6 / 39
第一章 失恋・左遷・コールセンター
6.一難去ってまた一難
しおりを挟む
直の言葉を受けて、瀬央は席を立った。
わざわざ直の横へきて、目を合わせる。
「提案……なにかな?」
「二つありまして、一つは電話対応の分担です」
「分担?」
「先ほどのように、お客様がクレームになってしまったとき、私では対応ができないことがあります。いえ、もちろん対応できるようになりたいですけど……」
言いながら、再び情けなさがこみ上げてきた。
「なりたいですけど……今の私じゃ無理です。だから、分担してほしいんです。最初の電話は私がぜんぶ受けますから、瀬央さんはクレームになったとき――えっと、コールセンター用語でエスカレーションというらしいんですけど」
「へえ、そうなんだ。よく勉強してるね」
「いえ、はい……あの、とにかくそういうときに上司として電話を代わっていただく係に」
「なるほど、それはいい考えだ」
答えてから、瀬央はしかし、困った顔で天井を見上げた。
「だが、それは先の話にしよう。もう一人くらい人員が増えてから」
「……今は無理、ですか」
「無理というほどではないね。ただ、正直僕も初めての仕事だから、慣れるまではちゃんと関わりたい。そうしないと、君の仕事が把握できない」
「……はい」
「いずれはそういう体制にするよ。必要だと僕も思うから。もう一つの提案は?」
却下されはしたが、前向きに考えてくれているのはわかった。
それに勇気づけられて、直はもう一つの提案をくちにした。
「もう一つは、営業からお客様情報をいただけないかと」
「うん?」
「お客様の会社名、連絡先、担当者、住所、レンタル中の機器……そういう情報を先にいただいておけば、こちらも事前に心の準備ができますし、お客様にも一からすべて聞かなくてすみますから」
「ああ、そうだね。今はかかってきた依頼すべて受ければいいけれど、いずれは本当にその機会は当社から貸したものなのかとか、確認しなきゃいけなくなるだろうしね」
瀬央に言われて、確かに、と直も頷いた。
悪意があって騙そうとするお客様はいなくとも、勘違いで当社からのレンタル品以外の故障について連絡してくる方はいるかもしれない。
「わかった。それは二部に連絡入れておこう。用意できた情報から順次になるかもしれないけど。……他になにかある?」
「いえ……あっ」
「どうしたの?」
改めて、直は椅子から立ち上がった。
「あの――今日は本当にすみませんでした!」
瀬央が笑顔で大丈夫だよ、と答える。
それ以上は居づらくて、直は急いでプレハブを飛び出した。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
翌日には、既に営業二部から顧客一覧が届いていた。試行運用対象の中でも、主要な顧客中心のものだが、それでも十分な情報量だ。
どうやら直が帰った後に、瀬央が集めておいてくれたらしい。
「あの……ありがとうございました」
「いや、大事だと思ったからだよ。さ、今日もがんばろう。なにかあったらまた教えて」
「……はい!」
ほっと胸をなでおろす。
今日も頑張ろう、と思える。
直が帰った後――定時後に、瀬央を働かせてしまったのは申し訳ないが、それだけちゃんと取り組もうとしてくれてるのだと思えば、やる気もますます出てくるものだ。
ディスプレイ上に顧客一覧のデータを開いておいて、直は始業のベルを待った。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
午前中は順調に進んだ。
やはり、顧客情報が先にあると話が早い。
大きなクレームになるような案件はなかったが、故障していることにお客様が気分を害している件が一度あった。だが、それも、瀬央の承諾を得て、直から二部の営業担当に連絡を入れ、フォローの電話を入れてもらって済んだ。
問題は、午後だった。
突然、電話の本数が増えた。
「あっはい、あの……多比良オフィスレンタルサービス株式会社、お客様サポートコールセンターです! はい……あ、いつもお世話になっております」
「ああ、山本様! ええ、本日はいかがいたしましたか?」
ぎこちないながら直が電話を一件終わらせる間に、瀬央は二件、三件と電話を取っていく。
その様子を見ていると、昨日提案した「瀬央をエスカレーション先の担当にする」という話がどれだけ現実的でなかったか、恥ずかしくなってきた。
ふっと電話が途切れたところで、直はぐったりと頭を押さえた。
あんなに密度の濃い時間を過ごしていて、昨日の何倍も電話を取っているというのに、まだ三時。
定時――お客様からの電話が鳴らなくなるまで、あと三時間もある。
「なんで急に、こんなに鳴り始めたんでしょう……」
