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獅子堂凛編
大丈夫
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――大会当日。
獅子堂は不調のまま大会に臨むこととなった。
「おい、獅子堂だぜ」
「不調なんだって?」
「今回の大会は面白そうな展開になりそうだ」
獅子堂の不調のことは他の学校の生徒の耳にも入っているようだった。皆、好き勝手に言っている。
しかし、獅子堂は他校生の声を気にすることなく、凛とした表情で皆を鼓舞した。
「待ちに待った大会当日だ。皆、今まで厳しい鍛錬によく頑張ってきた。今日はその成果を十分に発揮していこう」
こうして、大会が始まった。
獅子堂の試合は、見ていてヒヤリとさせられる場面もあったが、今までの経験や元々の強さからか、うまく勝ち進んでいった。
「さすが獅子堂。やっぱり大丈夫そうだな」
「このまま優勝狙えるかも」
「いや、待て。決勝戦ではあの坂本と当たるからどうなるか分からない――」
応援席から我が学園の空手部員ABCが口々に言う。
話を聞くに、坂本とやらは毎回決勝で獅子堂と勝負をしているライバル的存在だという。
大会に出る度に強くなっているといい、その強さは獅子堂と互角ということだった。
私は獅子堂に目をやる。
獅子堂は無理しているのか、大量の汗をかいていた。
「獅子堂先輩……」
私は祈る。獅子堂ならきっと乗り越えてくれるということに。
そして、決勝戦。獅子堂と坂本の試合が始まった。
応援席の熱気はすごく、それに当てられるかのように応援に力が入る。
「頑張れー」
「いけぇ~」
俺を応援する声が聞こえる。
試合に集中する中、獅子堂凛は必死に坂本に喰らいついていた。
「本当にお前はあの獅子堂か? 前の大会と全然違うぞ?」
余裕があるのか、坂本は喋り掛けてくる。
身体が、重い。身体が、ふらつく。
どうして俺は空手をしているのだろう。
『空手をして幼馴染を思い出すのなら、いっそのこと空手を辞めたらどうですか?』
ハナくんの言葉が脳裏を過る。
遼生を忘れるだって? そんなこと出来るわけないじゃないか。
『それが出来ないのなら次の大会で優勝してください。獅子堂先輩を慕っている部員のためにも。前を向いてください』
部員たちは大事な仲間だ。俺のことを慕ってくれるし支えてくれる。だけれど、俺は部員のために空手をしているんじゃない。
じゃあ、何のために空手をやっているんだ?
身体が、重い。身体が、ふらつく。
照明の光が眩しい。
だけど声援だけは俺の耳にクリアに入ってくる。
「大丈夫だぞぉ、獅子堂」
「獅子堂、まだまだ大丈夫だ」
「獅子堂、お前なら大丈夫!」
大丈夫大丈夫大丈夫――。
あぁ、またその言葉を俺に吐くのか。
その呪縛の言葉を――。
「それは違うぞ、凛」
俺の前に、遼生が立っていた。
どうして――。遼生は亡くなったはずなのに。
俺は今、試合をしている最中だというのに。
俺と遼生は星が瞬く宇宙のような空間にいた。
ここは、どこだ? 夢でも見ているのか?
でも、そんなことはどうでもいい。遼生に会えたことが嬉しくて。
「遼生」
俺は遼生の手を握ろうと手を伸ばす。が、空をきるだけだった。
「掴めねぇよ、俺は死んだんだ。凛」
遼生は悲しそうに笑った。
「ごめんな、凛。俺があの日“大丈夫”だなんて言ったせいでお前を苦しめて。だけど俺は苦しめるためにお前にあの言葉を言ったんじゃない。だから思い出してくれよ――」
遼生の身体がキラキラとした塵になって風にさらわれていく。
「待てよ、遼生。俺はまだ、お前と――」
俺は手を伸ばす。
しかし、遼生は笑顔のまま消えていった。
最後に、大丈夫、と口だけを動かして――――そうだ。どうして俺は忘れていたのだろう。
そこで、俺の目の前が真っ白になって、眩しくなった。
「獅子堂、頑張れー!」
「獅子堂ー!」
気付けば俺は試合会場にいた。
目の前には、坂本がいる。
何だったんだ? 今のは。白昼夢というやつか?
