51 / 105
精霊の村(1)
しおりを挟む
ギルに横抱きされた私は、上空から森を見下ろした。
進むにつれて、眼下に広がる緑は青緑へと変わり、今はもう青一色だ。
その森の中心に、ぽっかり開けた場所が見えた。
「あれが精霊の村だ」
言って、ギルが高度を下げ始める。
風圧は無くても降下中の景色は、やっぱり怖い。私はギルの肩に、ぎゅっと掴まった。
トンッ
程なくして、地面に着いたギルの足からの振動が、ほんの少し伝わる。ギルは私を、そっと降ろしてくれた。
「わぁ……」
青白く光る樹が至るところに生え、不思議な紋様の入った石造りの小さな家が疎らに見られる。精霊の村の第一印象は、予想通り『幻想的な地』だった。
ふと、自分の格好を見下ろす。
いつもは服装に関して私に自由にさせているギルが、今日は珍しく「これを着て欲しい」と指定してきた青のワンピース。ここに来て、すぐにその理由がわかった。
(なるほど、保護色ね)
生地の染めの濃淡が、村の雰囲気とよく似ている。これなら遠くから見たなら、風景に溶け込むだろう。ギルの気遣いに感謝だ。
さて、ここからどこに向かうのだろう。上空から見ていた感じでは、私たちは村の中央付近に降りてきたのではと思う。
私はギルを見上げようとして、
(ん?)
その前に、その間にいた小動物と目が合った。
つぶらな黒の瞳、ヒクヒクする鼻、ぴこっと長めの耳。
(えっ、兎!?)
私の胸の高さまである巨石の上に、ちまっと小さな兎が。
明るい茶色のモフモフな毛並み。全体的に丸いフォルム。
こ、これは……
(ネ、ネザーランドドワーフ……さ、触りたい)
ついふらふらと伸びそうな手を堪えつつ、ひとまず見つめ合ってみた。逃げる気配は、まったく無い。
巨石は輪状に並んでいて、その中央にこの子の寝床なのか藁が敷き詰めてある。誰かお偉いさんのペットなんだろうか。
「久しぶりだな、光の精霊」
「精霊!?」
兎に片手を上げて挨拶したギルを、私は今度こそ見上げた。
「魔王とその嫁御か」
喋った!
喋ったよ、ネザーランドドワーフが。何だか偉そうな感じで。
光の精霊とくれば、やっぱり気位が高い設定なんだろうか。
「ふん、魔王め。この尊きワシを訪ねて来るのに、手土産の一つも用意せぬとは」
もう一度、ネザ――もとい光の精霊に目を戻す。
腰に手を当て、ふんぞり返る兎。そんな態度でも、そこには『可愛い』しか存在しない。まさに可愛いの化身。確かに尊い。
「前に土産を持ってきたとき、その場で捨てたじゃないか」
「あれはそうして当たり前じゃっ。リアル志向の『木彫りの熊』とか、嫌がらせか!」
この世界にもあるんだ、それ。
うん。ネタとして定番だけど、兎向けのチョイスではないね。
兎向け……兎向けか。
「――ギル、光の精霊さんにレタスをあげてみて下さい」
私は、コソッとギルに耳打ちした。
精霊の村では調達はできないということで、二週間分くらいの食料をギルの亜空間に入れてきてもらっている。調理しなくても食べられるものということで、パンとそれに挟む具材。果物に素焼きのナッツ等々。どの具材とも相性の良いレタスは、多めに三玉用意してあったはず。
「レタスでいいのか?」
ギルが不思議そうな顔で、亜空間を手で探る。
その反応からして、この世界の兎はレタスを好まないのだろうか。
だとしたら気位の高い光の精霊を、逆に怒らせてしまう? そ、それはまずい。
「それが手土産じゃと?」
光の精霊が、ギルの手の上にあるレタスにムスッとした顔をする。
あわわ。見た目で判断してはいけなかった。
「はっ。こんな粗末な植物で、この高貴なワシが喜ぶとでも――美味ぁぁぁい!!」
前言撤回。見た目は重要。
すごい勢いでモシャモシャ食べてる。お気に召したようで何よりです。
進むにつれて、眼下に広がる緑は青緑へと変わり、今はもう青一色だ。
その森の中心に、ぽっかり開けた場所が見えた。
「あれが精霊の村だ」
言って、ギルが高度を下げ始める。
風圧は無くても降下中の景色は、やっぱり怖い。私はギルの肩に、ぎゅっと掴まった。
トンッ
程なくして、地面に着いたギルの足からの振動が、ほんの少し伝わる。ギルは私を、そっと降ろしてくれた。
「わぁ……」
青白く光る樹が至るところに生え、不思議な紋様の入った石造りの小さな家が疎らに見られる。精霊の村の第一印象は、予想通り『幻想的な地』だった。
ふと、自分の格好を見下ろす。
いつもは服装に関して私に自由にさせているギルが、今日は珍しく「これを着て欲しい」と指定してきた青のワンピース。ここに来て、すぐにその理由がわかった。
(なるほど、保護色ね)
生地の染めの濃淡が、村の雰囲気とよく似ている。これなら遠くから見たなら、風景に溶け込むだろう。ギルの気遣いに感謝だ。
さて、ここからどこに向かうのだろう。上空から見ていた感じでは、私たちは村の中央付近に降りてきたのではと思う。
私はギルを見上げようとして、
(ん?)
