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第四章 恋愛・友情・私の仕事
4.気になるあのひと
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「ええ、ありがとうございました。またご連絡いたしますね」
柔和な声で、丁寧に受話器を置く。
優佑のその一連の仕草に、直は思わず目を見張ってしまった。
視線に気づいて、優佑が顔を上げる。
「……おい、なにぼんやりしてんだ、ちゃんと仕事しろ」
「し、しますよ! 言われなくても」
慌ててディスプレイに目を戻した。
意外にも、というか、当然のことながら、というか。
優佑はてきぱきと電話をこなしている。
最初は優佑が受話器を握るたび、肩に力の入っていた流も、五件目から先はもう優佑を意識しなくなっていた。
さすが、元敏腕営業。
人当たりよくだってできる……と、いうことは、直に優しくないのはそうする意味がないから、ということだろう。
一瞬腹が立ったが、もう関係ない相手だ、と思い出して納得した。
ただの仕事仲間、上司と部下だ。優しくされる必要はない。
そう考えることに、不思議と寂しさはなかった。
一か月前はつらくて仕方なかった。
こんなに元気になれたのは、新しい職場と二人のおかげだ。
流と、瀬央の――
まさか二人が片親違いの兄弟だなんて知らなかったが、言われてみると少し顔立ちに似たところがある……ような気もする。
そんな気持ちで流を見つめたら、困った顔で目を逸らされた。
即座に優佑の怒声が飛ぶ。
「おい、遊んでるなって言ってんだろ!」
「遊んでません!」
強気に言い返すと、正面のディスプレイの陰で、流がぷっと吹き出した。
優佑が顔をしかめて口を開く。
だが、鳴り始めた電話に気を取られすぐに、そちらに手を伸ばした。
ある意味よかったのかもしれない。
一か月だけでも瀬央の下で働けて、色々勉強できた。
優佑は、サボるタイプの上司ではないけれど、部下を育成するとか後進を育てるといったことにはあまり積極的ではない。本当はぜんぶ自分でやりたいタイプなのだろう。
新しい仕事で、最初から優佑の下だったとしたら、きっと今とはくらべものにならないほど追い詰められていたに違いない。
それを思えば、一か月だけでも一緒に仕事ができて良かった。
そう自分に言い聞かせて、直は頭を切り替えた。
寂しいと、そう口に出す勇気はなかった。
言えば、本当になってしまいそうで。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
「じゃあな、お先」
早々に引き上げていく優佑の背中を見送って、直はパソコンの電源を落とした。
そそくさと帰ろうとした流が、ふと扉のところで立ち止まる。
もの言いたげな顔に、直は首を傾げた。
「……なに?」
「いや。一緒に帰るか?」
いつにない誘いを口に出してから、流は自分で驚いたらしい。
目を見開いてしぱしぱと瞬いた。
「……え? あの、別に誘ってる訳じゃないんだ」
「あ、うん? それはもちろんわかってるけど」
「いや、だから。単にあの男……佐志波がどっかで待ち伏せとかしてたらマズいだろ」
「待ち伏せ?」
あの人、プライド高いし、そんなことはしないんじゃないか、と答えかけた途端、流の方が先に喋り出した。
「いや、そうだよな。うん、わかってるわかってる。や、ほらあれだよ……俺んちちょっと複雑だろ、だから誰でも疑う癖がついてて、そういうの良くないって自分でもわかってっけどなかなかやめらんなくて……その、とにかく」
「えっ、うん……? ちょっと待って、なに言ってるかよくわかんない」
「とにかく、そんなつもりじゃないから! 余計な気ぃ回して悪かったな!」
ばたばたと出ていく流の背中を、あっけにとられて見送るしかなかった。
しばらく無人のドアを眺めていると、ひょいと瀬央が顔をのぞかせた。
「……瀬央さん!」
「や、今日はどうだった!?」
「いえ、思ったよりも順調で……少し見直しました」
「あ、そう……?」
ちょっとだけがっかりした感じが漂う。直は思わず笑ってしまった。
「大変だったと思って、慰めに来てくれたんですか?」
「慰めというか、手伝いにね。まあ、だけどそりゃそうだよね、あいつも別に子どもじゃないんだから」
「瀬央さんって、割と優佑のこと気にかけてますよね」
やはり同期だからか、と絆を感じてほっこりする。
瀬央は苦笑して手を振った。
「いや、なんで僕が佐志波を気に掛ける必要があるのさ?」
「えっだって……」
「君だよ、煙咲さん」
「はい?」
「僕が気にしてるのは君。ほら、佐志波、あいつは部下への当たりがキツいから」
どうやら瀬央が心配してくれていたのは、直のことらしい。
嬉しくなって、それからすぐに自分の中でその気持ちを否定した。
部下。ただの部下だ。気にして貰えているのは、それだけ。
……いや、よく考えれば部下ですらない。
元部下だ。
自分自身でも落ち込む理由がわからないまま、直は慌てて笑顔を取り繕った。
「えっと、私は大丈夫です。なにも問題ないですから」
「……そう」
瀬央も笑顔でそう答え、すぐに背中を見せた。
