15 / 15
終話・誓う
しおりを挟む
♡
「何だ。まだ王に話していないのか」
剣聖は呆れたように言った。ルナはマスターの見送りに城門に来ている。契約期間が終わったのだ。また王子殿下が剣を習う頃に呼ぶ約束だ。
「うーん。一般人に何と言えば良いのか。マスターはどうしたの?」
婚約者のジョンに話さなければいけないことがあった。言い辛くてマスターに相談している。
「某は唯一言よ。『永遠に愛す』とな」
「何じゃそりゃ」
侍のくせにロマンチックなセリフ。あれこれ省きすぎだし。全く参考にならない。
「考えすぎるな。素直に行け。ではな」
「うん。じゃね。あ、これ奥さんに」
マスターの妻に似合いそうな宝石を見繕って渡す。
「かたじけない。健闘を祈る」
剣聖も長い時を生きる仙人だ。付き合いはずっと続くだろう。ルナは不老の剣士を手を振って見送った。
◇
ルナの正体は曖昧なままで良しとした。隣国に勝ち、ジョンの王権は強まった。貴族たちも何も言えない。2人の結婚の準備は着々と進んでいた。
「やっとジョン・シャルル王が最愛の妃をお迎えになる」
王都中が湧き立つ中、幸せなはずの婚約者の顔色が優れなかった。ようやく時間ができたジョンはルナを遠乗りに誘った。
◇
「わあ。馬くん。久しぶり」
ジョンは17年前にルナが森で見つけてくれた馬を連れてきた。この馬はとんでもなく足が速い。持久力も並外れ、内戦中はその駿足で彼を何度も助けてくれた。そろそろ寿命のはずだが一向に衰える気配が無い。
「馬には乗れるのか?」
「乗れないけど、馬くんに任せる」
動物と話せるから大丈夫だと言う。不安なので2人乗りで出かけることにした。
♡
ルナは馬に乗るのは初めてだった。しかもジョンと一緒。夢みたいだ。晴れた草原を風のように疾駆する。
「わあ~!楽しい~!馬くん大丈夫?重くない?」
『平気です。ご加護のお陰です。竜神さま』
「いい年なんだよね。引退しないの?」
『生涯現役を目指してます』
「偉いねぇ」
ジョンが寂しそうに口を挟む。
「…俺とも話してくれ。ルナ」
「ごめんね。久しぶりに会ったんで」
ジョンは綺麗な湖に連れて行ってくれた。馬くんが速すぎて護衛のノルドたちが追い付かない。2人は馬を降りた。待ちながら景色を堪能する。馬くんは水を飲んで草を食んでいる。
「綺麗だね。ありがとう、ジョン。忙しいのに」
「いや。何か言いたいことがあるんだろ?」
ぎくっ。ルナはジョンを見た。気づかれている。
(よし)
彼女は腹をくくった。竜神の秘密を話そう。
♡
魂は転生を繰り返す。ルナは平凡な人間女性の一生を送り、何の因果か竜に生まれ変わった。竜に親はいない。先代が消えてルナが発生した。生まれた時には代々の竜の記憶が刷り込まれていた。
(ふむふむ。寿命は千年?!長すぎやろ)
100年は地下大神殿で寝たり起きたりした。財宝目当てで竜退治に来た剣聖とは友達になった。
「17年前。寝て起きたら、ジョン、あなたを見つけたの」
退屈だったし寂しかった。お世話をしたら懐いて、ずっと一緒に暮らせると思った。
「ペットみたいに思ってた。ごめんね」
ジョンは首を振った。
「おかげで助かったんだ。謝ることない。これからはずっと一緒だ。ルナ」
珍しく抱き寄せられた。彼の温かい手に勇気が出た。
「あと883年、一緒にいてくれる?」
◇
「ルナ?それはどういう意味だ?」
ジョンは困惑して訊いた。竜は千年を生きると言った。だが己は人間だ。長くてもあと30年だろう。
「結婚の誓いを立てたら魂が結びつく。ジョンの寿命は私に引きずられる。同じ日に死ぬまで一緒に生きるわ」
ルナは顔を彼の胸に埋めた。くぐもった声に悲哀が滲む。そうか。それが言い出せなくて悩んでいたのか。
「怖い?止めとく?」
ジョンは強く婚約者を抱きしめた。今離したら、永遠に彼女を失う気がする。
「止めない。不老になっても君がいれば大丈夫だ」
「今の年のままだよ?」
47歳のまま883年生きるのか。もうちょっと若い方が良かったかな。そう言うとルナは顔を上げた。
「ジョンは今が一番カッコいい。でも、おじいさんのジョンも見てみたかった。王様って感じの」
お伽噺の老王か。白髪に白髭の。ジョンは吹き出した。婚約者を抱きしめたまま笑う王を、護衛騎士たちが遠巻きに見ていた。
♡
十数年後。王太子が成人するとジョンは引退した。表向きは病気療養の為だ。
「本当に供はお連れにならないんですか?」
密かに旅立つ元国王夫妻を王太子が見送る。ルナは息子を抱きしめた。