会場からは、うるさいほどの声援が聞こえる。
「獅子堂先輩ー!」
応援席からハナが叫ぶ。
「獅子堂先輩なら絶対“大丈夫”ですから! 自分を信じて頑張ってください!」
大丈夫――。
それは、事あるごとに遼生が俺に掛けてくれた言葉だった。
『また隣のクラスの奴にいじめられたのか凛。大丈夫、俺が懲らしめてやるから』
そう言って俺の手を取ってくれた。
『このくらいの怪我、大したことねぇよ。大丈夫だ』
そう言って俺の怪我の手当てをしてくれた。
『大丈夫だって凛。お前なら出来るはずだ』
大丈夫は呪縛の言葉じゃない。俺にとって“最強”の言葉だ。
「はぁっ」
俺は気合を入れる。
するとどうだろう。今までの不調が嘘だったかのように力がみなぎってくる。
「な……なんだ、このオーラは⁉」
迫力に押される坂本。
「俺はまだ、負けられない」
それは、一瞬だった。
目にも止まらぬ速さで獅子堂は坂本に回し蹴りを喰らわせた。
倒れる坂本。
一瞬のことに、静まる会場。そして――割れんばかりの歓声があがった。
「フォッフォ、やりよったな赤い若造よ」
「うわっ師匠⁉」
ぬっと私の後ろに立つ師匠に私はビビる。
「不調から脱することが出来たのは、お主の激励のお陰じゃろかい」
何やら意味あり気に言う師匠。
私は首を横に振った。
「それは違いますよ。獅子堂先輩は自分の力で乗り越えたんです」
師匠は、うーむ、と唸る。
「まぁよい。これで赤い若造はまた一つ強くなったのじゃ」
フォッフォッフォ、と師匠は笑うと去って行く。
なんとも神出鬼没の爺さんだ。
と、いうことで無事に獅子堂は不調から脱出することが出来た。
私は理事長からカスタードクリーム入りメロンパンの引換券を貰いに行くべく学園内を歩いていると、花束を持った獅子堂を見つけた。
獅子堂も私に気付き、私に近付く。
「ハナくん。今回は色々とありがとうな」
「いえ。私は何もしてないですから」
「君に空手を辞めろと言われた時は驚いたよ」
獅子堂は苦笑する。
私はあの時、幼馴染を亡くして悲しむ獅子堂を前に、ふとナオちゃんのことを思い浮かべてしまったのだ。
私は階段から落ちて死んだ。だけれど残されたナオちゃんは今も生きている。
ナオちゃんが私のことで苦しんでいたり悲しんだりして欲しくなくて。前を向いて歩いて欲しくて。
「実は試合の最中、白昼夢をみて幼馴染と会っていたんだ」
「……はい?」
「ははは、そんなヤバい人を見るような目で見ないでくれ。……俺がウジウジしているせいでアイツが安らかに眠れないのは、嫌だからな」
そう言った獅子堂の目はとても慈愛に満ちていた。
「今からお墓参りに行くんですか?」
私は獅子堂が持っている花束――仏花に目をやった。
「あぁ。アイツに報告しないといけないからな。遼生のお陰で大事なことを思い出したこと、そして――」
獅子堂が私を見る。
「気になる女の子が現れたことをね」
え、と思った瞬間、いつものように光り輝くハートが獅子堂の頭から飛び出した。
え、え、えぇ⁉ 今回は私、何もしてなくない⁉
軽くパニックになる私に獅子堂は言う。
「初めてハナくんと会った時あの笑顔を見てからどうも君のことが忘れられなくてだな……」
あの笑顔――デュフフフと笑いながら、にちゃぁー、と笑った薄気味悪い笑顔のことである。
ということは、最初から私は獅子堂を攻略していたということなのか?
あぁ、そうか――私は察する。
聖人君主の獅子堂は空手ばかりに打ち込んできたせいで“恋”がなんなのかわかっていないのだ。
きっと私を忘れられないのは恋ではなく、私の笑顔が強烈にキモ過ぎるあまりインパクトに残っているだけなのだ。
「じゃあ行ってくるよ」
私に背を向ける獅子堂。
馬鹿げた話に、あんなにも私の頭の中を占めていたカスタードクリーム入りメロンパンのことがどうでもよくなった。
私はただ、真っ直ぐに前を見て歩いて行く獅子堂の大きな背中をずっと見つめていた。
獅子堂は不調のまま大会に臨むこととなった。
「おい、獅子堂だぜ」
「不調なんだって?」
「今回の大会は面白そうな展開になりそうだ」
獅子堂の不調のことは他の学校の生徒の耳にも入っているようだった。皆、好き勝手に言っている。
しかし、獅子堂は他校生の声を気にすることなく、凛とした表情で皆を鼓舞した。
「待ちに待った大会当日だ。皆、今まで厳しい鍛錬によく頑張ってきた。今日はその成果を十分に発揮していこう」
こうして、大会が始まった。
獅子堂の試合は、見ていてヒヤリとさせられる場面もあったが、今までの経験や元々の強さからか、うまく勝ち進んでいった。
「さすが獅子堂。やっぱり大丈夫そうだな」
「このまま優勝狙えるかも」
「いや、待て。決勝戦ではあの坂本と当たるからどうなるか分からない――」
応援席から我が学園の空手部員ABCが口々に言う。
話を聞くに、坂本とやらは毎回決勝で獅子堂と勝負をしているライバル的存在だという。
大会に出る度に強くなっているといい、その強さは獅子堂と互角ということだった。
私は獅子堂に目をやる。
獅子堂は無理しているのか、大量の汗をかいていた。
「獅子堂先輩……」
私は祈る。獅子堂ならきっと乗り越えてくれるということに。
そして、決勝戦。獅子堂と坂本の試合が始まった。
応援席の熱気はすごく、それに当てられるかのように応援に力が入る。
「頑張れー」
「いけぇ~」
俺を応援する声が聞こえる。
試合に集中する中、獅子堂凛は必死に坂本に喰らいついていた。
「本当にお前はあの獅子堂か? 前の大会と全然違うぞ?」
余裕があるのか、坂本は喋り掛けてくる。
身体が、重い。身体が、ふらつく。
どうして俺は空手をしているのだろう。
『空手をして幼馴染を思い出すのなら、いっそのこと空手を辞めたらどうですか?』
ハナくんの言葉が脳裏を過る。
遼生を忘れるだって? そんなこと出来るわけないじゃないか。
『それが出来ないのなら次の大会で優勝してください。獅子堂先輩を慕っている部員のためにも。前を向いてください』
部員たちは大事な仲間だ。俺のことを慕ってくれるし支えてくれる。だけれど、俺は部員のために空手をしているんじゃない。
じゃあ、何のために空手をやっているんだ?
身体が、重い。身体が、ふらつく。
照明の光が眩しい。
だけど声援だけは俺の耳にクリアに入ってくる。
「大丈夫だぞぉ、獅子堂」
「獅子堂、まだまだ大丈夫だ」
「獅子堂、お前なら大丈夫!」
大丈夫大丈夫大丈夫――。
あぁ、またその言葉を俺に吐くのか。
その呪縛の言葉を――。
「それは違うぞ、凛」
俺の前に、遼生が立っていた。
どうして――。遼生は亡くなったはずなのに。
俺は今、試合をしている最中だというのに。
俺と遼生は星が瞬く宇宙のような空間にいた。
ここは、どこだ? 夢でも見ているのか?
でも、そんなことはどうでもいい。遼生に会えたことが嬉しくて。
「遼生」
俺は遼生の手を握ろうと手を伸ばす。が、空をきるだけだった。
「掴めねぇよ、俺は死んだんだ。凛」
遼生は悲しそうに笑った。
「ごめんな、凛。俺があの日“大丈夫”だなんて言ったせいでお前を苦しめて。だけど俺は苦しめるためにお前にあの言葉を言ったんじゃない。だから思い出してくれよ――」
遼生の身体がキラキラとした塵になって風にさらわれていく。
「待てよ、遼生。俺はまだ、お前と――」
俺は手を伸ばす。
しかし、遼生は笑顔のまま消えていった。
最後に、大丈夫、と口だけを動かして――――そうだ。どうして俺は忘れていたのだろう。
そこで、俺の目の前が真っ白になって、眩しくなった。
「獅子堂、頑張れー!」
「獅子堂ー!」
気付けば俺は試合会場にいた。
目の前には、坂本がいる。
何だったんだ? 今のは。白昼夢というやつか?
