アヴァロンズゲート

八雲 全一

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七節 芸術の町リュミエール

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俺達はあの後六日間歩き続け芸術の町と言われるリュミエールに辿り着いた。治安が良いのにもかかわらずこの町は中立地帯だ。
町は華やかな芸術家や貴族が闊歩しており、それに比べると俺達は随分と浮いていた。
恰好が違うのは仕方がないとして、戦いを生業にするもの特有の殺気が出てしまっているのだ。消そうと思ってもどこか残ってしまう。
それが原因でどこか居づらさをこの町にも感じてしまう。サルミサで感じた物とは違う。もっと本能に訴えかけてくる違和感だ。
この華やかで美しさにあふれた街に似合うのはエリーだけだなと思う。大人しくしていればローブを被った可憐な少女だ。
そのローブは俺とお揃いで血と硝煙に塗れてしまっているが、戦など無い世の中になればもう無用だろう。
町にはカフェやサロンがあり、芸術家や貴族たちはそこに集まって様々な芸術や哲学の話に華を開かせているようだった。更にあちこちで絵画を描いていたり、彫刻を彫っている芸術家が散見される。
「無銘。この町ってなんか息が詰まるわね。ザ上流階級って感じでさ。」
「そうだな。俺もそう思っていたところだよ。あるかどうかわからないが、宿と仕事にありつこう。」
「賛成ね。あんなでっぷりしたおじさんの芸術作品をずっと見ているのも堪えるわ。」
見事な絵画を描いた絵師を揶揄しているが、とても俺達では関われない階級だ。
芸術に関わる階級の者は貴族扱いで徴兵もされないので、下手な事を口走るだけで不味い。
エリーを目線で諫めた。
「…ごめんなさい。はしゃぎ過ぎたみたいね。行きましょう。無銘。」
「ああ案内図がこっちにある。一緒に見てみよう。」
「そうしましょう。」
案内図を二人で見ていると貴族風の男一人が話しかけてきた。
「君達は冒険者かな?是非受けてほしい依頼があるんだが?」
「宿をまず見つけないといけないのです。旦那様。そこを仲介して頂けませんか?」
「済まなかった。思慮が足りなかったね。私はブンメルク伯爵という。私が目をかけている者たちが経営している宿屋を使うといい。この先を真っすぐ行った突き当りを左の宿屋で馬車道という名前だ。」
「ありがとうございます。改めて依頼をそちらで受けさせて頂きます。」
「話を分かってくれて助かるよ。中々聞いてくれる人のいない依頼だったのさ。」
俺達はブンメルク伯爵と別れると案内された馬車道という宿屋まで歩いて行く。
その途中に色々な小物を出している露店があり、エリーが足を止めてじぃっと眺めていた。
「どうした?何か欲しいものがあるのか?」
「あの羽飾りが気になるけれどいいわ。私達の冒険にはお金が入用ですもの。」
「この位なら買ってあげられるよ。この虹色の羽飾りでいいのか。」
「ありがとう。無理してないかしら?」
「…フッ可愛いところがあるな。そういう子には無理をしてでも着飾らせたくなるもんだ。」
「お客さんお目が高いね。ハイこの虹色の羽飾りだね。御嬢様にはよく似合うと思いますぜ。旦那。」
「そうか。ありがとう。よし早速着けて見せてくれエリー。」
「どうかしら?…綺麗?」
「ああ。同年代のエルフ男子なら足を止めると思うぞ!」
「そう…ありがとう。」
俯いて頬を染めながらエリーはお礼を言った。食いしん坊なだけじゃなくてちゃんと可愛らしい所もあるもんだなと思う。
エリー…思えば初めて無銘からもらったプレゼントだったように思う。今でもそれは大切な宝物として取ってあるわ。というか私の新しいチャームポイントね。とても嬉しく懐かしい気持ち。思い出すだけで泣きだしそうになってしまうわ。
…その後五分くらい歩いて宿屋「馬車道」に辿り着いた。とても落ち着いた宿屋だ。料金は目が飛び出るような価格では無い事を期待しよう。
扉を開けて中に入ると身なりをきちんと整えた紳士がいた。ここのマスターだろう。とても親父とは呼べなかった。
「いらっしゃいませ。ブンメルクの大旦那から聞いております。本日からよろしくお願いいたします。」
「ああマスター。こちらからもよろしくお願いする。お代はいくらかな。」
「大旦那のお客様からはお代は頂きません。その代わりいくつかの仕事を片付けて頂きたいのです。その都度依頼料も払わせて頂きますので。」
「分かった。食事もここで頂けるかな。」
「勿論です。食費と滞在費はお気に為さらないで下さい。」
「やったわね。無銘!」
やっぱり花より団子なお年頃だ…でも頭の虹色の羽飾りはそうでもないと主張しているようだ。
「ああ、ほどほどにな。エリー。」
俺達は部屋に荷物を置くと早速食事を頂く事にした。馬車道盛りという定食が一食あるだけなのだが、食べたいだけ量を調節できる定食らしい。
エリーは当然のごとく俺の二倍近くの食事量を要求する。
マスターは一瞬驚いたものの和やかな笑顔を浮かべて受け付けてくれた。
少し待つと馬車道盛りが二つ届いた。量には天地の差がある。
エリーが食事の合間に話しかけてきた。大量の食事を前に満足げな笑みを浮かべている。
「今度の依頼は何かしらね?」
「まったく分からないな。町の掃除とかを真剣にやらされそうで怖くもある。」
「カルベコの頃を思い出すわね。化け物退治なんかまれでずっと掃除や雑事をしてた気がするわ。」
「その方が平和でいいよ。給料はその分安くなるけどな。」
「安全第一ね。」
「工事現場みたいだな。」
「工事って何?」
「人類開放騎士団の本拠地の方だと機械を動かして色々と町を整えるんだよ。それを工事と言うんだ。」
「随分ハイテクなのね。」
「歩兵がほぼアーマーで武装している時点でとんだハイテク集団だよ。」
「この間も良く戦って勝てたわね。」
「ストームブリンガーと君の攻撃呪術の賜物だ。俺と同格並みの威力が出ていたぞ。」
「闘いを繰り返して強くなっているのね。エルフでこんな人はきっと珍しいわ。」
「皆森の中で瞑想したり、狩りをしている印象しかないからな。」
「それで大体あっているわ。強さを求めている人なんていないんじゃないかしら。」
「精鋭魔術師達はその一角だろうが、オドを酷使するんじゃなくて集団で大呪術をする闘い方がメインみたいだからな。まあチェリーブロッサムを使うなんて噂もあったけど。俺には一方的に狩られていたよ。今でも寝ると夢に見る。」
エリーは心配そうな顔になりながらも話しかけてきた。
「もうそんな事はしなくていいのよ。貴方震えている…」
「分かっているんだが…戦争の後遺症みたいなものさ。治りはしない。倒したエルフの事を考えるとな…」
「心に傷を皆負うのね。」
「小隊の皆もエルフを殺す事で恐怖心と良心の呵責で悩まされていたよ。全員ハッパを使ってごまかしていたんだ。」
「そうだったの…恐怖心を覚える事もあったのね。」
「やはりエルフの魔術は脅威そのものだからな。全滅はしなくても大怪我をしたり、アーマーを脱いでいる時を襲われて死傷者が出るから恐れられていたよ。」
と会話をしながら食事をしていたが、二人とも食べ終わってしまった。
食事中に結構重い話になってしまったがエリーはあまり気にして無い様で助かる。
おもむろにマスターが話しかけてきた。
「旦那様。仕事の話をよろしいでしょうか。」
「ああ、食事も終わったし大丈夫だ。」
「どんな依頼なの?」
「ブンメルク伯爵とはお会いになりましたね。」
「ああ少しだけなら会話したが。」
「あの方が持っている美術品に魂が宿り夜な夜な歩き出すのです。」
「…本当の話か?マスター。」
「ええ、皆さん信じられませんがね。最初は伯爵も面白がっていたのですが、飽きてしまったようで処分を早急にと仰られています。」
「なるほど明日現場に伺わせていただく。俄には信じがたいが、そういう事もあるんだろう。」
「ありがとうございます。御嬢様はこちらで預かりますか?」
「私は彼のパートナーなのでついて行きます。お気遣い結構ですわ。叔父様。」
「そういう事だ。彼女も主戦力として連れて行くがいいかな?」
「は…ハァ?そういう事でしたら結構です。失礼な事を伺ってしまって申し訳ございません。」
「いや、良くある話だから気にしないでくれマスター。」
「御許し頂きありがとうございます。これが美術品の保管庫の地図です。」
マスターから美術品の保管庫の地図を受け取った俺達は、明日の晩、現地で対象を壊す事に決めた。慎重を期す任務だ。魔術をパカパカ撃てないと思った方がいいな。
二階の部屋に上がる。ベッドが別れている一つの部屋だ。
「もう今日は寝ましょうか。無銘。」
「ああ、明日は早くないが依頼に差し支えると困るしな。」
「羽飾りありがとう。」
「改めてどうしたんだいエリー。」
「ちょっとお礼が言いたくなった。それだけよ。お休みなさい。」
「フフッそうかお休み。エリー。」
少し胸の中が暖かい気持ちになって俺は横になった。多分これが親心…すぐに夢の世界に誘われる。
翌朝―
エリーが先に起きていた。
随分と懐かしい気分の夢を見ていた気がするが何故だか分からない上に内容も思い出せなかった。夢などそんなものだろうと感じる。
「おーい。無銘。起きている?ぼうっとしすぎじゃないかしら。」
「立派に起きているさ。エリー。少し夢の事を思い出していただけだよ。」
「何の夢を見ていたの?」
「懐かしい気分の夢。それしか分からないな。」
「昔の恋人とか…?」
「俺には残念ながら恋人はいた事は無いよ。エリー。」
「えーっと私は何なんですか?」
「娘。」
エリー…即答された!あまりにもあっさり私の甘酸っぱくてむさ苦しくてワクワクドキドキな感情は破砕された。この無銘君、二五歳の手によって。余りにもあんまりだとおもわないかしら?

何かエリーからすごい殺気を感じるものの、俺は正直寝ぼけていてどうしていいか分からない。夕方からの仕事なので、もう一度寝なおす事にした。エリーはじーっとこっちを見ている。そんなエリーを見ているとまた眠くなっていった…お休み。
…「起きなさい。無銘!仕事に流石に遅れるわよ!」
「済まない。疲れすぎて寝直してしまった。今はもう十七時か。結構ギリギリだな。起こしてくれてありがとう。エリー。」
「構わないけど早く地図の場所に行きましょう。」
エリーはずっと待ちかねていたようで急かしてくる。俺は寝て起きてすぐに依頼なので結構ふら付いてしまった。
さあ向かおう依頼の美術品の保管庫へ。
「ようやく目が覚めたみたいね。無銘。」
「ああ、待たせたな。行こう。」
「神託の夢でも見ていたのかしら。」
「そうではないと思う。ただの肉体の疲れだよ。年かもしれないな。」
呆れた様子で肩を落とすエリー。
「貴方半分エルフなんでしょう。」
「うーん。そのはずなんだが結構体中にガタは来ているぞ。」
「やっぱりどこか人間臭いわね。」
「人間の軍隊に育てられたし、体の中のエルフの部分が眠っているのかもな。」
「あれだけの魔術行使を頻繁にしているし、そんな事はないと思うわ。」
「まあ肉体の疲れは歩きながら取れるさ。」
「それがいいわ。ずっと寝ていたから寝疲れていたのかもね。」
そんな話をしながら歩いていると目標の美術品の保管庫に辿り着いた。
「そうかもしれないな。ここが目標の美術品の保管庫か。」
「そうみたい。色々な彫刻が並んでいるわね。」
「ああ、動き回る珍妙な美術品なんて…いるか?」
「いないわね。人気が無くならないと出てこないんじゃないかしら。」
「その可能性は否定できない。辺りの陰に隠れるか。」
「そうしましょう。」
俺達は美術品の陰に隠れて待機していた。…二時間程たっただろうか。
現れてしまった。奇妙な踊りをする芸術品が。しかも何か口走っている。
「ラッタターサトーヨーカードーニューオープーンヘェイ」
「何あれ?」
「芸術品だったんだろうな。多分。」
俺は亜空跳躍するとストームブリンガーで芸術品を真っ二つに斬った。音もなく倒れる芸術品。しかし周囲から響き渡る声、神の声が聞こえてくる。
「何しとんねん!ワイ美術の神サラスヴァーティーが目をかけていた芸術品を真っ二つに斬るなんて。頭おかしいんとちゃうかワレ!」
こんな言語を聞いた事が無いが、一応イース語なのか?なまりがあるがギリギリ理解できる。
「こちらも仕事でな。神様に見初められていた芸術品を壊した事は謝る。」
「ごめんなさい。サラスヴァーティー様。」
「謝って済む問題ちゃうねん!ワイの分霊たる神像を破壊した罪を思い知れい!」
凄まじい地響きと閃光が放たれたかと思うと何と目の前に腕が六本生えた本物の女神が降臨してきた。
「ブラフマーストラマックスインパクト!」
珍妙な呪詛だが避ける暇はない。正面から受けて凄まじい勢いで体が吹っ飛ばされた。本物の神様と闘うしかないとは!
エリーは気絶してしまったようだ…クソどうする。
すると突然頭の中に女の声が聞こえてきた。霊信だ。

ネームレス―あーあー本当はもっと先で助けてあげる予定なのに予定が狂っちゃったわ。―
「貴女は誰だ。」
ネームレス―私はネームレス。名無しの神霊。貴方の守護神霊をしていたの。―
「誰でもいい。この荒れ狂う神を討つ手段があるのか。」
ネームレス―ただ一つだけ…この祝詞を唱えよ!―

最果てに輝くはその幻想

因果律を紡ぐのはその哀念

たった一度の報いもなく

ただの一度も断罪もなし

棺は主を迎えるために顎を広げる

陰陽はまだ時ではなく斬り応える

ならば我が生涯はいまだ最果てに輝き穿つ

故にその剣はきっと幻想を顕現していた。

幻想顕現!
体が疼く!マナが吹き荒れる。産まれなおし知るべきその先の技術。タイムパラドックス…転生魔術!
神代の熱を我が手に写し取る…菱友重工電磁投射砲「ナイトイーター」無限弾丸方式 誅神仕様。
無茶苦茶な魔術情報が脳髄を荒れ狂う。黒歴史中の黒歴史。中華神戦争…頭が焼ける。知ってはならない技術。そして過去。狂気の中の狂気。それを貴女は生き延びたのか。
ネームレス―エリーゼだけには今晩夢枕で全部伝えてあげる。貴方にはまだ早すぎるわね!―
はッネームレス様からの霊信は途絶えた。無限に続くような亜空間の超神話情報…夢か現か分からない…が目の前にはストームブリンガーを超える神創兵装がある。
これならばサラスヴァーティー様を討てる。
「はッそんなオモチャの大砲じゃワイはやれんで!イクで!ヴァジュラ完全神話展開!砲撃開始!ファイヤー!」
サラスヴァティー様の宝貝…神の持つ神話上の武器や技…神雷の塊が飛んでくる!狙いをつけられない。このままじゃ死ぬ!せっかくナイトイーターまで揃ったのに死ぬのか!
「無銘は死なない!私が護るもの!汝護り給え!七天の楯よ!顕現せよ!天理アイアスの楯!」
エリー…私にも分かる。ネームレス様の無窮の武錬が行きついた先をたった今垣間見た!だから護れる!私には護りたい…どうしても護りたい人がいるのよ!
アイアスの楯の前にヴァジュラと呼ばれた宝貝は完全に無効化された。
「今よ!無銘。討ちなさい!」
「ああ、やるぞ!打ち克つぞ!」
ナイトイーター構え!孔天開始!コース補足開始!ズレ補正!発射!
カオーンと甲高い発射音が木霊する。そしてサラスヴァーティー様の胸の霊格を完全に打ち砕いた。
「やるやないけ!無銘ちゃん。名前覚えさせてもろうたで!天界に来たら褒美をくれてやらあ!天晴や!さらば!」
そう叫ぶとサラスヴァーティー様の分霊は光の粒子に変わり現世から完全に消失した。
「やったんだ。神を倒した。」
俺はあまりに無茶苦茶な目の前の出来事を前に腰を抜かしていた。
「貴方を護れて良かったわ。無銘。」
またエリーは泣いている。泣き虫だな。誰も死んでない。
「どうしたんだ。俺は無事だよ。」
「また死にかけていたわ。こんな訳の分からない依頼で。」
「大丈夫。エリーが生きている限り俺は死ねないさ。それに神様から武器まで貰ったんだ。」
「私もネームレス様から無理やり呪詛の練り方を教えて貰ったようなものね。」
「御祈りをしよう。名も無き神霊。我が守護神ネームレスよ。貴女に信仰を捧げる。」
「我が偉大なる主神イグドラシルに加えて、新たなる主神ネームレスよ。貴女にも信仰を捧げましょう。」
そのまま十分は祈りを捧げていただろうか、どちらともなく立ち上がり俺達は美術品の保管庫から立ち去った。
そして馬車道に帰りマスターに任務が終了した事を告げると、夕食も食べずに二人して死んだように眠ってしまった。
エリー…神と闘うなんて無茶苦茶な依頼だったわ。後にも先にもこの時だけになると今は思っていたけれど、更なる強敵が立ちはだかるのは予想外だったわ。それにしても美術品の神様が美術品を破壊されただけで降臨してきて戦闘になるなんて異常すぎるわね。それこそ奇跡の様な出来事よ。いや起きて欲しくはない奇跡なんだけれどね。
・霊夢
神託の夢…霊夢か。私は初めて見るといっても過言ではない。プリマスは集落の皆の間で噂になったのを聞いただけだもの。
エリーゼ・ハーン。この物語は貴女に恋い焦がれ闘い続けた故に狂ってしまった一人の少女の物語である。

一万年前 中華神戦争 月の神々の坐 嫦娥の間

亜空跳躍確認!現在地 嫦娥の間!
待ち構えていた月の神霊嫦娥が口を開く。
「来よったな。正義の味方。人類種を誑かし狂わせた女。ウシオ・レンコ。貴様フユツキシティの神様候補生から人の身に堕ちた次元放浪者の分際で何様や。」
気を張り漲ったレンコが答える。
「月の女神嫦娥よ!私は人類の為に闘った覚えはない。次元連結デバイスで五百年間も流転し移り変わるDNNや並行宇宙の中で困った人間を救っていただけだよ。そして今は月の神々中でも嫦娥が打倒すべき敵だ。私がやらなくてはならない。」
「誤解で始まった戦争やぞ!ワシを討ったところで何も変わらん。」
「それでも貴女を討たないと収まりがつかなくなっているんだ。原因不明の全人類軍をハッキングして月を攻撃させているのは貴女だろう。ジェネシックコードが貴女の物だ。」
「へっ今回の宇宙でもワイに辿り着いてしまったのか。ワイと同じジェネシックコードを持つ者が他にいてもやるのか?」
「何…まあ関係ないよ。私がやるのは貴女を打ち払う事だけ、それで人類の道を開けるというなら、八雲 恵理射にもう一度出会えるというならそうしよう。」
「八雲 恵理射…エリーゼ・ハーンはそもそも他人の女やぞ。ワシを倒したとして会える保証なんぞあるんかい。」
「そんな事は知っている。でも恵理射に会うために五百年の永劫の夢幻回廊を生き延びてきたんだ。貴女は善神かもしれないが討たせてもらう。私達人類が生き延びいつか恵理射にあうために。やるんだ。やあってやるわよ。」
「ほう人の身でどこまでできるか撃ち込んでこんかい!全部いなして黄泉平坂に叩き込んでくれるわ。」

嫦娥と私の戦いは始まった。初撃必殺!八雲全一流究極奥義!億劫蓬莱無叡掌!
嫦娥にヒット!神聖特攻攻撃のため恒久スタン!
「ガはッおえっ恵理射はこんな無茶苦茶な技教えていんのかい!体の身動きが利かん!」
幻想顕現を天理詠唱開始!神の理で盗み取った業を再現しねじ込む!

最果てに輝くはその幻想 因果律を紡ぐのはその哀念
幻想顕現!エクスカリバー!無銘億錬刃!エクスカリバー破砕!デュランダル!夢幻蓬栄刃!破砕!マルミアドワーズ斬穫!爆破!大霊爆!グングニル!ロンギヌス!両刺突!嫦娥損害中
「宝貝をちゃかぽこ使いおって信じられん闘い方や!このガンタレ!」

たった一度の報いもなく ただの一度も断罪もなし
神武の技をこの身に投影し連撃で穿つ!
帝釈天衝雷撃!帝釈天羅漢撃!帝釈天猛翔覇!誅滅獄屠拳!帝釈天騎兵斬!滅龍破神撃!帝釈天龍撃攻!天衝剛烈波!帝釈天剛衝覇!天翔千手殺連携羅漢覇王撃!帝釈天千烈脚!誅滅千首龍撃!飛燕神誅脚!鬼殺破眼脚!
狂ったような神技の連撃を嫦娥に叩き込み続ける。
「馬鹿な!武術の神人の拳を平気で凌駕しておるで。どうなっているんや。」

棺は主を迎えるために顎を広げる 陰陽はまだ時ではなく斬り応える
私だけのオリジナルの宝貝、陰陽双剣 夢想天生を使う!
鬼哭三錬!幻想顕現!陰陽双剣 夢想天生!投擲!斬斬!夢想天生!死閃雲鷹卍斬!終演!強化!無銘天生!鬼哭滅天斬!全陰陽双剣爆破!究極霊爆!

ならば我が生涯はいまだ最果てに輝き穿つ 故にその剣はきっと幻想を顕現していた
双竜覇閃撃!梵天覇閃光!八雲全一流秘技!蓬莱還掌!蓬莱無帰撃!蓬莱羅漢撃!蓬莱天獄掌!蓬莱虚無撃!蓬莱神殺拳!蓬莱不死返掌!
「不死殺しの連撃か!どこの宇宙で学んできたんじゃこんな技を!ガハッオエッ神たるワイが死ぬやと?認めへん!認めへんぞ!」

ハァ呼気を整える!伊吹!無獄!倒神呼法!私の呼法に大地すら揺れる!
八雲全一流究極秘奥義!全生命エネルギー転化!億劫蓬莱神獄掌!
生命力をマナと一緒に捩じりこんだ蒼い螺旋が女神嫦娥のボロボロの体を撃ち抜き絶命させた…

「これで月と人類の戦争も終わり。目標 嫦娥を倒せ…コンプリート。」
レンコ…月の神様と地上の人間の無茶苦茶な戦争は終わった。外では艦隊戦をやっていたみたいだけど、DNNと並行宇宙を五百年の放浪した末に現れた私が嫦娥を討ち取ったんだ。元々頼まれて月に戻れるチャンスだから受けただけの依頼だったけど、思ったより大物だったわね。
まさか全生命力と引き換えに討つ羽目になるとは…恵理射怒っているよね。私、恵理射の言う事を聞かないで五百年間も次元連結デバイスで彷徨ったんだよ。
あんなに泣きながら止めてくれたよね。これ以上は体に異常が出るからやめてってさ。それ無視したらDNNに謎のロックダウンが掛けられて本当に月のシティに出ていけなくなっちゃった。解放されてももともと地上追放の命令で月には行けなかったんだよね。。
ああ目の前が暗くなる。私死ぬんだ。恵理射に会えずに。初恋の人だったな。同性だったけどさ。さよなら恵理射。

