22 / 66
第三章
第21話
しおりを挟む
「今なら、逃げられます」
塔に戻ってきて開口一番、笑顔でヒースはそう言った。
王子様全開の笑顔だ……わかっててやってるのは間違いない。
「だめ」
聞いちゃったもの、うんとは言えないよ。
「そうですか」
ヒースはまだ笑みを浮かべているけれど、さっきの王子様笑顔とは違う。
もしここで逃げたとして、ヒースはこの国に戻らなかったらすごく後悔するだろう。
いや、きっと戻ってくると思う。
わたしを安全な国まで逃がして、ここに戻って――やっぱり辛い思いをするんだろう。
たとえわたしのことを隠し果せて罰を受けなかったとしても、ほら、軽くヤンデレの素質のある人だから。
そう思うと、とてもうんとは言えない。
今なら逃げられるというのは、私たちを閉じ込めてた壁の魔法が解かれたから。
最終的に折り合いのついたヒースが出した条件の中には王宮の魔法使いたちが作るある道具を持ってきてほしいというのがあって、それを取って来ることができるのが壁を作ってたミルラだけだった。
だから、壁の魔法を解かざるを得なかった。
ギルバートは壁を崩したらヒースが逃げるんじゃないかと当然ながら難色を示したけれど、他に方法がなくて渋々了承した。
そんなところを見たのも、もう逃げる気が失せてしまった理由の一つだ。
これで逃げたら、あまりに騙し討ちだ。
「サリナ」
「何?」
「君に何も聞かずに決めてしまった」
「いいよ。後宮に行っても、ヒースのそばにいていいんでしょ?」
他の誰のものにもならなくていいのなら、場所はどうでもいい。
ただ、そこにはやっぱり他の人がいて、困ったことになるのかもしれない。
わたしも困るし、理性ぶっ飛んじゃう人も困るよね……
ああ、さっきの人、大丈夫かな。
近寄れなかったから、無事を確かめることもできなかった。
でも初めて「ぶっ飛んだ」人を見ることになって、それが本当に怖いことだと思い知った。
本当に正気じゃないって、はっきりわかった。
それだけは、心配だ。
「ねえ、ヒース、後宮って男の人いないんだよね?」
他に男がいないんなら、それでヒースといっしょにいていいんなら、大丈夫だと思う。
「……普段は、まったくいないわけではないんです」
「そうなのっ!?」
それは話が違うんじゃ、と目を剥いた。
「護衛の騎士は、女騎士だけでは賄えないから。でも女神のそばに男を配置するようなことはしませんよ。私と共にだと、後宮の端の離宮あたりを使うことになるでしょうね」
それほど心配は要らない、とヒースは首を振る。
「あと、ミルラがちゃんと持って戻ってくれば、道中も王宮でごちゃごちゃしてもだいぶ安全になるはずです。本当は転移で城の中まで一気に跳んでしまえればいいんですが、正門から入らないといろいろと面倒臭いことがありまして」
魔法は誰でもなんでもできるというわけではないらしい。
ヒースは転移の魔法が得意だけどミルラは苦手だそうで、ミルラが一人でお城に行くのに行きはヒースが王宮の前まで飛ばして戻した。
それで道具を持って塔まで戻ってくるのに半日強かかると言う。
だから今日の陽が暮れる頃には戻ってくる……はず。
「さて……ミルラが戻ってくるまで、だいぶ時間があります」
そう、だから、塔に戻ってきた。
ちなみにギルバートたちは、塔の外にいる。
玄関がちゃんと閉まっていれば、遮るものがあれば、女神と距離が近くても大丈夫らしい。
まさにフェロモンなんだな、と思う。
「その間にしたいことがあるんですが、いいでしょうか?」
ヒースはわたしの髪を撫でながら言った。
したいこと?
「何?」
「じっとしていてください、サリナ」
ヒースの顔が近付いてくる。
唇に温かいものが触れて、唇の上で少し動いた。
なんだかいつもと違ってて不思議な感じだったけど、キスを拒む理由はなくて、わたしは目を閉じた。
ヒースの指は猫にするように顎を撫でてから、鎖骨へ落ちていって……
……鎖骨?
唇が離された後、慌てて下を向いた。
…………服がない。
ヒースはわたしの耳元で、こそばゆい小さな声で何か囁いている。
何か、歌っているのか。
いやでも、わたしは裸だっ。
魔法で服全部飛ばされた――!
「ちょっとヒース!」
なんで脱がされてるの!
ここ、玄関!
玄関だよ!!
