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第九章 王国への帰還

2.王国への帰還

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 カップを脇にどけて、身体を近づける。
 背を逸らすアウレリオさんの様子を見ながら、さらにもう一押し。
 キレイな紫色の瞳を至近距離でのぞき込んだ。

「な、ナリアさん……!」
「アウレリオさん、何か隠してますね?」

 押してだめなら更に押せ。
 名付けて押せ押せ作戦。たいていダメだけど、なぜかアウレリオさんには効くのだ。

「か、隠してなく……ない! 言う、言いますから……ちょっと離れて!」

 がくがく頷きまくるアウレリオさんの様子をしばし観察してから、身を離す。
 もともと嘘つけないタイプなのに、私には隠し通そうなんてまったくもう。怒りを込めて睨みつける。
 アウレリオさんは大きく息を吐いてから、両手で顔を覆った。

「ほんっと……心臓に悪い」
「アウレリオさんがごまかそうとするからですよ」
「ごまかすって言うか……ああ、もう良いや。ただ、今はナリアさん少し落ち込んでるし、言ったら寂しがるだろうと思って」
「寂しがるってどういうことですか?」
「カトリーナ姫は国へ帰るんだ。そう決まった。だから、迎えが来たのさ」
「国へ帰る!?」
「わっ!? ちょっと、近づかないでって言ったじゃん!」

 びっくりして思わず詰め寄ってしまったら、慌てた様子で拒否されてしまった。
 嫌がられるのは本意じゃないので、おとなしく身を引く。

「や、だからさ、今回の元侍女の件とか不穏過ぎるじゃないか。魔王が婚姻の話は白紙に戻すって言いだして」
「そんな!?」

 カトリーナ姫には、思い人たる家庭教師のジュリオさんがいるから、イェレミアスに嫁がなくて良いならそれに越したことはない。
 だけど、今、ジュリオさんは人質よろしく国王に命を握られている状況だ。
 ただの脅しならいいけれど、もしも国王が本気ならジュリオさんの命が危ない。

「それで、おれは無事お役御免となったワケ。親友への義理も果たしたし、これで気兼ねなくナリアさんと一緒にいられるってことだ。その、ナリアさんはさ、これからどうするつもりなの。やっぱりこのまま魔王に嫁ぐのかい?」
「え? えっと……そんなつもりはない、けど……」

 正直、今は私のことよりカトリーナ姫のことが気になった。
 カトリーナ姫はどうするつもりだろう。できることなら、助けてあげたい。

「あの、あのさ。もし、このまま魔王領に住まうつもりで、でもこの館を離れて商売でもしようと思ってるなら……おれ、手伝えるかもしれないと思うんだけど」
「うーん……」

 やっぱり、イェレミアスに頼むしかないんだろうか。
 カトリーナ姫のこと、結論を出すのは待って、って。
 でも、そもそもそのイェレミアス当人に会えないんだからなぁ……どうしよう。

「ど、どうかな、ナリアさん」
「うん……」

 下を向いて考え込んでいると、ふと、手元が暗くなった。
 顔を上げると、何だかさっきより近くにいるアウレリオさん。

「アウレリオさん?」
「ナリアさん、おれ、本気なんだけど」
「本気?」
「おれ、ナリアさんのこと――」

 ぐっと肩を掴まれた。
  距離が近すぎて、無意識に身を引こうとしたけれど、全然動かない。

「アウレリオ、さ……」
「ナリアさん……!」

 さっきとは逆に向こうから引き寄せられ。
 なぜか、少しずつアウレリオさんの顔が近づいてきて――

「――ナリアさま、お菓子の準備ができましたよ」
「ひぁっ!?」
「うわあ!」

 真横から、満面の笑みの侍女さんに声をかけられた。

「ちょうど良い具合に焼き上がりましたので、まずは召し上がっていただこうかと思いまして……あら、いかがしましたか、アウレリオさま。お顔の汗が……」
「あっあっあっ……や、大丈夫です! ちょ、ちょっとおれ、外に……あ、ナリアさん、また今度!」

 がこん、と椅子に足をぶつけつつも、何とかバランスを保ったままアウレリオさんは部屋を後にした。
 姿が見えなくなって、ようやく緊張していた身体がほぐれほっと息をつく。

「余計なことをしましたかしら」

 しれっと紅茶を淹れ直しながら尋ねられたけど、とっさに答えが出てこない。
 男の人の迫力すごい。失礼な話だけど、今まで考えたこともなかったから驚いた。
 本当は、これも考えなきゃいけなかったんだ――何でこんなに、アウレリオさんが私のこと色々助けてくれるのかって。

「えっと……いや、うん。考えてなかったってことは、これで良いんだと思う。うん」
「そうですわねぇ。次はお助けしませんので、今の内にお考えくださいませ」
「……はい」

 物柔らかにたしなめられて、おとなしく頷いた。
 まさかそうだとは思わなかったんだけども……いや、今も半信半疑なんだけども。もしかしたら自意識過剰かもだけど、間違ってたとしても笑われるのは私だけだ、別に困らない。
 でも、もしほんとにアウレリオさんの気持ちがそういうことなら、その……気は進まないけど答えはちゃんと用意せねば……。

 ああ、でもその前に!
 それはそれとして、カトリーナ姫をどうやって助けるかをしっかり考えなきゃ。
 そっちめちゃくちゃ大事でしょ!
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