会場からは、うるさいほどの声援が聞こえる。
「獅子堂先輩ー!」
応援席からハナが叫ぶ。
「獅子堂先輩なら絶対“大丈夫”ですから! 自分を信じて頑張ってください!」
大丈夫――。
それは、事あるごとに遼生が俺に掛けてくれた言葉だった。
『また隣のクラスの奴にいじめられたのか凛。大丈夫、俺が懲らしめてやるから』
そう言って俺の手を取ってくれた。
『このくらいの怪我、大したことねぇよ。大丈夫だ』
そう言って俺の怪我の手当てをしてくれた。
『大丈夫だって凛。お前なら出来るはずだ』
大丈夫は呪縛の言葉じゃない。俺にとって“最強”の言葉だ。
「はぁっ」
俺は気合を入れる。
するとどうだろう。今までの不調が嘘だったかのように力がみなぎってくる。
「な……なんだ、このオーラは⁉」
迫力に押される坂本。
「俺はまだ、負けられない」
それは、一瞬だった。
目にも止まらぬ速さで獅子堂は坂本に回し蹴りを喰らわせた。
倒れる坂本。
一瞬のことに、静まる会場。そして――割れんばかりの歓声があがった。
「フォッフォ、やりよったな赤い若造よ」
「うわっ師匠⁉」
ぬっと私の後ろに立つ師匠に私はビビる。
「不調から脱することが出来たのは、お主の激励のお陰じゃろかい」
何やら意味あり気に言う師匠。
私は首を横に振った。
「それは違いますよ。獅子堂先輩は自分の力で乗り越えたんです」
師匠は、うーむ、と唸る。
「まぁよい。これで赤い若造はまた一つ強くなったのじゃ」
フォッフォッフォ、と師匠は笑うと去って行く。
なんとも神出鬼没の爺さんだ。
と、いうことで無事に獅子堂は不調から脱出することが出来た。
私は理事長からカスタードクリーム入りメロンパンの引換券を貰いに行くべく学園内を歩いていると、花束を持った獅子堂を見つけた。
獅子堂も私に気付き、私に近付く。
「ハナくん。今回は色々とありがとうな」
「いえ。私は何もしてないですから」
「君に空手を辞めろと言われた時は驚いたよ」
獅子堂は苦笑する。
私はあの時、幼馴染を亡くして悲しむ獅子堂を前に、ふとナオちゃんのことを思い浮かべてしまったのだ。
私は階段から落ちて死んだ。だけれど残されたナオちゃんは今も生きている。
ナオちゃんが私のことで苦しんでいたり悲しんだりして欲しくなくて。前を向いて歩いて欲しくて。
「実は試合の最中、白昼夢をみて幼馴染と会っていたんだ」
「……はい?」
「ははは、そんなヤバい人を見るような目で見ないでくれ。……俺がウジウジしているせいでアイツが安らかに眠れないのは、嫌だからな」
そう言った獅子堂の目はとても慈愛に満ちていた。
「今からお墓参りに行くんですか?」
私は獅子堂が持っている花束――仏花に目をやった。
「あぁ。アイツに報告しないといけないからな。遼生のお陰で大事なことを思い出したこと、そして――」
獅子堂が私を見る。
「気になる女の子が現れたことをね」
え、と思った瞬間、いつものように光り輝くハートが獅子堂の頭から飛び出した。
え、え、えぇ⁉ 今回は私、何もしてなくない⁉
軽くパニックになる私に獅子堂は言う。
「初めてハナくんと会った時あの笑顔を見てからどうも君のことが忘れられなくてだな……」
あの笑顔――デュフフフと笑いながら、にちゃぁー、と笑った薄気味悪い笑顔のことである。
ということは、最初から私は獅子堂を攻略していたということなのか?
あぁ、そうか――私は察する。
聖人君主の獅子堂は空手ばかりに打ち込んできたせいで“恋”がなんなのかわかっていないのだ。
きっと私を忘れられないのは恋ではなく、私の笑顔が強烈にキモ過ぎるあまりインパクトに残っているだけなのだ。
「じゃあ行ってくるよ」
私に背を向ける獅子堂。
馬鹿げた話に、あんなにも私の頭の中を占めていたカスタードクリーム入りメロンパンのことがどうでもよくなった。
私はただ、真っ直ぐに前を見て歩いて行く獅子堂の大きな背中をずっと見つめていた。
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