アヴァロンズゲート

八雲 全一

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五節 サルミサの町

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俺達はその後は何事もなく歩き続けてサルミサの町に到着した。この町は工業を主産業としており人類開放騎士団寄りながら中立の街だ。黒歴史時代から残っている工場を修理して稼働させている町だ。だから周辺の集落から出稼ぎの労働者がたくさん集まっている。小隊に居た時に中立か味方の町は頭に徹底的に叩き込んでいたのでそれを役立てている。中立の町ならば人類開放騎士団に追われることも無いだろう。
こういう黒歴史の恩恵を受けている町は珍しくもない。
人類開放騎士団の領地は黒歴史の遺産がたくさん残っており、それを再稼働させる事で、機械化した軍隊や文明を再編したのだ。
兵士たちが着る強化外骨格、アーマーも黒歴史の遺産の一つである。
おもに作られているのは銃火器になるのだが、火薬や電気を使った技術がふんだんに使われている町でもある。まさに黒歴史を体現している町と言っていいだろう。
工場の中には自立して動く機械がおり、労働者の手伝いをしているというから驚きだ。
「無銘。この町なんか煙臭くないかしら。」
「黒歴史の遺産を使っている町だからな。中立ながらも工場という所で兵器をたくさん作って、人類開放騎士団に供給しているんだよ。」
「そうなのね。何かあんまり居たくない場所なのだけど。」
「資金にはまだ余裕があるが、またこの町で仕事をこなしていく事になるな。例によって宿屋を探すか。」
「了解したわ。生活するためには仕方ないものね。」
「そう壁にも張り紙がしてあるだろう。」
…労働が君たちを救う。偉大な兄弟がいつも君たちを監視している…
「何か物騒な張り紙ね。」
「そういうのが黒歴史の時代に流行っていたんじゃないか?」
「だから人間は簡単に滅びちゃうのよ。叔父様にも聞いたわ。人間は何回も滅びているって。」
「だから滅びない様に亜人種と仲良く出来ればいいんだがな。今の人間は亜人種から迫害された結果挙兵したという噂もある。」
「そんなの嘘って言いたいけど。本当かもね。もうなにしろ五十年も戦争しているんですもの。」
「何が本当で何が嘘かも分からなくなってしまっているな。」
エリーと話をしながら散策していると探している宿が見つかった。鉄筋鋼鉄亭か…
「鉄筋鋼鉄亭…すごい名前の宿屋ね。」
「オイルのビールでも出されそうで怖いな。入ってみよう。」
おっかなびっくり鉄筋鋼鉄亭の暖簾をくぐってみる。禿げ頭の親父が中に座っていた。眼光がやたらに鋭い親父だ。その親父が話しかけてきた。
「おい!坊主。そのお嬢ちゃんはお前のなんだ?何か面倒ごとを起こすんならよそでやるんだな。」
「この娘は俺の旅のパートナーですよ。親父さん。俺達は宿を探していたんです。」
「ほぉー。そうなのかい御嬢ちゃん。」
「そうよ。この人は私の旦那みたいなものだから心配しないで頂戴。」
「まあお嬢ちゃんがそういうなら仕方ねえな。ようこそ鉄筋鋼鉄亭に。お泊りだね。食事も都合させてもらおうか。」
「そうして頂くと助かるよ。親父さん。後は仕事をもらえると助かる。」
「フンッ傭兵崩れか?まあいい。明日紹介してやるよ。」
俺達は親父に案内されて一回の酒場で食事を取ると、二階の宿の部屋で睡眠を取る事にした。以前は別々の部屋だったが宿の代金の浪費を抑えるために今日は一緒の部屋だ。
「一緒の部屋だけどベッドが分かれているのはいいわね。」
「そこが一緒だと流石に困る。俺はこう見えてもしっかり男だしな。」
「同じベッドは別に私は気にしないのだけど。」
「いやそれは不味いだろう…よし。もう寝てしまおう。明日も早い。」
「お休みなさい。無銘。」
「おやすみ。エリー。」
エリー…新しい工業の町サルミサ。この町で何が起こるかは私にはまだ分からないけれど、黒い煙と油臭さが充満しているこの町はあまり私には似合わないわね。仮にもエルフで森育ち何ですもの。依頼を何件かこなしておさらばしたいっていうのが本当の所ね。無銘は平気そうだけれど何でかしら?あんなに匂いや汚れには敏感だったのに…ああそうね。オイルや煙には機械の鎧が部隊に居たからきっと慣れているんでしょう。私は無理だけれどね。
・暴走ロボット
翌朝―
エリー…私は寝坊してしまったようで、無銘の方が早く起きてベッドを抜け出しているようだ。何処に行ったのかしら?全然分からないので宿の一室でじーっと待っていた。
十分ほどすると無銘の姿が見えた。もう起きてから大分経っているようでシャキッとしている。
「おはよう。無銘。どこに行っていたの?」
「いや一階で親父と仕事の話をしていてね。なんでもとある工場の区画に暴走しているロボットがいるらしくてな。それの始末を頼まれたんだ。」
「結構危険そうな依頼ね。」
「皆ロボットが良く分からないんで、冒険者が避けて回っているらしい。俺は人類開放騎士団でアーマーをたくさん見てきたから慣れっこだ。」
「じゃあ行きましょうか。無銘。」
「ああ、下の階で食事を取ってから出かけよう。」
この店の食事も肉が主体だが、エリーは何も問題ないように食事をしている。エルフが繊細というのは嘘なのかもしれないと思った。俺も自分の食事を済ませよう。パンにソーセージにサラダ…結構量が多いので、胸やけしそうだ。
エリー…鉄筋鋼鉄亭の食事は肉がいっぱいで私好みの物だった。町自体が油臭いのは受け入れられないけれど、良い宿屋を見つけたと言えるわね。ここの食事なら私は満足よ。
…俺達は食事を終えると暴走ロボットがいるという工場の区画に向かった。それ以外の区画も通ってきたが、制服を着た人間が規則正しく働いているので俺達は異物に見えて仕方がないようだ。
疑いの目線のようなものを何度も浴びたが、仕方がない。彼ら働く人間のテリトリーなのだから…
そして噂の区画に辿り着いた。そこには巨大なロボットがひっきりなしに動き回っている。そしてこちらに猛スピードで近寄ってくるとその腕で殴りかかってきた。
無銘詠唱破棄!女神楯!アイギス!
咄嗟に唱えた防御呪文で大事には至らなかったが、体が怖気つくようなインパクトはあった。エリーも目を白黒させている。無防備だな。
俺は反撃の呪詛を撃ちまくった!ライトニングパルス!ライトニングパルス!ライトニングパルス!ライトニングパルス!ライトニングパルス!ライトニングパルス!
ロボットの表面が破砕して内部のコアが露出する。しかしロボットは更に動きを加速して腕を振り回しながら左右に行ったり来たりを繰り返していた。
エリーは困ったような顔で語り掛けてくる。
「これ状況悪化してないかしら?」
「どう見ても悪化しているよな。適当に呪詛を放ったのがいけなかったのか。」
ロボットは拡張された音声で騒ぎだした。
「キンキュウテイシコマンドヲオシテクダサイキンキュウテイシコマンドヲオシテクダサイ。」
ロボットは訳が分からない事を口走っている。色々な意味で臨界点に達しているようだ。
エリー…ここは私の出番ね。ミストルティンバーストをお見舞いするわ!
「仕方がない!私も呪詛を撃ってみるわ。」
エリーの詠唱!大いなる主神イグドラシルの巫女を穢すものよ!滅びるがいい!ミストルティンバースト!
ヤドリギが巨大ロボットに絡みつくが、それを引き千切ってロボットは暴走している。お手上げ状態だ。
エリーは呆然とした様子で独り言の様に口を開いた。
「そんな…私の最強の呪詛なんだけど…あれも効かないとはね。正直ショックが大きいわ。何なら効くっていうのかしら。」
「でもこちらに向かってこないで、左右に往復するだけになったんだから、だいぶましになったんじゃないか?」
「依頼内容はな・あ・に?」
「巨大ロボットの完全破壊だな。いやあ困った。」
「困ったじゃなくて貴方が何とかして頂戴。私には無理。」
俺は少し込み入った呪詛を練る事にした。目の前には左右に発狂して動き回る巨大ロボット。凍てつかせて自由を奪おう!
無銘の詠唱破棄!フリーズブレイズ!フリーズブレイズ!フリーズブレイズ!フリーズブレイズ!フリーズブレイズ!
氷の刃の連撃が巨大ロボットに突き刺さりその動きが鈍くなる…そして完全に停止した。
連携で真言詠唱を唱える準備に入る。一気にロボット自体を無力化しなければならない。
無銘真言詠唱!第三の虹の扉よりいでし覇王!トールよ!その怒りで現世を掃滅するがいい!掃滅のミョルニル!
巨大ロボットに雷神の怒りが突き刺さり、ロボットは爆散。オドが焼け付くいたが勝利だ。頭の中を幻影が駆け巡り、ギリギリと体が痛み動悸が激しくなった。
「ハァハァ…よし!どうだ。読み通りにロボットを破壊したぞ!」
「足を止めてから大技で仕留めるなんてやるじゃない。」
「…オドが焼き付いているから体がフラフラだけどな。エリーが男だったらおんぶしてもらいたいくらい今疲れている。」
「肩ぐらいなら貸してあげるわ。ほら手を出して。」
彼女に言われるがままに腕を出してみる。肩を組んでもらえたので脱力する。真言詠唱はいつも疲れて仕方がない。
「さあ鉄筋鋼鉄亭に帰るわよ。」
「ああ。ゆっくり歩いて帰ろう。」
エリー…私は今帰り道についている。また人間の労働者の視線にさらされたのだけど何だか誇らしかった。無銘はひどく疲れているから心配ね。毎度の戦いでオドを酷使している彼の戦い方は正直受け入れられないけど、そのおかげで今の私達がいるのは間違いないと思う。あの巨大ロボットも彼の強力な神話時代のような呪詛が無ければ倒せなかったに違いない。ようやく工業地帯を抜け出して、鉄筋鋼鉄亭まで辿り着いた。無銘は途中で疲労が抜けたようで私の肩から腕を離した。父さんみたいで少し名残惜しかったけど仕方がない。
無銘が宿屋の親父さんと交渉している間、私は手持無沙汰だった。野良猫がいたので話しかけてみる。
「お前はどこから来たの?」
「みゃーみゃー」
…何を言っているか分からない。高位のエルフだと何を言っているか判るみたい。私には無理ね。と、無銘が話しかけてくる。
「お待たせ。エリー。きちんと報酬が貰えたぞ。今日は鋼鉄盛りを食べてもいいぞ!」
「明日以降も鋼鉄盛りを食べたいんだけど…」
と懇願するようにエリーが言う。やはり食べる子だな。何かまだ成長期なのかなと思う。
「だったら仕事をこなすしかないな。ここは工業地帯だけど、相変わらず荒事の依頼には事欠かないから安心してくれ。」
「落ち着いてできる仕事は無いの?」
「後は工場に就職でもするしかないな。旅の途中でそういうわけにはいかないだろう。」
「そうね。化け物退治よりも興味があるけれど旅が出来なくなるもの。」
「まあ今日はゆっくり休んで、また明日からだな。」
「分かったわ。無銘。食事を取ったらもう寝ましょう。」
そうして俺達は鉄筋盛りと鋼鉄盛りを片付けると二階の宿の部屋で睡眠を取った。
明日からも闘いの日々が待っているぞ!と自分自身に気合を入れて俺は眠りにつく。軍隊にいた頃からの癖だ。
エリー…どうも荒事ばかりが多い気がするわ。もう少し浮気調査とか屋敷の部屋の片づけとか未練を残した未成仏霊を何とかする仕事とかないのかしら。私からも仕事のチェックをしてみようと思う。掃除屋になるために幽谷の森を出たわけじゃないもの。…調べてみたけど基本は妖魔や機械を退治するとかそんなのばっかりね。うーん。戦わずに生きていくのは難しいわ。
・狼男
サルミサの工場労働者の間でもちきりの噂があった。「月見橋に狼男が現れて人を食いつくしてしまう」という噂だ。
実際に最近月見橋で死者が五人出ているらしい。最初は通り魔の仕業が疑われたが、犠牲者は全員肉体を派手に破壊されて死んでいた。
とても人間の仕業ではないという事で冒険者の出番だ。とあるパーティーが討伐に向かったところ、何かが横切った瞬間に既にそのパーティーの魔術師が即死していたと聞く。