「や、やだ、ねえ、ちょっと……!」
ヒースの唇は耳元から胸の方へ降りていく。
やっぱり何か歌っていて、肌に響く声ならぬ声がわたしを追い立てる。
ヒースが口ずさむのは、風とか光とか、そんな歌詞のようだけど、意味はとれなかった。
「やだ、くすぐった……! 何、歌ってるの」
ヒースは屈んで肌の上で歌いながら、わたしを見た。
ヒースの上目遣いが、わたしの心臓を掴む。
「サリナ、もしかして聞き取れるんですか?」
「……何? 歌?」
「詠唱です」
今の、魔法なの?
「よく、わかんない。単語は聞こえるけど、文章が意味ある感じに聞こえないし。なんか歌詞みたいな気はする」
「そういえば、サリナの前では無詠唱ばかりでしたね……」
「それよりもね!」
「なんですか? サリナ」
「ここ、玄関!」
なんでわたし、玄関で素っ裸にされてるのよ。
「ああ……ベッドがいい?」
……いや、真っ昼間なので、ここで「ベッドがいい」って言うのも躊躇われるんですが。
でも、玄関先と二択だったら。
「……ベッドがいい……」
塔に戻ってきて開口一番、笑顔でヒースはそう言った。
王子様全開の笑顔だ……わかっててやってるのは間違いない。
「だめ」
聞いちゃったもの、うんとは言えないよ。
「そうですか」
ヒースはまだ笑みを浮かべているけれど、さっきの王子様笑顔とは違う。
もしここで逃げたとして、ヒースはこの国に戻らなかったらすごく後悔するだろう。
いや、きっと戻ってくると思う。
わたしを安全な国まで逃がして、ここに戻って――やっぱり辛い思いをするんだろう。
たとえわたしのことを隠し果せて罰を受けなかったとしても、ほら、軽くヤンデレの素質のある人だから。
そう思うと、とてもうんとは言えない。
今なら逃げられるというのは、私たちを閉じ込めてた壁の魔法が解かれたから。
最終的に折り合いのついたヒースが出した条件の中には王宮の魔法使いたちが作るある道具を持ってきてほしいというのがあって、それを取って来ることができるのが壁を作ってたミルラだけだった。
だから、壁の魔法を解かざるを得なかった。
ギルバートは壁を崩したらヒースが逃げるんじゃないかと当然ながら難色を示したけれど、他に方法がなくて渋々了承した。
そんなところを見たのも、もう逃げる気が失せてしまった理由の一つだ。
これで逃げたら、あまりに騙し討ちだ。
「サリナ」
「何?」
「君に何も聞かずに決めてしまった」
「いいよ。後宮に行っても、ヒースのそばにいていいんでしょ?」
他の誰のものにもならなくていいのなら、場所はどうでもいい。
ただ、そこにはやっぱり他の人がいて、困ったことになるのかもしれない。
わたしも困るし、理性ぶっ飛んじゃう人も困るよね……
ああ、さっきの人、大丈夫かな。
近寄れなかったから、無事を確かめることもできなかった。
でも初めて「ぶっ飛んだ」人を見ることになって、それが本当に怖いことだと思い知った。
本当に正気じゃないって、はっきりわかった。
それだけは、心配だ。
「ねえ、ヒース、後宮って男の人いないんだよね?」
他に男がいないんなら、それでヒースといっしょにいていいんなら、大丈夫だと思う。
「……普段は、まったくいないわけではないんです」
「そうなのっ!?」
それは話が違うんじゃ、と目を剥いた。
「護衛の騎士は、女騎士だけでは賄えないから。でも女神のそばに男を配置するようなことはしませんよ。私と共にだと、後宮の端の離宮あたりを使うことになるでしょうね」
それほど心配は要らない、とヒースは首を振る。
「あと、ミルラがちゃんと持って戻ってくれば、道中も王宮でごちゃごちゃしてもだいぶ安全になるはずです。本当は転移で城の中まで一気に跳んでしまえればいいんですが、正門から入らないといろいろと面倒臭いことがありまして」
魔法は誰でもなんでもできるというわけではないらしい。
ヒースは転移の魔法が得意だけどミルラは苦手だそうで、ミルラが一人でお城に行くのに行きはヒースが王宮の前まで飛ばして戻した。
それで道具を持って塔まで戻ってくるのに半日強かかると言う。
だから今日の陽が暮れる頃には戻ってくる……はず。
「さて……ミルラが戻ってくるまで、だいぶ時間があります」
そう、だから、塔に戻ってきた。
ちなみにギルバートたちは、塔の外にいる。
玄関がちゃんと閉まっていれば、遮るものがあれば、女神と距離が近くても大丈夫らしい。
まさにフェロモンなんだな、と思う。
「その間にしたいことがあるんですが、いいでしょうか?」
ヒースはわたしの髪を撫でながら言った。
したいこと?
