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第二章
第8話
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今日一日、どう過ごしたのか思い出せない。
現在地は三階の自分の部屋のベッドの上。
もう陽は暮れてて、今日も早々に部屋に退散した……ということはわかってる。
でも朝、ヒースに離されてから、部屋に戻ってくるまでの間のことが思い出せない。
ベッドの上に体育座りで、膝の上におでこをつけてると、そのままどこまでも沈没していきたい気分だ。
体育座りなんて高校出て以来だけど、落ち込むにはぴったりな格好だね……
「勘違いしちゃう、なんて、洒落になってない」
勘違いもいいところだった。
最初に、もうわかってたじゃないのよ。
ヒースみたいな美形が、平凡顔のわたしにその気になるはずないって。
でも女神様補正でどうにかなるような気になっちゃったんだよね。
「あきれたんだろうなあ……」
でもね、少しだけ言い訳させてほしい。
他の誰にでもない、わたしが、わたしに。
勘違いしちゃった自分を正当化するのは痛いかもしれないけど、しかたないところもあったと思うのよ。
ヒースは、わたしを誰かの身代わりとして見てると思ってたの。
たぶんそれは、今はいない人。
今はいないわたしと同じ、落ちてきた女。
その人が辛い思いをしたから、わたしの無事を願ってくれた。
その人が辛い思いをしたから、義務に違反してもわたしを匿おうとしてくれた。
彼はきっとその人のために、故郷の異世界に帰る魔法を研究していた。
恋人だったのかな……
後宮に入った人だったらヒースと会うこともできなかっただろうから、神殿にいたのかもしれない。
神殿にいたとしたら、その人はヒースと恋をしながら、他の男性に体を売っていた……んだよね。
恋人が他の男性にって、辛いと思う。
もしかしたらヒースが女の人に反応しなくなっちゃった理由ってそこにあるのかもしれない。
そして、恋人がいるのに他の男性にって、死にたくなると思う。
もしかしたら……
全部妄想なんだけど、辻褄は合ってるような気がしてた。
うーん、今はいない想い人と自分を重ねて見てる人を誘惑しようと思ってたって、あんまり自己弁護にならないか。
でも、浮気させようってつもりじゃなかったのよ。
重ねて見てるんなら、それでいいと思ってた。
身代わりとして、その気になってくれれば、それでよかった。
辛くないとは言わない。
それ、結構辛い。
わたしを見てないってことだもん。
でも……
「身代わりになるなんてさえ、おこがましかったか……!」
体育座りのまま、頭を抱える……
身代わりにもなれてない可能性は、考えられなかった。
「……恥ずかしい……」
もう、本当にいたたまれない。
死ぬほど恥ずかしい……!
「うわああああ……美人だったのかなあ」
本当にわめいて転がり回りたいくらい、恥ずかしい。
身代わりになれるなんて、驕った自分が恥ずかしい。
そしてヒースにとって価値のない自分が、たまらなく悲しい。
泣けてくる。
「こんなに失恋がショックだなんて思わなかった」
帰れないと思ったときよりショックかもしれない。
ヒースはわたしじゃ駄目なんだ。
本当に好きになってくれる期待はしてなくても、偽物の関係は許されると思ってた。
でもそれすら駄目で、わたしはすがる思い出も許されないらしい。
このショックは、もう次がないからなのかもしれないとも思う。
ヒースとの出会いも奇跡みたいなものだから。
「……諦めないと」
そして、出て行かなくちゃ。
ふられたから迷惑かけていいってもんじゃないもんね。
独り言が一段落して、でも顔は上げられないまま、この先どうするかを考える。
出て行かなくちゃいけない。
行き先は……ヒースの心の傷に塩を塗り込むような真似はしちゃいけないと思うし、自分も嫌だし、やっぱり神殿は駄目だ。
そうすると、王宮……王様の後宮だ。
明日、後宮に行くって、ヒースに言わなくちゃ。
ヒース、ふったからって気にするかなあ……
でも、ほとぼりが冷めるまでって思ってて、手遅れになったら困る。
行こう。
そう決心を繰り返したところで、ノックの音がした。
「サリナ、入ってもいいですか?」
ヒースが扉の外にいると思ったら、ぐっと息が詰まった気がした。