なぜかその足取りが重く見えたのは、直の気のせいか――さもなくば、希望によるものだろう。
きっと、多分。
柔和な声で、丁寧に受話器を置く。
優佑のその一連の仕草に、直は思わず目を見張ってしまった。
視線に気づいて、優佑が顔を上げる。
「……おい、なにぼんやりしてんだ、ちゃんと仕事しろ」
「し、しますよ! 言われなくても」
慌ててディスプレイに目を戻した。
意外にも、というか、当然のことながら、というか。
優佑はてきぱきと電話をこなしている。
最初は優佑が受話器を握るたび、肩に力の入っていた流も、五件目から先はもう優佑を意識しなくなっていた。
さすが、元敏腕営業。
人当たりよくだってできる……と、いうことは、直に優しくないのはそうする意味がないから、ということだろう。
一瞬腹が立ったが、もう関係ない相手だ、と思い出して納得した。
ただの仕事仲間、上司と部下だ。優しくされる必要はない。
そう考えることに、不思議と寂しさはなかった。
一か月前はつらくて仕方なかった。
こんなに元気になれたのは、新しい職場と二人のおかげだ。
流と、瀬央の――
まさか二人が片親違いの兄弟だなんて知らなかったが、言われてみると少し顔立ちに似たところがある……ような気もする。
そんな気持ちで流を見つめたら、困った顔で目を逸らされた。
即座に優佑の怒声が飛ぶ。
「おい、遊んでるなって言ってんだろ!」
「遊んでません!」
強気に言い返すと、正面のディスプレイの陰で、流がぷっと吹き出した。
優佑が顔をしかめて口を開く。
だが、鳴り始めた電話に気を取られすぐに、そちらに手を伸ばした。
ある意味よかったのかもしれない。
一か月だけでも瀬央の下で働けて、色々勉強できた。
優佑は、サボるタイプの上司ではないけれど、部下を育成するとか後進を育てるといったことにはあまり積極的ではない。本当はぜんぶ自分でやりたいタイプなのだろう。
新しい仕事で、最初から優佑の下だったとしたら、きっと今とはくらべものにならないほど追い詰められていたに違いない。
それを思えば、一か月だけでも一緒に仕事ができて良かった。
そう自分に言い聞かせて、直は頭を切り替えた。
寂しいと、そう口に出す勇気はなかった。
言えば、本当になってしまいそうで。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
「じゃあな、お先」
早々に引き上げていく優佑の背中を見送って、直はパソコンの電源を落とした。
そそくさと帰ろうとした流が、ふと扉のところで立ち止まる。
もの言いたげな顔に、直は首を傾げた。
「……なに?」
「いや。一緒に帰るか?」
いつにない誘いを口に出してから、流は自分で驚いたらしい。
目を見開いてしぱしぱと瞬いた。
「……え? あの、別に誘ってる訳じゃないんだ」
「あ、うん? それはもちろんわかってるけど」
「いや、だから。単にあの男……佐志波がどっかで待ち伏せとかしてたらマズいだろ」
「待ち伏せ?」
あの人、プライド高いし、そんなことはしないんじゃないか、と答えかけた途端、流の方が先に喋り出した。
「いや、そうだよな。うん、わかってるわかってる。や、ほらあれだよ……俺んちちょっと複雑だろ、だから誰でも疑う癖がついてて、そういうの良くないって自分でもわかってっけどなかなかやめらんなくて……その、とにかく」
「えっ、うん……? ちょっと待って、なに言ってるかよくわかんない」
「とにかく、そんなつもりじゃないから! 余計な気ぃ回して悪かったな!」
ばたばたと出ていく流の背中を、あっけにとられて見送るしかなかった。
しばらく無人のドアを眺めていると、ひょいと瀬央が顔をのぞかせた。
「……瀬央さん!」
「や、今日はどうだった!?」
「いえ、思ったよりも順調で……少し見直しました」
「あ、そう……?」
ちょっとだけがっかりした感じが漂う。直は思わず笑ってしまった。
「大変だったと思って、慰めに来てくれたんですか?」
「慰めというか、手伝いにね。まあ、だけどそりゃそうだよね、あいつも別に子どもじゃないんだから」
「瀬央さんって、割と優佑のこと気にかけてますよね」
やはり同期だからか、と絆を感じてほっこりする。
瀬央は苦笑して手を振った。
「いや、なんで僕が佐志波を気に掛ける必要があるのさ?」
「えっだって……」
「君だよ、煙咲さん」
「はい?」
「僕が気にしてるのは君。ほら、佐志波、あいつは部下への当たりがキツいから」
どうやら瀬央が心配してくれていたのは、直のことらしい。
嬉しくなって、それからすぐに自分の中でその気持ちを否定した。
部下。ただの部下だ。気にして貰えているのは、それだけ。
……いや、よく考えれば部下ですらない。
元部下だ。
自分自身でも落ち込む理由がわからないまま、直は慌てて笑顔を取り繕った。
「えっと、私は大丈夫です。なにも問題ないですから」
「……そう」
瀬央も笑顔でそう答え、すぐに背中を見せた。
なぜかその足取りが重く見えたのは、直の気のせいか――さもなくば、希望によるものだろう。
きっと、多分。
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