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第六章 対決お姫様

6.反省あそばせ(下)

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 床に膝をつき、握りしめたクッションをイェレミアスの目の前に置く。
 びくりと震える姿を無視して、クッションの上に腰を下ろした。
 ちょうど正面で目線が合う姿勢。
 きょとんとした顔で見返してくる金色の瞳をのぞき込みながら、私はため息をついた。

「あのね、もっとちゃんと色々話そうよ。だって、お互いに何も知らないじゃない」
「話す?」

 私にとっては当然のこと。
 知り合って仲良くなるその道筋の中に、当然あること。
 お互いに好きになるには、絶対必要なこと――なんだけど。
 イェレミアスは、一度何かを言おうと口を開き、すぐに首を振った。
 へたりと尻尾が床に転がる。まるでなにかを諦めたように。

「それで……お前になにを話せと言うのだ。ただの人間の、ただの町娘の、平凡で凡人のお前に。それとも、俺はお前にまでなにか命じなければならぬのか?」
「何でそうなるの。そうじゃなくて」

 思わず言い返すと、イェレミアスは嘲笑みたく唇をゆがめた。

「ふむ、では、俺がナリアの命を聞けば良いのかな? 不遜だが、我が第一妃であれば、たまにはワガママくらい聞くのが男の甲斐性だ。そんなことをキュオが言っていたような言わなかったような」
「――そうじゃなくて!」

 なんでそんな話になってしまうんだろう。
 ただお話しするってそんなに難しいこと?
 こういう時間をもっと取ろうってだけのことなのに。
 黙って聞いていたアウレリオさんが、後ろから私の肩に手を置いた。

「ナリアさん、あなたの言っていることはおれたちにとっては、ごく普通のことなのかもしれないけど」
「ですよね?」
「むー、お前は黙っとれ。今は、俺とナリアのどちらがワガママを聞くかの話をしてるのだ」
「してません!」

 アウレリオさんから視線を戻して睨み付けると、イェレミアスはあからさまに不機嫌な表情で頬を膨らませた。

「なんだ、お前。勇者にはずいぶん気安くないか?」
「だって、イェレミアスたら全然わかってくれないんだもの」
「栄光あるこの魔王の第一妃だと言うのに、他の男と仲良くするのは『フテイ』だと聞いたような気がするぞ」
「不貞とかそういうこと以前に、私はあなたの奥さんになりたいなんて言ってないんです!」
「なんだよ! じゃあ、なりたくないのか!」
「なりたいかなりたくないかで言えば、今のところ別になりたいと思ってません!」

 ぽんぽんと言い合ってたのに、イェレミアスが途端に目を見開いたから、そこでようやく言い過ぎたかもしれない、と思い当たった。

「いやえっと……だから、私が言いたいのはそうじゃなくて――」
「――ああそうかよ、余計なお世話か! このままじゃお前が大変だろと思って色々してやったのに、そんなならもういいさ!」
「あ、ちょっと……!」

 ぷい、と目を逸らして立ち上がり、尻尾を振りながら部屋から駆け出ていってしまった。
 その背中を見送ったまま唖然とする私に、斜め上からアウレリオさんが苦笑いで言う。

「……フォローするつもりじゃないけど、彼には対等の関係を結ぶ相手はいなかったワケだからね。キュオスティ将軍のように皆先回りして彼の望みを叶えていたんだろう? おれたちの常識は難しいんじゃないかな」

 そういうことなんだろうか。
 アウレリオさんの言うことも間違いじゃないのかも知れないけど、私としては――なんだかこの、喧嘩になるところまでがイェレミアスの術中のような気がする。

 だって、それってじゃあ、私はどうやって仲良くなれば良いの?
 ぽんぽんと頭をなでるアウレリオさんの手を感じつつ、黙って肩を落とすのだった。
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