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第五章 本物のお姫様

1.噂のカトリーナ姫

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 謁見の間、玉座に腰かけているイェレミアスは、明らかにイライラしていた。
 表情も険しい……と言うかすねてる感じに見えるし、膝をずっと小刻みに動かして尻尾で床を叩いている。

 横に立つキュオスティ将軍――キュオさんは、そんなイェレミアスを呆れた表情で斜め上から眺めていた。
 呆れた目で時々睨みつけてるけど……残念ながら本人には伝わってないっぽい。

 私は兵士さんたちと一緒に謁見の間の壁際に立って、そんな二人をぼんやりと眺める。
 別にここにいなくても良いと思うんだけど、キュオさんに呼ばれてそのまま来てしまったのだった。

 もうすぐ本物のカトリーナ姫とその護衛のアウレリオさんが扉から入ってきちゃうので、こうなっちゃうと途中で退室することもできない。
 仕方ない、ぼんやり見ているしかない。本物のお姫様なんて、こんな近くで見たことないからラッキーと思おう。

「お越しになりました」
「通せ」

 キュオさんの指示に従って、傍にいた兵士さんが扉を引いた。
 その向こうから、堂々と胸を張ったアウレリオさんが、ドレス姿の女性の手を引いて入ってくる。
 正装したアウレリオさんは、いつもお店で静かにお茶を飲んでた時みたいには、やっぱり見えない。

 それに、彼の隣にいる女性――アウレリオさんがエスコートしているひとの華やかさが、それを更に引き立てている。

 彼女がカトリーナ姫なのだろう。
 真っ直ぐに腰まで下ろした長い金髪が、冴え渡る冬の湖のようなアイスブルーの細身のドレスをひっそりと包む。同じ金髪でも、アウレリオさんの金髪が春の日差しのような温かい色だとしたら、カトリーナ姫の金髪は冷えきった真夜中の月のような清廉さだ。
 伏せられた瞼から伸びるまつげの影が頬に落ちる。その隙間から覗く瞳の青さは宝石みたい。

 おお、まつげ長いし肌つやつや。
 髪の毛さらさら、腰細い……すごい。
 これが本物のお姫様なんだ。何か感動した。

 真っすぐに進み出たカトリーナ姫が、アウレリオさんから手を離し、しゃんと背筋を伸ばしたまま正面で膝を折る。
 その頃には、イェレミアスの足と尻尾はさっきまでの貧乏ゆすりを忘れて止まっていた。

 完全に見とれているじゃないか。
 目がカトリーナ姫にくぎ付けになってる。
 うん……さすが、自他共に認める博愛主義者。

 さっきまで言い寄られていた私としてはちょっと文句を言いたい気持ちもなくはないけど……うーん、でもどちらかと言うとこれはこれでこのままうまくいってくれればありがたい……のかな?

 うん、そうだよね。
 そう思おう。

 玉座の正面でカトリーナ姫は、美しい仕草で顔を上げた。

「カトリーナが参りました。お目にかかれて光栄です、陛下」

 ゆるく傾げた首の細さが女性らしくてどきりとする。口を開けば声まではかなげで美しい。
 思わず見とれそうになった私に向け、カトリーナ姫の向こうに立ったアウレリオさんが小さくウインクをくれる。
 無音のままぱくぱく口を動かして何か伝えようとしてるけど、何言ってるのかは良く分からない。
 イェレミアスはと言えば、微妙に身を乗り出したまま、こくこく頷いている。

「良くぞ参った、カトリーナ姫。長く待っておったのだ」

 興奮した様子でばたばたと尻尾を振り回す様は……ちょ、子どもか!
 もう、これだからこのひとは!

「こっちへ、カトリーナ姫! もっと近う!」
「おい、長。いくら相手が美人だからって、焦り過ぎだぞ、あんた」

 キュオさんがツッコミを入れたけど、イェレミアスの耳には聞こえてない。
 あるかなきかの微笑を浮かべたカトリーナ姫は、白くて柔らかそうな手をそっと胸元にあてた。

「手厚いもてなし、本当にありがとうございます。ですが……わたくし、長旅のせいか少し……」

 その先は口には出さなかったが、軽くひそめられた眉の様子だけで、彼女の言いたいことはその場にいた全員に伝わった。
 うーん、カトリーナ姫の表現力すごい。
 やっぱり、周りのひとに四六時中かしずかれて過ごしていると、こういう能力が自然に身に付くのかしら。
 思わず私まで、その背中を支えてあげたくなる、か弱い風情。
 ああ、美人バンザイ。

「何と! これは気付かずに申し訳なかった。部屋は用意してあるのだ。俺が案内しよう」

 慌てて立ち上がったイェレミアスが駆け寄って、カトリーナ姫に手を伸ばそうとした。姫はその手にそっと指先を添えて、さりげなく拒絶しつつ微笑む。

「陛下はお優しいのですね」
「うむ、俺は全世界の女性に対して基本的に優しくすることにしておる。我が妃に対してであれば尚のこと」
「あら……」

 姫は微笑んだままだったけれど、その一瞬の沈黙にどこかうそ寒いものを感じたのは私だけだろうか。

「そうだ、折角だからカトリーナ姫にも、第一妃を紹介しておこう。何かあれば女同士、助け合うのが良いからな……ナリア!」
「うひぃ!?」

 突然呼ばれて、変な声が出た。
 えっ待って! 私!? 今!?
 慌てる私の方へ、カトリーナ姫の青い瞳が真っすぐに向けられる。

 初めて絡んだ視線の真ん中で、意図せず火花がはじけるような緊張感が走った。
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