豊穣の女神は長生きしたい

碓井桂

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第二章

第6話

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 ご飯を食べたら、わたしは文字の勉強をする。
 言葉は通じるけど文字は読めなかったから。

 昼間も勉強するけど、夜もやる。
 灯りはヒースの点す、魔法の灯り。

 わたしは日本語喋っても会話は成り立つけど、ヒースが喋ってるのは実は日本語じゃないってのは、異世界に来たんだってわかった時点で察してた。
 どうして言葉が通じるのかはわからないけど。

 ヒースにはちゃんとこの世界の言葉でわたしが喋ってるように聞こえるんだって。
 わたしにヒースが日本語を喋ってるように聞こえるように。
 聞き取って喋れても、文字を憶えるって難しい。
 一枚の紙にヒースが挨拶とか色々文章を書き出してくれて、それを読み上げてくれた。
 わたしは読み上げられた通りに、日本語で書いていった。

 これで対応する言葉はわかるけど、あとは憶えるしかないのかなあ。

 本一冊とか読んでもらったら勉強が進みそうだけど、そこまでヒースの時間を奪うのはどうだろう。
 同じ時間、ヒースはなんか勉強してるって思ってたけど、それが研究だったみたい。

 今日は勉強の紙を見ていても、サッパリ頭に入ってこなかった。
 なんとなく、夕方に畑で感じた気配が気になる。
 あれは本当に獣だったのか……

 獣じゃなかったら?
 誰かに見つかったんだとしたら。
 この塔に人が押し入ってきたりしたら、どうなるんだろう。

 ヒースはきっとわたしを見捨てないんじゃないかと思うけど、見捨ててくれた方がいいんじゃないかって気もする。
 徒党を組んで人が襲ってきたら、ヒースだってただじゃすまないと思うし。
 それよりヒースの目の前で、他の男に強姦されるとか……

 絶対嫌だ。
 そんな目に遭うなら、いっそ死にたい。

 うん、見捨てて逃げてくれた方が、いろんな意味でマシだ。
 あとは、わたしを見つけた誰かが神殿か王宮に知らせたら。
 そうしたら、そのどっちかにわたしは連れていかれるんだろう。
 その時、わたしを隠してたヒースは罰されるんじゃないだろうか。

 改めて、わたしはここにいちゃいけないんじゃないかと思う。
 わたしが嫌な目に遭うのを避けて生きていく可能性を追うのなら、ここで息を潜めているしかない。
 息を潜め続けて、ヒースの研究が完成するまで続けられたら、帰れるかもしれない。

 だけど、それが崩れた時、一番迷惑を蒙るのはヒースだ。

 うーん……
 でも。
 今、顔もわかんない誰かに自分の初めてを奪われるのは、やっぱり嫌だ。

 嫌なことばっかりで、どれが一番マシなのかわからない。

 じゃあ、逆に考えてみよう。
 一番嫌なことはなんだろう……?

 ちょっとここにいただけだけど、ヒースを巻き込んでヒースが酷い目に遭うのは嫌だ。
 ヒースは本当にいい人で、わたしを大切にしてくれる。
 そりゃもう、勘違いしそうになるくらい。
 勘違いだってわかってても勘違いしたふりで、べたべたしてみたいって思ったりするくらいだ。

 今更だけど、できればヒースには迷惑かけたくない。
 ヒースに甘えて居候しようなんて考えた、拾われた初日のわたしを叱りつけたい……

 そうすると、ここから出て行くってことになる。
 それでわたしは、知らない誰かとえっちする。
 それも嫌だ。

 ……でも、初めてじゃなかったら、我慢できるかもしれない。

「……サリナ?」

 ヒースに呼ばれて、ハッとした。

「どうしたんですか? ぼうっとして」

 ヒースの手が伸びてきて、頬に触れた。
 こういうスキンシップが、勘違いしそうになる原因だよね……

 ドキドキして、でも触ってもらえるのが嬉しくて、やめてって言えない。

「ううん。なんだか、疲れたみたい」
「そうですか……今日は休んだらどうですか?」

 ここで考え事をしていたら、なに考えてるかヒースにバレそうで、休むふりして部屋に引っ込むのがいい気がした。

「うん、今日はそうするね。ごめん、ヒース。おやすみなさい」
「おやすみなさい、サリナ」

 二人でいっしょにいた台所兼食堂のテーブルに手を突いて、椅子から立ち上がる。

 ここは塔の一階で、一番広い部屋だ。
 暖炉とかまどがあって、火を使うのは基本的にこの部屋だけだ。

 一階にはあと、食料庫と沐浴部屋がある。
 沐浴部屋は水瓶が置いてあって、ここの水で布を濡らして体を拭く。
 お風呂はない。

 狭い階段を上がると、二階はヒースの部屋だ。
 一応扉で遮られていて、中にはベッドと本棚と机がある。
 あと、二階には物置がある。

 もう一階分上がって三階が、わたしの部屋だ。
 屋根裏っぽいけど、綺麗になっている。
 魔女のおばあちゃんと暮らしている時にはヒースが使ってたらしい。

 三階の部屋まで上がる。
 わたしには魔法が使えないから灯りはヒースが点けてくれたまま点けっぱなしで、ほんのわずか、ほんのりした明るさの光を放つ小さな水晶球がテーブルの上に置いてある。
 おかげで夜でも真っ暗じゃなくて、躓かない。

 やっぱりお下がりの寝間着に着替えて、ベッドに潜り込んだ。
 ベッドの中でも、考え事はできる……
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