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始まりの日(2) -カシム視点-
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「ふむ……魔王城の周辺に、魔物の街が出現していたと」
見回りから戻った俺の報告に、長が豊かな白髭を撫でながら言う。
その口調は、信じ難いといったものだ。無理もない。
遺跡を利用した魔物の住処自体は、以前から存在した。しかし、ほんの数日前まで、それは街という規模ではなかったはずだった。
長が口にした『出現』という表現が、適当だろう。それは忽然と姿を現した。
「確かに、この目で見ました」
「よくできた幻の術という可能性も……」
「僕はカシムが見たのは、本物だと思うけど?」
お互いに立ったまま話していた俺たちの横から、別の人間の声が飛んでくる。
長の屋敷には先客があったようだ。長椅子に深く腰掛け、上半身だけをこちらに向けた少年と目が合った。
年の頃は十四、五。肩で切り揃えた真っ直ぐな金髪に、赤ワインのような濃紅色の瞳。純白の布地に金の刺繍が施されたローブを身に着けた彼には、見覚えがあった。
宮廷魔術士ジラフ。イスカの村に、十年前に暫く滞在していたことがあった。そのときと寸分も違わない容姿であることから、実際には少年という歳ではないのだろう。
十年前、普段王都にいる彼が村を訪れた理由は、火事でその大半が焼けた村の再建のためだった。王家から任されたというジラフ自身も、王家に名を連ねる者だという。
長椅子から立ち上がったジラフが、出入口付近で話していた俺たちの側まで来る。俺は昔から、勝手気ままな気質を隠そうともしないこの魔術士が苦手だった。
「カシムがその街で見たっていう魔物は、どれも優秀な素材として有名な種族。でもって、そいつらは最近、元の生息地から突然姿を消したって話だ。突然現れた街に、突然消えた魔物の姿。偶然なわけないよね」
「狙われやすい魔物を、魔王が手元に呼び寄せ保護している……ということですか?」
俺の質問に、ジラフが「だろうね」と顎に指を当てる。
「新しい魔王は、情に厚い奴なのかな。けど、浅慮ともいえる。幾ら今いる魔物を護っても、適した生息地じゃないと増えなくて先細りするはずだよ。一時的な対処なら、いざ知らず」
「一時的……」
ジラフの返答に、ギクリとする。
十年前の、炎に巻かれた村の光景が蘇る。
あのとき、俺は魔王と対峙しながら、奴など見ていなかった。俺の五感すべては、村に向けられていた。だから俺は、俺をあしらった魔王の気まぐれを、好都合だとしか思わなかった。
その時点で村にとって、魔王や魔物は害を及ぼす存在でしかなかったという背景もある。だが、村の再建の際に魔物素材を多く取り入れたとき、俺は気付くべきだった。追考するべきだった。
そうだ。魔王ギルガディスは、確かに言っていた。
「一時的、なのだと思います。魔王は、この世界を去ると言っていた」
「え?」
ジラフが、キョトンとした顔でこちらを見る。
王家の情報網に引っ掛かっていないのなら、人間側で知っていたのは俺だけだったのだろう。
「ご報告が今になってしまい、申し訳ございません。十年前、村が火事に遭った日、私は森で魔王ギルガディスと遭遇しました。その際に魔王が、自分は近く魔界に引き上げるから構うなと言ったのです」
「魔王が魔界に引き上げるだって? ――まあ、向こうから来たのなら、当然帰ることもできるんだろうけどさ」
「今回の事態は、相見えながら取り逃がした私の責任です。重ねてお詫び申し上げます」
「いや、仕方ないよ。そのときの君は、その辺の子供と変わらなかったわけだし。寧ろ、無駄死にしなくて良かったんじゃない?」
ジラフが俺に肩を竦めてみせる。
そんな俺たちの遣り取りを聞いていた長が、焦った口調で「ジラフ様!」と声を上げた。
見回りから戻った俺の報告に、長が豊かな白髭を撫でながら言う。
その口調は、信じ難いといったものだ。無理もない。
遺跡を利用した魔物の住処自体は、以前から存在した。しかし、ほんの数日前まで、それは街という規模ではなかったはずだった。
長が口にした『出現』という表現が、適当だろう。それは忽然と姿を現した。
「確かに、この目で見ました」
「よくできた幻の術という可能性も……」
「僕はカシムが見たのは、本物だと思うけど?」
お互いに立ったまま話していた俺たちの横から、別の人間の声が飛んでくる。
長の屋敷には先客があったようだ。長椅子に深く腰掛け、上半身だけをこちらに向けた少年と目が合った。
年の頃は十四、五。肩で切り揃えた真っ直ぐな金髪に、赤ワインのような濃紅色の瞳。純白の布地に金の刺繍が施されたローブを身に着けた彼には、見覚えがあった。
宮廷魔術士ジラフ。イスカの村に、十年前に暫く滞在していたことがあった。そのときと寸分も違わない容姿であることから、実際には少年という歳ではないのだろう。
十年前、普段王都にいる彼が村を訪れた理由は、火事でその大半が焼けた村の再建のためだった。王家から任されたというジラフ自身も、王家に名を連ねる者だという。
長椅子から立ち上がったジラフが、出入口付近で話していた俺たちの側まで来る。俺は昔から、勝手気ままな気質を隠そうともしないこの魔術士が苦手だった。
「カシムがその街で見たっていう魔物は、どれも優秀な素材として有名な種族。でもって、そいつらは最近、元の生息地から突然姿を消したって話だ。突然現れた街に、突然消えた魔物の姿。偶然なわけないよね」
「狙われやすい魔物を、魔王が手元に呼び寄せ保護している……ということですか?」
俺の質問に、ジラフが「だろうね」と顎に指を当てる。
「新しい魔王は、情に厚い奴なのかな。けど、浅慮ともいえる。幾ら今いる魔物を護っても、適した生息地じゃないと増えなくて先細りするはずだよ。一時的な対処なら、いざ知らず」
「一時的……」
ジラフの返答に、ギクリとする。
十年前の、炎に巻かれた村の光景が蘇る。
あのとき、俺は魔王と対峙しながら、奴など見ていなかった。俺の五感すべては、村に向けられていた。だから俺は、俺をあしらった魔王の気まぐれを、好都合だとしか思わなかった。
その時点で村にとって、魔王や魔物は害を及ぼす存在でしかなかったという背景もある。だが、村の再建の際に魔物素材を多く取り入れたとき、俺は気付くべきだった。追考するべきだった。
そうだ。魔王ギルガディスは、確かに言っていた。
「一時的、なのだと思います。魔王は、この世界を去ると言っていた」
「え?」
ジラフが、キョトンとした顔でこちらを見る。
王家の情報網に引っ掛かっていないのなら、人間側で知っていたのは俺だけだったのだろう。
「ご報告が今になってしまい、申し訳ございません。十年前、村が火事に遭った日、私は森で魔王ギルガディスと遭遇しました。その際に魔王が、自分は近く魔界に引き上げるから構うなと言ったのです」
「魔王が魔界に引き上げるだって? ――まあ、向こうから来たのなら、当然帰ることもできるんだろうけどさ」
「今回の事態は、相見えながら取り逃がした私の責任です。重ねてお詫び申し上げます」
「いや、仕方ないよ。そのときの君は、その辺の子供と変わらなかったわけだし。寧ろ、無駄死にしなくて良かったんじゃない?」
ジラフが俺に肩を竦めてみせる。
そんな俺たちの遣り取りを聞いていた長が、焦った口調で「ジラフ様!」と声を上げた。
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