豊穣の女神は長生きしたい

碓井桂

文字の大きさ
上 下
41 / 66
第五章

第40話

しおりを挟む
「戻ってきたか」

 待ち伏せはいた。
 でも、困る相手ではなかった。

 もう暗くなった離宮の前へ三人いっしょに転移すると、玄関の扉の前にランタンを持ってギルバートが待っていた。

「もう戻らないんじゃないかとひやひやした」
「信用がないですね」

 ヒースが前に立って、ギルバートに歩み寄る。
 前にいるからヒースの表情は見えないけど、笑みを浮かべているんだろうと思った。
 声にそんな響きを感じた。

「荷物は運び入れてある。扉は応急処置だけさせたが、ちゃんと鍵が閉まらない。どうする? 他に移るか?」

 ギルバートは壊された扉を開けながら、離宮を使い続けるかと訊いてきた。

 何があったのかは知っているんだろうか。
 ギルバートが来た時に、エドウィン王子がまだいたのかが少し気になった。

「私かミルラが障壁で開かなくしておきますよ。禁止の陣ほどきちんとしてなくてもいいでしょう。出入りは裏口があるから、あちらを使いましょう。修理の工人の手配が済んだら教えてくください。……明日は、離宮にサリナとミルラを残すのは止めることにしました」
「わかった。連れ歩くのか?」

 わたしが通る時にちらりと見たら、壊れた扉は鍵のところに穴が開いていた。
 ここまで鍵が跡形もなく壊れていては、そりゃあ閉まらないだろう。

 ミルラが扉を閉めて、鍵のところに手を翳している。
 何やってるかさえいまだに半分もわからないけど、魔法って便利だなと思う。

 前を行く二人は、まだ歩きながら話している。

「今日みたいに慌てて戻ることになるより、ずっと安心ですから。どうせあの様子なら、明日には『アルド離宮にいる女性は女神だ』と知れ渡っているでしょう」

 え、女神だと知れ渡っちゃったら、まずいんじゃないの。
 わたしがエドウィン王子のところに連れていかれちゃう。

「触れ回るか?」
「触れ回らない理由がありません。読みを外しました」

 ヒースはさっきまでエドウィン王子の目的を知らなかった。
 だから、わたしの優先順位は高くないと思っていたんだよね。
 放って置かれると思ってた……のか。
 放っておかないなら、そりゃ触れ回るよね。
 ヒースの言う通りだ。
 言う通りだけど、それはまずい。

「ヒース」

 焦って、呼んだら、体半分でヒースは振り返った。

「心配しなくていいですよ」

 知られちゃったら、わたしは行かなくちゃいけないんじゃないの。

「いきなり正面切って問い質してくる者はいません。なにしろ、男の前に出られる女神はいないんですからね」

 そうか、女神がその辺をうろうろしているなんてありえないんだ。
 だから人目につくところにいれば、それだけで噂を否定できるわけか。

「私が君を連れ回せば、疑念を持ち続けるか、ただの噂と断じるかは人それぞれあるでしょうが、目の前に君がいて、訊く勇気のある者はそうそういないでしょう。この事実を公式のものにして、君を連れていきたい兄以外は」

 でもエドウィン王子は事実を明らかにしたい……

「兄も真実を把握はしていても、証拠を持っているわけじゃありません。吹聴はできても、私たちが認めなければ他の者を説得はできないんです。だから攫いに来たんでしょう」

 認めなければいいのか。

「ずっと私といれば、そう心配はないだろうけど。訊かれても、知らないふりをしてくださいね」

 わたしは頷いた。

「男に手が届くほどの近くまで近付かれないように気をつけて」
「わかった……」

 黙ってわたしたちの話を聞いてたギルバートも頷いた。

「俺も置いて行かれるのはもう勘弁だ」
「今日はすみませんでした」

 そうか、ヒースは戻ってきたけど、いっしょに出て行ったギルバートは置き去りだったんだ。
 用があって出て行ったんだろうから、フォローは大変だっただろうと思う……




 中まではギルバートに運ばれていた荷物の荷解きは、簡単に済ませた。
 四人で。

 この中に、二人ばかり本当はそういうことには縁がないはずの人がいる。
 王子様とその従兄の公爵子息だ。
 でも王子様は間違いなく誰より働き者だった。
 公爵子息のギルバートとミルラも、てきぱきと荷物を片付けていた。

 ……なので、一番役に立たなかったのはやっぱりわたしだ。
 手枷さえなかったら、もう少しは……!
 と思いたい。

 荷物を片付けると、ギルバートとヒースは明日の話をしていた。
 わたしとミルラはお風呂の支度をしに、浴室に向かった。

 びっくりなことに、お風呂場には蛇口があった。
 地球式カントリー風なのは外見からわかっていたけど、まさかの蛇口。
 上水道があるとは。

「すごい、王宮って、水道もあるのね」

 捻ってみたら、ちゃんと水も出た。
 でもミルラまでびっくりしていて、何かおかしいと気付く。

「はー、これ『水道』って言うんですか?」
「知らないの?」
「知らないです」
「えっ。ここにしかない……の?」
「そうですね、多分ここ、特別だと思います。わざわざ井戸の上に建てたんですね。そこから水を魔導具で汲み上げてるんです」
「この蛇口、魔法なの?」
「蛇口? ですか? これ自体は、栓にただ蓋をしたり開けたりしてるだけですね。この栓の奥に水を汲み上げ続ける魔導具が仕込んであります」

