「月が、綺麗ですね。」

八尾倖生

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第二章 執筆

夏①

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朝、偽ゲーベルドンの姿はなかった。

生贄を渡す役割の本物のゲーベルドンが死に、その事をさっそく、仲間である紫の海賊に伝えにでも行ったのか。

看守らの姿に、特別いつもとは違った行動は見られない。僕を見る目も、いつも通りだ。

僕は、いつも通り、カインハッタ牢獄内の回廊を歩き、異変がないかどうかを、見回った。

囚人部屋001の二重人格者であるアタフ、リョウバを小窓から覗き、前と変わらずおかしな言葉を使うアタフがいる。

こういう状態になれば、もう以前の様に何かの情報を訊き出す事はできないだろう、そう思った。

そして、僕は何も気にせず、再び歩き出したんだ。

次に囚人部屋の小窓を覗いたのが、0053だった。

貴族階級で罪名不明で、常に瞑想していた中年男。でも、その瞑想しないるはずの男の目が開き、こちらを見ている。

僕は、彼の目に違和感を感じ、声をかけてみた。

そうしたら、もうじきに、私はこの場所を去る事になるだろう、そう言ったんだ。脱走宣言、そんなものが許されると思っているのか、と。

悪しき魔石をよく破壊したな、そう言っていた。

この男の目は、罪人の様な目ではなく、とても澄んだ目をしている。


彼は、僕に一言告げたら、再び瞑想に入り、口を開く事はなかった。

何を考えているのか、よくはわからなかったけど、目を離すべきではないだろう。何故、魔物化したゲーベルドンの心臓部の宝石破壊を知っているのかも、気になる。



でも、この男の言葉を訊いた後、僕は急いでアタフの元へ向かったんだ。



額に何か描かれ、消した様な跡があったアタフ。それ以降、意味のわからない事ばかり言う様になった。



アタフがまた何かを語る。



もう一度、語り出す言葉をよく訊く。




お母様から昔、各地方に出向いた時に、持ち帰り、僕に与えた本。





その1冊に、忌まわしい島として記されていた、ケツァル島の特殊言語だ。





ただ一度だけ、お母様が本に記されていた文章を一部、読んでくれた事があって、そこから幼少時、僕なりに解読した事があった。



だけど、遥か遠くの記憶だ、はっきりとその言葉の意味が思い出せなかったんだ。



次に、僕が思い出したのは、囚人部屋に記されていたあの象形文字だった。



ベリオストロフ・グリーンディの部屋。




あれも、ケツァル島の特殊言語だ。





間違いなく、このカインハッタ牢獄内にケツァル島の者がいる。






誰に何かを伝えようとしている。






誰にだ。






各囚人部屋から出て、他の囚人と交流する機会はない。だとしたら、看守か、囚人アタフの仲間か。




アタフは盗賊団ガリンシャにいた、その仲間か家族か。でも、ここに来て、アタフは誰一人面会に来た者はいないはずだ。





囚人部屋で唯一、出入りができる囚人は、ベリオストロフ・グリーンディ。






彼にアタフのケツァル島の特殊言語を伝えるには、あまりにも回りくどい。







看守に伝えようとしているのか。







まさか、









僕が、ベリオストロフ・グリーンディのいない時に、彼の囚人部屋に入って、壁の象形文字を見入っていたその姿を見た者が、










僕を試そうとしているのか。







ジスマリアの25日
     カインハッタ牢獄内にて
_________________________

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