44 / 58
第九章 王国への帰還
2.王国への帰還
しおりを挟む
カップを脇にどけて、身体を近づける。
背を逸らすアウレリオさんの様子を見ながら、さらにもう一押し。
キレイな紫色の瞳を至近距離でのぞき込んだ。
「な、ナリアさん……!」
「アウレリオさん、何か隠してますね?」
押してだめなら更に押せ。
名付けて押せ押せ作戦。たいていダメだけど、なぜかアウレリオさんには効くのだ。
「か、隠してなく……ない! 言う、言いますから……ちょっと離れて!」
がくがく頷きまくるアウレリオさんの様子をしばし観察してから、身を離す。
もともと嘘つけないタイプなのに、私には隠し通そうなんてまったくもう。怒りを込めて睨みつける。
アウレリオさんは大きく息を吐いてから、両手で顔を覆った。
「ほんっと……心臓に悪い」
「アウレリオさんがごまかそうとするからですよ」
「ごまかすって言うか……ああ、もう良いや。ただ、今はナリアさん少し落ち込んでるし、言ったら寂しがるだろうと思って」
「寂しがるってどういうことですか?」
「カトリーナ姫は国へ帰るんだ。そう決まった。だから、迎えが来たのさ」
「国へ帰る!?」
「わっ!? ちょっと、近づかないでって言ったじゃん!」
びっくりして思わず詰め寄ってしまったら、慌てた様子で拒否されてしまった。
嫌がられるのは本意じゃないので、おとなしく身を引く。
「や、だからさ、今回の元侍女の件とか不穏過ぎるじゃないか。魔王が婚姻の話は白紙に戻すって言いだして」
「そんな!?」
カトリーナ姫には、思い人たる家庭教師のジュリオさんがいるから、イェレミアスに嫁がなくて良いならそれに越したことはない。
だけど、今、ジュリオさんは人質よろしく国王に命を握られている状況だ。
ただの脅しならいいけれど、もしも国王が本気ならジュリオさんの命が危ない。
「それで、おれは無事お役御免となったワケ。親友への義理も果たしたし、これで気兼ねなくナリアさんと一緒にいられるってことだ。その、ナリアさんはさ、これからどうするつもりなの。やっぱりこのまま魔王に嫁ぐのかい?」
「え? えっと……そんなつもりはない、けど……」
正直、今は私のことよりカトリーナ姫のことが気になった。
カトリーナ姫はどうするつもりだろう。できることなら、助けてあげたい。
「あの、あのさ。もし、このまま魔王領に住まうつもりで、でもこの館を離れて商売でもしようと思ってるなら……おれ、手伝えるかもしれないと思うんだけど」
「うーん……」
やっぱり、イェレミアスに頼むしかないんだろうか。
カトリーナ姫のこと、結論を出すのは待って、って。
でも、そもそもそのイェレミアス当人に会えないんだからなぁ……どうしよう。
「ど、どうかな、ナリアさん」
「うん……」
下を向いて考え込んでいると、ふと、手元が暗くなった。
顔を上げると、何だかさっきより近くにいるアウレリオさん。
「アウレリオさん?」
「ナリアさん、おれ、本気なんだけど」
「本気?」
「おれ、ナリアさんのこと――」
ぐっと肩を掴まれた。
距離が近すぎて、無意識に身を引こうとしたけれど、全然動かない。
「アウレリオ、さ……」
「ナリアさん……!」
さっきとは逆に向こうから引き寄せられ。
なぜか、少しずつアウレリオさんの顔が近づいてきて――
「――ナリアさま、お菓子の準備ができましたよ」
「ひぁっ!?」
「うわあ!」
真横から、満面の笑みの侍女さんに声をかけられた。
「ちょうど良い具合に焼き上がりましたので、まずは召し上がっていただこうかと思いまして……あら、いかがしましたか、アウレリオさま。お顔の汗が……」
「あっあっあっ……や、大丈夫です! ちょ、ちょっとおれ、外に……あ、ナリアさん、また今度!」
がこん、と椅子に足をぶつけつつも、何とかバランスを保ったままアウレリオさんは部屋を後にした。
姿が見えなくなって、ようやく緊張していた身体がほぐれほっと息をつく。
「余計なことをしましたかしら」
しれっと紅茶を淹れ直しながら尋ねられたけど、とっさに答えが出てこない。
男の人の迫力すごい。失礼な話だけど、今まで考えたこともなかったから驚いた。
本当は、これも考えなきゃいけなかったんだ――何でこんなに、アウレリオさんが私のこと色々助けてくれるのかって。
「えっと……いや、うん。考えてなかったってことは、これで良いんだと思う。うん」
「そうですわねぇ。次はお助けしませんので、今の内にお考えくださいませ」
「……はい」
物柔らかにたしなめられて、おとなしく頷いた。
まさかそうだとは思わなかったんだけども……いや、今も半信半疑なんだけども。もしかしたら自意識過剰かもだけど、間違ってたとしても笑われるのは私だけだ、別に困らない。
でも、もしほんとにアウレリオさんの気持ちがそういうことなら、その……気は進まないけど答えはちゃんと用意せねば……。
ああ、でもその前に!
それはそれとして、カトリーナ姫をどうやって助けるかをしっかり考えなきゃ。
そっちめちゃくちゃ大事でしょ!
背を逸らすアウレリオさんの様子を見ながら、さらにもう一押し。
キレイな紫色の瞳を至近距離でのぞき込んだ。
「な、ナリアさん……!」
「アウレリオさん、何か隠してますね?」
押してだめなら更に押せ。
名付けて押せ押せ作戦。たいていダメだけど、なぜかアウレリオさんには効くのだ。
「か、隠してなく……ない! 言う、言いますから……ちょっと離れて!」
がくがく頷きまくるアウレリオさんの様子をしばし観察してから、身を離す。
もともと嘘つけないタイプなのに、私には隠し通そうなんてまったくもう。怒りを込めて睨みつける。
アウレリオさんは大きく息を吐いてから、両手で顔を覆った。
「ほんっと……心臓に悪い」
「アウレリオさんがごまかそうとするからですよ」
「ごまかすって言うか……ああ、もう良いや。ただ、今はナリアさん少し落ち込んでるし、言ったら寂しがるだろうと思って」
「寂しがるってどういうことですか?」
「カトリーナ姫は国へ帰るんだ。そう決まった。だから、迎えが来たのさ」
「国へ帰る!?」
「わっ!? ちょっと、近づかないでって言ったじゃん!」
びっくりして思わず詰め寄ってしまったら、慌てた様子で拒否されてしまった。
嫌がられるのは本意じゃないので、おとなしく身を引く。
「や、だからさ、今回の元侍女の件とか不穏過ぎるじゃないか。魔王が婚姻の話は白紙に戻すって言いだして」
「そんな!?」
カトリーナ姫には、思い人たる家庭教師のジュリオさんがいるから、イェレミアスに嫁がなくて良いならそれに越したことはない。
だけど、今、ジュリオさんは人質よろしく国王に命を握られている状況だ。
ただの脅しならいいけれど、もしも国王が本気ならジュリオさんの命が危ない。
「それで、おれは無事お役御免となったワケ。親友への義理も果たしたし、これで気兼ねなくナリアさんと一緒にいられるってことだ。その、ナリアさんはさ、これからどうするつもりなの。やっぱりこのまま魔王に嫁ぐのかい?」
「え? えっと……そんなつもりはない、けど……」
正直、今は私のことよりカトリーナ姫のことが気になった。
カトリーナ姫はどうするつもりだろう。できることなら、助けてあげたい。
「あの、あのさ。もし、このまま魔王領に住まうつもりで、でもこの館を離れて商売でもしようと思ってるなら……おれ、手伝えるかもしれないと思うんだけど」
「うーん……」
やっぱり、イェレミアスに頼むしかないんだろうか。
カトリーナ姫のこと、結論を出すのは待って、って。
でも、そもそもそのイェレミアス当人に会えないんだからなぁ……どうしよう。
「ど、どうかな、ナリアさん」
「うん……」
下を向いて考え込んでいると、ふと、手元が暗くなった。
顔を上げると、何だかさっきより近くにいるアウレリオさん。
「アウレリオさん?」
「ナリアさん、おれ、本気なんだけど」
「本気?」
「おれ、ナリアさんのこと――」
ぐっと肩を掴まれた。
距離が近すぎて、無意識に身を引こうとしたけれど、全然動かない。
「アウレリオ、さ……」
「ナリアさん……!」
さっきとは逆に向こうから引き寄せられ。
なぜか、少しずつアウレリオさんの顔が近づいてきて――
「――ナリアさま、お菓子の準備ができましたよ」
「ひぁっ!?」
「うわあ!」
真横から、満面の笑みの侍女さんに声をかけられた。
「ちょうど良い具合に焼き上がりましたので、まずは召し上がっていただこうかと思いまして……あら、いかがしましたか、アウレリオさま。お顔の汗が……」
「あっあっあっ……や、大丈夫です! ちょ、ちょっとおれ、外に……あ、ナリアさん、また今度!」
がこん、と椅子に足をぶつけつつも、何とかバランスを保ったままアウレリオさんは部屋を後にした。
姿が見えなくなって、ようやく緊張していた身体がほぐれほっと息をつく。
「余計なことをしましたかしら」
しれっと紅茶を淹れ直しながら尋ねられたけど、とっさに答えが出てこない。
男の人の迫力すごい。失礼な話だけど、今まで考えたこともなかったから驚いた。
本当は、これも考えなきゃいけなかったんだ――何でこんなに、アウレリオさんが私のこと色々助けてくれるのかって。
「えっと……いや、うん。考えてなかったってことは、これで良いんだと思う。うん」
「そうですわねぇ。次はお助けしませんので、今の内にお考えくださいませ」
「……はい」
物柔らかにたしなめられて、おとなしく頷いた。
まさかそうだとは思わなかったんだけども……いや、今も半信半疑なんだけども。もしかしたら自意識過剰かもだけど、間違ってたとしても笑われるのは私だけだ、別に困らない。
でも、もしほんとにアウレリオさんの気持ちがそういうことなら、その……気は進まないけど答えはちゃんと用意せねば……。
ああ、でもその前に!
それはそれとして、カトリーナ姫をどうやって助けるかをしっかり考えなきゃ。
そっちめちゃくちゃ大事でしょ!
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる