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第五章 聖女じゃないほうだからこそ
奇跡の恩賞(1)
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「は……ナツ……」
資料室でしたものとは明らかに違うキスに、合間を縫って出した声が掠れたものになる。言い直そうとした私の舌は、その前にナツメのそれに搦め捕られた。
「は……ふ……」
逃れようとしても、後ろ頭も彼の手に捕まっている。私の自由は、せいぜい隙を見ての息継ぎが許されたくらいだった。
口腔を念入りになぞるナツメの舌の動きに、そのまま全身が舐め溶かされてしまうかのような錯覚に陥る。彼を抱き締めていたはずの私の手は、今はもう崩れ落ちそうな自身を支えることで精一杯になっていた。
「あ……っ」
とうとう足の力が完全に抜けて、その反動でずるりとナツメの背に回した腕が外れる。しかし私の足も身体も、床へ落ちるどころか浮き上がっていた。
「今日もその気でないとは言わせませんよ」
私を横抱きにしたままで、ナツメが室内を移動する。その彼の台詞に、そういえば以前これと似たようなことがあったと、私は思い出す。
あのとき私は悪夢を見て飛び起き、何の考えもなしにふらふらとナツメに会いに行った。
「アヤコさん。ここが寝室です、扉を開けてもらえますか?」
「……ん」
いざナツメに会ったら逃げ出したくなって。そんな私を彼が引き留めて。彼が部屋の扉を開けて。
そして、手を出さないという彼と、本当にただ同じベッドで並んで眠った。
でも、今日は違う。
今日は私が目の前の扉を開けた。
そしてその後も――あの日とは違う展開が待っているだろう。
「――ありがとうございます」
大股で歩くナツメに揺られたかと思えば、視界が反転する。背中に来た感触で、ベッドの上に降ろされたのだとわかった。
間髪入れず、ナツメが私に覆い被さるようにしてベッドに上がってくる。それがあのとき見た妖しい構図と重なって。しかし、今日ここにいる彼が手を伸ばしたのは毛布ではなく、私の心臓の上だった。
こんなにも大きな音を立てていたなら、手を置くまでもなく速い鼓動が知られてしまいそうで。有り得ないはずなのにナツメが私にふっと笑うものだから、そんな気がしてしまう。
「ちゃんと俺に抱かれる心積もりなようで安心しました」
「それは……でもその、するのは今夜じゃなかったの? まだ夕方――ひゃんっ」
あけすけなナツメの物言いが恥ずかしくて。余所見をしながら答えた私は、彼の手に直に脇腹を撫でるのを予測できずに変な声を上げてしまった。
そればかりか、急くように私の服を脱がせにかかったナツメに戸惑う。また私の反応をからかっているのかと彼を見れば、そこにあったギラギラとした眼差しに思わず呼吸が止まった。
「あれは『裏の理由』を聞くのが今夜だと言っただけです」
ともすれば強引にも映る手つきで私のすべての服を取り払ったナツメが、それらを無造作に床に放り投げる。常の彼らしくない一面を目の当たりにしたからだろうか、ロマンスとは懸け離れたその振る舞いに、逆に私の胸は高鳴った。
この状況で意味はないとわかりつつも、つい手で胸と陰部を隠してしまう。
「……先に行っておくけど、私は初めてじゃないのよ」
まるで初めてのときのように落ち着かない。そんな自分がおかしくて、言い聞かせるように私は言葉にした。――言葉にしてから、気付いた。
その言葉の裏にあるのは、「初めてならよかった」という願望。そう、何もかもが初めてだった彼女のように私も――
「今朝、キスしたときのニュアンスでもそうだとは思ってました。それからそのときにも言いましたが、俺が抱きたいのはアヤコさんです。未経験の女性――ミウさんじゃありません」
「――っ」
まさに考えていたことを言い当てられ、再び呼吸が止まる。
