豊穣の女神は長生きしたい

碓井桂

文字の大きさ
上 下
30 / 66
第四章

第29話

しおりを挟む
「可愛いこと言うからですよ」

 うう。
 頭押さえられたままだから、目を逸らせない。

 下見ないようにして、ヒースを見上げてたら、溜息をつかれた。

「サリナ、どこを見てるんですか?」

 顔しか見てないって、やっぱだめか……

「ヒースの顔だけ見えるように……」

 ふう、と、ヒースは息を吐いた。
 これはだめだと考えていることは表情からわかるけれど、何がだめなのかわからない。

 そう思っていたら、目を剥くようなことをヒースは言った。

「普通に私を見られるようにならないと、きっと私にあちこちで襲われると思いますよ」
「何それ!?」

 さっきわたしの考えてることがわからないって言ってたけど、わたしの方がわかんないわよ。
 どういうことなの。

「今も襲ってくださいって顔をしています」

 だからホントに何を言って。

「してない!」
「してますよ」

 唇を舐められて思わず目を瞑る。

「ほら」

 ほら、じゃないって。
 鏡見なきゃ、自分の顔なんてわからないよ。
 ……本当にそんな顔してるんだったら、鏡見たくないけど。

「……お腹減った」

 わざとむくれてそう言ったら、ヒースがくすりと笑った。

「すみません。食べましょう」

 びっくりなことにスプーンからスープを零していなかったヒースは一度お皿にスプーンを戻して、スープを掻き混ぜた。
 それからもう一度掬う。

「はい」

 今度は油断なくヒースの顔を見ながら、あーんと口を開ける。
 そこに、今度こそスプーンが入ってきた。

 はむっと咥えて、スープをいただく。
 ちょっと恥ずかしいけど……

「見慣れてくださいね」

 スープを喉に落としてから、うーん、と唸る。

「見慣れるかなあ……」
「見慣れてくれないと困ります」

 綺麗で優しい笑顔は変わりない。
 これこそ見惚れそうな整った顔立ちにも見慣れたんだから、王子様の格好良さにも見慣れるだろうか。

 次のスープが口に運ばれてくる。
 それをぱくっといって、考える。

 この餌付けみたいな食事も慣れるだろうか。
 それとも次の食事ではもっと抵抗して自分で食べるべきだろうか。

「ヒース、これだと、ヒースが食べられない」
「ちゃんと私も食べますよ」

 三口め、四口め、と食事が進む。
 そうして一皿わたしに食べさせてから、ヒースは自分の分を食べた。

 次のムースだかテリーヌだかよくわかんない成型された料理も真半分に切って、真ん中を薄くスライスして、自分で毒味してから食べさせてくれた。
 食べてみたら、思ったより野菜っぽかった。

 やっぱり私の後で、ヒースは自分の分を食べる。所作が綺麗だから気にならなかったけど、かなり食べるの早い。多分急いで食べてる。
 わたしに食べさせるためだ。

「ヒースの分が冷めちゃう」

 カバーがかかっているうちはそんなに冷めないみたいだけど、わたしに食べさせてるうちに冷めちゃうよ。

「気にしないで」

 次は肉料理だった。
 さっきの料理は原型がよくわからない繊細な料理だったけど、肉料理は大きさも形もワイルドだった。

 やっぱり毒味してから、わたしの口に運んでくる。
 ちょうどいい大きさに切られたお肉は、食べたって気がしておいしかった。

 結局最後まで、それを繰り返した。

 いろいろ間違ってる気がする食事が終了して、この後はどうするのかなあと思っていたら、ヒースが部屋に案内してくれると言った。

「サリナの着替えを待っている間に、先に案内してもらいましたので」

 そういうわけで今日寝る場所に案内されてるんだけど、気になるのは廊下を歩くのにヒースに腰を抱かれていることだろうか。
 靴のかかとが高いので、そういう風に支えてもらうと確かに楽なんだけど、ヒースとこんな風にぴったりくっついて歩いたことなんてない。
 というか、今朝までわたしの世界は塔と裏の畑くらいだったので、こんな絨毯の敷かれた廊下をヒールで歩くとか考えたこともなかった。

 ねえ、とヒースに囁いてみる。

「ドレス着てると、こんな風に歩くものなの?」

 ああ、とやっぱりヒースも囁くように返してきた。

「ドレス姿だったから、何も考えずにエスコートしてしまいました。もう三年近くそんなことからは離れていたのに、習慣は抜けないものですね」

 これ、習慣なんだ。
 そっちの方に微妙な気分になった。

「嫌でしたか?」
「ううん。こんなにぴったりくっついてる割には歩きやすいなあって思ってたんだけど、慣れてるんだね、ヒース」
「義務みたいなものだから。王族ならずとも爵位のある貴族の家に生まれれば、皆できることですよ」

 ……いやみだってわかったみたい。
 子どもっぽい言い種だったし、しょうがないけど、ちょっと恥ずかしくなった。

「どうせ、もうサリナ以外にすることはないと思うから、気にしないでください」
「そうなの?」
「サリナと私は夫婦だってことになっているから」

 ……いつの間に。

 あ、いや、嫁とか妻とか言われてた。

 自分でもそう思ってたのに、改めて夫婦って言われると、不思議な気分になった。
 わたしが黙り込んだことをどう思ったのか、ヒースは少し声を沈ませた。

「……婚約期間も結婚式もなしで、夫婦だなんて、サリナには本当に悪いことをしたと思っています」

 いや、ここに来た以上生きてるだけで幸運なんだから、そのくらいの不運は容認しないと。
 夢がなかったとは言わないけど。

 わたしとヒースが夫婦……
 ……あれ?

 王子様と夫婦。
 王子様の妻って、お妃様って言わないっけ。

 ……わたしでいいのか、本当に。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

伯爵夫人も大変なんです。

KI☆RARA
恋愛
使用人に手を付けまくる浮気夫。そのせいで、女の使用人たちがわたしの言うことを聞いてくれない。あー、やってられない。夫はなにもするなと言うけど、わたしはいろいろやることがあるんですよ。※領地編で浮気は一応終わりです。王宮編で、多少関係改善できている‥‥かな?※伯爵夫人の日常を1話1000字で目指せ100話。

転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています

平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。 生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。 絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。 しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?

【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。

yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~) パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。 この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。 しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。 もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。 「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。 「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」 そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。 竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。 後半、シリアス風味のハピエン。 3章からルート分岐します。 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。 表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。 https://waifulabs.com/

迷子の会社員、異世界で契約取ったら騎士さまに溺愛されました!?

ふゆ
恋愛
気づいたら見知らぬ土地にいた。 衣食住を得るため偽の婚約者として契約獲得! だけど……? ※過去作の改稿・完全版です。 内容が一部大幅に変更されたため、新規投稿しています。保管用。

大きくなったら結婚しようと誓った幼馴染が幸せな家庭を築いていた

黒うさぎ
恋愛
「おおきくなったら、ぼくとけっこんしよう!」 幼い頃にした彼との約束。私は彼に相応しい強く、優しい女性になるために己を鍛え磨きぬいた。そして十六年たったある日。私は約束を果たそうと彼の家を訪れた。だが家の中から姿を現したのは、幼女とその母親らしき女性、そして優しく微笑む彼だった。 小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しています。

処理中です...