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29、本気出しなさいよ!

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「さて、やっと2人きりになれたわね」

 転がっている俺を見下ろすマナ。

「参りました」

 まさに手も足も出ない。
 敗北宣言である。

「何言ってんの? 勝負はこれからでしょ」

「‥‥‥それが、自分達の仕掛けた罠に絡まって、床に這いつくばってる人間に言うセリフか?」

 情けない事に、先程からもがいてはいるのだが、この投げ網なかなか取れない。
 改良に改良を重ねたとは言え、我ながら恐ろしい道具。

「まさか私にあれだけ啖呵たんか切っといて、このまま終わる気じゃないでしょうね?」

 挑発行為の事だろう。

「マナ・グランドには遠く及ばなかったけど、俺達は本気で戦った。やれる事、考えられる事は全てやった、悔いはない」

「怒るわよ。本気で来いって言ったのはどこのどいつよ? カイトも本気出しなさいよ」

 先程までと違い、冷たい視線のマナ・グランド。
 
 ───何を言いたいのかは‥‥‥もちろんわかる。

「‥‥‥使わないぞ」

 魔法の事。

「人に見せたくないって言うから、わざわざ単騎駆けまでしてこんな状況にしてあげてんじゃない」

 相変わらず冷たい視線。
 転がっている為、見下されてる感じが半端ない。

「‥‥‥マナはあの『力』の事をまるでわかってない。あれは本当に色々ヤバいんだ」

「だから魔法ね」

 怒っててもこだわるのな。
 
「それに俺がもし勝ったって、誰も信じやしないんだ‥‥‥マナが手抜きしたと思われるのが関の山だぞ?」

「そんなもの、後で私がちゃんとねじ伏せてやるわよ。それ以上ごちゃごちゃ言ってると、この皿叩き割るわよ!」

 自分の額につけられた皿をコンコンと叩くマナ。

「‥‥‥何故、自分の皿を割る‥‥‥割るのは俺の皿だろ」

「カイトに勝ってもらいたいからに決まってんでしょ! 手抜きしたら怒るって言うし、そのくせ自分は本気出さないし、カイトの我儘にはもう付き合いきれないわ!」

「‥‥‥我儘なのはどっちだ」

 言いたい事は何となくわかる。
 前に本人が言っていたが、恐らくマナは俺を合戦大会で活躍させたい。
 それは俺の出世の為。
 しかし、普通に自分と戦っても俺に勝ち目がないと薄々感じていたんだろう。
 かと言って、手を抜くと俺が怒る。
 考えた結果、此方の策に乗っかる形で単騎駆けからの1対1の状況を作り、本気の自分を魔法で倒せと‥‥‥。
 なんて、まわりくどい。
 そして、そもそも俺はそこまでして国に士官したいと思ってないんだけどな‥‥‥1人でもちゃんと生きていける男になりたかっただけだ。

「あとさ、勝手に勝った気にならないでもらえる? 私はカイトと真剣に戦うのは、これを最初で最後にするつもりだけど、本気を出す以上コッチだって勝ちにイクわよ。さあ、おいで」

 腰を落とし臨戦態勢のマナ・グランド。
 その顔に笑みはない。
 ‥‥‥おいでと言われても、今は投げ網に絡まって動けませんが?

「マナ、見ろ!」


『ヒュルルシュルヒュルルー』


 魔法で出したのは、昨日の休日を利用して発見したばかりの風の刃。


 シュパパパッ!!

 
 風は俺の周りを漂うと、拘束していた投げ網を細かく切り刻んで消えた。

「凄い! カッコいい!」

 キラキラとした目で此方を見てくるマナ・グランド。
 ‥‥‥違う、そうじゃない。

「今のが自分に迫ってくる事を想像してみろよ。見えもしない風が急に襲ってくるんだ、まず避けれないだろ? 本気出せば竜巻だって出せるし、もう人間がどうこうできるもんじゃない‥‥‥」

 俺は立ち上がり服についた埃を払った。

「カイトは私を甘く見過ぎ。避けれるし!」

「いや、無理だろ」

「避けるし!」

「見えないモンをどうやって避けんだよ‥‥‥」

「経験と勘」

「‥‥‥勘って」

「カイトはさ、妙に殺傷能力の高い魔法を使うから躊躇ちゅうちょしちゃうんでしょ? 私だって木刀なんだから、なんか上手いこと皿だけ割るような威力の弱い魔法を使えば気持ちも楽なんじゃないの?」

「‥‥‥確かに」

 相手は殺傷能力のない木刀。
 こっちも殺傷能力の高い魔法は確かに反則な気がする。
 ‥‥‥ん? いや待て、そもそも魔法が反則なのでは?!
 
「私も本気出すけど、カイトを切っちゃわないように手加減はするわよ? 本気出せって言うけど、そんな事で怒んないでしょ?」

 マナの木刀は何故かよく切れる。
 コイツは存在自体が反則級だよな‥‥‥。
 
「マナは全然わかってない。殺傷能力がなくても、魔法を使えば一瞬で勝負はつく。あまり魔法を甘く見るな」

 見えないんだから、適当な強さの風を皿に当てれば簡単に割れる。

「避けれるって言ってんでしょうが。早く撃ちなさい!」

 ‥‥‥駄目だコイツ。
 まるでわかっちゃいない。
 ちょっと木刀でも叩き落として驚かせてやるか‥‥‥。


『シュルヒュルルルシュルヒュルル』


 ボフッ!


 丸めて撃ち出した風の弾丸。
 速さは弓矢なんて比じゃない。
 俺が手から放った弾丸は真っ直ぐ進み、砦の壁に当たって弾けた。

 ───‥‥‥おい。

「凄っ、速っ!」

 元いた場所から少し横に移動して、目をキラキラさせてるマナ・グランド。

「‥‥‥まじかよ」

「避けれたし!」

「‥‥‥ゴホン、今のはちょっとした力試しだ。魔法はこんなもんじゃないぞ!」

「じゃあソレ撃ちなよ」

 ‥‥‥むっ!

 先ほどより速く。
 速さは増しても威力が上がらないようにするには‥‥‥。
 あまり条件をつけると、呪文は長くなる一方だ。

『シュルルヒヒュルルルシュルヒュルル』

 
 ボンッ!!


「避けれた!」

 ニヤリと笑うマナ・グランド。

 嘘だろ?!
 今のは人間がどうこうできる速さじゃないだろ?!
 いや‥‥‥そんな事より、何より‥‥‥
 
「見えてるのか?!」

「正確には見えないけど‥‥‥なんか空間が歪んでる気がする。後、絶対『ヒュルヒュル』言うから、タイミングがわかる」

 ‥‥‥空間の歪み?

「魔法を舐めるな。そして風は一つと思うなよ!」


『シシュルルヒヒュルルルシュルヒュルルシュル』

 
 ボボボフッボフッ!


 ヒラリと身を捩り、飛んできた風を全て掻い潜るマナ・グランド。
 かなり必死に避けたのだろう、床に片膝をついている。

「凄い! 今のはやばい!」

 しかし、その顔は笑顔。

「‥‥‥お前‥‥‥人間か?」

「面白くなって来たじゃない。こっちも攻撃するから覚悟してね」


 普通に負けそうな気がしてきた‥‥‥。
 
 
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