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第一章 失恋・左遷・コールセンター
7.目指せ、プロフェッショナル
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「営業一部が――優……佐志波部長が勝手なことしてるってことですか?」
直の言葉に、瀬央は無言で苦笑を浮かべた。
これまでの優佑の、瀬尾に対する腹立たしい態度。
そのうえで、瀬央ばかりでなく会社にまで迷惑をかけようとしている。
そう思えば、我慢ならなくなった。
「……私、ちょっと行ってきます」
「え、行ってくるって……」
「ちょっとその……あの、あっ、もう定時なので帰ります! お疲れ様でした!」
「えっ、煙咲さん!?」
瀬央の伸ばした手をすり抜けて、直は駆け足でプレハブを出た。
まっすぐに向かった先は――慣れ親しんだ営業一部の事務所である。
扉を力いっぱい開く。直の足音と勢いに、扉に近い席の同僚たちが振り返った。
入ってきたのが直だとわかると、すぐに興味を失ったが。
営業一部にはまだ大勢の社員が残っていた。
薄暗くなり始めた窓際、オフィスの奥にどっしりとした管理職向けのデスクが置いてある。
その向こう、ひじ掛け付きの椅子にどかりと座っているのが、営業一部の部長――佐志波 優佑だった。
「……直? どうしてこっちに」
近づいてきた直を見て、眉を上げる。
そのいかにも迷惑そうな顔を見て――水を浴びせられたように興奮が冷めた。
「あ、あの……ゆ、さ、佐志波部長……」
いったい自分はなにを言いに来たのか、頭が真っ白になる。
直がもごもごと口ごもるのを見て、優佑はため息をつき、興味を失ったように手元の資料に視線を戻した。
「どうした、なにか失敗でもしたか?」
「佐志波部長、あの……ご確認したいことが」
こうして事務所で優佑を前にしたときは、いつも本音を押し殺すようにしてきた。
誰にも内緒にしたいと言われていたから、このシチュエーションに出会うと、反射で敬語が出てしまう。
絶対に目が合わないように、横顔をこっそり覗き込んでいたあの頃のことを思い出して。
怒鳴りつけてやりたいと思ってたのに、震えて声が出ない。
言いたいと思っていたことが、山ほどあったはずなのに。
優佑は目を上げもせず、資料をじっと眺めている。
その口元が小声で囁いた。
「……用がないなら戻れ。お前の居場所はもうここじゃないだろう」
「あの……あな、たが、やったの?」
「なんだ?」
問い返す優佑の声は、なにを言っているのか本気でわからない様子だった。
だから、直はなんとか――絞り出すように声を出した。
「営業一部のお客様に、コールセンターの連絡先を教えたのは……あなたですか?」
「……は?」
見上げた表情は、完全に予想外だと告げていた。
その間抜けた顔に、さっき失せた怒りが再燃した。
いつかと同じように、嘘をついている。しらを切りとおそうとしている――そう感じたから。
「……どうして、あんなことしたんです? お客様にもご迷惑をおかけして、会社にとっても不名誉な評判が広がることになるんですよ!」
「なっ、なんのことを言ってるんだ、君は! 試行運用は二部限定だろう。この俺が、大事なうちのユーザーを瀬央なんかに任せるもんか!」
「なんのこともなにも、今日かかってきたんです! 二部から貰った顧客一覧にない、営業一部のお客様からいっぱい電話が……」
「なにを根拠に! それは本当に一部の顧客なのか?」
「根拠は――」
言いかけて、はっと気づいた。
根拠なんて、瀬央の言葉しかない。
頭に血が上り過ぎて、今日電話がかかってきた顧客を確認することさえ忘れていた。
直が口を閉じたのを、好機と見たらしい。
優佑はがたんと席を立つと、直の腕を引いてミーティングスペースへ向かった。
入り口を閉め切ると、直の身体を乱暴に壁へ突き放す。
「おい、いきなりなんなんだ。あんな風に事務所で喚かれたら困るんだよ。振られたことをまだ根に持ってるのか?」
「そっそんなのはどうでもいいです! そうじゃなくて、電話が……」
「さっきも言っただろ! 俺の大事なユーザーをお前らなんかに預けるか。いい加減にしろ!」
言いたいだけ声を上げると、優佑は大きなため息をついた。
「ろくでもない迷惑かけるなよな」
「待ちなさい、どっちが迷惑かけてるんですか!」
「お前だよ。さっきの顔色見るに、どうせ証拠もろくにないんだろ。俺に振られた腹いせに、くだんねぇ因縁をつけようとしてるんじゃないか」
「そんなことしません! そ、そうだ……証拠というなら――」
「ああ?」
「――営業一部からも顧客リストを出してください!」
どん、とテーブルを叩くと、一瞬だけ優佑がひるんだように見えた。
……が、すぐにネクタイを引いて、表情を険しく戻す。
「ユーザーリストだ? ぜっっったいに嫌だね!」
「どうしてですか」
「言っただろう! 大事なユーザーの情報を、お前――いや、瀬央には渡したくないからだ」
「じゃあ、一部のお客様から連絡が入ってきたら、どうすればいいんですか?」
「どうすれば? お前、自分の仕事をなんだと思ってるんだ?」
くるりと踵を返した優佑は、背中を向けたまま、ふん、と鼻で笑った。
「お前の仕事は電話を取ることだろう。これだから、プロ意識がないっていうんだ」
「わっ私は……私だってプロ意識持って――ちょっと! 聞いてください!」
「知らん。余計なことを言ってる場合か。やるべきことをやれ」
直の答えをみなまで聞かず、優佑はまっすぐにミーティングスペースを出て行く。
どきどき跳ねる心臓を押さえたまま、直はその背中を見送り――そして、テーブルの脚を思い切り蹴とばした。
ガンっという強い振動を足に感じて、直は強く心に誓った。
まともに仕事するためにプロ意識が必要だというなら、私こそプロだと見せつけてやる。
優佑に――営業一部に。
直の言葉に、瀬央は無言で苦笑を浮かべた。
これまでの優佑の、瀬尾に対する腹立たしい態度。
そのうえで、瀬央ばかりでなく会社にまで迷惑をかけようとしている。
そう思えば、我慢ならなくなった。
「……私、ちょっと行ってきます」
「え、行ってくるって……」
「ちょっとその……あの、あっ、もう定時なので帰ります! お疲れ様でした!」
「えっ、煙咲さん!?」
瀬央の伸ばした手をすり抜けて、直は駆け足でプレハブを出た。
まっすぐに向かった先は――慣れ親しんだ営業一部の事務所である。
扉を力いっぱい開く。直の足音と勢いに、扉に近い席の同僚たちが振り返った。
入ってきたのが直だとわかると、すぐに興味を失ったが。
営業一部にはまだ大勢の社員が残っていた。
薄暗くなり始めた窓際、オフィスの奥にどっしりとした管理職向けのデスクが置いてある。
その向こう、ひじ掛け付きの椅子にどかりと座っているのが、営業一部の部長――佐志波 優佑だった。
「……直? どうしてこっちに」
近づいてきた直を見て、眉を上げる。
そのいかにも迷惑そうな顔を見て――水を浴びせられたように興奮が冷めた。
「あ、あの……ゆ、さ、佐志波部長……」
いったい自分はなにを言いに来たのか、頭が真っ白になる。
直がもごもごと口ごもるのを見て、優佑はため息をつき、興味を失ったように手元の資料に視線を戻した。
「どうした、なにか失敗でもしたか?」
「佐志波部長、あの……ご確認したいことが」
こうして事務所で優佑を前にしたときは、いつも本音を押し殺すようにしてきた。
誰にも内緒にしたいと言われていたから、このシチュエーションに出会うと、反射で敬語が出てしまう。
絶対に目が合わないように、横顔をこっそり覗き込んでいたあの頃のことを思い出して。
