ロストラヴァーズ2コール

狼子 由

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第四章 恋愛・友情・私の仕事

3.運命共同体

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「本当に、お前の仕業じゃないんだな?」
「違うって言ってるだろう、しつこいぞ!」

 苦しげに呻く優佑ゆうすけの首元から、瀬央せおはようやく手を放した。途端、優佑は解放されて咳き込みながら後ずさる。
 ながれが心配そうな眼差しで瀬央に近づいた。

「瀬央さん……!」

 この場合、心配されるべきは優佑の方かもしれないが、普段の行いの差だろう。
 壁に寄り掛かる優佑をおいて、なおも一直線に瀬央のもとへ向かった。
 部下の姿を見て、ようやく我を取り戻したらしい。瀬央は心配する二人を宥めた。

「……大丈夫だ。すまなかったね、心配かけた」
「や、それはいいんすけど。瀬央さん、ほんとに大丈夫すか? あいつ殴るなら手伝いますよ」
「ひぃ!?」
「うん。……いや、冷静に考えたら、佐志波さしばがそんなことするメリットなんにもないんだ。僕の勘違いだよ、すまない」

 言われて、直も流もしぶしぶ頷いた。
 確かに、今回の異動は、優佑にとってなんのメリットもない。
 瀬央の望まぬ異動ではあるが、優佑だって望んではいないはずだ。
 まさか、瀬央が営業一部の部長に、そして優佑が瀬央の務めていたポスト――お客様サポートコールセンターのセンター長になるなんて。

「悪かったな、佐志波。変な疑いをかけて」
「どう考えたってやりたくないわ、こんな部署! なんで俺がコールセンターなんて……」

 頭を抱える優佑の肩を、瀬央が軽く叩いた。

「そう言うなよ。君だって営業一部に自分で立ち上げようとしてただろ。役員方の言い分では、その意図を汲んで僕の代わりに君に挑戦のチャンスをあげようって話らしいぞ」
「俺が電話を取らない前提の話なんだよ、それは!」
「だが、やるしかない。まあ安心しなよ。例の大顧客は別にして、他の営業一部の顧客をコールセンターに取り込むのは、君が今の業務に落ち着いてからにしようってことになったし」
「つまり、俺は営業二部とばっかり連携せにゃならんってことだろうが! どうすんだよ、これぇ……」

 軽く泣きが入っているが、いい気味だと思う余裕は直にもなかった。
 横を見ると、流もまた同じように困惑の表情で優佑を眺めていた。
 そんな流に、瀬央が水を向ける。

「さて、板来いたらいくんはこれからバイトどうする? 僕がこんなことになったからには、辞めてしまうのも仕方ないと思うけど」
「げっ!?」
「えっ……」

 カエルの潰れたような悲鳴をあげたのは優佑だった。
 確かに、この状況で流までいなくなれば、残る直と優佑が大打撃を受けるのは間違いない。
 だが、沈みゆく船に流を付き合わせる訳にはいかないと、大人としてそう思う気持ちもある。
 それに、瀬央の申し出の公平さを好ましく思う感情も。

 流はちらりと優佑を見て、それから直に視線を向けた。

「俺は……」
「あの、無理しなくていいよ。えっと……」

 バイトの『板来』が、社長の息子、流であることは優佑には内緒だ。
 それに、それがなくてもたぶん、優佑と流は合わない。必ず衝突する。どっちも基本的に言いたい放題だからだ。
 そのことをどうオブラートに包んで伝えようかと思ったが、直が口にする前に、流が片手を上げて遮った。

「瀬央さん、心配しないでください。俺、逆風の状況でモノゴト放り出すの嫌いなんだ」
「おお、偉いぞ……!」
「板来くん」

 明らかにほっとした顔をする優佑と、対照的に眉を寄せる瀬央。
 二人の視線の先で、流は更に言葉をつづけた。

「まあそれに……もしかして瀬央さんの異動は、俺のせいかもしんないんで」
「ん?」
「はぁっ!?」
「えっ」

 瀬央と優佑、そして直。
 三人の声が揃ったところで、流が優佑に向き直る。

「あんた、俺のこと誰かに言ったすか?」
「は? え、なんだって?」

 フルメイクの流に至近距離で迫られても、優佑にはまだわからないらしい。
 が、流の方があっさり明らかにした。

「俺、多比良たいらっす。ご無沙汰してます」
「ああ? 多比良? 多比良って……え、多比良流くん!? 社長の息子の!? カラオケでこないだ会った!?」
「そういうのいいんで。そんときのこと、誰かに言ってないすか?」
「え、そのときのこと……?」

 しばし悩んだ後に、優佑は暴露した。

「そりゃ言ったよ、専務に」
「専務、すか?」
「だって、年明けの挨拶に連れてってくれたのも専務だし」
「あー、そっしたね……」

 深くため息をついた流は、頭をかきながら呟いた。

「すいません、瀬央さん。多分、父親にバレました……」
「僕と会ってるのは、彼からしたらまずいもんな。引き離しにかかったか」
「えっ、まずいってなんですか?」

 慌てた直の声に、二人は目を見合わせた。
 無言のすり合わせの後、流が答える。

「瀬央さんは、俺の兄さんなんだ。腹違いの」
「腹違いの……兄弟!?」
「まあ、僕の方は認知もされてないくらいだから。跡継ぎの嫡男には近づけたくないだろうね」
「はぁ!? お前が社長の息子!? じゃ、じゃあお前が昇進したのは親の七光……?」

 声の裏返る優佑に、瀬央は苦笑で返した。

「血のつながりだけで言えばそうだけど。誰もそのこと知らないし、嫌われてる僕に七光なんてある訳ないでしょう」
「そんなの俺が信じると思ってるのか!」
「別に信じなくてもいいよ。ただ……」

 ぽん、と瀬央は優佑の肩を叩いた。

「知ったからには僕ら、運命共同体だ。このコールセンターが失敗したら、君の今後の昇進にもかかわるだろうし……いや、もしかしたら降格かも」

 コールセンターに優佑の悲鳴が響いたが、同情する者は特にいなかった。
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