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第六章 対決お姫様
4.ぜんぶ策略
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「今のは――魔術殺しの刃か!?」
イェレミアスが、ナイフの前にかざすように右手を突き出した。
怪我で済めばマシという判断だろう。恐怖で固まった私は、動くこともできない。
刃が届くまであと数センチーーというところで、突然、銀の光が軌道を逸れ、真横にすっ飛んだ。
舌打ちする黒装束の足元、私の脱ぎ捨てたドレスがいつの間にか纏わりついている。どうやら足をとられたらしい。
……私が、脱ぎっぱなしの面倒くさがりで良かった!
「――ナリアさま、大丈夫ですか!?」
音を聞きつけたのだろう。どかどかと兵士さんが、扉を開けて廊下から踏み入ってきた。
大勢の気配をよそに、イェレミアスが呪文を唱える。
「【縛鎖】!」
手元から黒い鎖が伸びる。けど、間に合わない。
黒装束は一瞬早く後ろに飛び退っていた。
窓ガラスを突き破る激しい音が、部屋中に響き渡る。
「こんの――逃がすか!」
追いかけようとしたイェレミアスのマントを、私は両手でぎゅっと握って引き留めた。
「やめて、イェレミアス! 一人で追うのは危ないから……!」
私の言い分を認めたのか、イェレミアスは顔をしかめてその場に立ち止まる。
よくよく見ると、そのマントは何だかホコリまみれになっていた。
「まあ、お前がそう言うなら……怪我はないな、ナリアよ」
ゴミくずの絡んだ頭で振り向き、満足げな笑みを浮かべている。
そのまま両手を広げて抱き付いてこようとしたので――私は、両手で掴んだクッションを力いっぱい振り下ろした。
「ぎゃふっ!」
「――お、長っ!?」
兵士たちが慌てて駆け寄ろうとしたけれど、クッションを構えた私に睨み付けられて、びくりと足を止めた。
「おま……っ何をするっ!?」
「何をする、じゃないよ、もう! イェレミアス、あなた今どこにいたのか言ってみなさい!」
「こんなこともあろうかと、ベッドの下に隠れておったのだ! お前のために苦労したんだぞ? 狭いわホコリだらけだわで――ぶへっ!?」
「長!」
ぶつぶつ愚痴るその顔に、クッションをもう一発おみまいしてやった。
助けられておいてこれはヒドイかも、ってちょっとだけ思ったけど……でもやっぱり、こんなの許せない!
「何をするぅっ!? ちょ――」
ぼっふぼっふと殴りまくってると、イェレミアスの声が悲鳴じみてきた。
……でも、同情に引きずられないよう、気合を入れ直してもう一発。
「ばふぁっ! ちょ、待て! 俺はお前を助けてやったのだぞ!? ここは『きゃー魔王さま格好良い、好き、抱いて!』って駆け寄ってくるとこ――がふぁっ!」
「駆け寄りません!」
最後はクッションごしの右ストレートでフィニッシュ。
今までよりもクリティカルに芯を捉えた感触アリ。
イェレミアスは目を丸くして、殴られた頬に手を当てている。
その姿を正面から睨み、私はもう一度クッションを構えた。
「全然格好良くなんてない、だって危ないじゃない、何であんなことしたの!」
「何でって、それは――」
「そもそも、私をお嫁さんだって言い張ったり、カトリーナ姫に嘘を吹き込んだりして煽ったのも――ぜんぶ、わざとなんでしょう!」
さっき考えて、一度はまさかって否定した。
だけど、わざわざイェレミアスが私の部屋で待ち伏せするってことは、きっと「来るだろう」って分かってたに違いない。
つまり――私は囮にされてたんだ。
指摘されたイェレミアスは、あろうことか、得意げな表情を浮かべている。
「うむ、弱い箇所を作って誘い込み、そこを叩くのは戦の定石だからな! か弱いナリアはこの役に最適であった。今後もこの手法は使えるぞ。我が弱点であるように喧伝し敵を集め、そこを俺が一網打尽に叩く。ナリアよ、お前はまさしく魔王領の長たる俺の隣にふさわし――ぎゃふぅっ!」
「ああっ長……!」
胸を張るイェレミアスの下腹部めがけて、履いていたハイヒールを思い切り蹴飛ばしてやった。
当たりどころが悪かったのか、悶絶してうずくまるイェレミアスに駆け寄ろうとした兵士さんをもう一睨み。
ガン、と残ったもう片方のハイヒールで床を蹴りつけると、兵士さんは沈黙を守ったまま部屋を出ていった。
入れ替わりのように駆け付けたキュオさんに、床の上からイェレミアスが手を伸ばす。
「ううっ……キュオぉ……」
「長!? おい、これはいったい」
「我が嫁は何やらご立腹――ぎゃあ!」
「うるさい! 二人とも黙ってそこに座りなさい!」
拾ったクッションをイェレミアスに投げつけておいて、私は両手を腰に当てた。
全く! これが魔族のやり方なの?
好きだ可愛い嫁にしたいなんて言ってたのも、全部嘘なの!?
ひとを囮にするなんて――もう……ほんと、信じらんないっ!
イェレミアスが、ナイフの前にかざすように右手を突き出した。
怪我で済めばマシという判断だろう。恐怖で固まった私は、動くこともできない。
刃が届くまであと数センチーーというところで、突然、銀の光が軌道を逸れ、真横にすっ飛んだ。
舌打ちする黒装束の足元、私の脱ぎ捨てたドレスがいつの間にか纏わりついている。どうやら足をとられたらしい。
……私が、脱ぎっぱなしの面倒くさがりで良かった!
「――ナリアさま、大丈夫ですか!?」
音を聞きつけたのだろう。どかどかと兵士さんが、扉を開けて廊下から踏み入ってきた。
大勢の気配をよそに、イェレミアスが呪文を唱える。
「【縛鎖】!」
手元から黒い鎖が伸びる。けど、間に合わない。
黒装束は一瞬早く後ろに飛び退っていた。
窓ガラスを突き破る激しい音が、部屋中に響き渡る。
「こんの――逃がすか!」
追いかけようとしたイェレミアスのマントを、私は両手でぎゅっと握って引き留めた。
「やめて、イェレミアス! 一人で追うのは危ないから……!」
私の言い分を認めたのか、イェレミアスは顔をしかめてその場に立ち止まる。
よくよく見ると、そのマントは何だかホコリまみれになっていた。
「まあ、お前がそう言うなら……怪我はないな、ナリアよ」
ゴミくずの絡んだ頭で振り向き、満足げな笑みを浮かべている。
そのまま両手を広げて抱き付いてこようとしたので――私は、両手で掴んだクッションを力いっぱい振り下ろした。
「ぎゃふっ!」
「――お、長っ!?」
兵士たちが慌てて駆け寄ろうとしたけれど、クッションを構えた私に睨み付けられて、びくりと足を止めた。
「おま……っ何をするっ!?」
「何をする、じゃないよ、もう! イェレミアス、あなた今どこにいたのか言ってみなさい!」
「こんなこともあろうかと、ベッドの下に隠れておったのだ! お前のために苦労したんだぞ? 狭いわホコリだらけだわで――ぶへっ!?」
「長!」
ぶつぶつ愚痴るその顔に、クッションをもう一発おみまいしてやった。
助けられておいてこれはヒドイかも、ってちょっとだけ思ったけど……でもやっぱり、こんなの許せない!
「何をするぅっ!? ちょ――」
ぼっふぼっふと殴りまくってると、イェレミアスの声が悲鳴じみてきた。
……でも、同情に引きずられないよう、気合を入れ直してもう一発。
「ばふぁっ! ちょ、待て! 俺はお前を助けてやったのだぞ!? ここは『きゃー魔王さま格好良い、好き、抱いて!』って駆け寄ってくるとこ――がふぁっ!」
「駆け寄りません!」
最後はクッションごしの右ストレートでフィニッシュ。
今までよりもクリティカルに芯を捉えた感触アリ。
イェレミアスは目を丸くして、殴られた頬に手を当てている。
その姿を正面から睨み、私はもう一度クッションを構えた。
「全然格好良くなんてない、だって危ないじゃない、何であんなことしたの!」
「何でって、それは――」
「そもそも、私をお嫁さんだって言い張ったり、カトリーナ姫に嘘を吹き込んだりして煽ったのも――ぜんぶ、わざとなんでしょう!」
さっき考えて、一度はまさかって否定した。
だけど、わざわざイェレミアスが私の部屋で待ち伏せするってことは、きっと「来るだろう」って分かってたに違いない。
つまり――私は囮にされてたんだ。
指摘されたイェレミアスは、あろうことか、得意げな表情を浮かべている。
「うむ、弱い箇所を作って誘い込み、そこを叩くのは戦の定石だからな! か弱いナリアはこの役に最適であった。今後もこの手法は使えるぞ。我が弱点であるように喧伝し敵を集め、そこを俺が一網打尽に叩く。ナリアよ、お前はまさしく魔王領の長たる俺の隣にふさわし――ぎゃふぅっ!」
「ああっ長……!」
胸を張るイェレミアスの下腹部めがけて、履いていたハイヒールを思い切り蹴飛ばしてやった。
当たりどころが悪かったのか、悶絶してうずくまるイェレミアスに駆け寄ろうとした兵士さんをもう一睨み。
ガン、と残ったもう片方のハイヒールで床を蹴りつけると、兵士さんは沈黙を守ったまま部屋を出ていった。
入れ替わりのように駆け付けたキュオさんに、床の上からイェレミアスが手を伸ばす。
「ううっ……キュオぉ……」
「長!? おい、これはいったい」
「我が嫁は何やらご立腹――ぎゃあ!」
「うるさい! 二人とも黙ってそこに座りなさい!」
拾ったクッションをイェレミアスに投げつけておいて、私は両手を腰に当てた。
全く! これが魔族のやり方なの?
好きだ可愛い嫁にしたいなんて言ってたのも、全部嘘なの!?
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