その前に、その間にいた小動物と目が合った。
つぶらな黒の瞳、ヒクヒクする鼻、ぴこっと長めの耳。
(えっ、兎!?)
私の胸の高さまである巨石の上に、ちまっと小さな兎が。
明るい茶色のモフモフな毛並み。全体的に丸いフォルム。
こ、これは……
(ネ、ネザーランドドワーフ……さ、触りたい)
ついふらふらと伸びそうな手を堪えつつ、ひとまず見つめ合ってみた。逃げる気配は、まったく無い。
巨石は輪状に並んでいて、その中央にこの子の寝床なのか藁が敷き詰めてある。誰かお偉いさんのペットなんだろうか。
「久しぶりだな、光の精霊」
「精霊!?」
兎に片手を上げて挨拶したギルを、私は今度こそ見上げた。
「魔王とその嫁御か」
喋った!
喋ったよ、ネザーランドドワーフが。何だか偉そうな感じで。
光の精霊とくれば、やっぱり気位が高い設定なんだろうか。
「ふん、魔王め。この尊きワシを訪ねて来るのに、手土産の一つも用意せぬとは」
もう一度、ネザ――もとい光の精霊に目を戻す。
腰に手を当て、ふんぞり返る兎。そんな態度でも、そこには『可愛い』しか存在しない。まさに可愛いの化身。確かに尊い。
「前に土産を持ってきたとき、その場で捨てたじゃないか」
「あれはそうして当たり前じゃっ。リアル志向の『木彫りの熊』とか、嫌がらせか!」
この世界にもあるんだ、それ。
うん。ネタとして定番だけど、兎向けのチョイスではないね。
兎向け……兎向けか。
「――ギル、光の精霊さんにレタスをあげてみて下さい」
私は、コソッとギルに耳打ちした。
精霊の村では調達はできないということで、二週間分くらいの食料をギルの亜空間に入れてきてもらっている。調理しなくても食べられるものということで、パンとそれに挟む具材。果物に素焼きのナッツ等々。どの具材とも相性の良いレタスは、多めに三玉用意してあったはず。
「レタスでいいのか?」
ギルが不思議そうな顔で、亜空間を手で探る。
その反応からして、この世界の兎はレタスを好まないのだろうか。
だとしたら気位の高い光の精霊を、逆に怒らせてしまう? そ、それはまずい。
「それが手土産じゃと?」
光の精霊が、ギルの手の上にあるレタスにムスッとした顔をする。
あわわ。見た目で判断してはいけなかった。
「はっ。こんな粗末な植物で、この高貴なワシが喜ぶとでも――美味ぁぁぁい!!」
前言撤回。見た目は重要。
すごい勢いでモシャモシャ食べてる。お気に召したようで何よりです。
0
お気に入りに追加
469
あなたにおすすめの小説
行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される
めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」
ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!
テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。
『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。
新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。
アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。
【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした
楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。
仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。
◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪
◇全三話予約投稿済みです
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
父が死んだのでようやく邪魔な女とその息子を処分できる
兎屋亀吉
恋愛
伯爵家の当主だった父が亡くなりました。これでようやく、父の愛妾として我が物顔で屋敷内をうろつくばい菌のような女とその息子を処分することができます。父が死ねば息子が当主になれるとでも思ったのかもしれませんが、父がいなくなった今となっては思う通りになることなど何一つありませんよ。今まで父の威を借りてさんざんいびってくれた仕返しといきましょうか。根に持つタイプの陰険女主人公。
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
【完結しました】
王立騎士団団長を務めるランスロットと事務官であるシャーリーの結婚式。
しかしその結婚式で、ランスロットに恨みを持つ賊が襲い掛かり、彼を庇ったシャーリーは階段から落ちて気を失ってしまった。
「君は俺と結婚したんだ」
「『愛している』と、言ってくれないだろうか……」
目を覚ましたシャーリーには、目の前の男と結婚した記憶が無かった。
どうやら、今から二年前までの記憶を失ってしまったらしい――。
婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました
Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。
順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。
特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。
そんなアメリアに対し、オスカーは…
とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる