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三章 聖女、皇都で無双する
2.聖女、東の大領主を狙う
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大ブラムシェ皇国の皇都は、あほみたいな大都市だった。
これに比べれば、アジール聖教会の本部なんてド田舎もいいとこだ。
人の数がまず違う。遠目に見ればごっちゃごちゃで、動いている人々を数えることもできない。
その真ん中を馬車が突き抜けていくわけだが、よくこれで事故が起こらないものだ。
「おい、アデル少年。御者のひとにゆっくり行くように言ってやれよ」
「いえ、こういうものは馬車の常で、変にスピードを調整する方が危ないですよ。走っていれば通行人は避けていきますから、御者に任せておいた方が無難です」
「そういうもんなのか?」
世慣れたルークんが言うなら、そうなのかもしれない。
納得はしたが、馬車の窓からちょくちょくこっちを凝視する人々が見えるのはどうにも落ち着かない。
「おかーさん、あれなーに?」
「聖女さまの馬車ですって。聖女さまとそのお供の方々が乗っていらっしゃるのよ」
俺はアデル少年の脇腹をつついて、こちらに注意を向けさせた。
「……なんだ?」
「あのさぁ、こんながんがん目立ってるの、あんまよくないんじゃね?」
「いえ、むしろこういうものは目立たなければならないのですよ。皇都を巨大な家だと考えてみてください。正門をたたいて堂々と入ってくるならお客様ですが、裏からこっそり入ってくるような真似をするのは盗賊でしょう?」
「や、まあ確かにそうだが……」
「皇都の中央に白亜の建物が見えますか? あれが皇城です。我々がちょうどいまこうして皇都へ入ったのは見ているでしょうから、到着までには歓迎の準備を整えてくれるでしょう。ええ、今夜はパーティになりますね」
「……ふーん」
さっきから、アデル少年に聞いてることをぜんぶルークんが答えている。
確かに、それこそが適任というやつかもしれないが、答えあぐねたアデルくんが凶悪なうなり声をあげ始めている。
どうやって機嫌をとろうかと悩んだ末に、俺ははっと思い出した。
「あー、えーと……あっ、そうだ。アデル少年」
その耳元にそっと口を近づけ、囁く。
「あのさ、前に言ってた異界を覗く鏡とやらはどこにあるんだ? 皇国の辺境って話だが」
こればかりはアデル少年に聞くしかない。
ルークんは頼りになる子だが、俺が本物の聖女さまじゃないことは知らないのだ。
知らないし、教えてはならない。だって、第一衣冠どのに筒抜けになっちゃうからな。
アデル少年は不機嫌な顔を緩めず、ぼそりと答えた。
「先に上等冠殿が言っていただろう。東の大領主、その領内にあると聞いた」
「おっ? じゃあ、そいつを落とせば鏡を貸してもらったりできるんじゃないか?」
さっき、ルークんがパーティの話をしていたが、がぜんやる気が出てきた。
うまいことパーティ中に東の大領主とやらを探して、そいつをたらしこんでしまおう。
聖女である以前に、こんだけ美少女なんだ。ちょっと色目を使ってやれば簡単だろう。少しばかり色気が足りないとこではあるが。
ま、そこはこの拳でなんとでもなるだろ。
元の世界が気になる訳ではないのだが、俺にとってリュイリュイちゃんの生死は絶対確認が必要な事項だ。
彼女が俺の世界で生きてる限り、いつ俺は元の世界に引き戻されることになるか分からん。
あるいは、俺が変な力の使い方をして、自分で元の世界に戻っちまうかも。ああ、そっちの方が脅威かもしれない。
だって、入れ替わったタイミングが、まさにドラム缶コンクリートダイビングなのだから。
……俺だって嫌だぞ、目が覚めたら海底だった、なんて。
もしもリュイリュイちゃんが悲しいことになってしまっていた場合、アデル少年は落ち込んでしまうだろう。だが、そのときは俺がこの拳をもって……リュイリュイちゃんの遺した力を使って、責任もって更生させてやろうじゃないか。
ふいにアデル少年が俺を冷ややかに睨みつけた。
「お前、なにかひどく腹黒いこと考えてないか?」
「おっ? どうした。こういうときはだいたいあんた、『そんなかわいい顔してもだめだぞ』とか言ってたのに」
「……さすがにこれだけ付き合えば、お前が変なことたくらんでるときの表情も分かってくるさ。可愛いかどうかの価値判断とは別の話で」
なるほど。それはそれとして、今の俺は可愛いらしい。
うむうむ、じゃあやっぱり楽勝だな。
俺は両手を組んで拳を鳴らし、即座にアデル少年に頭をはたかれた。
「それは使うなって言ってるだろ!」
どうやら、考えてることがだいぶ筒抜けになり始めてるらしい。
