深淵のエレナ

水澄りりか

文字の大きさ
上 下
92 / 92
第三章

第二十一話 真っ白な未来へ

しおりを挟む
エレナら一行はララ女王に出発を伝え、今まさに城から出て行こうとしている。

各々が荷造りを終え馬にのると、アシュベルが先頭を切って駆け出していく。
エレナの様子がややおかしいのを見止めると、アシュベルへとその冷たい視線を移す。
察しのいいアロもその事には気づいていた、だから彼はアシュベルに皮肉交じりの牽制を遠回りに言って見せる、とてもゆっくりと念を押すように。

「エレナ様と何かあったようですね、出発前に抜け駆けとはあなたらしい、ですがこれからはそうはいかないと思ってください、わたしもですが我々よりも若い者もいる、今後はご留意していただくことは可能でしょうかね」

「・・・アロ、お前ほんとまわりくどいな」

馬を走らせながら、話をしている彼らをカリーナは目をらんらんとさせて見入っている。

「この旅自体とても楽しみだと思ったけれど、これはまた特等席でエレナの取り合いが見られるなんて役得すぎるわぁ、で、エレナは誰と付き合てってみたいとか考えているの」

あからさますぎるカリーナにエレナは何と答えていいかわからない。

「カリーナ、わたしはグラディス国の使者よ・・・ね、あなたは、その付き合った事とかあるの」

「あたし?あたしには許嫁がいるもの、とてもいいひとよ、幼馴染同然だけど気が合うの、」

「・・・え」

衝撃の事実だった、カリーナには許嫁がおりそれを彼女自身も受け入れいずれ、その許嫁と結婚をするのだ。すでに彼女の未来は決まっている、彼女に寄り添い未来を歩いていく人が決まっている。
なぜかそれを聞くとカリーナがとても大人に見えた。

そんな重大な事をもう決めていたなんて。
そして少し不安になる、自分がおいて行かれているような気がして。

「大丈夫よ、エレナ、その時がきたらわかるの」

そんなエレナの心情を察してかカリーナが目くばせをする。

「あたしは親の許嫁だから結婚するんじゃないの、この人だって思える瞬間があったから結婚することにしたのよ、でもやりたいことがあって少し待ってもらっているけど」

「そう思える瞬間てどんな感じ・・・なの」

確かな感情がそこにあるのか、エレナはアシュベルを見ながら昨日の不思議な感情と恥ずかしさを思い出す。あんな事で頭がいっぱいになることはそうあることではない。
でも確かな感情、というには曖昧過ぎる。
しかもリュカに手を握られたときも、いつもとちがう雰囲気と彼の水色の瞳に意識を奪われた。
・・・でもこれでは、気が多すぎる。

剣術を学ぶ方がとても簡単に思える。
ララやカリーナのいう恋愛というものは、形がなくつかみ取れず努力すれば見える者でもない。
厄介な難問だ。

「エレナ!分かるの、それも自然に、この人が好きだって」

「そ、そう・・」

自然にわかるものなのか、ならば今はわたしがこうも悩んでいるという事ということは、カリーナの言うそれには焦点が会ってないのかもしれない、まだその手前でわたしは選ぶべき相手を選ばれる相手を模索する道の通過点にいるのだろうか。

「恋愛や結婚は人それぞれなの、だからエレナはこれからじーっくり、そしてゆーっくりと考えればいいのよ、だって旅の目的は国同士の交流なんだから」

その方が楽しめるだろう、なにせこれから争奪戦が始まるのだから。
早まった決断をしてほしくないことも事実だが、エレナの周りで右往左往する男性陣を見るのはなかなかに感慨深い、グラディス国のみならず他国からの注目を集める貴公子たちがこぞってエレナを取り合うのだから・・・忘れていたが、エレナにはアルガノット国の王子であるカミュ殿下からも恋文を匂わせる手紙が届いていた。

あの手紙を読んだエレナはカリーナにその内容の真意を聞いてきたのだ。
カミュ殿下の手紙の内容はまさに愛を語るポエム、彼は相当ロマンチストなようだ。
だが、肝心のエレナ本人がそのことに気付いていない、カリーナはカミュに少々同情した。
そしておせっかいとは思いつつも、エレナにはもっとわかりやすくアプローチをかけた方がいいと内密に手紙でアドバイスしておいた。
隣の国とは言え、カミュには距離がある、これくらいの援助はしてあげないと・・・それから脱落者を少なくするため。