そのパーティーはその時点で撤退し、俺とエリーにお鉢が回ってきた。
危険極まりない依頼だ。人間をはるかに超越する身体能力を持つ人狼か…しかも何人も殺している。
それで妖魔としての格が上がってしまっている可能性がある。そうなると神の領域に入り始めるのだ。古人曰く神妖。
受けるかどうかは相当迷ったが、コボルト退治と同じで町にはその時点でその噂が持ち切り、他の依頼なんて聞こえてこないと言った具合だった。
選択肢はない。エリーも底なしの恐怖を感じているようだった。
「狼男って強いのかしら。」
「強いで効かないレベルかもしれない。俗にいう勇者じゃないと倒せないかもな。」
「貴方の強烈な呪詛も効かないの?」
「正直可能性はある。逆に向こうが魔術を放ってくるかもしれないし。」
「そうしたら大変ね。今まで魔術を使わない相手にもあんなに苦労したというのに。」
「生きているなら必ず弱点がある。きっと倒せるさ。」
エリー…本当にそうかしら満月に繋がる妖魔は弱点が無くなる事が多いの。そんなに簡単に倒せるかどうかは決められないと思ったわ。それに今日は…
「そうならいいけど、狼男は満月の晩には無敵になるんじゃないの?」
「そういう伝承はあるな。そして今日は満月でもある。」
「倒しに行く日を変えてみましょうか?」
「もうこの町のギルドもこれ以上犠牲を出したくないみたいでな。今日中に討伐する事が条件になってしまっているんだ。」
「行くしかないって事ね。何とかなる!」
そうエリーは自分を鼓舞しているようだった。怖気の走る依頼だ。仕方がないだろう。
「そう思って戦わないと真の窮地では足が竦んで死んでしまうぞ。エリー。」
「そうよね。自分自身でやれる事をやるだけだわ。」
「本当に死にに行くのじゃないんだから、もう少し気を楽にしたらどうだ。」
「そうは言われてもね。ここまで言い含められると死んじゃうかもって思っちゃうわよ。」
「少し脅しすぎたかな。さあ月見橋に行こう。」
「分かったわ。いざ決戦の地へ!」
月見橋は鉄筋鋼鉄亭から歩いて三十分ほどの場所にある大きな橋だ。町の北と南の工業地域を繋いでいる交通の要所である。
ここを化物が徘徊しているなら騒ぎになるのも納得という場所だった。
まだ日は落ちていないが、魔術のトラップを何重にも敷き詰めておいて、迎撃の態勢を整えておく。
エリーは手持無沙汰と言ったようで辺りを見回しているようだ。仕方がない。彼女は戦闘呪詛を練れるが、トラップを仕掛けた経験はない。これから先使えるように仕込んでおくのも手だと感じた。
更に待つ。妙に生暖かい風が吹く夕暮れになった。付近の草むらに待機しているが、まだ獲物の気配は感じられない。
エリーが不満そうな顔で両腕を伸ばして話しかけてきた。
「また私達待ちぼうけね。深夜まで出てこなかったりするのかしら。」
「そんな事はないと思うぞ。きっと夜に差し掛かった瞬間に出てくるさ。いつも夕方に労働を終える労働者の中でも最後に帰るものが狙われているらしい。その時刻は夜の初めだろう。」
「そうならいいけれど、嫌な風が吹いているわね。体がゾクゾクする…」
「第六感が恐怖心に負けている。仕方がない…最初はみんなそうだ。そこから踏みしめて立ち上がる事を覚えるんだ。エリー。」
目の前に務めを終えた労働者たちが通っていく…狼男の気配はない。
それからどれほど時間が経ったのかは俺には分からないが、時刻は宵の初めと言った頃になっていたと思う。
労働者は事件の関係で早めに帰宅したらしく、もう誰も月見橋を渡る者はいない。
そこに一人の老紳士が月見橋を渡ってきた。そして真っすぐこちらに向かってくる。
嫌な脂汗が出る。トラップを作動させるべきか、否か。どう見てもただの人間にしか見えない…何故草むらにまっすぐ進んでくるんだ。
思考の袋小路に陥る。混乱しているのと変わらない。そして気づくと目の前に老紳士が立っていた。老紳士はニタリと嗤って話しかけてくる。
「こんな晩に草むらで何をされているんですか?」
「狼男退治の依頼を受けてここで待っているのです。」
エリーは完全に硬直して口を開かない…仕方がない。
「それはこういうモノですかな?」
老紳士がそういうと体が膨れ上がり、毛が生え、顔つきが狼に変わっていく。恐怖心に卒倒しそうになる。やはりこいつが狼男だ。
エリーに目配せする。意図を読み取ってくれたようだ。
俺はエリーの手を取って月見橋の真ん中まで走っていった。幸い奴はまだ変身の途中の様だ。
これから俺達を追い立てる気なのだろう。
ハァハァ息も絶え絶えだが、ここからやるしかないだろう。トラップ作動用意。狼男が神速で飛び込んでくる。俺の魔術トラップを踏み抜いた。霊子感応地雷!作動!
爆音とともに狼男は後ろに吹き飛ばされた。両足に傷を負ったようだ。しかし全力疾走とはいかないもののこちらににじり寄ってくる。
エリーと連携であの狼男を後は吹き飛ばすしかない!
「エリー!ミストルティンバーストを撃ちまくるんだ!気絶してもいいぞ!」
「分かったわ。無銘!撃ちまくってみる。」
エリー…狼男相手に出し惜しみをしている余裕は無いわ!全力で打倒す!私は胸の前で腕を交差し呪詛を練る準備に入った。
エリー連続詠唱!生命の危機認定!大いなる主神イグドラシルの巫女を穢すものよ!滅びるがいい!ミストルティンバースト!大いなる主神イグドラシルの巫女を穢すものよ!滅びるがいい!ミストルティンバースト!大いなる主神イグドラシルの巫女を穢すものよ!滅びるがいい!ミストルティンバースト!
神霊樹のヤドリギの三重奏に狼男は完全にその場に縫い付けられた。心臓及び頭部に損傷はないものの完全に行動を止められているようだ。エリーは気絶。
俺の呪詛で仕留めきれなければエリーは殺されてしまうだろう。真言詠唱で焼き尽くしてやる。満月のバックアップを受けた状況でもこれは防げまい!
第四の魔を捧ぐ!今こそ地上に御身の威光を示す時が来た!焼払い供物とせん!アグニ!
巨大な火の槍が狼男を貫き焼き尽くす。俺も昏倒しそうになる。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああ」
余りの熱さに狼男は初めて絶叫した。その叫び声は奴が絶命するまで延々と辺りに鳴り響いていた。
終わった。何とか傷を負わずに済んだものだが、対象が何体もいたら危なかった。
エリーは気絶から回復したようだが、オドの酷使し過ぎで立てないらしい。俺は彼女をおぶった。エリーがポツリと口を開く。
「倒せたのよね?」
「ああ、ミストルティンバーストで足止めしてくれたおかげで倒せたさ。」
「あの恐ろしい狼男本当に死んじゃったのかしら?」
「さっきまで断末魔の叫びを延々と上げていたよ。でももう死んでいる。」
少し悲しそうな表情でエリーは口を開く。
「火の魔術を使ったのね。あんなえげつないものを少し可哀そう。」
「広範囲に使うべき物を収束して使ったからね。自分で撃っといてなんだが相当苦しんだと思う。」
「でももう襲われる人はいないのね。良かったわ。」
「もしかしたら狼男仲間でもいるかもしれないぞ。そうしたらまた被害が出る。」
「狼男仲間ってそんなのいるわけないじゃない。」
「いや、決めつけるのはいけないな。あり得ない事という事の方がありえない。現実は小説より奇なりだ。」
「何それ?」
「黒歴史時代の諺だったかな。俺の先生が詳しくて良く教えてくれたんだ。」
「そうなんだ。貴方にも先生って居たのね。」
「もう十年は会っていないけどな。前線に放り込まれる前にエルフの魔術戦士としての戦い方を叩き込んでくれた魔術の先生なんだ。俺をナンバーズとして改造した張本人でもある。」
「会えなくて寂しくないの?」
「今は君がいるから寂しく思う暇すらない。小隊の時は小隊で寂しくはなかったぞ。嫌な事はいっぱいあったけどな。」
「想い出させちゃってごめんなさい。」
「もう過ぎた事だしいい。そらそろそろ鉄筋鋼鉄亭に着くぞ。」
エリーと話している間に鉄筋鋼鉄亭に辿り着いた。
彼女を背から降ろす。もう歩けるだろう。エリーは両手を伸ばして伸びをした。
鉄筋鋼鉄亭の親父に狼男を倒した証拠の念写を見せる。
「お前さんたちやるじゃねえか。あの狼男を火あぶりとはなあ。」
「あんまり残酷に殺すつもりはなかったんだが、成り行きでそうなってしまったんだ。」
「殺し方なんかどうでもいいんだ。死んでいる事が大事だ。まだまだ仕事はあるから受けてもらわないとな。」
「そうか。有難い。また明日聞かせてもらうとするよ。」
「無銘、夕食が食べたいわ。鋼鉄盛りを一つ頂戴。叔父様。」
「ああ、もちろんいいぜ!旦那も鋼鉄盛りにするか?」
「いや俺は鉄筋盛りでいい。鋼鉄盛りは流石に量が多すぎる…」
「おい旦那!俺の驕りの鋼鉄盛りが食えないっていうのか、そこに直りな!」
…結局俺はステーキとソーセージとハンバーグと大盛パンのセット、鋼鉄盛りを食う羽目になった。腹が炸裂しそうで困る。
エリーは悠々と鋼鉄盛りを食べて満足そうな笑みを浮かべている。この娘の胃袋はどうなっているのだろう?もしかしたらエルフというのは全員が大食漢なのかもしれない。
恐ろしい事に気づいた。もしもモストゥーン王国が戦争に勝ったら、人類開放騎士団の領地では大食いの店で埋め尽くされてしまうかもしれない。
そこで大食いを強制されブクブクと肥え太る人類達…やめようあまりにも恐ろしい妄想だった。
それに現在の戦争はアーマーを利用した戦略で人類開放騎士団が優勢のはずだ。いずれモストゥーン王国も滅びるかもしれない。
まあ脱走兵の俺には関係ない話だ…いやナンバーズは高価な戦争兵器だ。その所在が不明になれば騒ぎは大きくなる。もしかしたら俺達に追手がかかっているのかもしれない。
その可能性は否定できない。エリーはモストゥーン王国から、俺は人類開放騎士団から追われている可能性がある。だからあまり中立ではあるが人類開放騎士団に兵器を提供しているサルミサの町には長くとどまれないのだ。
食事は終わった。新たな疑念を抱きながらも、俺とエリーは眠りについた。また明日からは別の依頼をこなす事になるだろう。
エリー…狼男は恐ろしかったけれど、何とか倒せて安心したわ。私のミストルティンバーストも何回か撃てるようになったことだし、めでたしめでたしね。それでも無銘がいないと決定打に欠けるわね。もっと強い呪詛を覚えないといけないけれど切欠がつかめないわ。私の課題の一つね。
・食い逃げ勇者
朝の目覚めはゆっくりと訪れた。もうエリーは起きているようだ。少しいつもに比べて寝坊気味かもしれない。まあそんなに急ぐ用事もないしこれでいいんだ。エリーに挨拶をしてから、下の階に向かう。鉄筋鋼鉄亭の親父がいた。何故か朝から怒りの形相だ。
挨拶がてらに理由を聞いてみる事にする。
「親父さん。修羅のような顔をしてどうしたんだ?」
「食い逃げ野郎が出ているんだ。しかもウチだけじゃねえ。サルミサ中で似たような事をやってやがる。」
「どんな奴がそんな事をしてるんだ?」
「聞いて驚くなよ!勇者様だっていうんだ。魔王なんぞこの大陸にはいないっていうのに。」
勇者…曰く魔王を倒す者。しかしこのオーレリアン大陸には魔王なんてものは存在していない。要はただの誇大妄想狂の可能性が高い。それが食い逃げをしているのか、なんと言うか情けない話である。
「叔父様、勇者はどこにいるの?私達がとっちめて来てあげようか?」
「御嬢ちゃん。ありがとう!その言葉を待っていたぜ!…オイ勇者はどこにいるんだ!」
親父が町全域の飲食店ギルド加盟店につながるインターホンに怒鳴り込んだ。
「あーうちの店に勇者様がいるけど、どうしたんだい?」
「そいつだ!そいつが食い逃げ勇者だ!ウチの若いのを行かせるから!ミスミの爺さんはそいつをその場にとどめておいてくれ!」
どうやら飲食店を開いているご老体の店に食い逃げ勇者がいるらしい。
俺達の出番だな。気を引き締める。なるべく殺さないようにしなくてはならない。
「旦那!ミスミの爺さんの店はここを出てまっすぐ行った突き当りの一番右の店だ!頼むぜ!」
エリー…朝から騒がしいとは思うけれど、仕事だから仕方がないわ。それにしても勇者ってどういう人なのかしら?会ったことが無いから気になるけれど…やっぱりカッコいい白馬の王子様みたいな人なのかしらね。私は少し二ヤつきながら口を開いた。
「行きましょう!無銘。」
「ああ。分かった。なるべく殺さない様に捕まえてくるよ。」
親父に教えられた場所に俺達は急行する。するとそこには若い冒険者風の男がおり、食事をゆったりと取っていた。
俺達は目の前に乗り出して話しかける。
「あんたが色んな所で食い逃げをしている勇者ね!」
「御嬢さん!私はただツケにしているだけですよ!いつかは払います!魔王を倒す旅を急いでいるのです。」
「おい!兄さん。このオーレリアン大陸には魔王なんて生命体は存在していない。頭は正気か?」
「いえ居ます。いなかったとしても魔王は私の心の中にまだ生きていますから。」
「いや別れた恋人かよ!」
エリーは思わず突っ込んでしまった。変な勇者様である。お笑い芸人としては存外適性があるのかもしれない。
「とにかくあんたに食い逃げされた店っていうのがたくさんあってな。皆さんカンカンに怒っているんだ。お前の身柄を拘束するように指示が出ている。勇者さん、年貢の納め時だ。」
「それはそれは…では私はそろそろお暇させてもらいましょうか。貴方たちを倒してね。」
勇者を表に引きずり出す事には成功したが、この先どうするか?殺す方法はあるが殺さない方法は難しい。
勇者のスキル!勇者レベル九!覇王の念!偽・神話詠唱!勇者は両腕を握りしめながら気迫を込めている…
「はぁー私の気が高まっていくぞ!貴方たちなど怖くない!」
シュインシュインシュインシュインシュインシュインシュインシュインシュイン…
勇者は突如体内でマナを練り始めた。何か意味のある動作には思えないが、なんか攻撃をしたら負けに思える。そんな謎の気配を放っていた。
「無銘!なにぼーっとしてるのよ!何か撃ち込みなさいよ。」
「エリー。済まない。何か起きるのかなと思ってつい見続けてしまったよ。片付けるとしよう。」
ここは凍気の魔術で凍らせるだけにしよう。
無銘!詠唱破棄!フリーズブレイズ!フリーズブレイズ!フリーズブレイズ!フリーズブレイズ!フリーズブレイズ!
氷の刃の連射が勇者に迫る。
「利きませんよ!そんなもの!」
勇者は手に持っている黒い剣で全てを斬りいなしてしまった。
流石勇者を名乗るだけはあるのか、人間にしては強いな。念のためアイギスを俺とエリーに掛ける。
「エリー、済まない。失敗した。君のミストルティンバーストを試してもらえないか。」
「了解。無銘の呪詛を弾くなんてやるわね。行くわよ!」
エリーの詠唱!生命の危機究極!大いなる主神イグドラシルの巫女を穢すものよ!滅びるがいい!ミストルティンバースト!
「何?生命の危機究極だって?」
俺は思わず突っ込んでしまった。恐らくは主神イグドラシルが自動で判別しているんだろうが、そこまでこのいかれた優男は強敵なのだろうか?
ヤドリギが勇者を貫こうとしたが、オーラに弾かれて消滅してしまった。
エリーは驚いた様相で肩を震わせている。
「そんな私の神霊樹のヤドリギが無効化されるなんて」
「ハハハ!世界には一人か二人どうしても勝てない敵って言うのがいるんですよ!」
行きますよ!勇者式亜空跳躍!
「何!どこに行ったんだ?クソ見失った!」
「後ろですよ!貰った!」
バックアタック!勇者の攻撃!ハイパーオーラ十字斬!ブシャバッシャ!
「ぐはっおえっ」
勇者の黒い剣で俺の上半身と下半身は真っ二つに両断された。アイギスの上から即死か…蘇生開始。残り不死刻印一。
「死んでしまったようですね。さあお嬢さん無駄な抵抗をやめて投降しなさい。悪いようにはしません。えっはっ?」
エリー…ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…私の体内と脳を怒りの呪詛が塗りつぶしていた。新たなる呪詛をこの世に産みださん。無銘を殺された私の天をも穿つ怒りを知るがいい!
霊刃貫手!鳩尾!勇者をエリーの鋭い貫手が襲い腹を切り裂いた。
「よくも私の無銘を殺したな!ただじゃ済まさないわよ!」
蹴りを入れて勇者から手刀を抜き放つ。そして新たなる必殺の呪詛をエリーは組み始めた。
偉大なるオーディンよ!そなたの巫女を穢す究極の害悪現れたり。グングニルを借り受ける!未来永劫の時の狭間まで消え果よ!ヘルレイズスパーク!
惑星イースの衛星軌道上にグングニルが天界から転移し、目標の勇者に向かって射出。神速のグングニルが勇者を刺し穿ち着弾した。
勇者が叫ぶ。
「グハァ…クソここまでの様ですね。さらば…がクッ」
俺はその呪詛を蘇生しながら見ていた。エリーの呪詛は回転には劣るが一撃の威力は俺を軽く超えてしまっている。
勇者は必殺の呪詛を受けて絶命、俺達は討伐の証に勇者の持っていた剣を入手した。
相当な業物だ。この先供養も兼ねて使わせてもらおう。銘が霊信で脳に伝わってくる。ストームブリンガー。
黒歴史のアーティファクトなのは間違いない。刃自体に強力な霊刃を生成する機能があるようだ。これならアーマーを着た騎兵を討てるかもしれないな。
エリーはオドを酷使したせいで卒倒してしまった。またおぶわないといけない。仕方がないが娘が出来たような気分であり微妙だ。妻帯すらしてないというのに。
鉄筋鋼鉄亭の親父のところまでエリーをおぶっていった。親父が店の外で待ち構えている。
「どうやら殺さないで収める事はできなかったみたいだな。」
「ああ荒事にしてしまって済まないな。奴はとんでもない業物を持っていたよ。只者じゃなかったのは間違いないさ。」
「それでも食い逃げをした上に刃傷沙汰を起こすんじゃ仕方ねえわな。」
「そうだな。この剣は俺が使わせてもらっていいかな。」
「ああ、今回の報酬に追加でくれてやるよ。旦那が持っていた方が役に立つだろうさ。」
「ありがとう。親父さん。エリーももう寝てしまっているし、今日はこのまま休息を取らせてもらうよ。勇者を名乗る男の遺体の供養は頼む。」
「分かった。任せな旦那。あの野郎も意地を張らなければ死なずに済んだのに、馬鹿な優男だぜ。」
「そうだな。金の持ち合わせがきちんとあれば…並みの兵士に劣らない正に勇者だったんだがな。」
俺とエリーはその晩もう寝てしまう事にした。鉄筋鋼鉄亭の二階に上っていきエリーをベッドの上に移す。そこでようやくエリーが目を覚ました。
このまま寝てしまえば良かったのにと思う。俺も疲れ果てているからそのまま寝ようと思っていたのだ。
「また私気絶しちゃったの?ごめんなさい。」
「なんで謝るんだ?今日も君のおかげで助かったようなものだぞ。不死刻印はまだ一つある。後一回だけは死ねるさ。」
咄嗟にエリーの表情が怒りに燃えた。逆鱗に触れてしまったらしい。
「馬鹿!もう後一回だけでも死んじゃダメでしょ。貴方が死んだら承知しないからね!」
「そう興奮するな。お互い疲れているし今日はもう寝てしまおう。」
「もう簡単に死ぬとか言わないでね。分かった?これは約束よ!」
「分かった。分かった。俺自身ももう死にたくはないし、簡単に口にしないよ。」
どちらにせよ、後二回ではほぼ常人と変わらない。あの勇者の男の様な敵がこれからも現れるかもしれない。俺にはもう自分の不死性を当てにした行動は許されないのだ。
「分かればよろしい!明日もまた仕事かしら。」
「ああ。また強敵の予感だ。」
「日に日に闘う敵が強くなっている気がするわね。」
「それでも人類開放騎士団のアーマーよりはましだぞ。あれが闘うとしたら一番の強敵になるだろう。」
「ミストルティンバーストで貫通できたけど?」
「それは火事場の馬鹿力みたいなものだろう。本当の恐ろしさは数だ。あの強さのアーマーが何百機も集まって襲ってくるところを想像してみろ。」
「とてもじゃないけど、勝てそうにないわね。」
「実際にあいつらに追い立てられるとなると、最低百機は相手にしないとならないだろう。」
「彼らとは矛を交えない事を期待して眠りましょうか。」
「そうだな。まだこういう町で依頼をこなしている方が安全さ。」
「そうね。お休みなさい。」
「お休み。エリー。」
エリー…無銘が死んだ。不死刻印があるとはいえ私にはショッキングな出来事だった。怒りの念で体が弾け飛びそうになったわ。二度とあんな事はごめんだけれど、これからもあの人が闘えば似たようなことが起きるのでしょう。新しい呪詛を手に入れられたけれどそれでも良しとは思えないわ。もっともっと私が強くならないと…無銘も生きたまま旅を終えないと自分を許せない気がするの。
…ストームブリンガーが怪しく輝きを放つ。使用者の脳に干渉する事によって誇大妄想を抱かせ洗脳する特殊能力がある妖刀なのだが、無銘には通用しないようだ。
既に人類開放騎士団の魔術師・メリー先生に脳をいじくりまわされてしまっているからであろう。
そんな事も知らずに二人は眠りについたまま夢の国へと旅立っていった。
・亡霊騎士
それは食い逃げ勇者事件から何日か経った日の事だった。仕事が無いので一階の酒場でぼうっとしていると、親父が血相を変えて話しかけてきた。
「おい!旦那!仕事だ。工業地帯に人類開放騎士団のロボットが出てきて暴れまわっているらしい。」
「何だって、にわかには信じられない話だな。」
「無銘。仕事ようやく来たの?」
「ああ。人類開放騎士団のアーマーが暴れまわっているらしい。」
「私達がいずれ闘うっていうあれ?」
「そういう事だ。戦わずに済めばいいんだが、闘う時が来てしまったって感じだな。」
「そんなに強いの?」
「指揮官機のパラディンクラスが出てきたりするとだいぶ問題がある。だが雑兵のスピアやナイトクラスなら、十分俺達でも対応できるだろう。」
「でもなんでこんなところで暴れまわっているのかしら?」
「そこは全然分からないのが不気味だな。」
「本当に人類開放騎士団のアーマーなのか疑わしいわね。」
「黒歴史のアーティファクトが暴れている可能性もあるな。アーマーだって最初はアーティファクトだったのを整備して戦線に大量投入したんだ。」
「なるほどね。取り合えずそろそろ…」
「そうだな。親父。場所はどこなんだ。」
親父は不安げな様子を取り払おうとするが隠しきれていないようだ。
「こないだの案件があった月見橋の先にある工場区画だよ。行けば人だかりがあるから分かるらしいぜ。気を付けて行ってきな。」
「了解した。それじゃあ行ってくるよ。親父さん。エリーも行くぞ。」
「分かったわ。無銘。行きましょう。」
親父に教わった通りに月見橋を超えた工場区画に向かう。辺りから逃げ出してきた人とすれ違う。結構な数だ。工場の生産ラインも止まってしまっているだろう。
逃げ惑う人々をかき分けて進むと中から轟音のする工場に辿り着いた。
「すごい音ね。中に本当に入って大丈夫なのかしら。」
「入らないと何も始まらないと思うな。気を引き締めていくとしよう。エリー。」
「了解。すごい煙が出ているわ。」
「そうだな。中で機械を壊しまくっているのか…」
恐る恐る中に入っていく。そこには破壊の限りを尽くしているアーマーがあった。機械的な動きで射撃をして生産ラインを破壊している。
本当に人は乗っているのか?と気になる動きだ。あまりにも機械的すぎる。
とにかく動きを止めねば話にならない。俺は詠唱破棄を連続で射出する準備に入った。
無銘の詠唱破棄!ライトニングパルス!ライトニングパルス!ライトニングパルス!ライトニングパルス!ライトニングパルス!