「大丈夫。心配しないで」
「心配はしてませんが…」
仮にも王族が従者も無くフラフラするなんて…云々。息子のお説教がくすぐったい。大きくなったなあ。
「もう行こう。ルナ。後は任せたぞ。ジョージ」
ジョンがひらりと馬くんに乗った。カッコいい。ルナは息子に言い置いた。
「元気でね。用があったら魔法の鏡で呼んで。すぐ転移で駆けつけるから」
「はい」
「絶対に婚約破棄とかしちゃダメだよ」
「しません!」
「媚薬と魅了に気を付けてね」
「…」
息子は黙ってしまった。他に注意することはないかな。
「ルナ」
ジョンが馬くんの背に引っ張り上げてくれる。
「行ってきます!」
ルナは笑顔で手を振った。息子と赤毛のアーノルド・ネッガー将軍も手を振ってくれる。2人と1頭は出発した。
「さあ。どこに行きたい?ルナ」
ジョンが優しく訊く。世界一周しても良し。剣聖の家に遊びに行っても良し。時間はたっぷりある。ルナは夫の胸に寄りかかった。
「2人きりになれる所」
彼は笑ってルナの髪に口付けた。竜神とその連れ合いの長い長い蜜月が始まった。
(終)
「何だ。まだ王に話していないのか」
剣聖は呆れたように言った。ルナはマスターの見送りに城門に来ている。契約期間が終わったのだ。また王子殿下が剣を習う頃に呼ぶ約束だ。
「うーん。一般人に何と言えば良いのか。マスターはどうしたの?」
婚約者のジョンに話さなければいけないことがあった。言い辛くてマスターに相談している。
「某は唯一言よ。『永遠に愛す』とな」
「何じゃそりゃ」
侍のくせにロマンチックなセリフ。あれこれ省きすぎだし。全く参考にならない。
「考えすぎるな。素直に行け。ではな」
「うん。じゃね。あ、これ奥さんに」
マスターの妻に似合いそうな宝石を見繕って渡す。
「かたじけない。健闘を祈る」
剣聖も長い時を生きる仙人だ。付き合いはずっと続くだろう。ルナは不老の剣士を手を振って見送った。
◇
ルナの正体は曖昧なままで良しとした。隣国に勝ち、ジョンの王権は強まった。貴族たちも何も言えない。2人の結婚の準備は着々と進んでいた。
「やっとジョン・シャルル王が最愛の妃をお迎えになる」
王都中が湧き立つ中、幸せなはずの婚約者の顔色が優れなかった。ようやく時間ができたジョンはルナを遠乗りに誘った。
◇
「わあ。馬くん。久しぶり」
ジョンは17年前にルナが森で見つけてくれた馬を連れてきた。この馬はとんでもなく足が速い。持久力も並外れ、内戦中はその駿足で彼を何度も助けてくれた。そろそろ寿命のはずだが一向に衰える気配が無い。
「馬には乗れるのか?」
「乗れないけど、馬くんに任せる」
動物と話せるから大丈夫だと言う。不安なので2人乗りで出かけることにした。
♡
ルナは馬に乗るのは初めてだった。しかもジョンと一緒。夢みたいだ。晴れた草原を風のように疾駆する。
「わあ~!楽しい~!馬くん大丈夫?重くない?」
『平気です。ご加護のお陰です。竜神さま』
「いい年なんだよね。引退しないの?」
『生涯現役を目指してます』
「偉いねぇ」
ジョンが寂しそうに口を挟む。
「…俺とも話してくれ。ルナ」
「ごめんね。久しぶりに会ったんで」
ジョンは綺麗な湖に連れて行ってくれた。馬くんが速すぎて護衛のノルドたちが追い付かない。2人は馬を降りた。待ちながら景色を堪能する。馬くんは水を飲んで草を食んでいる。
「綺麗だね。ありがとう、ジョン。忙しいのに」
「いや。何か言いたいことがあるんだろ?」
ぎくっ。ルナはジョンを見た。気づかれている。
(よし)
彼女は腹をくくった。竜神の秘密を話そう。
♡
魂は転生を繰り返す。ルナは平凡な人間女性の一生を送り、何の因果か竜に生まれ変わった。竜に親はいない。先代が消えてルナが発生した。生まれた時には代々の竜の記憶が刷り込まれていた。
(ふむふむ。寿命は千年?!長すぎやろ)
100年は地下大神殿で寝たり起きたりした。財宝目当てで竜退治に来た剣聖とは友達になった。
「17年前。寝て起きたら、ジョン、あなたを見つけたの」
退屈だったし寂しかった。お世話をしたら懐いて、ずっと一緒に暮らせると思った。
「ペットみたいに思ってた。ごめんね」
ジョンは首を振った。
「おかげで助かったんだ。謝ることない。これからはずっと一緒だ。ルナ」
珍しく抱き寄せられた。彼の温かい手に勇気が出た。
「あと883年、一緒にいてくれる?」
◇
「ルナ?それはどういう意味だ?」
ジョンは困惑して訊いた。竜は千年を生きると言った。だが己は人間だ。長くてもあと30年だろう。
「結婚の誓いを立てたら魂が結びつく。ジョンの寿命は私に引きずられる。同じ日に死ぬまで一緒に生きるわ」
ルナは顔を彼の胸に埋めた。くぐもった声に悲哀が滲む。そうか。それが言い出せなくて悩んでいたのか。
「怖い?止めとく?」
ジョンは強く婚約者を抱きしめた。今離したら、永遠に彼女を失う気がする。
「止めない。不老になっても君がいれば大丈夫だ」
「今の年のままだよ?」
47歳のまま883年生きるのか。もうちょっと若い方が良かったかな。そう言うとルナは顔を上げた。
「ジョンは今が一番カッコいい。でも、おじいさんのジョンも見てみたかった。王様って感じの」
お伽噺の老王か。白髪に白髭の。ジョンは吹き出した。婚約者を抱きしめたまま笑う王を、護衛騎士たちが遠巻きに見ていた。
♡
十数年後。王太子が成人するとジョンは引退した。表向きは病気療養の為だ。
「本当に供はお連れにならないんですか?」
密かに旅立つ元国王夫妻を王太子が見送る。ルナは息子を抱きしめた。
「大丈夫。心配しないで」
「心配はしてませんが…」
仮にも王族が従者も無くフラフラするなんて…云々。息子のお説教がくすぐったい。大きくなったなあ。
「もう行こう。ルナ。後は任せたぞ。ジョージ」
ジョンがひらりと馬くんに乗った。カッコいい。ルナは息子に言い置いた。
「元気でね。用があったら魔法の鏡で呼んで。すぐ転移で駆けつけるから」
「はい」
「絶対に婚約破棄とかしちゃダメだよ」
「しません!」
「媚薬と魅了に気を付けてね」
「…」
息子は黙ってしまった。他に注意することはないかな。
「ルナ」
ジョンが馬くんの背に引っ張り上げてくれる。
「行ってきます!」
ルナは笑顔で手を振った。息子と赤毛のアーノルド・ネッガー将軍も手を振ってくれる。2人と1頭は出発した。
「さあ。どこに行きたい?ルナ」
ジョンが優しく訊く。世界一周しても良し。剣聖の家に遊びに行っても良し。時間はたっぷりある。ルナは夫の胸に寄りかかった。
「2人きりになれる所」
彼は笑ってルナの髪に口付けた。竜神とその連れ合いの長い長い蜜月が始まった。
(終)
63
お気に入りに追加
30
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。

完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!
音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。
愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。
「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。
ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。
「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」
従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

闇黒の悪役令嬢は溺愛される
葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。
今は二度目の人生だ。
十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。
記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。
前世の仲間と、冒険の日々を送ろう!
婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。
だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!?
悪役令嬢、溺愛物語。
☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
☆2025年3月4日、書籍発売予定です。どうぞよろしくお願いいたします。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる