夏影 ‐なつかげ‐

天野 帝釈

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この夜、あの少年のことを思い出した朝霧は、少しばかりの間にちょっと男らしくなったなぁと、
客とともにあるのも忘れて呆けてしまった。

太夫が惚けている隣で、客が酒を口に含んでから、太夫を見てクスリと笑った。

「仕事人の朝霧太夫にしては珍しいねぇ。何だか恋する乙女のようだ。」

この男は、少しばかり成功した商人には三十四と若く、他の客と違い遊女に対しても気遣いの出来る男だった。

「あら。旦那申し訳ありんせん。あちきとしたことが・・・。」

朝霧は顔を少しばかり赤くさせて男が呷った酒の代わりを注ぐ。

「普段涼しい顔で飄々とした朝霧太夫も美しいが、こんなあんたも可愛らしいねぇ。
何だかあたしも若かりし日を思い出すようだよ。」

男も細い眼をさらに細めて香の煙を見つめている。

どうにも誰しも色々な事を経験するらしい。

朝霧は今の客の中では少し古株のこの男を案外居心地の良い相手だと思っていた。

顔やら何やらがそっくりという訳では無いのだが、飄々とした態度と、
恵まれて見える立場とは相反して、少し憂いて見える姿が似ているのだ。



自分のような彼にそう言われると、何だか少しばかり自分のむず痒い思いを受け入れても良い気がした。
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