その呼吸を再開させたのは、ナツメの唇が私の喉元に触れた熱さだった。
資料室でしたものとは明らかに違うキスに、合間を縫って出した声が掠れたものになる。言い直そうとした私の舌は、その前にナツメのそれに搦め捕られた。
「は……ふ……」
逃れようとしても、後ろ頭も彼の手に捕まっている。私の自由は、せいぜい隙を見ての息継ぎが許されたくらいだった。
口腔を念入りになぞるナツメの舌の動きに、そのまま全身が舐め溶かされてしまうかのような錯覚に陥る。彼を抱き締めていたはずの私の手は、今はもう崩れ落ちそうな自身を支えることで精一杯になっていた。
「あ……っ」
とうとう足の力が完全に抜けて、その反動でずるりとナツメの背に回した腕が外れる。しかし私の足も身体も、床へ落ちるどころか浮き上がっていた。
「今日もその気でないとは言わせませんよ」
私を横抱きにしたままで、ナツメが室内を移動する。その彼の台詞に、そういえば以前これと似たようなことがあったと、私は思い出す。
あのとき私は悪夢を見て飛び起き、何の考えもなしにふらふらとナツメに会いに行った。
「アヤコさん。ここが寝室です、扉を開けてもらえますか?」
「……ん」
いざナツメに会ったら逃げ出したくなって。そんな私を彼が引き留めて。彼が部屋の扉を開けて。
そして、手を出さないという彼と、本当にただ同じベッドで並んで眠った。
でも、今日は違う。
今日は私が目の前の扉を開けた。
そしてその後も――あの日とは違う展開が待っているだろう。
「――ありがとうございます」
大股で歩くナツメに揺られたかと思えば、視界が反転する。背中に来た感触で、ベッドの上に降ろされたのだとわかった。
間髪入れず、ナツメが私に覆い被さるようにしてベッドに上がってくる。それがあのとき見た妖しい構図と重なって。しかし、今日ここにいる彼が手を伸ばしたのは毛布ではなく、私の心臓の上だった。
こんなにも大きな音を立てていたなら、手を置くまでもなく速い鼓動が知られてしまいそうで。有り得ないはずなのにナツメが私にふっと笑うものだから、そんな気がしてしまう。
「ちゃんと俺に抱かれる心積もりなようで安心しました」
「それは……でもその、するのは今夜じゃなかったの? まだ夕方――ひゃんっ」
あけすけなナツメの物言いが恥ずかしくて。余所見をしながら答えた私は、彼の手に直に脇腹を撫でるのを予測できずに変な声を上げてしまった。
そればかりか、急くように私の服を脱がせにかかったナツメに戸惑う。また私の反応をからかっているのかと彼を見れば、そこにあったギラギラとした眼差しに思わず呼吸が止まった。
「あれは『裏の理由』を聞くのが今夜だと言っただけです」
ともすれば強引にも映る手つきで私のすべての服を取り払ったナツメが、それらを無造作に床に放り投げる。常の彼らしくない一面を目の当たりにしたからだろうか、ロマンスとは懸け離れたその振る舞いに、逆に私の胸は高鳴った。
この状況で意味はないとわかりつつも、つい手で胸と陰部を隠してしまう。
「……先に行っておくけど、私は初めてじゃないのよ」
まるで初めてのときのように落ち着かない。そんな自分がおかしくて、言い聞かせるように私は言葉にした。――言葉にしてから、気付いた。
その言葉の裏にあるのは、「初めてならよかった」という願望。そう、何もかもが初めてだった彼女のように私も――
「今朝、キスしたときのニュアンスでもそうだとは思ってました。それからそのときにも言いましたが、俺が抱きたいのはアヤコさんです。未経験の女性――ミウさんじゃありません」
「――っ」
まさに考えていたことを言い当てられ、再び呼吸が止まる。
その呼吸を再開させたのは、ナツメの唇が私の喉元に触れた熱さだった。
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