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戦場へ

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            ◆



 ヴィーの無事が戦場のマークに知らされた。伝えたのはオダキユ側だ。

「彼女がこちらに着いたら総攻撃だ」

 軍議でハルク王子が作戦を説明する。ケイオスとオダキユは臨時同盟を結んだ。一気に帝国を潰すチャンスだからだ。

「お待ちください。魔法使いなど本当にいるのですか?」

 他国の将から疑問の声が上がる。ケイオス軍はヴィーの魔法で救われたが、知らぬ者たちにとっては眉唾だろう。マークが補足しようと腰を浮かせた時、突然、武将たちが囲むテーブルの上に金髪の美女が現れた。

「きゃっ!」

 そのままドサッとテーブルに落ちる。更にハルク王子の側近の男が続く。

「重い!どいてよミロ!」

 下敷きになった美女はミロード卿に文句を言った。彼はテーブルの上に立ち上がり、主を見つけると一礼した。

「遅くなって申し訳ありません。やっと姫が目覚めたので」

「ご苦労。皆に紹介しよう。魔法使いヴィーだ」

 ハルク王子は美女を床に下ろすと諸将に紹介した。顔立ちはヴィーだ。しかしその瞳は紫色だった。



            ◆



 ヴィーは何もない空間から帝国軍の物資を出した。連合国軍の将たちは呆気に取られていた。彼女の肩には羽の生えた小さな少女が乗っている。足元には子犬のような妙な動物がまとわりついていた。

「糧食はこちらに。武器はあちら。馬は囲いの中に出してください」

 ミロード卿が細かに指示を出していく。陣地の背後はたちまち奪った物資でいっぱいになった。

「奴ら混乱しとりますな。ではそろそろ行きますか」

 遠眼鏡で帝国軍を見ていたリトナード将軍は出陣した。もはや戦ではない。何万という敵兵を捕まえるだけだ。

 物資の強奪がひと段落すると、眼鏡の側近とヴィーは立ったまま茶を飲み始めた。マークは彼女に声をかけた。

「ヴィー」

「あ。陛下。ご心配をおかけして…」

 紫の瞳がマークを見る。色が変わったことに気づいてないようだ。

「元気になって良かった。…青じゃなかったんだな」

 すかさずミロード卿がマークにカップを渡した。

「どうぞ。オダキユ特産のグリー茶です。ご紹介しましょう。こちらは魔法使いヴィーことヴィオレッタ姫です」

 アシノ大公家のもう1人の姫。姉の死去に伴い王族に復帰した。ミロード卿は真顔で言った。ヴィーは否定も肯定もしない。じゃれつく子犬と遊んでいる。

「…」
     
 マークはカップを返すと無言で立ち去った。無性に腹が立った。



            ♡



 陛下は険しい顔で去ってしまった。眼鏡の無理な設定に怒ったようだ。

「そんなに賠償金を払いたくないのかしら?」

 オダキユの天幕で従兄に愚痴る。マーク王はいつも何か言いたげだ。夢の中では素直に謝罪してくれたのに。

「ミイラさんの国葬も終わったし。今更よね」

「金の問題じゃない。ヴァイオレットはケイオス王妃に殺された。その魂は天に還った。君は魔法使いヴィーだ。その設定は変えないよ」

 ハルク兄さままで設定だなんて。眼鏡の悪い影響だわ。

「君のお陰で有利な講和条約が結べそうだ。そろそろオダキユにお戻り」

「え?もう?帝国まで行くんだとばっかり」

 帰国を促されて驚く。

「うちは帝国の力を削げればそれで良いと考えてるよ」

「ケイオスは?」

 下町が心配になり、ヴァイオレットは訊いた。従兄は沈んだ顔で答えた。

「家臣が寝返り、王都に攻め込まれた。恐らく引き下がらないだろう」



            ◆


 連合国軍は兵を失うことなく勝利し、喜びに沸いていた。この辺りで戦を終わらせたい。多くの国はそう考えている。だがケイオスは違う。その日の軍議で、マークは帝都まで進軍すると宣言した。

「千載一遇の好機だ。共に戦うかどうかは好きにしてくれ」

 場はざわめいた。本国に問う時間が欲しいと、決定は翌日まで延ばされることになった。



            ◆



 丸1日時間ができた。マークはその間に帝都攻略の準備をする。小競り合いではない。多くの将兵が死ぬだろう。若き王はその重圧に耐えていた。

「陛下。オダキユの義勇兵と言う方が…」

 夜。マークの天幕を訪れる者があった。現れたのは金髪の美女だった。

「ヴィー?」

 軍服を着て男装をしている。妖精と子犬みたいなのもいる。

「どうしたんだ?義勇兵だなんて冗談を…」

「本気です。帝都までお供させてください」

 訝しむ彼の言葉を遮り、ヴィーは言った。

「君には2度助けられた。もう十分だ。オダキユに帰りなさい」

 毒矢の件もある。マークはなるべく優しく断った。だが彼女は頑なだった。

「嫌です。ダメって言われてもついて行きます」



            ◆



「あの子が自ら決めたことだ。連れて行け」

 ヴィーを止めてもらおうと、マークはハルク王子に会いに行った。人目を避け、外を歩きながら話す。親友だと思っていた頃のようだ。

「しかし…」

「君はあの子をどうしたいんだ?賠償金と謝罪は受け入れよう。だがヴィオレッタ姫はやらないよ」

 はっきりと言われ、マークは顔を強張らせた。

「あの子は世界で唯一人の魔法使いになった。僕はね、マーク。あの急襲が無ければ、帝室との縁組みを考えていたんだ」

 従妹によく似た美貌が夜空を見上げた。

「皇帝ぐらいだ。守ってやれるのは」

「…」

 その通りだ。彼女の力を得たいと多くの国が動くだろう。手に入らなければ消すかもしれない。

 そこにオダキユの騎士が来た。ハルクに耳打ちをする。

「…オダキユはケイオスに付くそうだ」

「感謝する」

 2人はそれぞれの天幕に帰った。ヴィーをどうしたいか。マークの答えは出ないままだった。



            ◆



 自分の天幕に戻ると彼女がまだいた。

「お帰りなさい。ハルク兄さまは何と?」

「連れて行けと。…ヴィー。君はどうしたいんだ?」

 マークは漠然とした質問をしてしまった。しかしヴィーは即答した。

「帝都の本屋さんに行きたいです」

「本屋?」

 意外な返事に驚く。

「はい。今ハマってる本の続きがハコネイユでは見つからなかったんです」

 作者が帝国人なのできっと帝都にはある。彼女はいかにその本が素晴らしいか力説した。

「帝の寵姫と恋に落ちて辺境に流罪になった後、主人公はどうなったのか。気になって気になって…」

 夜も眠れぬらしい。マークにはさっぱり理解できなかった。
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