今、顔を合わせるのは、きつい。
でも決心が揺らぐ前に言うべきかもしれないって気もした。
「ど、どうぞ」
体育座りでヒースを迎えるのはあんまりな気がするのでベッドから降りようと思ったんだけど、思ってたより長いことその格好でいたみたいで体が強張ってて、きびきびと動かなかった。
もぞもぞ移動してベッドの上からやっと足を降ろした時にはヒースが隣まで来てて、並んでベッドに座る形になる。
一番距離感の近い形になっちゃったような……
ふられた女には更にキツイ形なので、断じて意図的じゃない! と主張したい。
「サリナ、大丈夫ですか?」
「う、うん」
もちろん顔を見るのは辛いので、視線は正面、扉のところ。
大丈夫ですかって訊かれるってことは、大丈夫じゃなさそうに見えてたってことだよね。
うーん、今日一日のことはろくに憶えてないから自分がどんなだったかわからない。
憶えてないってことがそもそも大丈夫じゃないわけで、迂闊なことを言ったら自白してるようなもんだし、どうしたらいいのか。
「大丈夫」
それ以外、答えようがない。
隣でヒースが溜息をついた。
あああ、もう、気のせいじゃすまない。
涙目になりそうなのを、ぐっとこらえる。
「ちっとも大丈夫に見えません」
ヒースの顔が前に回り込んで覗き込んできて、息を飲んだ。
顔が近い。
でも色っぽい近さじゃなくて、わたしを責める近さだった。
「ほ、本当に大丈夫だから」
「……あなたが大丈夫だと言うのなら、言いますが、今朝のようなことは二度ととしてはいけませんよ」
ば、ばれてる……
「サリナ、あなたはそばにいるだけで男の理性のたがを外すのですから、あなたにそのつもりになられたら、どんな男でもひとたまりもない」
なにしてたかわかってたんだ。
やばい、それは恥ずかしい……!
現在地は三階の自分の部屋のベッドの上。
もう陽は暮れてて、今日も早々に部屋に退散した……ということはわかってる。
でも朝、ヒースに離されてから、部屋に戻ってくるまでの間のことが思い出せない。
ベッドの上に体育座りで、膝の上におでこをつけてると、そのままどこまでも沈没していきたい気分だ。
体育座りなんて高校出て以来だけど、落ち込むにはぴったりな格好だね……
「勘違いしちゃう、なんて、洒落になってない」
勘違いもいいところだった。
最初に、もうわかってたじゃないのよ。
ヒースみたいな美形が、平凡顔のわたしにその気になるはずないって。
でも女神様補正でどうにかなるような気になっちゃったんだよね。
「あきれたんだろうなあ……」
でもね、少しだけ言い訳させてほしい。
他の誰にでもない、わたしが、わたしに。
勘違いしちゃった自分を正当化するのは痛いかもしれないけど、しかたないところもあったと思うのよ。
ヒースは、わたしを誰かの身代わりとして見てると思ってたの。
たぶんそれは、今はいない人。
今はいないわたしと同じ、落ちてきた女。
その人が辛い思いをしたから、わたしの無事を願ってくれた。
その人が辛い思いをしたから、義務に違反してもわたしを匿おうとしてくれた。
彼はきっとその人のために、故郷の異世界に帰る魔法を研究していた。
恋人だったのかな……
後宮に入った人だったらヒースと会うこともできなかっただろうから、神殿にいたのかもしれない。
神殿にいたとしたら、その人はヒースと恋をしながら、他の男性に体を売っていた……んだよね。
恋人が他の男性にって、辛いと思う。
もしかしたらヒースが女の人に反応しなくなっちゃった理由ってそこにあるのかもしれない。
そして、恋人がいるのに他の男性にって、死にたくなると思う。
もしかしたら……
全部妄想なんだけど、辻褄は合ってるような気がしてた。
うーん、今はいない想い人と自分を重ねて見てる人を誘惑しようと思ってたって、あんまり自己弁護にならないか。
でも、浮気させようってつもりじゃなかったのよ。
重ねて見てるんなら、それでいいと思ってた。
身代わりとして、その気になってくれれば、それでよかった。
辛くないとは言わない。
それ、結構辛い。
わたしを見てないってことだもん。
でも……
「身代わりになるなんてさえ、おこがましかったか……!」
体育座りのまま、頭を抱える……
身代わりにもなれてない可能性は、考えられなかった。
「……恥ずかしい……」
もう、本当にいたたまれない。
死ぬほど恥ずかしい……!
