「月が、綺麗ですね。」

八尾倖生

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第三章 出版

夏①

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子供の成長は早い。折角可愛いドレスを作っても、それがどれだけお気に入りでもサイズが合わなくなれば、手放すことになる。リシート侯爵家では、それらを孤児院に持ち込み、バザーなどで売ってもらっている。勿論それらは寄付という形になる。孤児院では子どもの数に比べて予算が潤沢とは言い難く、子供服の寄付はとても喜ばれる。

貴族のドレスなら一度バラして、少しずつ使えるので割と好評だ。

レイチェルの一度か二度ぐらいしか着られなかったお気に入りの服も今回出さなくてはならなくなった。それが悲しくていつもはサマンサと母しか行かない孤児院に特別にレイチェルも同行したのだが。

「今日はレイチェルも一緒だから、子ども達もきっと喜ぶわ。」

月に一度の頻度で、孤児院に通うサマンサは慣れたもので、持っていく絵本やら玩具やらの確認をしている。対するレイチェルは実はとても緊張していた。

サマンサ以外の子どもとは触れ合う機会がなかったのと、出会っても年上の子どもばかりだったことで、自分と同じ年や年下の子どもへの接し方がいまいちわからなかった。

「緊張しなくても大丈夫よ。楽しめば良いわ。何なら今日は泥まみれになっても良いから、遊びなさいな。」

いつもははしたない、と叱る母までもがそんなことを言う。レイチェルは泥まみれになったことがないわけではないが、今それをすることは少し躊躇われた。

孤児院が近づくにつれドキドキしていた気持ちは、実際に子ども達に会うとすぐになくなった。

赤毛の可愛らしい女の子がレイチェルのお気に入りのドレスを見て、目がキラキラして、喜んでいるのを見ると、ホッとした。自分を幸せにしてくれたあのドレスは次は彼女を幸せにするのだと、わかったから。

彼女はレイチェルにお礼を言い、小さな手を差し出した。彼女のとっておきの場に連れて行ってくれるのだという。チラリと母を見れば、頷かれたので手を繋ぎ、一緒に駆け出すと、後ろで護衛が一人ついてくるのがわかった。

孤児院は町の中にありながら、自然豊かな場所でもあり、湧水などがある場所もある。いかにも精霊達が好みそうな場所だと、レイチェルはサマンサにいつもついている光が縦横無尽に飛び回る様を見て思った。

赤い髪の少女は名をココと言った。歳はレイチェルよりも一歳下だが、刺繍の腕はこの孤児院で一番らしかった。

「だから、いつも寄付してくれるドレスに施された刺繍をただ見るだけでもすごく勉強になるの。あんな風に刺繍したいって思えるから。」

孤児院を出たらお針子になりたいというココは幼いけれどとてもしっかりしていて、レイチェルは自分が少し恥ずかしくなった。


「ここ、私のお勧めなの。」

孤児院を一望できる丘のようなところに、柔らかい草が敷き詰められている。そこにはいつものキラキラだけではなく、青く光るキラキラがいた。

サマンサのキラキラは白く光るが、この青いキラキラは、どこの子だろう。

レイチェルがキラキラに見とれているうちにココは新しく少年を連れてきていた。

「ほら、カイもご挨拶しなさい。レイチェルお嬢様よ。可愛いドレスや絵本を持って来てくれたのよ。」

レイチェルが挨拶しようと近寄るとそこには青い発光体があった。白く光るキラキラは掴めたが、青いキラキラはレイチェルが手を伸ばせば、自然といなくなる。

中には可愛らしい女の子みたいな男の子。

「カイは多分どこかの貴族の落とし胤だと思うの。だってこんなに綺麗なんだもの。」

ココは、どこから聞いた言葉なのか、そんなことを言いながら、笑っている。その可能性はあるが、それならば大きな声で言っては不味いのでは?

カイは、完璧なカーテシーを見せた。

「カイって女の子なの?」
「ううん、男の子だよ?」
「え、じゃあその挨拶……」
「貴族の挨拶を真似てみたんだけどおかしかった?」

多分姉の挨拶を真似たのだというそれは女性なら完璧なものだったが、カイは男の子である。男なら……護衛を呼んで挨拶を見せてもらう。

カイは見る見る内に羞恥で赤くなり、ココはツボに入ったらしくいつまでも笑っていた。
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