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第三章
第23話
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「おい、ヒース、それは」
わたしとヒースがいっしょに塔を出ていくと、ギルバートが酷く動揺した。
いや、ギルバートだけじゃなくて、ギルバートの部下たちも声なく動揺してた。
ミルラは真っ青だった。
動揺の原因はわたしにある。
今、わたしの手には手枷がはまっているからだ……
手枷。
えーと、思いっきり、正真正銘、罪人用の手枷らしい。
両手に一つずつの手枷の間は、細い鎖っぽい金色の光で繋がっている。
これを馴染み深い単語に置き換えるなら、『手錠』だ。
この世界の人にとっては異世界の女は『豊穣の女神様』で、大切にする存在らしい。
上手く大切にできないことはあっても、わざとじゃない。
なので、罪人よろしく手枷をかけられて現れたから、何ごとかと動揺したらしい。
「禁止の枷をつけてみました。試してみたいのですが」
「試すって、何をだよ」
……手錠はマニアックなプレイだよねえ。
「ギルバート、近付いてみてください」
「……大丈夫なのか?」
「暴走したら氷漬けにしてでも止めますから、安心して」
「氷漬けは勘弁してほしいがな」
少しずつ歩み寄り、後一メートルを切ったかというところまできて、ギルバートは足を止めた。
「無理はしなくていいですよ」
ギルバートは頭を振っている。
「わかった。だがずいぶん近づけるんだな……いったいどんな細工なんだ」
「女神の力の自分の意思以外の使用を禁じてみました」
まあ、つまりそういうことだ。
ダダ漏れ部分の作用を防げればよかったわけだから、自分の意思による以外の効果を禁じてしまえばいい。
確かに理屈は通ってる気がする。
ただ今までは女神に罪人の枷をつけるとかとんでもない、と思われていただけだ。
……多分今も、ヒース以外は思ってる。
そういう理屈で、禁止の陣とやらを刻んだ手枷をかけられたわけだった。
それでも一メートルでヤバイって思うわけで、完全には封じられなかったってことだけど。
ちなみに、普通は罪人の逃亡を禁じる指定をするものらしい。
手枷は全部で二つ。
一つの枷は、そうやって力に対して禁止を命じてかけられた。
もう一つに課せられた禁止については、ヒースは口を噤んだ。
……誰かに突っ込まれても、誰かに説明されても困るので、わたしも黙っていることにした。
「これなら、私が隣にいる限りは影響の出る範囲まで近付く者はいないでしょう」
「そうだろうな。そのためにはおまえにも目前まで迫らなきゃならん」
王子様であるヒースの半径一メートル以内に人が近付くっていうのは、なんかしら事情がないと起こらないってことなんだろう。
それはわかる気がする。
ヒース自身は、なんか護衛とか必要ないっぽいしね……
「では行きましょうか」
「森の入口に馬車を駐めてあるが、どうする? 俺さえ連れてってくれるなら、屋敷の者には話が通るが。後で馬車は戻させればいいし」
「空の馬車を走らせても注目されるのは同じですよ。聞く限りなら、ギルが動いたのは知れ渡っているのだろうから、別行動は無駄な血が流れかねません。森の入口までまとめて飛ばすのがいいでしょう」
そこからは馬車でいいだろうと言い、ヒースはこれで揃っているのかと訊ねた。
「揃ってる。仕掛けも宿営も撤収してきた」
「なら、行きましょう」
なんでもないことのように言って、ヒースは手を上げた。
隣にいたから、ヒースがさっきの歌うような詠唱を口ずさんでいるのも聞こえた。
そうして今まで一番ゆっくりと地面が揺れた。
飛ぶ直前に、地面がなんだか光っているようにも思えた。
お城に一気に飛ぶわけじゃないと元々言っていたけれど、でも本当はこの人数を短距離でも、いっぺんに転移させるのは規格外の魔力と技量らしい。
「閣下……ヒースクリフ殿下!」
森の出口には、馬車が待っていた。
そこには森に入らずに待機していたギルバートの部下たちもいた。
王都の騎士団の騎士たちだということだ。
王宮の騎士団ではなく、近衛でもなく、王都自体の守りを固める騎士団だという。
待っていた騎士たちは喜色を浮かべて、ヒースを見た。
「殿下、お戻りをお待ちしておりました」
口々にヒースの帰りを喜んでいる。
そして、決まってその後でわたしを見て、顔を強張らせた。
騎士は男性ばっかりでちょっと怖かったけど、あらかじめヒースがわたしのダダ漏れ分の広がり方を小さくしてくれてたから、ずっとヒースの隣にいたわたしに実は女神の力があるなんてそこに待っていた人たちには気が付かれもしなかったようだ。
ただヒースの嫁だと思って現れたわたしを見てみたら、罪人の手枷をつけていたわけで、別の意味で彼らの間には衝撃が走っていた。
でも説明をする暇は今はないと、わたしとヒースとミルラは馬車に押し込まれ、騎士たちは馬に乗って王都に戻った。
騎士たちはあちこちに知らせるためにか、王都に入ったらいつの間にか数が半減していた。
……果たして、ギルバートはちゃんと説明してくれるのかなあ……
さて、馬車はこの国にある四つの公爵家……先日一つ潰れたので、三つの公爵家のうち、現王の王弟が興した最も新しい公爵家、そのバルフ家のお屋敷に向かっている。
ちなみに潰された家のコルネリア公は、コルネリア家に婿入りした王兄だということだ。
バルフ家は、ギルバートの家だそうだ。
そんな説明を、何も知らないのもなんだからと言ったヒースから、馬車の中で聞いた。
あとは魔法の話や、騎士団の話をしてくれた。
魔法に得意不得意があるというのは前から聞いていたけれど、ヒースの得意分野は転移に関わる魔法。
選り分けて飛ばすのが困難なほどの小さなものも、相当な大質量も、びっくりするほどの遠距離でも、見た目にはぶれただけのようなわずかの距離も、引き寄せるのも送りこむのも、対象と位置がわかっていれば自在に転移させるのだと、これは馬車に同乗していたミルラが説明してくれた。
「殿下、すごいですよ。どうしてこんなに転移の技が身についたか考えると、おっかないですけど」
「なんで?」
「刺客から逃げたり、避けたり、仕留めたりするためですよね。二十歳で王都を出るまで、この技で逃げ切ったのかと」
命を狙われて大変だった、ということだろうか。
あまり突っ込んじゃいけないとこか……
でも多分ヒースは自分の自慢になるようなことはあんまり言ってくれなかったと思うから、ミルラが聞かせてくれてよかったと思う。
それが役に立つとかじゃなくて、やっぱり好きな人のことは知りたいじゃない?
ついでに聞いたミルラの得意な魔法は、まさに今わたしの手にある枷そのものだそうだ。
禁止と封印の魔法陣。
あの森の中に広げた巨大な魔法障壁でヒースの転移を阻んだのも、今わたしにはまっている手枷で女神の力を抑えている仕組みも、基本的には同じだというのがびっくりだ。
ミルラが青くなっていたのは、自分の作ったものでわたしが拘束されていたかららしい。
何度も謝られた。
ミルラが悪いとは思ってないと、何度も言ったんだけど。
そんな話をしているうちに、馬車は王都に入っていたわけだった。
半減しても結構な数の騎士に守られて走る馬車は、物々しい雰囲気だったのだろうと思う。
王都に入った後に馬車の窓にかかるカーテンの隙間から外を覗いたら、たくさんの人が道の端から馬車を窺っていた。
そうして、馬車はバルフ家のお屋敷に着いた。
わたしとヒースがいっしょに塔を出ていくと、ギルバートが酷く動揺した。
いや、ギルバートだけじゃなくて、ギルバートの部下たちも声なく動揺してた。
ミルラは真っ青だった。
動揺の原因はわたしにある。
今、わたしの手には手枷がはまっているからだ……
手枷。
えーと、思いっきり、正真正銘、罪人用の手枷らしい。
両手に一つずつの手枷の間は、細い鎖っぽい金色の光で繋がっている。
これを馴染み深い単語に置き換えるなら、『手錠』だ。
この世界の人にとっては異世界の女は『豊穣の女神様』で、大切にする存在らしい。
上手く大切にできないことはあっても、わざとじゃない。
なので、罪人よろしく手枷をかけられて現れたから、何ごとかと動揺したらしい。
「禁止の枷をつけてみました。試してみたいのですが」
「試すって、何をだよ」
……手錠はマニアックなプレイだよねえ。
「ギルバート、近付いてみてください」
「……大丈夫なのか?」
「暴走したら氷漬けにしてでも止めますから、安心して」
「氷漬けは勘弁してほしいがな」
少しずつ歩み寄り、後一メートルを切ったかというところまできて、ギルバートは足を止めた。
「無理はしなくていいですよ」
ギルバートは頭を振っている。
「わかった。だがずいぶん近づけるんだな……いったいどんな細工なんだ」
「女神の力の自分の意思以外の使用を禁じてみました」
まあ、つまりそういうことだ。
ダダ漏れ部分の作用を防げればよかったわけだから、自分の意思による以外の効果を禁じてしまえばいい。
確かに理屈は通ってる気がする。
ただ今までは女神に罪人の枷をつけるとかとんでもない、と思われていただけだ。
……多分今も、ヒース以外は思ってる。
そういう理屈で、禁止の陣とやらを刻んだ手枷をかけられたわけだった。
それでも一メートルでヤバイって思うわけで、完全には封じられなかったってことだけど。
ちなみに、普通は罪人の逃亡を禁じる指定をするものらしい。
手枷は全部で二つ。
一つの枷は、そうやって力に対して禁止を命じてかけられた。
もう一つに課せられた禁止については、ヒースは口を噤んだ。
……誰かに突っ込まれても、誰かに説明されても困るので、わたしも黙っていることにした。
「これなら、私が隣にいる限りは影響の出る範囲まで近付く者はいないでしょう」
「そうだろうな。そのためにはおまえにも目前まで迫らなきゃならん」
王子様であるヒースの半径一メートル以内に人が近付くっていうのは、なんかしら事情がないと起こらないってことなんだろう。
それはわかる気がする。
ヒース自身は、なんか護衛とか必要ないっぽいしね……
「では行きましょうか」
「森の入口に馬車を駐めてあるが、どうする? 俺さえ連れてってくれるなら、屋敷の者には話が通るが。後で馬車は戻させればいいし」
「空の馬車を走らせても注目されるのは同じですよ。聞く限りなら、ギルが動いたのは知れ渡っているのだろうから、別行動は無駄な血が流れかねません。森の入口までまとめて飛ばすのがいいでしょう」
そこからは馬車でいいだろうと言い、ヒースはこれで揃っているのかと訊ねた。
「揃ってる。仕掛けも宿営も撤収してきた」
「なら、行きましょう」
なんでもないことのように言って、ヒースは手を上げた。
隣にいたから、ヒースがさっきの歌うような詠唱を口ずさんでいるのも聞こえた。
そうして今まで一番ゆっくりと地面が揺れた。
飛ぶ直前に、地面がなんだか光っているようにも思えた。
お城に一気に飛ぶわけじゃないと元々言っていたけれど、でも本当はこの人数を短距離でも、いっぺんに転移させるのは規格外の魔力と技量らしい。
「閣下……ヒースクリフ殿下!」
森の出口には、馬車が待っていた。
そこには森に入らずに待機していたギルバートの部下たちもいた。
王都の騎士団の騎士たちだということだ。
王宮の騎士団ではなく、近衛でもなく、王都自体の守りを固める騎士団だという。
待っていた騎士たちは喜色を浮かべて、ヒースを見た。
「殿下、お戻りをお待ちしておりました」
口々にヒースの帰りを喜んでいる。
そして、決まってその後でわたしを見て、顔を強張らせた。
騎士は男性ばっかりでちょっと怖かったけど、あらかじめヒースがわたしのダダ漏れ分の広がり方を小さくしてくれてたから、ずっとヒースの隣にいたわたしに実は女神の力があるなんてそこに待っていた人たちには気が付かれもしなかったようだ。
ただヒースの嫁だと思って現れたわたしを見てみたら、罪人の手枷をつけていたわけで、別の意味で彼らの間には衝撃が走っていた。
でも説明をする暇は今はないと、わたしとヒースとミルラは馬車に押し込まれ、騎士たちは馬に乗って王都に戻った。
騎士たちはあちこちに知らせるためにか、王都に入ったらいつの間にか数が半減していた。
……果たして、ギルバートはちゃんと説明してくれるのかなあ……
さて、馬車はこの国にある四つの公爵家……先日一つ潰れたので、三つの公爵家のうち、現王の王弟が興した最も新しい公爵家、そのバルフ家のお屋敷に向かっている。
ちなみに潰された家のコルネリア公は、コルネリア家に婿入りした王兄だということだ。
バルフ家は、ギルバートの家だそうだ。
そんな説明を、何も知らないのもなんだからと言ったヒースから、馬車の中で聞いた。
あとは魔法の話や、騎士団の話をしてくれた。
魔法に得意不得意があるというのは前から聞いていたけれど、ヒースの得意分野は転移に関わる魔法。
選り分けて飛ばすのが困難なほどの小さなものも、相当な大質量も、びっくりするほどの遠距離でも、見た目にはぶれただけのようなわずかの距離も、引き寄せるのも送りこむのも、対象と位置がわかっていれば自在に転移させるのだと、これは馬車に同乗していたミルラが説明してくれた。
「殿下、すごいですよ。どうしてこんなに転移の技が身についたか考えると、おっかないですけど」
「なんで?」
「刺客から逃げたり、避けたり、仕留めたりするためですよね。二十歳で王都を出るまで、この技で逃げ切ったのかと」
命を狙われて大変だった、ということだろうか。
あまり突っ込んじゃいけないとこか……
でも多分ヒースは自分の自慢になるようなことはあんまり言ってくれなかったと思うから、ミルラが聞かせてくれてよかったと思う。
それが役に立つとかじゃなくて、やっぱり好きな人のことは知りたいじゃない?
ついでに聞いたミルラの得意な魔法は、まさに今わたしの手にある枷そのものだそうだ。
禁止と封印の魔法陣。
あの森の中に広げた巨大な魔法障壁でヒースの転移を阻んだのも、今わたしにはまっている手枷で女神の力を抑えている仕組みも、基本的には同じだというのがびっくりだ。
ミルラが青くなっていたのは、自分の作ったものでわたしが拘束されていたかららしい。
何度も謝られた。
ミルラが悪いとは思ってないと、何度も言ったんだけど。
そんな話をしているうちに、馬車は王都に入っていたわけだった。
半減しても結構な数の騎士に守られて走る馬車は、物々しい雰囲気だったのだろうと思う。
王都に入った後に馬車の窓にかかるカーテンの隙間から外を覗いたら、たくさんの人が道の端から馬車を窺っていた。
そうして、馬車はバルフ家のお屋敷に着いた。
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