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第九章 王国への帰還

5.二人の話(1)

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「ナリアさん、ちょっといいかな?」

 今夜の宿に案内を受けていたところで、アウレリオさんが私を呼んだ。
 少し話がしたい、と。

 アウレリオさんとお話するのが嫌な訳じゃもちろんないんだけど、イェレミアスとの話を優先する方がいいかと思ってた。
 だけど、そう……アウレリオさんにもきちんと向き合わなきゃ。
 だから、静かに頷いた。

「あの、長い時間じゃなければ大丈夫……」

 隣にいた侍女さんが、私の答えを無視して、そっと手をくるんでくれる。

「ナリアさま、今はお腹は大丈夫ですか? 空いていらっしゃらない?」

 突然お腹の心配をされた。そんな腹ペコキャラなの、私……?
 ――いや、これもきっと侍女さんの助け舟だ。
 二度目はありません、なんて言ってたけれど、やっぱり助けてくれる。ありがたい。

 けど、今夜は私ももう、心を決めてあった。
 だから、はっきりと首を左右に振る。侍女さんも安心した様子で手を離した。

「では、いってらっしゃいませ。アウレリオさまがご一緒なら、危ないこともありませんでしょう」
「責任重大だね。ナリアさん、じゃあ行こうか」
「はい」

 アウレリオさんが肘を差し出す。私は少し迷ったけれど、軽く右手を乗せて、馬車の周りの人混みから離れた。
 歩いている間、アウレリオさんは終始無言だった。
 口数が多い訳ではないけれど、いつも私に優しく声をかけてくれるひとだから、黙っているアウレリオさんは珍しい。そっと見上げると、紫色の目が私を捉えてゆるく笑う。

 だから――その瞳が優しいから、今度こそ私は自分から尋ねようと思った。

「アウレリオさんも、私の生まれのこと知ってたんですね?」
「え? ああ……うん、まあね」
「それはどこで? イェレミアスだけじゃなくて人間のアウレリオさんが知ってるとは思わなかったから、少しびっくりした」

 アウレリオさんが急に足を止める。
 びっくりしてつんのめりそうになった私の肩を、横から大きな手が支えてくれた。

「ありがとうございます」
「いや……ごめん」
「別に謝るようなことでは」
「そっちだけじゃなくて……その、おれ本当は――ナリアさんが働いてた店も、以前からナリアさんのこと知ってて近付いたんだ」
「へ?」

 てっきり魔王領に来てからだと思ってた。目を丸くする私の前で、アウレリオさんは大きな身体を縮めるようにして頭を下ろす。

「ごめんね。謝っても謝りたりない。おれは――いや、おれこそが、ナリアさんをこんなことに巻き込んだ元凶だ」
「え? えっと、それは……」

 私は口ごもりながら軽く首を振る。
 いや、そこはほら、アウレリオさんに悪意はなかったワケなのですよ。
 確かにアウレリオさんのくれた盾飾りのせいでイェレミアスに目をつけられたのかもしれないけど、それは――

「それは――ん、あれ?」

 自分で言いながら、ちょっと混乱してきた。
 だって……いや、待って。イェレミアスは最初から私のこと知ってたって言ってたよね。
 私が、魔王の――前魔王の娘だってこと。

 そもそも現魔王のイェレミアスは知ってておかしくない。だってイェレミアスと私、腹違いの姉弟なんだから。
 ……ってことは、じゃあもしかして、アウレリオさんの盾飾りなんてなくても、やっぱり館に引きずり込まれてたんだ。

「違うんだ、ナリアさん。おれが謝ってるのは、君が思ってるよりもっと前の話――そもそも、おれが勇者と呼ばれてる理由、君は知らなかっただろう?」
「理由……が、あるんですか?」
「そう。古来より、勇者の称号は――魔王を討ち果たした者に与えられる。だから――」
「魔王を――それは、つまり」

 アウレリオさんが私の腕を掴んだ。その力が強くて、私は思わず身を引こうとする。
 けど、アウレリオさんの手は振りほどけない。ぐっと引き寄せられて、距離が縮まった。

「おれがたおした……ことになってるんだ。前魔王――君の父親を。本当は偶然、死の直前に行き合っただけ。君にあげた盾飾りの宝玉は――前魔王からの遺言で、娘に渡してほしいと預かったんだ」
「お父さんの、遺言……?」

 首を傾げた私の前で、アウレリオさんはひどく辛そうな顔をした。
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