僕が立派な忠犬になるまで。

まぐろ

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58日目:走馬灯

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 夢を見ていた。家族や学校の夢。もうよく思い出せないけど、楽しいものではなかった。飼われることになるとは知らないあの時の僕は、一体どうやって生きていたんだっけ。きっと、ひとりになるのが怖いことを一生懸命に隠して生きていたんだろう。

「あ、生きてる。こんばんは。」

 そうやって声をかけられたんだっけ。ゴミ捨て場の影という、ただでさえ人がいないのに気付かれにくい場所にいたから僕は誘拐されたんだろうか。
 夢の中でお兄さんが缶を差し出してくる。駄目だ、それを飲んだら。僕には夢を制御することなんてできないから、夢の中の僕は何も疑わずにそれを飲んだ。

 それから、聞き取れない会話が続いた。お兄さんは僕が話す合間に僕が気付かないくらいの声で可愛いなぁ…とか言っていた気がする。

「俺はね、君を迎えに来たんだよ。風音。」

 その時は意味がわからなかったが、今になってはこの言葉が嬉しくてたまらない。だってこんなに熱の篭った言葉は貰ったことがなかったから。思い出すだけで幸せな気分になれる。

 幸せだった夢も暗転し、目の前に水が出現する。ああ…忘れていたけど、物凄くきついお仕置きをされたこともあったっけ。
 ばしゃん、ばしゃんと水の音が聞こえ、僕の意識が遠ざかっていく。その次は、身体中に電気を流された。全部全部、僕が悪かったんだ。だから仕方のないことだ。

「っ…!ゔぁっ…!!」

 僕が呻くのが聞こえる。勝手にビクビクと震える身体。手加減されているとはいえ、よく生き延びたなと自分でも思う。
 その後は…なんだっけ。霧吹きをかけられて視界がぐにゃぐにゃして気持ちよくなって……思い出せない。
 お兄さんとの暮らしに幸せを感じるようになって、外にも出して貰えて…あとは……

「っは…、」

「あ、起きた。うなされてたよ、大丈夫?」

 ここは…夢じゃない。あれ、僕は今までどうしてたんだっけ。すごく怖い目に会っておかしくなっていた気がするけど、よく思い出せない。
 でもなんでだろう。この薄暗い部屋が怖くてたまらない。

「あ…あぁ…ああぁぁ…っ…」

「あ、部屋暗いねごめんね、風音がぐっすり寝てたから……」

 ぱちんと電気がつけられる。すると身体の震えも収まって、身体中を何かが這うような感覚もなくなった。

「あ、わ、わん、ぁ、あの…ぼく、どうなった…の………?」

 何故かうまく話せない。僕の記憶はどこから曖昧になっているんだろう。確かに全部覚えているはずなのに、なんだか…ぐちゃぐちゃだ。

「…え?風音、風音なの?」

 お兄さんも戸惑っている。僕はとりあえず今が夜で、僕がおかしくなっていた事だけは理解した。
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