた痛み。 そして、ちらりと顔を上げれば金髪碧眼のザ王子様なキンキラ衣装を身に着けたイケメンが、聞き覚えのある名前を呼んで、婚約破棄を告げているところだった。 自分が夢の中で悪役令嬢になっていることに気が付いた私は、逆ハーに成功したらしい愛され系ヒロインに対抗して自分がヒロインポジを奪い取るべく行動を開始した。

婚約者を奪われた私が悪者扱いされたので、これから何が起きても知りません

天宮有
恋愛
子爵令嬢の私カルラは、妹のミーファに婚約者ザノークを奪われてしまう。 ミーファは全てカルラが悪いと言い出し、束縛侯爵で有名なリックと婚約させたいようだ。 屋敷を追い出されそうになって、私がいなければ領地が大変なことになると説明する。 家族は信じようとしないから――これから何が起きても、私は知りません。

気がついたら自分は悪役令嬢だったのにヒロインざまぁしちゃいました

みゅー
恋愛
『転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります』のスピンオフです。 前世から好きだった乙女ゲームに転生したガーネットは、最推しの脇役キャラに猛アタックしていた。が、実はその最推しが隠しキャラだとヒロインから言われ、しかも自分が最推しに嫌われていて、いつの間にか悪役令嬢の立場にあることに気づく……そんなお話です。 同シリーズで『悪役令嬢はざまぁされるその役を放棄したい』もあります。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】スクールカースト最下位の嫌われ令嬢に転生したけど、家族に溺愛されてます。

永倉伊織
恋愛
エリカ・ウルツァイトハート男爵令嬢は、学園のトイレでクラスメイトから水をぶっかけられた事で前世の記憶を思い出す。 前世で日本人の春山絵里香だった頃の記憶を持ってしても、スクールカースト最下位からの脱出は困難と判断したエリカは 自分の価値を高めて苛めるより仲良くした方が得だと周囲に分かって貰う為に、日本人の頃の記憶を頼りにお菓子作りを始める。 そして、エリカのお菓子作りがエリカを溺愛する家族と、王子達を巻き込んで騒動を起こす?! 嫌われ令嬢エリカのサクセスお菓子物語、ここに開幕!

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

処理中です...