そう言えばシャルルはこの手の話になると入ってこない。
「ねぇ、シャルルはどうなの、好きな人でもいるの」

カリーナは本当に直球だ。

「さぁ、僕にはそういう事はまだ早いような気がします、今はアシュベル様のお役に立つことが一番の僕の役目だと思ってるから」

うーん、優等生のようなセリフを真顔で言えるシャルルは本気なのだろう。
そしてこういう人物があっさり皆を置いて結婚してしまうという話はよくあるケースだ。

「でもまぁ、とにかくこの旅がたのしくなることは約束されたような物ね」
カリーナはくっくっくっと笑いをこらえているようでこらえきれていない。
あのアシュベル命のアロも自分の本当の気持ちに気付いたし、リュカは奥手ではあるがするどく心に切り込んでくることもある、そしてアシュベル、炎のマナを持つ情熱的な彼は恐らく本命ではあるとは思われるが、人の気持ちは移ろいやすい、その感情を捉えて離さないものこそエレナに選ばれる人物だろう。

「そのくらいの楽しみはなくちゃね」

「カリーナは高みの見物だねー」

カリーナとシャルルが笑いあっている。

もう、なにがそんなに楽しいのやら・・・でもその笑い声はエレナのこれからの旅に期待をもたらす。
今自分自身の心で動いている、宿命という暗い迷路のような檻の中から初めて見る陽光をその目で見るように、仲間たちを眩しげに見る。これが愛おしいという気持ち、そしてこの世界でとても大切な気持ちなんだからと自覚する。

自分はこれからやっと人としての人生を送るのだ、愛や恋を知らなくても当然、それもまたきっと・・・いずれ芽生える日がくるのだろう。
これから芽生えてゆく様々な感情や気持ちを大切にしていきたい、心地のいいことばかりではないかもしれない、それでもこの先の出来事はすべて自分自身ものだ。

ジェイン神官がここにいたら、そう思う時もある。
だが、深淵で彼と交差するときがあれば、いつか様々な思いを共有したいとも思う。
そう、エレナは思う、やはりわたしは欲張りなのだ、この身に二つのマナを有していた時点で気づくべきだったのかもしれない、恐らく二つのマナを持ってこの世に送り出すような危険な賭けに、天を支配する者たちは同意などしないだろう。
わたしが強引に飛び出して行った、この世界を救うぎりぎりの賭けに出て。

話はそれてしまったが、皆の顔を見てエレナはその先に何が待っていてもこの仲間がいれば乗り越えられることを知っている。さぁ、わたしが今度は彼らを引っ張って行く番だ。

エレナは乗っている馬の首にぽんぽんと軽く叩くと「さぁ、セルを追い抜かしちゃえ!」そう言って先頭のアシュベルを引き離していく。
彼女が乗っている馬はアシュベルの愛馬であるセルの血統を濃く受け継いだ息子にあたる、セルゆずりの気性の荒い暴れ馬のカインだ。そのカインはやはり立派な軍馬で体格も良く勇ましい性格を持っているが、エレナにしか懐かないという欠点があった。
当然カインはエレナ専用のものとなる。

カインはエレナの意を汲み、その素晴らしい脚力を披露する。

「おーっと、セル、ひよっこに引けは取らないよな、猛追開始だ」

駆け抜けていく2頭の軍馬の双行は力強く美しい。

カリーナはその様子を見て小さなため息を着く。
「あの様子じゃ、まだまだね」

「いいじゃない、おふたりとも今すごくいい顔をしている、」

解き放たれ未来へはせる想い、それは誰もがどこかで経験するものかもしれない。
そして今この二人には、まさにその瞬間を体感していると言ってもいいだろう。

未来へ行く道は一つではない、だが時に迷路に迷い込むことはある。
だから仲間がいるのだ。

仲間を導いてくれるその手が。

だから、力強くその一歩を踏みだそう、まだ真っ白な未来へ。







あとがき

ここまでお付き合いしてくださった方ありがとうございました。
初めての小説を書いて思ったのは、頭で描いている物語の人物がもっと自由に動いて欲しいというジレンマにかられることに閉口しました。最初の投稿にしては長編になってしまいましたがこれを全部読んでくれた人もいるのかなぁ
と、ちょっと気になったりして・・・読んでくださったかた、本当にありがとうございます♪
次回もなにか書こうと思っていますので、また寄り道してくださいませね。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

Zavinger
2018.06.19 Zavinger

すごく面白いです。続きが気になりますね。次の投稿待ってます。

水澄りりか
2018.06.19 水澄りりか

感想ありがとうです。
週末に投稿することが多いので続けて見てもらえたら嬉しいです♪

解除

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。