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三章 聖女、皇都で無双する
4.聖女、第二皇女と火花を散らす
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しばし無言の睨み合いが続く。
先に飽きた俺は、肩を竦めて問いかけた。
「んで? 聖女が下品だとなんかあんたに関係があるのかね?」
「もちろんですわ。こんな下品な女に、華麗なる我が皇国の聖職者任命権を預けるなんて、恐ろしい話だと思いませんこと?」
「今までも俺が決めてて問題なかったのに、なんでそういうこと言うかねぇ」
「問題があったから申し上げているのです」
踵を鳴らして、皇女ディトーリンデは俺の前に立ちはだかる。
「あなたの任命した聖職者たちが、領主への納税を拒みましたの。これはゆゆしきことではなくて?」
ちらりと横を見ると、ルークんが苦々しく頷いている。
どんな理由があったか知らないが、皇女の言葉は事実のようだ。
「おーけーおーけー、つまり、税金はちゃんと払えよって言ってやりゃいいんだろ」
「いいえ、もっと抜本的に、わたくしたちの意思で聖職者を任命するのを認めてくださればよろしいのです。聖教会の支部とは言え、皇国の領土の中に建てられたもの。皇国の意思に従わないなどということが許されますかしら」
「別に許さなくてもいいんだぜ? 実力行使は大事だよなぁ」
やってみろや、と笑いつつ、拳を握る。
皇女は俺に近づくことなく、冷ややかにこちらを睨んでいる。
「聖女の力、とやらを信じているつもりはありませんが。なにをされるかわからぬままに飛び込むほど無謀でもありません」
ふいに、皇女は顎先をしゃくった。
「わたくしが悲鳴をあげたりする前に、さっさとお帰りなさいませ。下賤の身がうろつくなど皇宮が汚れますから」
「お優しいこって」
確かに、ここで揉めるのは少しまずい。
ぶん殴ってやるにしても、人がいない方が都合がいいだろう。俺たちと会ってから、皇女の人が変わったなんて噂が立てば、せっかくうまいこと丸め込んだ東の大領主さまが怯えちまうやもしれない。
俺は肩をすくめて踵を返そうとした。
その背中に、皇女の声が追ってくる。
「今がどうであれ、わたくしが皇位を継いだ暁には、アジール聖教会とは手を切らせて頂きますわ。そのことをよくおぼえておかれることね」
「言っとくが、俺の記憶力はひどいもんだぜ、忘れなきゃおぼえとくよ」
「……それは自慢できる話じゃないだろう」
アデル少年のツッコミを横から受けつつ、俺たちは皇女の前をさっさと退散したのだった。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
で、割り当てられた部屋に戻ってから、俺はルークんの背中にのしかかった。
「おーいー! ルークん、ありゃなんだよ。あんなんいるなんて聞いてねぇぞ」
「ちょ、やめてくださいよ。重いですって……失礼しました。大領主の方ばかりに気がとられていて、説明が遅くなりまして」
後ろからチョークスリーパーをかけていたはずだったのに、あっという間にすり抜けられ、ついでに子猫を放るように、ぽい、とアデル少年の方へ放り投げられた。
とっさに受け取った少年が、嫌な顔で俺の脇を支えて立たせてくれる。
「お前……誰でも彼でもまとわりつくのをやめろと言ってるだろう」
「まさかこのぐらいで、うっかり殴ったりしねぇって。それよりルークん、さっきの皇女ディリンデトーってのはなにものなんだ」
「第二皇女ディートリンデ。皇太子に最も近いと言われている方です」
「最も近い……?」
俺から離れたアデル少年が、無言のまま、手早く髪をすいてくれている。
結い上げていた髪を解き、飾りを抜いて……待て待て。これ、既におやすみの態勢じゃないか。
「アデル少年よぉ、今大事な話してるとこなんだけど?」
「睡眠不足は不健康のもとだ。話したければさっさと終わらせろ。終わらなくとも、時間になったら強制的にベッドに押し込むぞ」
「る、ルークん!」
「皇国には三人の皇子と四人の皇女がいましたが、第一皇子は自殺、第二皇子は事故で死に、第三皇子は生まれた翌日に行方不明。第一皇女は蛮族に攫われ行方知らず、第三皇女は五歳で異国へ嫁ぎ、第四皇女はまだ三歳……と、なれば、順当にいけば第二皇女が皇国を継ぐしかないでしょうね」
「なんだよ、その怪しすぎる皇位継承繰り上げ。競争相手が全滅じゃねぇか……うわっと!」
アデル少年に持ち上げられ、言葉通りベッドに押し込まれた。
今夜の就寝時間が来たらしい。
「待てよ少年! 今だいじな話を……」
「皇女対策とやらは僕とクルイークで考えておく。お前はリュイの――聖女の身体で健康を保つことを第一に考えろ」
ルークんは一瞬目を丸くしたが、すぐに苦笑して頷いた。
「過保護とも思えますが、聖女がいなければアジール聖教会が危ういのも事実。まあ、そういうことならば仕方ありませんね」
「いやいや、仕方なくな……ぶへっ!」
巨大なクッションで上から潰されもがいている間に、二人が部屋を出ていく足音がした。
ようやくクッションの下から這い出した時には、部屋の明かりまで落とされていて、もうこんなの寝るしかない。
まったく。アデル少年は少しばかり、りゅいりゅいちゃんの安全に先回りしすぎなのだ。
まあ、その身体を使わせてもらっている方としては、彼の意向に従っておくとするか。
