深淵のエレナ

水澄りりか

文字の大きさ
上 下
90 / 92
第三章

第十九話 特使の行方

しおりを挟む
女王と別れエレナ一行はアシュベルの執務室に集まっていた。
それは不思議な光景だった。
通常王家の者が踏み込むことの無い場所、だがこれからエレナが加わることになり王家はもっと民衆に近い存在になっていくのかもしれない。


「ありがとう、わたしこれからの人生を仲間たちと過ごせる上に、世界に触れて生きる事ができるなんて考えても見なかったわ、わたしが転生を繰り返したこの世界、いずれの人生もこの世界の何をも見る事が出来なかったから・・・」

その言葉にハッと皆顔を上げる。

「これからは歩ける、この先の人生を」

「そう、だね。君が・・・君とジェイン神官が護ってきた世界だ」

そう、今この世は戦乱の後で混乱しているとはいえ、この世界に生あるものがそこに存在していられるのは二人の犠牲の上に成り立っている、そしてそのことを知る者はごくわずか、そしてこれからもそのことを知らずに人々はそれぞれの生を全うしていく、喜びも悲しみも、この世界合っての事。

アシュベルはこの真実を全世界に知らしめたいと女王に願いでた。
これほど重大な事が他にあるなら聞いてみたい、そして人々はそれを知らなくてはならないと思ったのだ。

だがそれは、エレナにより却下された。

予想はしていたが、エレナの言い分は知らなくてもいい事実はあるのだと。

エレナとしてはジェイン神官と自分の時を超えた絆を公にするには、抵抗があった・・・できれば静かにその事実を伏せておいて欲しいと言うのが彼女の願いだ。
ジェイン神官はエレナにとっては神に等しい、その存在は尊く彼を語るにはまだ彼女の中で整理がついていないのと、おそらくジェイン神官も秘密にしてほしいと願うだろうと、エレナは思う。

誰かに褒められたくてやっていた事ではない、だからこそ、秘密・・・・というより身勝手な思いだがそっとしておいてほしい、それが一番の理由かもしれない。

その三千年の間には言葉に出来ない想いが詰まっている、それを誰も彼もにと踏み荒らされたくない、本当に身勝手で我儘な理由だ。

でもエレナもジェイン神官もこの世界の一部でしかない、勝手な思いで知られたくないなんて都合の良すぎる感情だ。

よく考えれば自分にそんな権利などない。
そしてもしかしたら、このことが誰かの安らぎにつながるかもしれないのだ。

一度却下した後、エレナはそれを取り下げた。
ただ当事者として自分のささやかな願いを付け加えた
「これまでどおり伝説の続きとして、絵物語のような形で残してもらえないかしら」

ララ女王は勿論その意見に賛同する。
「ええ、事実として記述をのこすのではなく、あくまで伝承としてグラディス国で管理しますわ、だいじょうぶ、お姉さまの言う通りにいたしましょう」

「ありがとう、無理をいってしまってごめんね」

エレナの申し訳なさそうな表情に、ララは慌てて補足する。
「いいえ、わたしもそのほうがいいと思います、この事実が知られればお姉さまは光の覚醒者として今後世界中から注目されてしまいますし、それはいいことばかりを起こすとは限らない、伏せておいた方が賢明ですわね」

アシュベルもエレナの軌跡を全ての人々が知るべきだと思ったが、その事で彼女が危険に晒されることまでは考えが至らなかった、そのことに自責の念を感じる。
「そうだね、この世界があることを誰もが君に感謝すべきだと思ったんだ、けれどエレナ君はそんなことを願ってないね、本当に君って人は欲がなさ過ぎて驚くよ、」

皆はわかっていた、アシュベルの気持ちを。それは皆の気持ちを代表した言葉だったから。
エレナもララ女王もそのことに対しては感じるモノがあった。

そしてエレナは思う、三千年の間転生を繰り返してきた歴史が終わったことを。
アシュベルの提案は、エレナの心のどこかでまだ続いていた宿命の意識を終わらせてくれた。

もう終わったのだ。
エレナのやってきたことは伝承として残り、そしてその伝承は終止符をうつことになる。

溶けていく過去の様々な事柄、様々な思いがエレナを解き放つ。
心が軽くなっていくようになった気がした。

アシュベルの執務室でアシュベルの声がエレナを現実に引き戻す。

「色々見て行こう、世界は広い、ララ女王が御寂しい思いをなさらないようこのグラディス国を拠点にしてこの世界中を旅してまわろう」

「ええ、気遣ってくれてありがとう、最初の旅ではララをあまりひとりにさせられない、まずは短い旅にしたいと思っているの」

「もちろん、俺たちは女王の特使なんだ、そして忠誠を誓うものたちでもある。女王を支える事を一番に考えているよ」
アシュベルがいつもの微笑みをとり戻し、エレナの頭にそっと手を伸ばす。

そしてその白銀色の髪をゆっくりと撫でる。
出会った頃は、手を伸ばしただけではねつけられたものだ、それを思い出す。

「出発はいつにするのですか」

シャルルが切り出す、それは皆の思っている質問だった。

「わたしは明日にでも、一日一日がおしいわ、勿論グラディス国も大切だけど、異文化を肌で早く感じたい、各地に散らばる書物も見て回りたい、食事もきっと味わったことの無いものがあるはずだわ!」

エレナの意気込みに周りは引き寄せられる。

「それはまた欲張りですね、エレナ様そうするとやることは山済みということ、わたしもやりがいがあるというものですよ」

アロは冷酷な水色の瞳の奥にあたたかで親しみのある光をたたえていた。
シャルルが地図を広げその行き先に思いを巡らす。
カリーナは父親が女王の相談役になり、カリーナの伯父はその剣技をかわれて衛兵たちの指南役を女王から賜った、それもあってか彼女は前にもまして快活で美しくなったように感じる。

しかし、その中リュカだけが少しばかり何かぼんやり考え事をしているのか、話しかけても上の空。

いつも気をはっている印象のリュカにしては珍しい。

誰しもなにか悩み事があっても不思議ではない、それを話さないという事はいま、聞くべき時ではないのかもしれない、エレナは折を見て声をかけようと思い、その時はそっとしておくことにした。

・・・エレナには少しばかり思い当たることもあった。
まさか、とは思うがそうだとすればリュカと話さなければいけない。

話し合いは少しばかり長引いたが出発は二日後、行先はそつのないアロが計画することになった。


        ※※※※※※※  ※※※※※※   ※※※※※※※※

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...