旅路の途中、隙を見ては遊びに抜け出したりしてたのが悪かったのだろうか。
監視役として俺の顔色をうかがう機会を与えすぎたかもしれない……。
これに比べれば、アジール聖教会の本部なんてド田舎もいいとこだ。
人の数がまず違う。遠目に見ればごっちゃごちゃで、動いている人々を数えることもできない。
その真ん中を馬車が突き抜けていくわけだが、よくこれで事故が起こらないものだ。
「おい、アデル少年。御者のひとにゆっくり行くように言ってやれよ」
「いえ、こういうものは馬車の常で、変にスピードを調整する方が危ないですよ。走っていれば通行人は避けていきますから、御者に任せておいた方が無難です」
「そういうもんなのか?」
世慣れたルークんが言うなら、そうなのかもしれない。
納得はしたが、馬車の窓からちょくちょくこっちを凝視する人々が見えるのはどうにも落ち着かない。
「おかーさん、あれなーに?」
「聖女さまの馬車ですって。聖女さまとそのお供の方々が乗っていらっしゃるのよ」
俺はアデル少年の脇腹をつついて、こちらに注意を向けさせた。
「……なんだ?」
「あのさぁ、こんながんがん目立ってるの、あんまよくないんじゃね?」
「いえ、むしろこういうものは目立たなければならないのですよ。皇都を巨大な家だと考えてみてください。正門をたたいて堂々と入ってくるならお客様ですが、裏からこっそり入ってくるような真似をするのは盗賊でしょう?」
「や、まあ確かにそうだが……」
「皇都の中央に白亜の建物が見えますか? あれが皇城です。我々がちょうどいまこうして皇都へ入ったのは見ているでしょうから、到着までには歓迎の準備を整えてくれるでしょう。ええ、今夜はパーティになりますね」
「……ふーん」
さっきから、アデル少年に聞いてることをぜんぶルークんが答えている。
確かに、それこそが適任というやつかもしれないが、答えあぐねたアデルくんが凶悪なうなり声をあげ始めている。
どうやって機嫌をとろうかと悩んだ末に、俺ははっと思い出した。
「あー、えーと……あっ、そうだ。アデル少年」
その耳元にそっと口を近づけ、囁く。
「あのさ、前に言ってた異界を覗く鏡とやらはどこにあるんだ? 皇国の辺境って話だが」
こればかりはアデル少年に聞くしかない。
ルークんは頼りになる子だが、俺が本物の聖女さまじゃないことは知らないのだ。
知らないし、教えてはならない。だって、第一衣冠どのに筒抜けになっちゃうからな。
アデル少年は不機嫌な顔を緩めず、ぼそりと答えた。
「先に上等冠殿が言っていただろう。東の大領主、その領内にあると聞いた」
「おっ? じゃあ、そいつを落とせば鏡を貸してもらったりできるんじゃないか?」
さっき、ルークんがパーティの話をしていたが、がぜんやる気が出てきた。
うまいことパーティ中に東の大領主とやらを探して、そいつをたらしこんでしまおう。
聖女である以前に、こんだけ美少女なんだ。ちょっと色目を使ってやれば簡単だろう。少しばかり色気が足りないとこではあるが。
ま、そこはこの拳でなんとでもなるだろ。
元の世界が気になる訳ではないのだが、俺にとってリュイリュイちゃんの生死は絶対確認が必要な事項だ。
彼女が俺の世界で生きてる限り、いつ俺は元の世界に引き戻されることになるか分からん。
あるいは、俺が変な力の使い方をして、自分で元の世界に戻っちまうかも。ああ、そっちの方が脅威かもしれない。
だって、入れ替わったタイミングが、まさにドラム缶コンクリートダイビングなのだから。
……俺だって嫌だぞ、目が覚めたら海底だった、なんて。
もしもリュイリュイちゃんが悲しいことになってしまっていた場合、アデル少年は落ち込んでしまうだろう。だが、そのときは俺がこの拳をもって……リュイリュイちゃんの遺した力を使って、責任もって更生させてやろうじゃないか。
ふいにアデル少年が俺を冷ややかに睨みつけた。
「お前、なにかひどく腹黒いこと考えてないか?」
「おっ? どうした。こういうときはだいたいあんた、『そんなかわいい顔してもだめだぞ』とか言ってたのに」
「……さすがにこれだけ付き合えば、お前が変なことたくらんでるときの表情も分かってくるさ。可愛いかどうかの価値判断とは別の話で」
なるほど。それはそれとして、今の俺は可愛いらしい。
うむうむ、じゃあやっぱり楽勝だな。
俺は両手を組んで拳を鳴らし、即座にアデル少年に頭をはたかれた。
「それは使うなって言ってるだろ!」
どうやら、考えてることがだいぶ筒抜けになり始めてるらしい。
旅路の途中、隙を見ては遊びに抜け出したりしてたのが悪かったのだろうか。
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