「うーん……」
唸りながら画面を眺めていた瀬央が、大きく息を吐いた。
「ああ、やっぱりだ」
「どうしました?」
「どうも顧客リストに載ってないと思ったら……これ、営業二部の顧客じゃないな」
「えっ!?」
ディスプレイの向こうで、瀬央が苦笑している。
どういうことかと尋ねようとしたときに、再び電話が鳴り始め――結局、直が状況を理解したのは定時後だった。
つまり、本来なら情報を渡していないはずの試行運用外のお客様――優佑のいる営業一部の顧客から電話が入っている、という状況について、だ。
わざわざ直の横へきて、目を合わせる。
「提案……なにかな?」
「二つありまして、一つは電話対応の分担です」
「分担?」
「先ほどのように、お客様がクレームになってしまったとき、私では対応ができないことがあります。いえ、もちろん対応できるようになりたいですけど……」
言いながら、再び情けなさがこみ上げてきた。
「なりたいですけど……今の私じゃ無理です。だから、分担してほしいんです。最初の電話は私がぜんぶ受けますから、瀬央さんはクレームになったとき――えっと、コールセンター用語でエスカレーションというらしいんですけど」
「へえ、そうなんだ。よく勉強してるね」
「いえ、はい……あの、とにかくそういうときに上司として電話を代わっていただく係に」
「なるほど、それはいい考えだ」
答えてから、瀬央はしかし、困った顔で天井を見上げた。
「だが、それは先の話にしよう。もう一人くらい人員が増えてから」
「……今は無理、ですか」
「無理というほどではないね。ただ、正直僕も初めての仕事だから、慣れるまではちゃんと関わりたい。そうしないと、君の仕事が把握できない」
「……はい」
「いずれはそういう体制にするよ。必要だと僕も思うから。もう一つの提案は?」
却下されはしたが、前向きに考えてくれているのはわかった。
それに勇気づけられて、直はもう一つの提案をくちにした。
「もう一つは、営業からお客様情報をいただけないかと」
「うん?」
「お客様の会社名、連絡先、担当者、住所、レンタル中の機器……そういう情報を先にいただいておけば、こちらも事前に心の準備ができますし、お客様にも一からすべて聞かなくてすみますから」
「ああ、そうだね。今はかかってきた依頼すべて受ければいいけれど、いずれは本当にその機会は当社から貸したものなのかとか、確認しなきゃいけなくなるだろうしね」
瀬央に言われて、確かに、と直も頷いた。
悪意があって騙そうとするお客様はいなくとも、勘違いで当社からのレンタル品以外の故障について連絡してくる方はいるかもしれない。
「わかった。それは二部に連絡入れておこう。用意できた情報から順次になるかもしれないけど。……他になにかある?」
「いえ……あっ」
「どうしたの?」
改めて、直は椅子から立ち上がった。
「あの――今日は本当にすみませんでした!」
瀬央が笑顔で大丈夫だよ、と答える。
それ以上は居づらくて、直は急いでプレハブを飛び出した。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
翌日には、既に営業二部から顧客一覧が届いていた。試行運用対象の中でも、主要な顧客中心のものだが、それでも十分な情報量だ。
どうやら直が帰った後に、瀬央が集めておいてくれたらしい。
「あの……ありがとうございました」
「いや、大事だと思ったからだよ。さ、今日もがんばろう。なにかあったらまた教えて」
「……はい!」
ほっと胸をなでおろす。
今日も頑張ろう、と思える。
直が帰った後――定時後に、瀬央を働かせてしまったのは申し訳ないが、それだけちゃんと取り組もうとしてくれてるのだと思えば、やる気もますます出てくるものだ。
ディスプレイ上に顧客一覧のデータを開いておいて、直は始業のベルを待った。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
午前中は順調に進んだ。
やはり、顧客情報が先にあると話が早い。
大きなクレームになるような案件はなかったが、故障していることにお客様が気分を害している件が一度あった。だが、それも、瀬央の承諾を得て、直から二部の営業担当に連絡を入れ、フォローの電話を入れてもらって済んだ。
問題は、午後だった。
突然、電話の本数が増えた。
「あっはい、あの……多比良オフィスレンタルサービス株式会社、お客様サポートコールセンターです! はい……あ、いつもお世話になっております」
「ああ、山本様! ええ、本日はいかがいたしましたか?」
ぎこちないながら直が電話を一件終わらせる間に、瀬央は二件、三件と電話を取っていく。