ボコボコと表面の装甲が潰れてアーマーがこちらを向いた。敵としてようやく認識されたわけだ。持っているのは対アーマー用のヘビーマシンガン。撃たれたらこちらもただでは済まない。
「エリー逃げろ!アイギスじゃ防ぎきれないかもしれない!」
「あれを撃ってから逃げるわ!」
エリーの詠唱!大いなる主神イグドラシルの巫女を穢すものよ!滅びるがいい!ミストルティンバースト!
ヤドリギがアーマーに纏わりつき胸装甲を貫通する…も手応えがない。
これは人が乗っていない…暴走している幽霊アーマーという事なのか?
「エリー!ミストルティンバーストは効かない。こいつは無人機だ。リアクターを爆発させるほか止まらないぞ。」
「了解したわ。屋内だからヘルレイズスパークも撃てない!貴方に任せるわよ!無銘!」
そう話している間にも俺に照準を向けてヘビーマシンガンを乱射してきた。
生産ラインの陰に隠れてやり過ごす。何発か弾が抜けてきて被弾した。腹から血が噴き出す。痛ゥ…不味いな…
無銘の詠唱!回復祈祷!プライ!
痛みは引いていくが失血してしまった。意識がもうろうとする。一撃で決めなければ。
俺は立ち上がって亜空跳躍の準備に入った。最近あまり使っていなかったな。後ろを取る必要がなかったに過ぎないが、技を使わないと鈍るというものだ。
亜空跳躍!成功!
幽霊アーマーの後ろに取り付いた!ストームブリンガー抜刀!袈裟斬り!
アーマーの外殻を貫通し、リアクターまで刃が届いた。ここで切り返す。
中はやはりもぬけの殻の様だった。
リアクターを斬りつけられた事で幽霊アーマーは動きを停止し、爆散した。爆風に縫い付けられその場に立ち尽くす。
一体何処の部隊のアーマーだったのだろう。とても追手とは思えないが、不安がよぎる。
爆発したので詳しくは調べられなかったが、外殻にもなんらエンブレムが無かった。無所属機…黒歴史の遺産の自律行動アーマーなのか?
失血の影響もあり、俺に調べられる事はこれが限界だった。
血を流す俺を見てエリーが駆け寄ってくる。
「大丈夫なの?無銘。こんなに血を流してしまって。」
「大丈夫だ。回復法術で治療はした。」
「でも…貴方凄い顔色よ…。」
「失血しているからな。宿屋で寝れば直るさ。」
「それじゃあダメ…エルフはね。他人に血を授ける回復方法があるの。」
そういうとエリーは俺からストームブリンガーを奪い手首を切り裂いた。止める暇も無かった。俺は血相の悪い顔色が更に悪くなった。
「おい!なにをやっているんだエリー!」
「黙って私の血を飲みなさい!パートナーなんだからこれくらいはやらせてよ。」
エリーの血を飲むと頭に冴えが戻り、体の重さが無くなった。
「フフッどう?効くでしょう。」
「確かに効いたが二度と俺の許可なしにはやらないでくれ。びっくりするだろう。それに自分をもっと大切にしろ。」
「分かったわよ。待って自分の傷口は自分で塞げるから。」
エリーが力むと手首の出血が塞がってしまった。
エルフはどうなっているんだろう。マジカル生物なのかと己に問いたくなる。しかも俺にも半分問題のエルフの血が流れているわけだ。
本当に理解に苦しむ現象だった。しかしおかげさまで歩けるようになったのも事実である。
歩きながら鉄筋鋼鉄亭を目指す。重い足取りなのは相変わらずだ。
エリーが話しかけてくる。
「結局あのアーマーは何だったんでしょうね?」
「さあな。まったく謎だ。量産品のスピアクラスでない事は間違いないと思うぞ。」
「中に人も乗っていなかったのも謎ね。」
「自動操縦で暴走していたのかもな。」
「謎は深まるばかりね。」
「ああ、まあ倒してしまえばもう関係は無いよ。もうあいつは動かない。」
月見橋を渡り終えたところで問い詰められている男がいた。もう一人の男も工場関係者だろうか?
「お前のせいで工場が無茶苦茶だ。どう責任を取るんだ!」
「いや、俺は新しい工作機械だと思ってスイッチを入れただけなんだ。あんな事になるとは思わなかった。本当だ。信じてくれ。」
「いいや。駄目だな。このまま開放する事はできない。お前は法廷で裁く事になった。工場法廷でな。死刑にならない事を祈っていろ。」
「そんな勘弁してくれ。良かれと思ってやっただけなんだ。死人もだしちゃいないだろ。」
「あの冒険者二人組が死んだかもしれないだろう。ん…君たちは?」
「噂の冒険者二人組よ。大丈夫。あのアーマーは私達が倒したわ。」
「ああ俺達でキッチリ止めを刺しといたぜ。あんたらがどうするかには興味がないが、ほどほどにしてやったらどうだ?」
そう無銘とエリーは答えたが、問い詰めている男はまだ納得していないらしい。
「君達が生還したならだいぶ話が変わるな。良かったなニルン。お前の罪は軽減されたが、工場法廷で裁く事は変わらない。」
「何なんだ?その工場法廷っていうのは?」
「工場の中でもめ事を起こした奴を裁く法廷さ。工場長クラマルさんが主体になって、多数決で判決を決めるんだ。君達も証人として来てくれないか?」
「いや遠慮しておくよ。俺達は興味ないしな。」
「そうよ。もう今日は疲れているしね。帰って食事をして寝かせてもらうわ。」
問い詰めていた男が口を開く。
「明日以降に裁判を行うし、来てもらわないと報酬の支払いに関係するかもしれないぞ。」
「そうか。そういう事なら明日以降法廷に参加させてもらおう。」
「仕方ないわね。無銘。」
「じゃあ今日のところはこれで退散させてもらうよ。」
ニルンと呼ばれた男が叫ぶ。
「あんただけが頼りだ。旦那!助けてくれ!」
「約束はできないな。法廷でまた会おうニルン。」
そう言うと俺達は鉄筋鋼鉄亭まで歩いて帰った。胸糞を悪いものを見た。仮にも仕事仲間なのに死刑にするだの、しないだのとんだ連中である。
鉄筋鋼鉄亭の外では親父が煙草を燻らせていた。
「おう。戻ったか旦那。」
「ああ。親父。俺達は工場法廷に出る事になったよ。」
「また面倒ごとを抱え込まされたな。」
「やっぱり面倒なのね。」
「行けば分かるさお嬢ちゃん。人間のダメなところ全てが見られるぜ。」
「親父、食事にしてくれ。二人とも鋼鉄盛りで頼む。」
「分かったよ。そう来ると思っていた。少し待っていてくれよ。」
親父が酒場で鋼鉄盛りを二つ用意してくれた。エリーと並んで食べる。やはり血と体力が消耗しているので、普段は食べる気がしない鋼鉄盛りがすんなりと体の中に納まっていった。
「今日はきちんと食べられたじゃない?」
「ああ、血を失っていたから腹が減っていたみたいだな。」
「そうよね。私も血を出しちゃったからしっかり食べないと。」
何時も何もなくても食べているだろうと思ったが、敢えて言わなかった。
「今日はありがとう。エリー。君のおかげで何とか歩いて帰れたよ。」
「フフッ鋼鉄盛りを明日も食べさせてくれる事で勘弁してあげる。」
「それは…まあいいだろう。本当に君は良く太らないな。」
「体質よ。体質。」
二人とも食事を終えたので、二階に上がりその日は眠りについた。
エリー…今日は機械の鎧を倒したり、口論に巻き込まれたり色々な事があったけれどやっぱり機械の鎧が一番気になったわね。あの強さ、硬さ、スピード。どれを取っても生身の敵と比べて脅威になるわ。これからもっと多い数と闘う事になるかもしれないけれどキッチリ止めを刺せるように経験を積まないと駄目ね。
翌朝―
親父に俺たち二人が呼び出された。
「おはよう。旦那。御嬢ちゃん。分かっていると思うが工場法廷から呼び出しがかかっているぜ。」
「そうか。分かった。行ってくるよ。親父。」
「行ってきます。叔父様。」
俺達は北にある工場区画の中の集会場に招待されたので行った。
証人席に座り裁判が開かれるのを待つ。
裁判長であり工場長でもあるクラマルという男とニルンというアーマーを起動させてしまった男が来た。
どんな裁判になるかもう何となく予測がつく…
そして裁判が始まった。
「皆さん。静粛に静粛に。私が裁判長のクラマルです。被告ニルン及び証人の冒険者の方は壇上におあがりください。」
俺達もか…エリーに目配せをし、一緒に壇上に上がる。
「被告人ニルンは自分の仕事をさぼるために新たな工作機械を秘密裏に発掘した。そして起動させた結果暴走事故を招いた。これは正しい事ですか?」
「そんな…俺はただ皆の役に立とうとしていただけでさあ!」
「今現在も大量のアルコールの匂いがしているのにそう言い張るのですか?」
「…いえ、私が楽をするために機械を起動し混乱を引き起こしました。」
「よろしい。証人の方から見てロボットは危険でしたか?」
「冒険者の代表として意見させてもらうと危険極まりない殺人ロボットだったのは事実だ。ただし犠牲者は誰も出ていないんだろう。」
「貴方が腹から出血しているのを見た者がいますがこれは事実ですか。」
「証人その二。エリーよ。確かに腹を撃たれてうちの無銘は失血死しかけたわ。」
「そうですか。あいや判決を下す。ニルンは自分が怠けたいが為に殺人未遂につながる重大な罪を犯した事これは明白です。よって被告ニルンを給与五割カット六ヶ月の刑に処す。多数決を取る。」
賛成賛成賛成賛成賛成賛成賛成賛成賛成賛成賛成賛成賛成賛成賛成賛成賛成賛成
反対反対反対反対反対反対反対反対反対反対反対反対反対反対
「賛成多数により、判決は給与五割カット六ヶ月の刑とする。軽減はありません!」
「そんなあ酒を飲んで生きていけなくなる。あんまりでさあ。」
「うちの無銘をあんたが殺しかけたようなものでしょ!そのぐらい甘んじて受け入れなさい!」
エリーが叫ぶと野次馬も乗ってきた。
「そうだ。そうだ。本当は死人が出てもおかしくはなかったんだ。死刑でもいい位だね!」
「静粛に!本法廷はこれにて閉廷とします。ニルンは今回の事を反省して、勤労に励むように。」
「はい…わかりました。」
ニルンと呼ばれた男は背を曲げて佇んでいる。非常に同情を誘うようなポーズを取っているが、恐らく誰も同情をしていないだろう。
「冒険者の方達、証言ありがとうございました。お帰り頂いて結構です。」
クラマルがそういうので俺達は法廷から退出させてもらった。
どこにも行く宛ては無いので鉄筋鋼鉄亭に帰り、一階の酒場を覗くと親父がいた。
「おう帰ったか旦那!工場の方から報酬が振り込まれていたぜ。」
「ありがとう。親父。この辺りで仕事は何か無いのか?」
「もうあんたらがサルミサの大半の厄介ごとを片付けちまったよ。行商人の護衛くらいしかないんじゃないか。」
「そうだな。今まで世話になった。俺達はまた旅に出るとするよ。」
「そうか。少し寂しくなるな。嬢ちゃんも元気でやるんだぞ。」
「ええ、叔父様。今までありがとう。お元気でね。」
そう言葉を交わすと俺達は鉄筋鋼鉄亭を後にする。この旅の果てにまたいつか寄る事になるかどうかは分からないが、何だか元気をもらえた宿屋だったな。
俺達はサルミサの煙漂う町を後にした。次の目的地は中立の町、芸術と美の町リュミエールだ。
ここから歩いて十五日ほどかかるが、人類開放騎士団の領地としては西部にあたり、シャウヤーン連合地域まで抜けるのにいい中継地点になる。最西部聖都レーヴェを直接目指すのは荷物や補給の関係上厳しいだろう。
エリー…煙と油の町サルミサでの滞在がようやく終わったわ。鉄筋鋼鉄亭の食事には満足していたけれど、嗅覚遮断スキルを使ってもきつかった町だけに感慨深いわね。もう二度と寄ることは無いんでしょうけど記憶に刻み付けたわ。油と煙の町サルミサ…うーん。次の町はどんな街なのかしら気になるわ。芸術と美の町…匂いや汚れは気にならなそうね。
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