「うわああああ……美人だったのかなあ」
本当にわめいて転がり回りたいくらい、恥ずかしい。
身代わりになれるなんて、驕った自分が恥ずかしい。
そしてヒースにとって価値のない自分が、たまらなく悲しい。
泣けてくる。
「こんなに失恋がショックだなんて思わなかった」
帰れないと思ったときよりショックかもしれない。
ヒースはわたしじゃ駄目なんだ。
本当に好きになってくれる期待はしてなくても、偽物の関係は許されると思ってた。
でもそれすら駄目で、わたしはすがる思い出も許されないらしい。
このショックは、もう次がないからなのかもしれないとも思う。
ヒースとの出会いも奇跡みたいなものだから。
「……諦めないと」
そして、出て行かなくちゃ。
ふられたから迷惑かけていいってもんじゃないもんね。
独り言が一段落して、でも顔は上げられないまま、この先どうするかを考える。
出て行かなくちゃいけない。
行き先は……ヒースの心の傷に塩を塗り込むような真似はしちゃいけないと思うし、自分も嫌だし、やっぱり神殿は駄目だ。
そうすると、王宮……王様の後宮だ。
明日、後宮に行くって、ヒースに言わなくちゃ。
ヒース、ふったからって気にするかなあ……
でも、ほとぼりが冷めるまでって思ってて、手遅れになったら困る。
行こう。
そう決心を繰り返したところで、ノックの音がした。
「サリナ、入ってもいいですか?」
ヒースが扉の外にいると思ったら、ぐっと息が詰まった気がした。
今、顔を合わせるのは、きつい。
でも決心が揺らぐ前に言うべきかもしれないって気もした。
「ど、どうぞ」
体育座りでヒースを迎えるのはあんまりな気がするのでベッドから降りようと思ったんだけど、思ってたより長いことその格好でいたみたいで体が強張ってて、きびきびと動かなかった。
もぞもぞ移動してベッドの上からやっと足を降ろした時にはヒースが隣まで来てて、並んでベッドに座る形になる。
一番距離感の近い形になっちゃったような……
ふられた女には更にキツイ形なので、断じて意図的じゃない! と主張したい。
「サリナ、大丈夫ですか?」
「う、うん」
もちろん顔を見るのは辛いので、視線は正面、扉のところ。
大丈夫ですかって訊かれるってことは、大丈夫じゃなさそうに見えてたってことだよね。
うーん、今日一日のことはろくに憶えてないから自分がどんなだったかわからない。
憶えてないってことがそもそも大丈夫じゃないわけで、迂闊なことを言ったら自白してるようなもんだし、どうしたらいいのか。
「大丈夫」
それ以外、答えようがない。
隣でヒースが溜息をついた。
あああ、もう、気のせいじゃすまない。
涙目になりそうなのを、ぐっとこらえる。
「ちっとも大丈夫に見えません」
ヒースの顔が前に回り込んで覗き込んできて、息を飲んだ。
顔が近い。
でも色っぽい近さじゃなくて、わたしを責める近さだった。
「ほ、本当に大丈夫だから」
「……あなたが大丈夫だと言うのなら、言いますが、今朝のようなことは二度ととしてはいけませんよ」
ば、ばれてる……
「サリナ、あなたはそばにいるだけで男の理性のたがを外すのですから、あなたにそのつもりになられたら、どんな男でもひとたまりもない」
なにしてたかわかってたんだ。
やばい、それは恥ずかしい……!
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