 ミルラは蛇口を覗き込むようなことをして、魔力が奥にあることを探し当てたらしい。
 そして水道のような顔をした蛇口は、本当は水道ではなくて、井戸水を汲み上げているのだとわかった。

「よそにはないの?」
「あんまり王宮の奥にはご縁がなかったもんで、よくわかりません。普段いる兵団の詰所とか、魔法使いの塔にはなかったですね……これがサリナ様の故郷のものに似てるなら、模して作ったんじゃないですか」

 このカントリー風の家と同じように、かつての女神が故郷のように見える環境で安らかに過ごせるように、か。
 そう思うと納得はできた。

 どぽどぽと水が出てくるのを眺めながら、わたしはまた別のことを考えてた。

「ミルラも魔法使いの塔にいたの?」

 ヒースといっしょにいた塔にいたのかと思って、訊いてみたら。

「戦いに出てなければ、半分は王宮の塔にいますよ」
「王宮の塔?」
「この国、魔法使いは塔に住むっていうしきたりなんです。魔力のある子どもが見つかったら、どこかの塔に住む魔法使いに弟子入りするか、王宮の魔法使いの塔に住まわされます」

 魔力を持ちながら制御できないのは危険なので、制御ができるようになるまでは地方の塔に住む魔法使いに弟子入りか、王宮の塔で学ぶか二択らしい。

「で、王宮の塔に入って成長したら兵団か騎士団に入ります。出て行くこともできますけど、ほとんどは塔に残って従軍しながら魔法の研究を続けます。説明が難しいんですけど、塔で育っちゃうと出られるようになっても他の場所に馴染めないんです。結婚するか、五年勤めたら、やめてもいいんですけど」

 王宮の塔に入ったら、ある程度になると徴兵されて、違反金を払わない限り拒否することはできない。
 学習期間と従軍期間を過ぎたら自由になれるそうだけれど。
 それを選ばない者も多いというのは、なぜなのか。

「あたし、男爵家の生まれなんですが……お嬢様教育を受けてないんで、いまさら社交界に出て嫁に行けって言われても困るんですよね。年齢的にもう嫁き遅れてますし」

 ああ、やっぱりミルラはいいとこのお嬢さんだったんだ。
 でも、お嬢様としての教育は受けてこなかったってことか。

「平民の生まれだと、普通に働くより兵団の方がお給料いいですからね。貴族の出身で長子だと戻んなきゃなんないって聞きますけど、そうでなかったら残る人多いですね。ちょうど戦争してなければ、そんなに危なくないですし」

 話してるうちに、お風呂はだいぶお水が貯まってきた。

「これ、沸かすのどうするの?」
「普通は沸かしたお湯を足すか、焼いた石を入れます。でも、今はあたしが沸かしちゃいますね。石焼くの面倒だし」

 お湯、直接沸かせるのか。
 ヒースは火を点けて沸かしてたけど、なんかこだわりがあるのかしら……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

母の日 母にカンシャを

れん
恋愛
母の日、普段は恥ずかしくて言えない、日ごろの感謝の気持ちを込めて花束を贈ったら……まさか、こうなるとは思わなかった。 ※時事ネタ思いつき作品です。 ノクターンからの転載。全9話。 性描写、近親相姦描写(母×子)を含みます。 苦手な方はご注意ください。 表紙は画像生成AIで出力しました

【R18】檻の中の金糸雀は、今日も小さく愛を囀る

夕月
恋愛
鳥獣人の母と人間の父を持つ、いわゆる半獣人のツィリアは、とある事情によって恋人のハロルドの家から出られない。 外の世界に怯えるツィリアを、ハロルドはいつだって優しく守ってくれる。 彼の腕の中にいる時が、ツィリアの一番の幸せ。 恋人の家に引きこもりのヒロインと、そんな彼女を溺愛するヤンデレなヒーローの話。 大人描写のある回には、★をつけます。 この話は、Twitterにてレイラさんにタイトルをいただいて考えた話になります。素敵なタイトル、ありがとうございました♡

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

迷子の会社員、異世界で契約取ったら騎士さまに溺愛されました!?

ふゆ
恋愛
気づいたら見知らぬ土地にいた。 衣食住を得るため偽の婚約者として契約獲得! だけど……? ※過去作の改稿・完全版です。 内容が一部大幅に変更されたため、新規投稿しています。保管用。

猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました

あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。 どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。

男装魔法使い、女性恐怖症の公爵令息様の治療係に任命される

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

処理中です...