深淵のエレナ

水澄りりか

文字の大きさ
上 下
61 / 92
第二章

第二十七話 黒い炎

しおりを挟む
「よい、そなたらも大変な生活を強いられているだろう、国にもっと力があれば・・・いや、あの黒の炎さえなければこれほど食糧難に陥ることなどなかっただろうに」

黒の炎・・・?

エレナが話しを合わせる。
「食料さえあれば母の病気もここまで悪化しなかったのに、どうして・・・」
「あれが何なのかわたしにもわからない、触れた者はみな苦しみ衰弱してゆく、もうわが国でどうにかなる問題ではない」

王族の若い青年は、悔しそうに拳をぎゅっと握りしめる。

「わたしの村でもそうでしたが、このあたりも黒い炎が?じゃあ、薬草は無理かもしれませんね・・・」

エレナがかけに出る、その黒い炎というものが彼女が考えている者ならば、和解の道は遠いものではないかもしれない。

「すぐそこにも田畑があり、清い水が流れる小川と裏山があった、小動物などがいてのどかでいい村だったのに、今はひとりも住む者はいない」
その田畑があったであろう方向にその若き王族は顔を向ける、怒りと切なさとやるせなさ、彼の感情はまとまりきらない表情をしていた。

「そんなっ!」
エレナはテントを飛び出し、彼が見ていた方向に入っていく、片足を引きずりながら。
アシュベルもそれに追随する、エレナの考えはアシュベルに届いていた。
「待ちなさい、きみたち、そこは危ない!」
王族の青年も慌ててエレナを追いかける、元来優しい性格なのだろう、彼が追わずとも兵士に追わせればいい話だ、だがそれを引き出したのはエレナ、彼女は若き王族に向けて助けを求めるように語っていた。
16歳の少女であるエレナがこれほどの演技力を見せることに、アシュベルは戸惑いつつも、やはり女性は怖ろしい生き物だと思い知る。

ザッ――――――――

テントを抜けたすぐ先に田畑らしき土地が広がっている、がそれは王族の青年から言われたからそうだと認識できるのであって、なにも知らなければ、これは。

地獄絵図。

黒い炎、そう彼は言っていた、それは良い得て妙、田畑の面影はなく地面であるはずの土が黒く実態のない靄のようなものが覆いつくし、本来の姿をうしなっている。これでは作物が育つはずがない、ここ数年の飢饉もこれが原因なのだろう、あのセーデルの手によってアルガノット国は徐々に追い詰められていたのだ。
確かに黒い炎、だがこれは。
「混沌の闇だわ」
エレナはその黒い大地に近づいていく。
「だめだ!!それに触れた者で回復した者はいないんだ!」
青年はエレナを止めようと必死に走ってくる。

それをアシュベルが制する、そのままエレナを見守ってほしいと言わんばかりに。

エレナは黒い炎の上を歩いていく、彼女の歩いた後は黒い炎が消えてなくなり清らかな大地が現れていく。

「酷すぎる、大地を汚すなんて、これは大罪よ、天が怒っているわ・・・」
剣はテントに入る前に草むらに隠してきた、エレナは黒い炎が広がる大地に両手をついて静かに話しかけるように呪文を唱える。

「混沌の闇よ、我が光により消滅せよ、その魂天に帰すること願わん」

エレナの手から光が溢れ、それは彼女を中心に広がってゆき、黒い炎は跡形もなく姿を消した。そしてそのかわり、穢れのない大地がよみがえり、わずかだが小さな芽が姿を現し始めた。

「これは、一体、いや、あなたはもしや・・・」
信じられないといった表情で青年はエレナを見つめる、確かに彼女の手から光があふれるように広がっていった、2名の兵士も護衛でついてきたが言葉が出てこない。

「私の名はエレナ・ルーゼルア、グラディス王国のものです。王族の方とお見受けしました、わたくしの話を聞いていただけないでしょうか」
「・・・わたしはアルガノット国第一王子、カミュ・デュランデル、あなたが私の思っている方なら耳を傾けるべきでしょう、そして、君は彼女の護衛かなにかかな」

「彼女は私の主です、殿下に内密の話を聞いていただくため、ここまで参りました」

戦争中だというのに、この二人の行動は予想がつかない、ただこれまでグラディス王国からうけた仕打ちをかえりみると生かすか殺すか迷う所ではある、だがあの光景を見てしまえば、おのずとこたえは出ているように思う。

「テントにて話を聞こう、兵にも君らの事は伏せておく、我々も危険を冒せないからね」

どうやら、アルガノット国の王子は思慮深い方の様だ、今は敵陣、彼が一言命令すれば二人はたちどころに命を奪われるだろう。
戦争は始まってしまっている、殺し合いは続いているのだ、皆が血を流し誰かを刺し殺し、命が奪われていく、暴走した人々は狂気のさ中に居る、その黒く渦巻く負の感情を感じながら、エレナはテントにて敵国の王子と対面することになった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

処理中です...