諦めてクッションに頭を乗せてみたが、夜更けに出会った第二皇女の邪気に当てられたか、ひどい夢を見てうなされることになったのだった。
先に飽きた俺は、肩を竦めて問いかけた。
「んで? 聖女が下品だとなんかあんたに関係があるのかね?」
「もちろんですわ。こんな下品な女に、華麗なる我が皇国の聖職者任命権を預けるなんて、恐ろしい話だと思いませんこと?」
「今までも俺が決めてて問題なかったのに、なんでそういうこと言うかねぇ」
「問題があったから申し上げているのです」
踵を鳴らして、皇女ディトーリンデは俺の前に立ちはだかる。
「あなたの任命した聖職者たちが、領主への納税を拒みましたの。これはゆゆしきことではなくて?」
ちらりと横を見ると、ルークんが苦々しく頷いている。
どんな理由があったか知らないが、皇女の言葉は事実のようだ。
「おーけーおーけー、つまり、税金はちゃんと払えよって言ってやりゃいいんだろ」
「いいえ、もっと抜本的に、わたくしたちの意思で聖職者を任命するのを認めてくださればよろしいのです。聖教会の支部とは言え、皇国の領土の中に建てられたもの。皇国の意思に従わないなどということが許されますかしら」
「別に許さなくてもいいんだぜ? 実力行使は大事だよなぁ」
やってみろや、と笑いつつ、拳を握る。
皇女は俺に近づくことなく、冷ややかにこちらを睨んでいる。
「聖女の力、とやらを信じているつもりはありませんが。なにをされるかわからぬままに飛び込むほど無謀でもありません」
ふいに、皇女は顎先をしゃくった。
「わたくしが悲鳴をあげたりする前に、さっさとお帰りなさいませ。下賤の身がうろつくなど皇宮が汚れますから」
「お優しいこって」
確かに、ここで揉めるのは少しまずい。
ぶん殴ってやるにしても、人がいない方が都合がいいだろう。俺たちと会ってから、皇女の人が変わったなんて噂が立てば、せっかくうまいこと丸め込んだ東の大領主さまが怯えちまうやもしれない。
俺は肩をすくめて踵を返そうとした。
その背中に、皇女の声が追ってくる。
「今がどうであれ、わたくしが皇位を継いだ暁には、アジール聖教会とは手を切らせて頂きますわ。そのことをよくおぼえておかれることね」
「言っとくが、俺の記憶力はひどいもんだぜ、忘れなきゃおぼえとくよ」
「……それは自慢できる話じゃないだろう」
アデル少年のツッコミを横から受けつつ、俺たちは皇女の前をさっさと退散したのだった。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
で、割り当てられた部屋に戻ってから、俺はルークんの背中にのしかかった。
「おーいー! ルークん、ありゃなんだよ。あんなんいるなんて聞いてねぇぞ」
「ちょ、やめてくださいよ。重いですって……失礼しました。大領主の方ばかりに気がとられていて、説明が遅くなりまして」
後ろからチョークスリーパーをかけていたはずだったのに、あっという間にすり抜けられ、ついでに子猫を放るように、ぽい、とアデル少年の方へ放り投げられた。
とっさに受け取った少年が、嫌な顔で俺の脇を支えて立たせてくれる。
「お前……誰でも彼でもまとわりつくのをやめろと言ってるだろう」
「まさかこのぐらいで、うっかり殴ったりしねぇって。それよりルークん、さっきの皇女ディリンデトーってのはなにものなんだ」
「第二皇女ディートリンデ。皇太子に最も近いと言われている方です」
「最も近い……?」
俺から離れたアデル少年が、無言のまま、手早く髪をすいてくれている。
結い上げていた髪を解き、飾りを抜いて……待て待て。これ、既におやすみの態勢じゃないか。
「アデル少年よぉ、今大事な話してるとこなんだけど?」
「睡眠不足は不健康のもとだ。話したければさっさと終わらせろ。終わらなくとも、時間になったら強制的にベッドに押し込むぞ」
「る、ルークん!」
「皇国には三人の皇子と四人の皇女がいましたが、第一皇子は自殺、第二皇子は事故で死に、第三皇子は生まれた翌日に行方不明。第一皇女は蛮族に攫われ行方知らず、第三皇女は五歳で異国へ嫁ぎ、第四皇女はまだ三歳……と、なれば、順当にいけば第二皇女が皇国を継ぐしかないでしょうね」
「なんだよ、その怪しすぎる皇位継承繰り上げ。競争相手が全滅じゃねぇか……うわっと!」
アデル少年に持ち上げられ、言葉通りベッドに押し込まれた。
今夜の就寝時間が来たらしい。
「待てよ少年! 今だいじな話を……」
「皇女対策とやらは僕とクルイークで考えておく。お前はリュイの――聖女の身体で健康を保つことを第一に考えろ」
ルークんは一瞬目を丸くしたが、すぐに苦笑して頷いた。
「過保護とも思えますが、聖女がいなければアジール聖教会が危ういのも事実。まあ、そういうことならば仕方ありませんね」
「いやいや、仕方なくな……ぶへっ!」
巨大なクッションで上から潰されもがいている間に、二人が部屋を出ていく足音がした。
ようやくクッションの下から這い出した時には、部屋の明かりまで落とされていて、もうこんなの寝るしかない。
まったく。アデル少年は少しばかり、りゅいりゅいちゃんの安全に先回りしすぎなのだ。
まあ、その身体を使わせてもらっている方としては、彼の意向に従っておくとするか。
諦めてクッションに頭を乗せてみたが、夜更けに出会った第二皇女の邪気に当てられたか、ひどい夢を見てうなされることになったのだった。
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