その様子を見ていると、昨日提案した「瀬央をエスカレーション先の担当にする」という話がどれだけ現実的でなかったか、恥ずかしくなってきた。
ふっと電話が途切れたところで、直はぐったりと頭を押さえた。
あんなに密度の濃い時間を過ごしていて、昨日の何倍も電話を取っているというのに、まだ三時。
定時――お客様からの電話が鳴らなくなるまで、あと三時間もある。
「なんで急に、こんなに鳴り始めたんでしょう……」
「うーん……」
唸りながら画面を眺めていた瀬央が、大きく息を吐いた。
「ああ、やっぱりだ」
「どうしました?」
「どうも顧客リストに載ってないと思ったら……これ、営業二部の顧客じゃないな」
「えっ!?」
ディスプレイの向こうで、瀬央が苦笑している。
どういうことかと尋ねようとしたときに、再び電話が鳴り始め――結局、直が状況を理解したのは定時後だった。
つまり、本来なら情報を渡していないはずの試行運用外のお客様――優佑のいる営業一部の顧客から電話が入っている、という状況について、だ。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】のぞみと申します。願い事、聞かせてください
私雨
ライト文芸
ある日、中野美於(なかの みお)というOLが仕事をクビになった。
時間を持て余していて、彼女は高校の頃の友達を探しにいこうと決意した。
彼がメイド喫茶が好きだったということを思い出して、美於(みお)は秋葉原に行く。そこにたどり着くと、一つの店名が彼女の興味を引く。
「ゆめゐ喫茶に来てみませんか? うちのキチャを飲めば、あなたの願いを一つ叶えていただけます! どなたでも大歓迎です!」
そう促されて、美於(みお)はゆめゐ喫茶に行ってみる。しかし、希(のぞみ)というメイドに案内されると、突拍子もないことが起こった。
ーー希は車に轢き殺されたんだ。
その後、ゆめゐ喫茶の店長が希の死体に気づいた。泣きながら、美於(みお)にこう訴える。
「希の跡継ぎになってください」
恩返しに、美於(みお)の願いを叶えてくれるらしい……。
美於は名前を捨てて、希(のぞみ)と名乗る。
失恋した女子高生。
歌い続けたいけどチケットが売れなくなったアイドル。
そして、美於(みお)に会いたいサラリーマン。
その三人の願いが叶う物語。
それに、美於(みお)には大きな願い事があるーー
【10】はじまりの歌【完結】
ホズミロザスケ
ライト文芸
前作『【9】やりなおしの歌』の後日譚。
11月最後の大安の日。無事に婚姻届を提出した金田太介(カネダ タイスケ)と歌(ララ)。
晴れて夫婦になった二人の一日を軸に、太介はこれまでの人生を振り返っていく。
「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ10作目。(登場する人物が共通しています)。単品でも問題なく読んでいただけます。
※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
坂の上の本屋
ihcikuYoK
ライト文芸
カクヨムのお題企画参加用に書いたものです。
短話連作ぽくなったのでまとめました。
♯KAC20231 タグ、お題「本屋」
坂の上の本屋には父がいる ⇒ 本屋になった父親と娘の話です。
♯KAC20232 タグ、お題「ぬいぐるみ」
坂の上の本屋にはバイトがいる ⇒ 本屋のバイトが知人親子とクリスマスに関わる話です。
♯KAC20233 タグ、お題「ぐちゃぐちゃ」
坂の上の本屋には常連客がいる ⇒ 本屋の常連客が、クラスメイトとその友人たちと本屋に行く話です。
♯KAC20234 タグ、お題「深夜の散歩で起きた出来事」
坂の上の本屋のバイトには友人がいる ⇒ 本屋のバイトとその友人が、サークル仲間とブラブラする話です。
♯KAC20235 タグ、お題「筋肉」
坂の上の本屋の常連客には友人がいる ⇒ 本屋の常連客とその友人があれこれ話している話です。
♯KAC20236 タグ、お題「アンラッキー7」
坂の上の本屋の娘は三軒隣にいる ⇒ 本屋の娘とその家族の話です。
♯KAC20237 タグ、お題「いいわけ」
坂の上の本屋の元妻は三軒隣にいる ⇒ 本屋の主人と元妻の話です。
消化できない
みてい
ライト文芸
大学自体の知り合いが突然、供を一週間預かってくれと訪ねてきた。断る間もなく知り合いが去ってしまったので、仕方なく子供を預かることになる。
子供の扱いなどわからない那美は大人しい5歳ほどの少女に困るも、不器用に交流を図る。
しかし少女と那美にはそれぞれ秘密があり……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる