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第二章 出会い・前進・家族の問題
9.快進撃
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昼休み、営業二部の前を通り過ぎる直に、後ろから声がかかった。
「煙咲先輩……!」
「……斎藤、くん?」
眼鏡をかけた神経質そうな男が、廊下の隅で手を振っている。
営業二部の新人、斎藤だ。
そういえば先々週、まだコールセンターが始まったばかりの頃にひどい迷惑をかけたはずだ。
あの後、斎藤が直接伺ったらしいが、やはり怒られたりしたのだろうか。
「あの、斎藤くん。こないだはごめんなさい」
「はい?」
「あの、あれ……ほら。先月契約したばかりのお客様……えっと田中様のところに、営業担当の斎藤くんが謝りに行ってくれたって聞いて」
「は? ……ああ、思い出しました。瀬央さんが連絡くれた件ですね」
「うん。あれ、最初に田中様の電話とったの私で……ごめんね、まだ電話に慣れてなくてすごく怒らせちゃって」
頭を下げる直に、斎藤は頭をかきながら答えた。
「いや、あんなの大したことじゃないですよ。営業なら怒られるのも仕事ですし、正直、すぐに僕が駆け付けたことで田中様からはますます気に入られちゃいましてね。契約台数が増えました。それもこれも、瀬央さんが――いや、煙咲先輩がすぐ教えてくれたおかげです」
「ううん、私じゃないよ。あれは本当に瀬央さんの考えだから」
「ああ、やっぱり。さすが瀬央さんですよねぇ」
「――僕がなんだって?」
うんうんと頷き合う斎藤の後ろから、ぽん、と瀬央が肩を叩いた。
振り向いた斎藤の顔が、ぱっと笑顔になる。
斎藤にはいつも眉を寄せている印象があったので、こんな表情もするのかと、直は少しばかり驚いた。
「あっ、瀬央さん! 昨日はありがとうございました! おかげでまた大口の顧客がまとまりそうで……」
「昨日?」
顧客クレーム以外の件のようだ。
視線を向けると、瀬央はいたずらのバレた少年のような顔をした。
「あー、斎藤くん。今はその話は……」
「遅くまで瀬央さんが付き合ってくれたおかげで、今日のプレゼンめちゃくちゃ成功でした! 今回の件、間違いなく取ってきますよ!」
「……瀬央さん、もしかしてあの後また残業してたんですか?」
直の言葉を受けて、さすがに覚悟を決めたらしい。こくりと無言で頷いた。
直はちまちまと瀬央の傍に駆け寄る。
「瀬尾さんっ! もう……今月の残業時間やばいですって言ってるのに!」
「いや、ほら。昨日だけだよ。それに僕は管理職だから残業代を人件費で計算しなくていいから」
「つまり残業代も貰わずに残業してるってことでしょう? もう……あんまり無茶しないでください」
「うん、ごめんごめん。斎藤くんが困ってるって聞いたから、ついね」
苦笑した瀬央は、直の耳元で小声で囁いた。
「……それに、営業二部の顧客が増えれば、コールセンターの対象顧客も拡大できるからさ」
「そういうつもりだろうなってことはなんとなく予想してました」
優しくて穏やかだが、瀬央は案外したたかだ。
この二週間ほどで、直はそのことをしっかり学んだ。
「いやぁ、煙咲さんも逞しくなったなぁ。立派に育ってくれて、僕は嬉しいよ」
「ごまかさないでください……!」
「――や、それにしても瀬央さん、もう部長から聞きました?」
二人の小声でのやり取りは、少し離れた斎藤には聞こえていないようだ。
斎藤は笑顔のまま、瀬央の腕をとった。
瀬央も部長だが、斎藤がそう呼ぶなら、営業二部の部長――谷中部長のことだろう。
「谷中さんが、なんて?」
「いやあ、珍しく上機嫌でした。この勢いなら瀬央のコールセンターに一部の顧客も回してやれそうだなって」
「おっ」
「わっ」
瀬央と直は思わず顔を見合わせ、胸の前でハイタッチした。
「やあ、顧客が増えるのはありがたいな。件数が増えれば予算増やす交渉もしやすいし」
「瀬央さんらしいですね。だけど、優――佐志波部長はそれを許すでしょうか? あんなに瀬央さんのこと嫌がってて……心も狭いし」
「うーん、まあ……いや、どうかな。ただ、佐志波を気にするよりも、本当は――」
言いかけた瀬央が、ふと口を閉じた。
「瀬央さん?」
視線を追いかけた先で、思わず直も口を噤む。
廊下の向こうでこちらを睨んでいるのは、噂の主である佐志波優佑だった。
優佑は、直を――いや、瀬央の方をひたりと見据えたまま、靴音高くこちらへと近づいてくる。
その荒々しい足音は、斎藤を挟み、瀬央の正面に対峙して止まった。
「なんでお前らがこんなところにたむろしてるんだ。さっさと部屋に戻れよ」
「や、佐志波。残念ながら、僕らの部屋、この廊下の奥なんだよな」
「はあ? こないだのプレハブはどうしたよ」
「追い出されちゃった。倉庫が使えないと困りますって業務部の由香さんがね」
「……お前、またなんか策を弄しやがったな」
優佑が唸るように顔をしかめた。
その話は直も初耳だ。
ビルに戻れたのは、板来という人員が増えたからだと思っていたのに。
思わずちらりと瀬央を見る。
瀬央はさっきと同じ苦笑で、直と一瞬だけ目を合わせた。
