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第十章 王都にて

4.魔王らしい魔王

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 カトリーナ姫の恋人――ジュリオさん。
 イェレミアスがその名前を出してみたところで、王様は、ふん、と鼻を鳴らすだけだ。

「ジュリオ……まあ、いるな。特にどうという者でもないが」
「そのジュリオというもの、婚賀の祝いに魔王領に貰えぬものかな。ご令嬢をかように一人前のレディに育て上げたくらいだ。俺の無知を叩きなおすくらい、その者ならば簡単だろう」

 正面から切り込んだイェレミアスを心の中で応援しながらも、私にできるのは手に汗握って見守るだけだ。
 王様は一瞬沈黙したが、すぐに自分を取り戻し、当然ながら首を振った。

「いかに婿殿の希望と言えども、我が国の臣が一人減ればその分他の負担が増える。アウレリオも今、そちらにいるのだし、そう簡単に何人もやる訳には」
「さようか? 先に終戦の折、勇者アウレリオなどという豪の者を魔王領うちにねだったのは、さすがにやり過ぎだったかと思ったのでな。あなたにとってどうという者でもないなら、アウレリオを返して、ジュリオを貰おうかと思ったのだが」

 そんな返すとか貰うとか猫の子じゃないんだから。
 でも、これは王様の言い分に乗っての話だ。イェレミアスの本意じゃない。

「アウレリオが貴国で何か過ちをしでかしでもしたか?」
「いや。本人に他意はないのだろうが、武人にはやはりこちらも武を持って接する。今はまだ問題になっておらぬが、長くおれば、いずれは手合わせ願いたいと余計な挑戦をする者もおりそうだ。文官ならばそのようなこともあるまいと」

 最初に「どうという者でもない」なんて言った分、理屈で言えば、王様はアウレリオさんとの交換を認めなきゃいけない。
 だけど、この王様が、交換するなんて言う訳ない。
 まず、ジュリオさんを手放すのは、カトリーナ姫に対する支配権を失うということだから。

 それに……こんな風なこと、考えもしなかったけど、本当はアウレリオさんにも、魔王領に行かされた理由があるんだろう。今まで誰も言及しなかったけれど。

 だって、アウレリオさんは勇者なんだもの。
 魔王領で盾飾りの細工まで知られてるなんて、最前線で戦ったツワモノだ。

 そんな彼に、わざわざカトリーナ姫の護衛を命じるだけの理由。
 魔王領ならきっと考えられない。
 この国だからこその問題――多分、武勲を立て過ぎて邪魔になったとか、そういうアレだ。
 普通なら、そんな強いひとが傍にいてくれれば、安心だって思うはずなのに。

 そうとは知らず――ううん、イェレミアスだって、絶対分かってる。
 それでも交渉を持ちかけるイェレミアスの背中を、私は黙って見つめた。
 せめてこの応援の気持ちだけでも伝われ!と祈りながら。

 イェレミアスは王様と無言のまま睨み合っている。
 王様はもうこれ以上答えを積むこともできず、さりとて認めることもできずで、完全に言葉を失った状態。
 どちらが次の手を出すかと見ていると、先に動いたのはイェレミアスだった。
 一瞬、首を傾げて見せたかと思うと、組んでいた手を広げて見せる。

「……そうか、では仕方ないな」

 あっさり答えたイェレミアスは、黙って尻尾の先でマントを翻した。
 え? 諦めるの?
 手に汗握ってた私的には、ちょっとまだ諦めるのは早いんじゃないかなーって言う気持ちが……。

「ああ、そう言えば」

 その足が、踵を返す途中でぴたりと止まった。
 安堵で吐き出されていた王様の呼吸もそこで一旦止まる。
 イェレミアスの黄金の瞳が、背後にいた私にまっすぐ向けられている。

「そう言えば、俺はそこにいる小娘を第一妃にしようかと思っていたのだが」
「ああ、そのような話は聞き及んでいる。カトリーナを第二妃に、などと愚かな」

 うん、こればっかりは王様の言うことも分かる。
 いくら先着順だって、お姫さまが第二妃はちょっとイカンよね。
 ずきんと胸が痛んだけど、でも、理論的にはまったく正しい。
 私が頷いているのを見て、イェレミアスは肩越しに王様の方を振り向いた。

「……まあ、だな。下町の娘など貰ったところで一文の得にもならん」
「ふん、その娘、どこの馬の骨かと思えば下町育ちか。カトリーナと違って後ろ盾もなし、そのようなものでは妃に迎えたとして、確かに何の役にも立つまいな」

 満足げに頷く王様をしばし眺めた後、イェレミアスは再び踵を返し、今度こそ振り返らずに謁見の間を出て行ってしまった。


●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 イェレミアスの後を追って私とカトリーナ姫も謁見の間を退出した。
 謁見の間の前で待ってた侍女さんは、扉を出たイェレミアスが指示を出すと、帰国の準備をすると言って、先に廊下を走って行ってしまった。
 相変わらずアウレリオさんの姿はないので、何だか変な取り合わせながら、イェレミアスとカトリーナ姫と私の3人で廊下を歩くしかない。

「……王様、しょっぱなからケンカ腰だったね」
「喧嘩と言うなら俺もだな。だが、向こうは戦場にすら一度も出て来ん腰抜けだ。フリだけだろう」
「自分の親を悪くは言いたくありませんが……突然訪ねて来たから出迎えざるを得なかっただけで、もしも魔王が事前に調整していれば、辺境に視察に行くとか何か口実を付けて逃げたでしょうね。そういう方です」

 イェレミアスの呆れた声に、カトリーナ姫が更に容赦ない説明を付け加えている。
 今更だけど、この二人、意外と気が合ったりするのかも知れない。
 ……結果的に良かったのかな。こうして歩いていても、お似合いの二人だもの。

「どうやら、危惧していたこともヤツは知らんようだしな。アレについてはもう良い。俺達は当初の予定通り進めるだけだ」
「はい、そうですわね」

 どうやら、今の王様とのやり取りについても、事前に話し合っていたらしい。
 一人だけ蚊帳の外だったことに少し傷付きはしたけれど、文句を言う筋合いじゃない。
 私はまっすぐ前を歩く小さな背中に向かって尋ねてみた。

「どうするつもりなの、イェレミアス?」

 イェレミアスはちらりとこちらを見たけれど、すぐに視線を前に戻す。
 それから、尻尾を軽く振って、何故かカトリーナ姫の方に向き直って答えた。

「どうもこうもない。ジュリオとやらをさらって帰るぞ」
「さ、さらうの!?」
「出さぬと言うなら、腕ずくでもらえば良い。それが戦勝国の地位というものだろう。交渉で何とかなると思っておる方が愚かなのだ」

 ――わあ、さすがイェレミアス! やっぱ発想が魔王だね! 
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