「何?」
「じっとしていてください、サリナ」
ヒースの顔が近付いてくる。
唇に温かいものが触れて、唇の上で少し動いた。
なんだかいつもと違ってて不思議な感じだったけど、キスを拒む理由はなくて、わたしは目を閉じた。
ヒースの指は猫にするように顎を撫でてから、鎖骨へ落ちていって……
……鎖骨?
唇が離された後、慌てて下を向いた。
…………服がない。
ヒースはわたしの耳元で、こそばゆい小さな声で何か囁いている。
何か、歌っているのか。
いやでも、わたしは裸だっ。
魔法で服全部飛ばされた――!
「ちょっとヒース!」
なんで脱がされてるの!
ここ、玄関!
玄関だよ!!
「や、やだ、ねえ、ちょっと……!」
ヒースの唇は耳元から胸の方へ降りていく。
やっぱり何か歌っていて、肌に響く声ならぬ声がわたしを追い立てる。
ヒースが口ずさむのは、風とか光とか、そんな歌詞のようだけど、意味はとれなかった。
「やだ、くすぐった……! 何、歌ってるの」
ヒースは屈んで肌の上で歌いながら、わたしを見た。
ヒースの上目遣いが、わたしの心臓を掴む。
「サリナ、もしかして聞き取れるんですか?」
「……何? 歌?」
「詠唱です」
今の、魔法なの?
「よく、わかんない。単語は聞こえるけど、文章が意味ある感じに聞こえないし。なんか歌詞みたいな気はする」
「そういえば、サリナの前では無詠唱ばかりでしたね……」
「それよりもね!」
「なんですか? サリナ」
「ここ、玄関!」
なんでわたし、玄関で素っ裸にされてるのよ。
「ああ……ベッドがいい?」
……いや、真っ昼間なので、ここで「ベッドがいい」って言うのも躊躇われるんですが。
でも、玄関先と二択だったら。
「……ベッドがいい……」
0
お気に入りに追加
249
あなたにおすすめの小説
旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜
ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉
転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!?
のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました……
イケメン山盛りの逆ハーです
前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります
小説家になろう、カクヨムに転載しています
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
【完結】名ばかりの妻を押しつけられた公女は、人生のやり直しを求めます。2度目は絶対に飼殺し妃ルートの回避に全力をつくします。
yukiwa (旧PN 雪花)
恋愛
*タイトル変更しました。(旧題 黄金竜の花嫁~飼殺し妃は遡る~)
パウラ・ヘルムダールは、竜の血を継ぐ名門大公家の跡継ぎ公女。
この世を支配する黄金竜オーディに望まれて側室にされるが、その実態は正室の仕事を丸投げされてこなすだけの、名のみの妻だった。
しかもその名のみの妻、側室なのに選抜試験などと御大層なものがあって。生真面目パウラは手を抜くことを知らず、ついつい頑張ってなりたくもなかった側室に見事当選。
もう一人の側室候補エリーヌは、イケメン試験官と恋をしてさっさと選抜試験から引き揚げていた。
「やられた!」と後悔しても、後の祭り。仕方ないからパウラは丸投げされた仕事をこなし、こなして一生を終える。そしてご褒美にやり直しの転生を願った。
「二度と絶対、飼殺しの妃はごめんです」
そうして始まった2度目の人生、なんだか周りが騒がしい。
竜の血を継ぐ4人の青年(後に試験官になる)たちは、なぜだかみんなパウラに甘い。
後半、シリアス風味のハピエン。
3章からルート分岐します。
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
表紙画像はwaifulabsで作成していただきました。
https://waifulabs.com/
迷子の会社員、異世界で契約取ったら騎士さまに溺愛されました!?
ふゆ
恋愛
気づいたら見知らぬ土地にいた。
衣食住を得るため偽の婚約者として契約獲得!
だけど……?
※過去作の改稿・完全版です。
内容が一部大幅に変更されたため、新規投稿しています。保管用。
私、異世界で監禁されました!?
星宮歌
恋愛
ただただ、苦しかった。
暴力をふるわれ、いじめられる毎日。それでも過ぎていく日常。けれど、ある日、いじめっ子グループに突き飛ばされ、トラックに轢かれたことで全てが変わる。
『ここ、どこ?』
声にならない声、見たこともない豪奢な部屋。混乱する私にもたらされるのは、幸せか、不幸せか。
今、全ての歯車が動き出す。
片翼シリーズ第一弾の作品です。
続編は『わたくし、異世界で婚約破棄されました!?』ですので、そちらもどうぞ!
溺愛は結構後半です。
なろうでも公開してます。
男装魔法使い、女性恐怖症の公爵令息様の治療係に任命される
百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!?
男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!?
※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる