豊穣の女神は長生きしたい

碓井桂

文字の大きさ
上 下
6 / 66
第二章

第5話

しおりを挟む
 森の中の塔でヒースと暮らし始めて、いくらか過ぎた。
 最初に聞きそびれちゃったヒース自身の話は、おいおい聞いた。

 ヒースは魔法使いなんだって。
 今住んでるこの塔は、魔法使いの塔なんだって。
 前にいっしょに住んでいた人は魔女のおばあちゃんで、一年前に亡くなって、今は弟子だったヒース一人で住んでるんだそう。

 今着てる服は、そのおばあちゃんの遺したもの。
 わたしより体格がよかったみたいで、ちょっとゆるいけど、大は小を兼ねるだ。
 ウエストを紐で縛っちゃえば、問題ない。

 魔女って言われたら、童話の中の魔女がお鍋で怪しい薬をぐつぐつ……って感じだけど、魔法使いだと、ゲームの中の魔法使いみたいに魔法を使って戦ったりするのかなぁって思って聞いてみた。

「両方ですよ」

 今、わたしは夕飯にする野菜の皮を剥きながら、ヒースは何か薬草をごりごりすり潰しながら、台所にいる。

 この世界に慣れないわたしにできることって言ったら、料理の下ごしらえくらい。
 まだかまどを使って本番の料理はできない。
 しかもこのかまど、魔法で火を点けるもんだから、いつまで経っても料理はヒースの仕事かもしれない。
 それでヒースは文句言ったりしないけど。

「今は薬を作っています」
「やっぱりそれ、薬なんだ」
「そう。たまに街や村に売りに行ったり、人が森の外から薬を買いに来たりもします。人が来たら塔の上の階に隠れてくださいねって、言ったでしょう?」
「うん」
「ここを訪ねてくる人の大体は、薬を買いにきた人です」

「ヒースは薬屋さんなのね」
「そうですね」
「でも、両方ってことは、魔法を使って戦う、なんてこともするの?」

 思い浮かべているのはゲームの魔法使い。

「そういうこともできます。でもここにいたら、そんな必要はありませんね。そうやって魔法を使うのは騎士団や兵団にいる魔法使いです」

 王都にはそういう魔法使いたちもいるらしい。

「ここで必要な魔法は、小さな魔法です。どちらにせよ多くの魔法使いは魔法の研究をするのが目的で、薬を作るのも戦うのも、生活の糧を得るためのものです。裕福な家に生まれついた次男三男でもなければ、研究だけでは生活できないので」
「あー……本当に仕事なのね」

 趣味と実益ってわけにはいかないのか。

「ヒースはどんな研究をしてるの?」
「…………」

 何気なくそう訊いたら、ヒースが黙り込んだ。

「言いたくなかったらいいけど」
「いえ」

 小さく首を振る。
 知られたくないなら無理に言わなくてもって思ったけど、言われたらヒースが言い淀んだ理由はわかった。

「十五の歳からは、ずっと異界へ渡る魔法の研究をしています」

 異界へ渡る……
 それってつまり、そのものずばり、わたしが元の世界に帰るための魔法じゃないかな。

 でも、研究中なんだ。
 十五の時からって。

「ヒースって、今いくつ?」

 外国人の年齢ってよくわかんないわ。
 ヒースは天使様だから、なおさら。
 十八か、十九くらい?

「今年で二十三になります」

 年上……?
 いや、同い年?
 今年で二十三ってことは、今、二十二歳。

 研究は、七年間。

「け、研究は進んでるの?」
「……難しい魔法なんです」

 そっか……
 でも魔法ができたら、いつか帰れるかもしれないんだ。

「えっと、その」

 ヒースがその研究を始めたのは、わたしのためじゃないってことはわかってるんだけど。

「ありがとう」

 そう言いたくなった。

「いえ……」

 ヒースは照れたように頬を染めて、少しだけ俯いた。
 そしたらもうヒースが十代の少年みたいに見えて、もしかして年齢の数え方がわたしの世界とは違ってたりしないだろうかって、そんな気にもなった。

 ちなみに後から知ったけど、年齢の数え方も一年の日数もほとんど変わりなかったわ。
 単にヒースがちょっと童顔で、雰囲気若作りなだけだった。

「そういえば、サリナの歳を聞いてませんでしたね」
「わたしも二十二よ」
「…………」

 ヒースが変な顔してる。

「サリナの世界には歳をとらなくなる魔法があるんですか?」
「ないわよ、そんなの」
「…………」

 なによ。

「……サリナは、童顔ですね。てっきり十四、五かと……」

 ヒースには言われたくないって言ってもいいかな。
 それに日本では年相応だったよ……

 自分のことを棚に上げてと怒ったら、ヒースは笑った。

「さあ、そろそろ夕飯を作りましょうか」

 その間に野菜の皮剥きは終ってて、まないたっぽい台の上で適当に乱切りまでしたところで、ヒースと交代。

 わたしが切った野菜と干し肉をいっしょに煮たスープと、小麦粉を練って簡単に焼いたパンが今日の夕飯。
 野菜が豆だったり芋だったりに変わるくらいで、スープの作り方はいつも同じ。
 でもいろんな香草のおかげで味はちょっとずつ違ってて、おいしい。

 野菜と香草は、塔の裏に畑があって、そこで育ててるの。

「ちょっと畑に行ってきてもいい?」
「いいですけど……気を付けてくださいね」
「大丈夫、ちょっとだけ。裏口から出て、表には回らないから」

 道っぽいものは表の方にしかないし、裏からいきなり人は来ないんじゃないかなって思う。
 そうして、裏口から外に出た。
 実はトイレ以外のために一人で外に出たのは、ここに来てから初めてだった。

 トイレは裏口から出てすぐのところにあるから、そこには行くんだけど。
 その先の畑まで行くのはヒースがずっといっしょだった。

 そしてその何度めかの畑へ行ったときに、祝福っていうのをやってみた。
 わたしがヒースの言う女神様なら、できるはずでしょ?
 でもどうやっていいかはわからなかったから、ただ撫でて、大きくなあれ、おいしくなあれって願ってみたのよ。

 そうしたら、野菜が大きくなって、おいしくなった。
 ヒースもいきなりの畑の野菜の生長にびっくりしてたわ。

 わたしも、これはすごいと思う。
 肥料要らずって言うか、わたしが肥料って言うか!

「明日の分も、おいしくなあれ!」

 うふふ。
 ご飯がおいしいっていいことだと思う。
 それでちょっと畑を見て回って、もう戻ろうかなって思った時だった。

 がさって、どっかで音がした気がした。
 ドキッとする。

 獣かな……獣いるって言ってたし。
 なんだか怖くなって、わたしは慌てて塔の裏口に駆け込んだ。
 台所のヒースのところまで駆け戻って、そこにヒースがいるのを見てやっとほっとする。

「どうしました? サリナ」
「ううん……なんでもない」

 ……今のは、ただの獣だよね。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

侍女から第2夫人、そして……

しゃーりん
恋愛
公爵家の2歳のお嬢様の侍女をしているルイーズは、酔って夢だと思い込んでお嬢様の父親であるガレントと関係を持ってしまう。 翌朝、現実だったと知った2人は親たちの話し合いの結果、ガレントの第2夫人になることに決まった。 ガレントの正妻セルフィが病弱でもう子供を望めないからだった。 一日で侍女から第2夫人になってしまったルイーズ。 正妻セルフィからは、娘を義母として可愛がり、夫を好きになってほしいと頼まれる。 セルフィの残り時間は少なく、ルイーズがやがて正妻になるというお話です。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

一体何のことですか?【意外なオチシリーズ第1弾】

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【あの……身に覚えが無いのですけど】 私は由緒正しい伯爵家の娘で、学園内ではクールビューティーと呼ばれている。基本的に群れるのは嫌いで、1人の時間をこよなく愛している。ある日、私は見慣れない女子生徒に「彼に手を出さないで!」と言いがかりをつけられる。その話、全く身に覚えが無いのですけど……? *短編です。あっさり終わります *他サイトでも投稿中

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

男装魔法使い、女性恐怖症の公爵令息様の治療係に任命される

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...