その懲りなさに、直もつい吹き出してしまったのだが――アイコンタクトをとる二人を、優佑がちらりと見ていたことには、結局気付かないままだった。
「煙咲先輩……!」
「……斎藤、くん?」
眼鏡をかけた神経質そうな男が、廊下の隅で手を振っている。
営業二部の新人、斎藤だ。
そういえば先々週、まだコールセンターが始まったばかりの頃にひどい迷惑をかけたはずだ。
あの後、斎藤が直接伺ったらしいが、やはり怒られたりしたのだろうか。
「あの、斎藤くん。こないだはごめんなさい」
「はい?」
「あの、あれ……ほら。先月契約したばかりのお客様……えっと田中様のところに、営業担当の斎藤くんが謝りに行ってくれたって聞いて」
「は? ……ああ、思い出しました。瀬央さんが連絡くれた件ですね」
「うん。あれ、最初に田中様の電話とったの私で……ごめんね、まだ電話に慣れてなくてすごく怒らせちゃって」
頭を下げる直に、斎藤は頭をかきながら答えた。
「いや、あんなの大したことじゃないですよ。営業なら怒られるのも仕事ですし、正直、すぐに僕が駆け付けたことで田中様からはますます気に入られちゃいましてね。契約台数が増えました。それもこれも、瀬央さんが――いや、煙咲先輩がすぐ教えてくれたおかげです」
「ううん、私じゃないよ。あれは本当に瀬央さんの考えだから」
「ああ、やっぱり。さすが瀬央さんですよねぇ」
「――僕がなんだって?」
うんうんと頷き合う斎藤の後ろから、ぽん、と瀬央が肩を叩いた。
振り向いた斎藤の顔が、ぱっと笑顔になる。
斎藤にはいつも眉を寄せている印象があったので、こんな表情もするのかと、直は少しばかり驚いた。
「あっ、瀬央さん! 昨日はありがとうございました! おかげでまた大口の顧客がまとまりそうで……」
「昨日?」
顧客クレーム以外の件のようだ。
視線を向けると、瀬央はいたずらのバレた少年のような顔をした。
「あー、斎藤くん。今はその話は……」
「遅くまで瀬央さんが付き合ってくれたおかげで、今日のプレゼンめちゃくちゃ成功でした! 今回の件、間違いなく取ってきますよ!」
「……瀬央さん、もしかしてあの後また残業してたんですか?」
直の言葉を受けて、さすがに覚悟を決めたらしい。こくりと無言で頷いた。
直はちまちまと瀬央の傍に駆け寄る。
「瀬尾さんっ! もう……今月の残業時間やばいですって言ってるのに!」
「いや、ほら。昨日だけだよ。それに僕は管理職だから残業代を人件費で計算しなくていいから」
「つまり残業代も貰わずに残業してるってことでしょう? もう……あんまり無茶しないでください」
「うん、ごめんごめん。斎藤くんが困ってるって聞いたから、ついね」
苦笑した瀬央は、直の耳元で小声で囁いた。
「……それに、営業二部の顧客が増えれば、コールセンターの対象顧客も拡大できるからさ」
「そういうつもりだろうなってことはなんとなく予想してました」
優しくて穏やかだが、瀬央は案外したたかだ。
この二週間ほどで、直はそのことをしっかり学んだ。
「いやぁ、煙咲さんも逞しくなったなぁ。立派に育ってくれて、僕は嬉しいよ」
「ごまかさないでください……!」
「――や、それにしても瀬央さん、もう部長から聞きました?」
二人の小声でのやり取りは、少し離れた斎藤には聞こえていないようだ。
斎藤は笑顔のまま、瀬央の腕をとった。
瀬央も部長だが、斎藤がそう呼ぶなら、営業二部の部長――谷中部長のことだろう。
「谷中さんが、なんて?」
「いやあ、珍しく上機嫌でした。この勢いなら瀬央のコールセンターに一部の顧客も回してやれそうだなって」
「おっ」
「わっ」
瀬央と直は思わず顔を見合わせ、胸の前でハイタッチした。
「やあ、顧客が増えるのはありがたいな。件数が増えれば予算増やす交渉もしやすいし」
「瀬央さんらしいですね。だけど、優――佐志波部長はそれを許すでしょうか? あんなに瀬央さんのこと嫌がってて……心も狭いし」
「うーん、まあ……いや、どうかな。ただ、佐志波を気にするよりも、本当は――」
言いかけた瀬央が、ふと口を閉じた。
「瀬央さん?」
視線を追いかけた先で、思わず直も口を噤む。
廊下の向こうでこちらを睨んでいるのは、噂の主である佐志波優佑だった。
優佑は、直を――いや、瀬央の方をひたりと見据えたまま、靴音高くこちらへと近づいてくる。
その荒々しい足音は、斎藤を挟み、瀬央の正面に対峙して止まった。
「なんでお前らがこんなところにたむろしてるんだ。さっさと部屋に戻れよ」
「や、佐志波。残念ながら、僕らの部屋、この廊下の奥なんだよな」
「はあ? こないだのプレハブはどうしたよ」
「追い出されちゃった。倉庫が使えないと困りますって業務部の由香さんがね」
「……お前、またなんか策を弄しやがったな」
優佑が唸るように顔をしかめた。
その話は直も初耳だ。
ビルに戻れたのは、板来という人員が増えたからだと思っていたのに。
思わずちらりと瀬央を見る。
瀬央はさっきと同じ苦笑で、直と一瞬だけ目を合わせた。
その懲りなさに、直もつい吹き出してしまったのだが――アイコンタクトをとる二人を、優佑がちらりと見ていたことには、結局気付かないままだった。
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