エリー…亜空跳躍!八雲恵理射。天界の賢者…未来の私自身がその場に降り立った。この戦い抜いた人を迎えに来たのね。
「お帰りなさい。ウシオ・レンコ。貴女は人としての生を終え、神霊の坐に上がります。しかし人として何度も同じ生を繰り返さなくてはなりません。人間としてはもう一度苦しむ事になります。真の嫦娥のジェネシックコードを持つ被検体を探すのです。そうしなければ貴女の真の開放はありません。」
「恵理射…なのね。会いたかった。会えてよかった…私どうなるの?」
「神様になる部分はネームレスとしての神格に統合されます。人間としてはもう一度生まれ、私を師に迎え生きるのです。そしてまた止めても始めてしまうのでしょう。次元連結デバイスを用いた旅の果てに…本当のジョウガを討つのです。この月のシティのどこかに彼女はいます。」
「そっか。私神様になるんだ。分かった。何度でも繰り返そう。本当のジョウガを倒せば本物のヒーローだよね。」
「ヒーローなんかにならなくていいのよ。ただ嫦娥を倒すのが因果律で貴女に固定されてしまったの。これで十回以上のやり直し。貴女はいつも偽りの嫦娥様、嫦娥本霊を打ち倒してしまうわ。本物のジョウガを討ちなさい。そうすれば貴方は解放される。」
「恵理射は毎回私を迎えに来て本気で忠告をしてくれていたんだね。流石私の恵理射ね。」
「貴女とは転生前に特別な因縁がありますもの。もう貴女の生命エネルギーは少ない。さようならレンコ。そしてネームレス。貴女は天界で輪廻の枠組みを担う特別な彼らをサポートする仕事があります。」
…ウシオ・レンコは光の柱と化して死んだ…が、ただ死ぬ事は許されない。
また生まれ変わり、輪廻の枠を超えて何度も生を繰り返すのだ。そして次元連結デバイスの暴走事故に巻き込まれて五百年間を彷徨う。毎度決まっている狂気の旅。本当の月の神様と地上の人類の戦争を起こした犯人を探るべく戦い抜く定めにある。嫦娥と同じジェネシックコードを持ち人類の統帥権を持つ真の主犯が隠れている。

月の艦隊は地上の艦隊を全て撃退し、宇宙戦艦の主砲・覇神砲を地球の各国家に発射した。そのせいで人類はまた石器時代にまで文明が退化してしまう。
それから一万年後、貴方達無銘とエリーがいる世界へとつながっている。
何度も運命の輪をやり直しても真の敵ジョウガを討ち果たせていない。
でもまずは貴方達の旅を安全に終わらせる必要がある。
そうしなければこの一万年前の時の閉じた輪を解決する糸口すらもたらし得ない。
N番目の正解に辿り着かなくてはならないわ。エリー、過去の私。

補記 次元連結デバイス…現実世界、並行宇宙の亜空間跳躍やDNN内の移動を可能にするデバイス。暴走により常時跳躍する次元放浪者になる危険性がある。レンコは次元放浪者。
DNN…疑似霊子空間及び疑似並行宇宙。人間側が作った天界のような場所。戦争が始まる際に体感五百年のロックダウンがかかり、当時の接続者のほとんどが大脳死した。

エリー…はッ目覚めた。今までの夢…だったの?哀しすぎる。レンコさんはまだ閉じた輪の中で苦しみ続けている。中華神戦争の主犯を見つけるまで…私には何もできないの?
私の霊夢はここまでだ。私は泣いた。私の為にこれだけ純粋な思いで戦い抜いた人がいるなんて知らなかった。そして私にはその人を報いる事が出来ないから、私は大泣きをしてしまった。
無銘には理由を話せなかったけど、これじゃあ心配されてしまうわね。
霊夢でショッキングな夢を見たとは伝えておいた。この先何が何でもプリマスに到着しなくてはならないという気合は入ったわ。それは間違いない。
・悪魔の館
俺達は朝目を覚ますと宿屋の一階に下りて行った。ここは他の街と違って酒場を開いているわけではないらしい。
朝食を済ませるとマスターが話しかけてきた。
「昨晩は依頼お疲れさまでした。大旦那様も厄介払いが出来たと喜んでいらっしゃいます。それにしても歩き回る彫像の中に神様が宿っていたとはにわかには信じ難いですね。」
「大変滑稽な話だが本当の事だ。そのせいで破壊されたときに神の怒りに触れてしまったんだ。」
エリーも真剣な眼差しで口を開いた。
「サラスヴァーティー様ね。本当に凄い勢いで大激怒していたわ。その怒りだけで殺されてしまうかもと思ったもの。」
「それは違いない。マスター、他にも何か仕事はあるのかい?」
「はい。まだ色々とございますが、神を討った貴方達にとっておきの依頼があります。」
そういうとマスターはリュミエールの町の地図を広げた。北西の屋敷にマークがされている。
「ここの屋敷には最近悪魔が出るんです。」
「悪魔ってあの悪魔か?」
無銘は訝しんで尋ねた。
「異形の神々に近しい存在よね。それを倒せというの。」
「はい。簡単な依頼ではございませんので報酬は弾ませてもらいますが…」
少し間を置いて答える無銘。腕組みをして険しい表情をしている。
「仕方がない。分かった。マスター悪魔退治と行こう。」
「気を引き締めていきましょう。無銘。」
「依頼を受けて頂きありがとうございます。それでは行ってらっしゃいませ。」
俺とエリーは馬車道を後にし、北西の屋敷を目指して移動を始めた。
二人で話しながらいつもの様に歩いている。
エリーはやる気満タンと言った様子だ。俺は不安に悩まされていた。
「悪魔ってやっぱり強いのかしら。」
「身体能力の高さもあるだろうが、どちらかというと人間を惑わしてくる存在というほうが正しいな。」
「ふーん。魅了して操るとか?」
「そういった事もしてくるだろう。とにかく普通の攻撃が通用しないと思った方がよさそうだ。」
「ナイトイーターを使っても無理なの?」
「きちんと当たればいいけどな。俺は道具を過信しないタイプだ。」
ナイトイーターは黒歴史の遺産としては最高峰の性能を誇るのだろうが、当たらなければ意味がないのだ。
それを胸に刻んでおかないと戦場では命取りになってしまうだろう。ストームブリンガーも同じである。この銃火器が蔓延している世の中で刀を振り回す事自体がだいぶナンセンスだ。
「そう。本当に全然貴方は油断しないのね。」
「戦場にいた兵士は皆そうだ。どこかで死ぬ事におびえている。だから生き延びられるんだ。」
顔をグイっと近づけてエリーが尋ねる。
「私も立派な戦場の兵士に成れたかな?無銘?」
「戦闘能力は一人前だが怖いもの知らずにもほどがあるな。もう少し色々と安全を考えて行動したほうがいいと思うぞ。」
「そう?自分では意識してなかったわ。何時も貴方に護られてばかりだからでしょうね。」
「新しく防御呪文を覚えたんだろう?それをうまく使えばいいのさ。」
「アイアスの楯ね。ネームレス様から情報が流れ込んできたわ。不思議な感覚だった。本来は習得するのに何年もかかる魔術なんでしょうね。」
「未だにあの晩に起きた事は白昼夢のように感じるよ。まあ時刻は夜だったんだが。」
「そうね。不思議な神託の夢も見るしね。」
「怖い夢だったんだろう。」
「私が私じゃなくなるように感じた夢だったわ。怖いというより不思議な感じ。」
「俺の目から見ると君のオドが拡張されたように見えるがどうだろう?」
「実際の所は闘ってみないと分からないわね。でもミストルティンバーストを使っただけで卒倒するって事はもうなさそうよ。」
「ならいいさ。倒れられると俺もカバーが大変だからな。」
「今までだいぶ迷惑を掛けたわね。」
「その分返してもらっているからいい。君がいなかったら死んでそうな場面もちらほらあるしな。頼りにしているよ。」
「ふふん。もっと頼りにしてもいいのよ。」
そんなこんな話をしているうちにターゲットの北西の屋敷だ。荒れ果てている。どうやら住人はいないようだが…
「ゆっくり忍び込んで屋敷の目立たない場所で待機するぞ。エリー。」
「了解。無銘。」
俺達は中庭に忍び込んで待機した。特に生物の気配はない…
四時間ほど経っただろうか…目標の悪魔が現れた。悪魔というよりは魔人だろう。
黒い瞳に赤い肌白髪の成り立ちの全裸の男が闊歩している。芸術の町にこんな危険な生命体がいるとはな。驚きが隠せない。
エリーは息を殺している。俺はナイトイーターの引き金に指をかけてそのまま発射した。
孔天開始!発射!レールガンの弾が悪魔の胸を弾が貫通する。
悪魔はばたりと倒れたもののゆっくりと起き上がる。自分の胸から流れる血をぺろぺろと舐めると塞いでしまう。こちらを見つめると話しかけてきた。耳を傾けてはいけない。人間を発狂させる言語だ。
「やあ。諸君。私のパンデモニウムにようこそ。いきなり撃つとはどういう事かな。私は悪魔グンヒルデ、サタンの領地たるイースに君臨する悪魔である。さあ踊れ謳え悪魔を称えよ。愚かなる人の子と神人よ。さあ今宵は楽しいパーティナイトだ。さあさあ遠慮はいらないぞ。踊れ謳え喰え。ひれ伏すが良い。人間ども。愚かなる家畜。ハエ。糞の山にたかる蛆虫。バアルを穢したもの。最果てに狂い果てるもの。人形。五寸釘。八橋の饗宴。歌い狂え。微かなる希望を絶望に転移させて歩くものよ。ハハハハ…」
狂う。チャームされる!悪魔の言語は耳を塞いでも俺を狂わせてくる。まっすぐ立つ事ができない。
どうすればいいんだろう。俺は誰でここはどこだ。ぐるぐる回る頭の支配下はグンヒルデ様。
エリー…不味いわね。無銘が悪魔のチャームに飲み込まれている。私は耳を塞いでいたから平気だったけれど、両手をナイトイーターに取られていた無銘は違う。何とかして助け出さないと。このままだと二人とも死んでしまうわ。
「しっかりしなさいよ!無銘!」
エリーの平手打ちで俺は我に返った。
「済まない。エリー…意識を持っていかれていた。」
「ガードを固めるわよ。アイアスの楯を使うわ。」
エリー詠唱!汝護り給え!七天の楯よ!顕現せよ!天理アイアスの楯!
これで俺たち二人のガードは固まった。物理的な損傷に悪魔は強いのかもしれないな。
悪魔は奇妙な踊りを踊り始め、赤黒いリングが奴の両脇に現れる。悪魔の使い魔の攻撃!魔道弾発射!
アイアスの楯のおかげで魔道弾は無効化される。神から頂いた魔術だけあって硬い。
俺は雷撃を連続詠唱する準備に入った。
無銘の詠唱破棄!ライトニングパルス!ライトニングパルス!ライトニングパルス!ライトニングパルス!ライトニングパルス!
何発かは悪魔に着弾する。特に苦しんでいる様子はない。
更に魔道弾が飛んでくる。一部アイアスも持たなくなってきているようだった。
余り技を試している暇はないみたいだ。
俺は亜空跳躍の準備に入った。亜空跳躍開始!悪魔の後方に次元跳躍しストームブリンガーで切りつける。袈裟斬りに真っ二つに悪魔の体を割いた。
しかし割かれた悪魔はそのまま俺をつかみ火炎のブレスを浴びせかけてきた。
熱い!体が燃えて狂う。アイアスの上からでもこれは不味い!俺は防御呪文を重ねがけした。女神楯!アイギス!これで何とか防げる。
そして腕をつかまれたままでは呪詛が撃てない。万事休すか…
「無銘…ッッ!助けてあげるわ!」
エリーの詠唱!大いなる主神イグドラシルの巫女を穢すものよ!滅びるがいい!ミストルティンバースト!
悪魔の体からヤドリギが芽吹き絡まっていく。俺から両腕が離れた。
ヤドリギごと焼き尽くしてやる。
無銘真言詠唱!第四の魔を捧ぐ!今こそ地上に御身の威光を示す時が来た!焼払い供物とせん!アグニ!
火の槍が悪魔を貫き焼き尽くした。…まだ絶命していないのか。タフすぎるな。俺のオドも焼け付く…
と悪魔の体内を動き回るコアのようなものが視認できた。あれを吹き飛ばすしかない。
「連続で仕掛けるわ!後はよろしく!」
エリー詠唱!偉大なるオーディンよ!そなたの巫女を穢す究極の害悪現れたり。グングニルを借り受ける!未来永劫の時の狭間まで消え果よ!ヘルレイズスパーク!
衛星軌道上からイースに向かってグングニルが射出され悪魔を貫いた。肉や骨がはじけ飛びコアが露出している。
今がチャンスだ!コアを撃ち抜くためにナイトイーターを構える。
ナイトイーター孔天開始!発射!
コアにレールガンの弾が命中するとひびが入りコアは四散した。
俺は息が上がっているエリーに話しかけた。
「ようやく終わったな。エリー。」
「無銘…貴方また顔色が悪いわ。」
「俺のオドはちっとも拡張されないらしい。真言詠唱を一回使うだけでフラフラだ。」
「本当は貴方魔術適性がないのかもしれないわね。」
「そう思うぐらい俺はダメダメだな。まあ威力だけは出るんだが。」
エリーは近寄り腕を差し出した。
「肩を貸すから歩いて帰りましょう。」
「ああ。空を飛べる魔術でもあればいいんだがな。」
「そんな便利なものは中々ないものよ。」
「本当にそうだ。俺の魔術は便利に見えて戦闘以外できないからな。」
「私だって戦闘に偏っているわ。あんまり気にしなくていいんじゃない。」
俺達はそんな話をしながら馬車道へと帰っていった。
エリー…なんとか悪魔を倒せたけれど強敵だった。チャームにあの耐久力…二体目がいたら恐らく私達は殺されて悪魔の贄になっていたでしょう。今でも体が震えるわ。
「マスター。戻ったぞ。依頼の悪魔は俺が倒させてもらった。」
「私達が倒したんでしょ。」
「すまんすまん。そうだったな。俺とエリーで倒してきたよ。マスター。」
「本当に貴方達は勇敢で強力な兵士なんですね。あの悪魔を倒してしまうとは信じられません。ここ一年ほど我々はあの悪魔に悩まされていたんです。今は亡き屋敷の主様も天国からお礼を言っているでしょう。本当にありがとうございました。」
「いや報酬をもらえればそんな丁寧にお礼をする事でもないさ。マスター。」
「いえいえとんでもございません。ブンメルク伯爵もお困りになっていた案件ですので。」
あの伯爵は恐らく町の管理者なんだろうと感じた。通りで海千山千の変な依頼を知っているはずだ。神の次は悪魔、その次は何なんだろうと思案を尽くす。
「今日の所はこのままお休みください。明日また新しい依頼をさせていただきます。そしてこれがこの町では最後の依頼になるでしょう。」
最後の依頼か…どんな依頼かあまり考えたくないな。厄介ごとなのは確定している。
「分かった。今日の所は食事を取って休憩させてもらおう。」
「叔父様。馬車道盛りを楽しみに待っているわ。」
「承知いたしました。少々お待ちください。」
こうしてマスターから振舞われた馬車道盛りを堪能すると俺とエリーは寝る準備をする事にした。
寝ようと思ったがエリーが話しかけてくる。
「明日はどんな依頼なのかしらね。」
「毎回こんな話を俺達はしているな。とんでもない神様とでも戦わされるんじゃないかな」
「また神様?今度は本当に死んでしまうわ。」
「そうとは限らないだろう。俺達には神様を倒すだけの戦力があるし、ネームレス様からいざという時はサポートが入るだろう。俺達の守護神だぞ。」
「結構楽観的なのね。」
「現状をトータルに見つめなおした結果だよ。いつまでもマイナス思考では仕方がないだろう。」
「そうね。もう寝ましょうか。無銘。」
「そうだな。お休み。エリー。」
「お休みなさい。無銘。」
俺達は夢の世界へと旅立っていった。エリーは夢枕でネームレス様の神託の夢を見たという。俺は見ないのだろうかと少し気になったが、見れないものは仕方がない。いつか神託を受けるのを心待ちにするしかないと思った。
エリー…リュミエールの町に辿り着いて大して建っていないけれどもう最後の依頼ね。不安しかないけれど生活をするには避けては通れないわ。偉大なる主神イグドラシルよ。無銘と私をお守り下さい。
・降臨者
翌朝―
俺達は目を覚ましてマスターに挨拶した。
「お早うございます。旦那様。エリー様。」
「お早う。マスター。朝食を頼む。」
「お早うございます。叔父様。私お腹がすいたわ。」
相変わらずエリーは食い意地が張っているが仕方がない。彼女は種族エルフではなく、恐らく種族エリーなのだろうと結論付けた。
朝食を取る。パンにソーセージにコーヒー典型的なモーニングだが、何故だか美味い。これもマスターの腕前なのだろう。
朝食を食べ終わると仕事の話になった。この町では最後の仕事になるらしい。生活をしていくのにまだまだ金は足りないし、それに旅の縁という奴だ。受けてみようと思う。
「実は大旦那様の弟のエーリッヒ様が降臨の儀式を秘密裏に行いまして、失敗してしまったのです。彼を楽にしてあげてください。」
マスターは平然ととんでもない事を口にした。ブンメルク伯爵の弟を殺せと言うのか。一般人の殺しは初めての案件だ。
「身内ではもう手が付けられないのか。俺達が殺すんじゃあんまりじゃないかな。」
「仰る事もごもっともですが、大旦那様も手が付けられずに葬ってくれるお方を探していたのです。」
「何をその人は降臨してしまったの?叔父様?」
「恐らく何らかの神かと…性格が著しく変わり、攻撃的な呪詛を辺り構わず乱射するので閉じ込めているのです。」
「その人は今どこにいるんだ?」
「リュミエールの町から離れた山の中の洞窟に今はこもっています。ここから歩いて三時間程の距離ですね。」
「結構歩く場所に幽閉されているのね。まあ歩いて行くしかないと思うのだけど。」
「分かったよマスター。俺達で始末をつけよう。詳細な場所の地図をくれ。」
「承知しました。くれぐれもお気を付けください。貴方達もエーリッヒ様に呑まれないようにお祈りさせていただきます。」
俺達はマスターから詳細な地図をもらうと町から離れて山道に入っていった。デアゴ山の麓にある洞窟にエーリッヒはこもっているらしい。
エリーの顔は珍しく険しい。一般人の殺しに気が引けているのだろう。
「だいぶ歩いたわね。そろそろ到着するかしら。」
「ああ。神を降ろしている人間だ。並大抵の強さじゃないぞ。気をつけろ。」
「あの勇者様くらい強い?」
「あんな食い逃げ野郎の比じゃないかもしれないぞ。正直な話、闘ってみないと分からないな。」
「そうね。最近は強敵が続いている…今回も強敵かもしれないわね。」
「ああ。俺のオドも少しずつ拡張されているみたいだが、正直戦いの激しさに魔術で対抗するのが難しくなっているな。」
「神様の武器を二つも持っているんだから、文句は言えないわね。」
「それは言えているな。ストームブリンガーとナイトイーター…これがあれば何とだって戦えるさ。」
歩き続けて三時間ほど経過し、問題の洞窟の前に俺達は立っている。
ここがエーリッヒのいる洞窟か…どんな神を降ろしているか知らないが、人間の体のままではできる事は限られているはずだ。エリーに目配せし慎重に洞窟の奥に進んでいく。
松明がともっているな。幽閉されてはいるがきちんと生活の世話はしてもらっているという事だろう。
そして突き当たった。強烈な神気があふれ出ている部屋だ。この中にエーリッヒはいる。ドアを蹴破った。中には形容しがたい造形に変貌したエーリッヒがいた。肉体から霊体の腕や足が出ていて浸食されている。
「貴様ら!ここはシヴァの神殿だ。それを分かったうえで侵入してくるのか。この生贄の食事ならそこに置いて今すぐに出ていくがいい!分かったのか返事をしろ!蛆虫ども!」
大きな神声が洞窟中に響き渡り、目の前にいるのが神とその生贄という事を伝えていた。
最早助けてやることはできないな。エリーに目配せする。泣きそうな顔をエリーはしていた。
「やるぞ!エリー。あいつはもう手遅れだ。終わらせてやろう。」
「分かったわ。無銘!ミストルティンバースト詠唱開始!」
エリーの詠唱!大いなる主神イグドラシルの巫女を穢すものよ!滅びるがいい!ミストルティンバースト!
ヤドリギがエーリッヒを絡めとりその身動きを封じたが、霊体の腕が暴れまわり即座に解除してしまう。
「神に歯向かうとは何事だ。醜い蛆虫の分際で不敬千万!ブラフマーストラアルテマ!」
光の奔流がエリーと俺を襲う!死ぬ!分解されて死ぬ!
エリー…私が防御呪文を張らなければ二人とも死ぬ。やらなきゃ死ぬのよ!アイアスを使うわ!無銘も同じ考えの様ね。二人で力を合わせて防がなきゃ。
エリーの詠唱!汝護り給え!七天の楯よ!顕現せよ!天理アイアスの楯!
無銘の詠唱破棄!女神楯!アイギス!女神楯!アイギス!
二人とも防御呪文を唱えてガードに入った。…なんとか光の奔流を受け流すが、エリーも俺も全ての防御膜を使い果たしている。
ナイトイーターを構えて心臓を狙う。こういう場合の核は心臓と決まっているからだ。
ナイトイーター孔天開始!発射!…弾着確認。エーリッヒの胸部破砕。
「ガはッオエッ何で私の核がある場所が分かったのだ。駄目だ。顕現を維持できなくなる。天界に足を踏み入れる事があったら、ただでは済まさないからな!覚えていろ!虫けら!この下賤な蛆虫ども…」
シヴァの分霊は消え、エーリッヒは解放された。年若くまだ二十歳にもなってないだろう。
彼の沈黙が終わりを告げていた。何故神様を降ろそうとしたのかは誰にも分からないが、もう終わったのだ。彼の遺骸をその場に放置するのは気が咎めたが、リュミエールの町に運び込む事も憚られた。ブンメルク伯爵の顔に泥を塗る事になってしまうだろう。
横たわる亡くなった彼に別れを告げて俺達は洞窟を出た。久しぶりに無音だ。会話も無く町に戻る。
哀しみと恐怖の念が胸中にこもり俺たち二人を押しつぶしていた。初めて会った青年の死が重苦しかった。無辜の人を殺したからだろうか?それは誰にも分からない。
エリーも同じ気持ちだったようでいつもは闊達に話すものの今は押し黙っていた。彼女も一般人を殺す手伝いをしたのは初めてなのだろう。
リュミエールの町に辿り着くと俺達はまっすぐ馬車道に向かった。中ではマスターとブンメルク伯爵が俺達を待っていたようだ。俺は語り掛ける。
「ご機嫌麗しゅう。ブンメルク伯爵。依頼は完遂しました。証拠の品は用意できませんでしたが、確認して頂ければわかると思います。」
渋い顔をしたブンメルク伯爵が問いかけてくる。
「彼は苦しんでいたかい?」
「伯爵様、生きているうちはきっと苦しんでいたと思いますわ。」
とエリーが答える。
「エーリッヒ様は旅立たれたのです。大旦那様。悲しまずに喜んで送りましょう。」
「そうもいかない。ローレンツは人生経験が長いから割り切れるみたいだけど、私はそうもいかないよ。」
馬車道のマスターの名前はローレンツというのか…真剣な場面なのに思考が寄り道して別の事を俺は考えてしまっていた。
「エーリッヒ様は苦しみから解き放たれたのです。大旦那様。」
「それは間違いないだろう。あいつもなぜあんな馬鹿な事をしたのか、最後まで理解が出来なかった。神を降ろしてその力で芸術の才能を開花させるなんて無茶苦茶な事だ。」
「俺達で弔ってあげたかったのですが場所が場所なので遺体はそのままです。お力になれなくて申し訳ありません。」
「いやいいんだ。私の家中の者にエーリッヒは弔わせるとしよう。報酬も今支払う。」
そうブンメルク伯爵は言うと金貨の山が入った袋を渡してきた。結構な金額だ。
宝石代を差し引いても旅費としてはかなり余裕が出来たといえる。
「君達はもう行くのかい?」
「ええこの町での仕事はこんな所にしておきたいと思います。今まで面倒を見て頂きありがとうございました。ブンメルク伯爵。」
「叔父様もブンメルク伯爵もありがとうございましたわ。今生の別れになるとは思いますが失礼いたします。」
「さようなら。そして弟を天に送ってくれてありがとう。君たちの事は忘れないよ。」
「またお会いできるのを楽しみにしておりましたが、叶わないのですね。残念です。さようなら。旦那様。エリー様。」
俺とエリーはマスターとブンメルク伯爵に別れを告げてリュミエールの町を出た。
目指すは人類開放騎士団の領地最西部に当たる聖都レーヴェだ。レーヴェは人類開放騎士団の領地に当たるがそこを通らなければ大陸西部に当たる迂回地には到達できないのだ。
エリー…最後の依頼は一般人を殺すという気分が悪くなる依頼だったわ。今後はこういう依頼は避けて通りたいものね。ただ本当に生きている間は苦しんでいたと思うから私達で止めを刺してあげられたのはむしろ良かったのかもしれない。これは誰にも判断できることではないでしょう。正に神のみぞ知る事ね。私は彼の分まで前を向いて生きていかないといけないと感じたのであった。
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