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第四章
第29話
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「可愛いこと言うからですよ」
うう。
頭押さえられたままだから、目を逸らせない。
下見ないようにして、ヒースを見上げてたら、溜息をつかれた。
「サリナ、どこを見てるんですか?」
顔しか見てないって、やっぱだめか……
「ヒースの顔だけ見えるように……」
ふう、と、ヒースは息を吐いた。
これはだめだと考えていることは表情からわかるけれど、何がだめなのかわからない。
そう思っていたら、目を剥くようなことをヒースは言った。
「普通に私を見られるようにならないと、きっと私にあちこちで襲われると思いますよ」
「何それ!?」
さっきわたしの考えてることがわからないって言ってたけど、わたしの方がわかんないわよ。
どういうことなの。
「今も襲ってくださいって顔をしています」
だからホントに何を言って。
「してない!」
「してますよ」
唇を舐められて思わず目を瞑る。
「ほら」
ほら、じゃないって。
鏡見なきゃ、自分の顔なんてわからないよ。
……本当にそんな顔してるんだったら、鏡見たくないけど。
「……お腹減った」
わざとむくれてそう言ったら、ヒースがくすりと笑った。
「すみません。食べましょう」
びっくりなことにスプーンからスープを零していなかったヒースは一度お皿にスプーンを戻して、スープを掻き混ぜた。
それからもう一度掬う。
「はい」
今度は油断なくヒースの顔を見ながら、あーんと口を開ける。
そこに、今度こそスプーンが入ってきた。
はむっと咥えて、スープをいただく。
ちょっと恥ずかしいけど……
「見慣れてくださいね」
スープを喉に落としてから、うーん、と唸る。
「見慣れるかなあ……」
「見慣れてくれないと困ります」
綺麗で優しい笑顔は変わりない。
これこそ見惚れそうな整った顔立ちにも見慣れたんだから、王子様の格好良さにも見慣れるだろうか。
次のスープが口に運ばれてくる。
それをぱくっといって、考える。
この餌付けみたいな食事も慣れるだろうか。
それとも次の食事ではもっと抵抗して自分で食べるべきだろうか。
「ヒース、これだと、ヒースが食べられない」
「ちゃんと私も食べますよ」
三口め、四口め、と食事が進む。
そうして一皿わたしに食べさせてから、ヒースは自分の分を食べた。
次のムースだかテリーヌだかよくわかんない成型された料理も真半分に切って、真ん中を薄くスライスして、自分で毒味してから食べさせてくれた。
食べてみたら、思ったより野菜っぽかった。
やっぱり私の後で、ヒースは自分の分を食べる。所作が綺麗だから気にならなかったけど、かなり食べるの早い。多分急いで食べてる。
わたしに食べさせるためだ。
「ヒースの分が冷めちゃう」
カバーがかかっているうちはそんなに冷めないみたいだけど、わたしに食べさせてるうちに冷めちゃうよ。
「気にしないで」
次は肉料理だった。
さっきの料理は原型がよくわからない繊細な料理だったけど、肉料理は大きさも形もワイルドだった。
やっぱり毒味してから、わたしの口に運んでくる。
ちょうどいい大きさに切られたお肉は、食べたって気がしておいしかった。
結局最後まで、それを繰り返した。
いろいろ間違ってる気がする食事が終了して、この後はどうするのかなあと思っていたら、ヒースが部屋に案内してくれると言った。
「サリナの着替えを待っている間に、先に案内してもらいましたので」
そういうわけで今日寝る場所に案内されてるんだけど、気になるのは廊下を歩くのにヒースに腰を抱かれていることだろうか。
靴のかかとが高いので、そういう風に支えてもらうと確かに楽なんだけど、ヒースとこんな風にぴったりくっついて歩いたことなんてない。
というか、今朝までわたしの世界は塔と裏の畑くらいだったので、こんな絨毯の敷かれた廊下をヒールで歩くとか考えたこともなかった。
ねえ、とヒースに囁いてみる。
「ドレス着てると、こんな風に歩くものなの?」
ああ、とやっぱりヒースも囁くように返してきた。
「ドレス姿だったから、何も考えずにエスコートしてしまいました。もう三年近くそんなことからは離れていたのに、習慣は抜けないものですね」
これ、習慣なんだ。
そっちの方に微妙な気分になった。
「嫌でしたか?」
「ううん。こんなにぴったりくっついてる割には歩きやすいなあって思ってたんだけど、慣れてるんだね、ヒース」
「義務みたいなものだから。王族ならずとも爵位のある貴族の家に生まれれば、皆できることですよ」
……いやみだってわかったみたい。
子どもっぽい言い種だったし、しょうがないけど、ちょっと恥ずかしくなった。
「どうせ、もうサリナ以外にすることはないと思うから、気にしないでください」
「そうなの?」
「サリナと私は夫婦だってことになっているから」
……いつの間に。
あ、いや、嫁とか妻とか言われてた。
自分でもそう思ってたのに、改めて夫婦って言われると、不思議な気分になった。
わたしが黙り込んだことをどう思ったのか、ヒースは少し声を沈ませた。
「……婚約期間も結婚式もなしで、夫婦だなんて、サリナには本当に悪いことをしたと思っています」
いや、ここに来た以上生きてるだけで幸運なんだから、そのくらいの不運は容認しないと。
夢がなかったとは言わないけど。
わたしとヒースが夫婦……
……あれ?
王子様と夫婦。
王子様の妻って、お妃様って言わないっけ。
……わたしでいいのか、本当に。
うう。
頭押さえられたままだから、目を逸らせない。
下見ないようにして、ヒースを見上げてたら、溜息をつかれた。
「サリナ、どこを見てるんですか?」
顔しか見てないって、やっぱだめか……
「ヒースの顔だけ見えるように……」
ふう、と、ヒースは息を吐いた。
これはだめだと考えていることは表情からわかるけれど、何がだめなのかわからない。
そう思っていたら、目を剥くようなことをヒースは言った。
「普通に私を見られるようにならないと、きっと私にあちこちで襲われると思いますよ」
「何それ!?」
さっきわたしの考えてることがわからないって言ってたけど、わたしの方がわかんないわよ。
どういうことなの。
「今も襲ってくださいって顔をしています」
だからホントに何を言って。
「してない!」
「してますよ」
唇を舐められて思わず目を瞑る。
「ほら」
ほら、じゃないって。
鏡見なきゃ、自分の顔なんてわからないよ。
……本当にそんな顔してるんだったら、鏡見たくないけど。
「……お腹減った」
わざとむくれてそう言ったら、ヒースがくすりと笑った。
「すみません。食べましょう」
びっくりなことにスプーンからスープを零していなかったヒースは一度お皿にスプーンを戻して、スープを掻き混ぜた。
それからもう一度掬う。
「はい」
今度は油断なくヒースの顔を見ながら、あーんと口を開ける。
そこに、今度こそスプーンが入ってきた。
はむっと咥えて、スープをいただく。
ちょっと恥ずかしいけど……
「見慣れてくださいね」
スープを喉に落としてから、うーん、と唸る。
「見慣れるかなあ……」
「見慣れてくれないと困ります」
綺麗で優しい笑顔は変わりない。
これこそ見惚れそうな整った顔立ちにも見慣れたんだから、王子様の格好良さにも見慣れるだろうか。
次のスープが口に運ばれてくる。
それをぱくっといって、考える。
この餌付けみたいな食事も慣れるだろうか。
それとも次の食事ではもっと抵抗して自分で食べるべきだろうか。
「ヒース、これだと、ヒースが食べられない」
「ちゃんと私も食べますよ」
三口め、四口め、と食事が進む。
そうして一皿わたしに食べさせてから、ヒースは自分の分を食べた。
次のムースだかテリーヌだかよくわかんない成型された料理も真半分に切って、真ん中を薄くスライスして、自分で毒味してから食べさせてくれた。
食べてみたら、思ったより野菜っぽかった。
やっぱり私の後で、ヒースは自分の分を食べる。所作が綺麗だから気にならなかったけど、かなり食べるの早い。多分急いで食べてる。
わたしに食べさせるためだ。
「ヒースの分が冷めちゃう」
カバーがかかっているうちはそんなに冷めないみたいだけど、わたしに食べさせてるうちに冷めちゃうよ。
「気にしないで」
次は肉料理だった。
さっきの料理は原型がよくわからない繊細な料理だったけど、肉料理は大きさも形もワイルドだった。
やっぱり毒味してから、わたしの口に運んでくる。
ちょうどいい大きさに切られたお肉は、食べたって気がしておいしかった。
結局最後まで、それを繰り返した。
いろいろ間違ってる気がする食事が終了して、この後はどうするのかなあと思っていたら、ヒースが部屋に案内してくれると言った。
「サリナの着替えを待っている間に、先に案内してもらいましたので」
そういうわけで今日寝る場所に案内されてるんだけど、気になるのは廊下を歩くのにヒースに腰を抱かれていることだろうか。
靴のかかとが高いので、そういう風に支えてもらうと確かに楽なんだけど、ヒースとこんな風にぴったりくっついて歩いたことなんてない。
というか、今朝までわたしの世界は塔と裏の畑くらいだったので、こんな絨毯の敷かれた廊下をヒールで歩くとか考えたこともなかった。
ねえ、とヒースに囁いてみる。
「ドレス着てると、こんな風に歩くものなの?」
ああ、とやっぱりヒースも囁くように返してきた。
「ドレス姿だったから、何も考えずにエスコートしてしまいました。もう三年近くそんなことからは離れていたのに、習慣は抜けないものですね」
これ、習慣なんだ。
そっちの方に微妙な気分になった。
「嫌でしたか?」
「ううん。こんなにぴったりくっついてる割には歩きやすいなあって思ってたんだけど、慣れてるんだね、ヒース」
「義務みたいなものだから。王族ならずとも爵位のある貴族の家に生まれれば、皆できることですよ」
……いやみだってわかったみたい。
子どもっぽい言い種だったし、しょうがないけど、ちょっと恥ずかしくなった。
「どうせ、もうサリナ以外にすることはないと思うから、気にしないでください」
「そうなの?」
「サリナと私は夫婦だってことになっているから」
……いつの間に。
あ、いや、嫁とか妻とか言われてた。
自分でもそう思ってたのに、改めて夫婦って言われると、不思議な気分になった。
わたしが黙り込んだことをどう思ったのか、ヒースは少し声を沈ませた。
「……婚約期間も結婚式もなしで、夫婦だなんて、サリナには本当に悪いことをしたと思っています」
いや、ここに来た以上生きてるだけで幸運なんだから、そのくらいの不運は容認しないと。
夢がなかったとは言わないけど。
わたしとヒースが夫婦……
……あれ?
王子様と夫婦。
王子様の妻って、お妃様って言わないっけ。
……わたしでいいのか、本当に。
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