怒鳴りつけてやりたいと思ってたのに、震えて声が出ない。
言いたいと思っていたことが、山ほどあったはずなのに。
優佑は目を上げもせず、資料をじっと眺めている。
その口元が小声で囁いた。
「……用がないなら戻れ。お前の居場所はもうここじゃないだろう」
「あの……あな、たが、やったの?」
「なんだ?」
問い返す優佑の声は、なにを言っているのか本気でわからない様子だった。
だから、直はなんとか――絞り出すように声を出した。
「営業一部のお客様に、コールセンターの連絡先を教えたのは……あなたですか?」
「……は?」
見上げた表情は、完全に予想外だと告げていた。
その間抜けた顔に、さっき失せた怒りが再燃した。
いつかと同じように、嘘をついている。しらを切りとおそうとしている――そう感じたから。
「……どうして、あんなことしたんです? お客様にもご迷惑をおかけして、会社にとっても不名誉な評判が広がることになるんですよ!」
「なっ、なんのことを言ってるんだ、君は! 試行運用は二部限定だろう。この俺が、大事なうちのユーザーを瀬央なんかに任せるもんか!」
「なんのこともなにも、今日かかってきたんです! 二部から貰った顧客一覧にない、営業一部のお客様からいっぱい電話が……」
「なにを根拠に! それは本当に一部の顧客なのか?」
「根拠は――」
言いかけて、はっと気づいた。
根拠なんて、瀬央の言葉しかない。
頭に血が上り過ぎて、今日電話がかかってきた顧客を確認することさえ忘れていた。
直が口を閉じたのを、好機と見たらしい。
優佑はがたんと席を立つと、直の腕を引いてミーティングスペースへ向かった。
入り口を閉め切ると、直の身体を乱暴に壁へ突き放す。
「おい、いきなりなんなんだ。あんな風に事務所で喚かれたら困るんだよ。振られたことをまだ根に持ってるのか?」
「そっそんなのはどうでもいいです! そうじゃなくて、電話が……」
「さっきも言っただろ! 俺の大事なユーザーをお前らなんかに預けるか。いい加減にしろ!」
言いたいだけ声を上げると、優佑は大きなため息をついた。
「ろくでもない迷惑かけるなよな」
「待ちなさい、どっちが迷惑かけてるんですか!」
「お前だよ。さっきの顔色見るに、どうせ証拠もろくにないんだろ。俺に振られた腹いせに、くだんねぇ因縁をつけようとしてるんじゃないか」
「そんなことしません! そ、そうだ……証拠というなら――」
「ああ?」
「――営業一部からも顧客リストを出してください!」
どん、とテーブルを叩くと、一瞬だけ優佑がひるんだように見えた。
……が、すぐにネクタイを引いて、表情を険しく戻す。
「ユーザーリストだ? ぜっっったいに嫌だね!」
「どうしてですか」
「言っただろう! 大事なユーザーの情報を、お前――いや、瀬央には渡したくないからだ」
「じゃあ、一部のお客様から連絡が入ってきたら、どうすればいいんですか?」
「どうすれば? お前、自分の仕事をなんだと思ってるんだ?」
くるりと踵を返した優佑は、背中を向けたまま、ふん、と鼻で笑った。
「お前の仕事は電話を取ることだろう。これだから、プロ意識がないっていうんだ」
「わっ私は……私だってプロ意識持って――ちょっと! 聞いてください!」
「知らん。余計なことを言ってる場合か。やるべきことをやれ」
直の答えをみなまで聞かず、優佑はまっすぐにミーティングスペースを出て行く。
どきどき跳ねる心臓を押さえたまま、直はその背中を見送り――そして、テーブルの脚を思い切り蹴とばした。
ガンっという強い振動を足に感じて、直は強く心に誓った。
まともに仕事するためにプロ意識が必要だというなら、私こそプロだと見せつけてやる。
優佑に――営業一部に。
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