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呪う
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◇
茶会はまさに見合いだった。5~6人の女性が座るテーブルに1席の空きがある。そこにジョンが順番に周るのだ。ルナは彼がいないテーブルを巡る。
王は若い令嬢たちとの世代の違いを痛感していた。
(話が合わん…)
流行の菓子だの小説だの。46歳の中年男にはさっぱり分からない。興味もない。隣のテーブルではルナが大使夫人と赤子の発達に合った玩具について話していた。
「歯固めのオモチャですか?」
「そうですわ。生え始めはムズムズとして何か噛むと落ち着くんですの」
もう王子殿下の前歯は見えている。急いで取り寄せないと…などと母親同士のような会話だ。
やはり彼女しかいない。令嬢たちに相槌を打ちながら、ジョンは確信した。
♡
あの高慢な王女は欠席だった。言い出しっぺのくせに。ルナは肩透かしを食らった。ジョンは令嬢たちの話を熱心に聞いている…フリをしている。辛そうなのでさっさと終わらせよう。
魔法で時間感覚を狂わせる。ささーっと全テーブルを周ったジョンとルナは笑顔で帰ろうとした。
「楽しいお茶会でしたね。では皆さま。ご機嫌よう」
「お待ちください」
急に1人の女性が2人の前に立ちはだかった。誰だろう。30代くらいの貴族夫人だ。
「その女を王妃にするのですか?」
夫人はルナを指差した。あまりに無礼な言動にジョンが激怒した。
「無礼者!引っ捕らえよ!」
時代劇っぽい。威厳があってカッコいい。だがおかしい。護衛が来ない。ルナは周囲を見回した。いつの間にか隠蔽結界が会場を覆っていた。
「陛下の横にいるべきなのは私よ!そこは私の場所だった!」
女は叫んだ。ストーカーかな。
「誰?ジョンの元カノ?」
「妻よ!」
「え?」
隠し妻がいたのか。思わずジョンを見る。彼は首を振った。
「知らん!」
不審な女は耳障りな悲鳴を上げた。しまった。今のは魔法が発動するキーワードだ。
◇
ルナが庇うようにジョンの前に出た。同時に女の身体が弾けた。なぜか黒い血潮が降り注ぐ。
「キャーッ!!」
令嬢と夫人たちが叫んだ。べっとりと黒い血がジョンの衣服や肌にも付く。
「“浄化”!&“解呪”!」
巫女の顔でルナが両手を空に突き上げると、光の雨が庭園に降り注ぐ。光に触れた黒い血は瞬時に消えた。
だが地面に残った僅かな血が集まり、ジョンに襲いかかってきた。
「!」
間に合わない。そう思った次の瞬間、何かがそれを斬った。
「陛下。ご無事か?」
剣聖がいた。斬っても消えぬ黒いものは何度も襲い来る。剣聖は凄まじい剣技でそれを退けた。
「マスター。キリがない。そいつは引き受けるから、術者を探して」
ルナは光の槍でそいつを地面に串刺した。剣聖は真顔で金を要求してきた。
「契約外だ。ボーナスをくれ」
「分かったわよ!行って!」
「承知した」
剣聖の姿が消える。早すぎて見えない。その頃になって護衛騎士たちが駆け寄ってきた。王は女性らの避難を命じた。護衛らは王の退避も求めた。
「陛下もこちらへ!」
しかしルナがまだあれと対峙している。ジョンが迷っていると、地に潜んでいた黒い血が飛び出し、ルナに取りついた。
「ルナっ!」
「お下がりください!危のうございます!」
助けようとする王を騎士たちが押さえる。ルナは倒れてしまった。ドレスから覗く肌一面に不気味な文様が浮かび上がっている。巫女は自らの身体を盾にしたのだ。
♡
竜の姿だったら、こんな罠には引っかからなかった。なまじ人間化していたから気づかなかった。ジョンの前で変身することも出来ず、自分の体に呪いを封印したので動けない。ルナは心の中でため息をついた。こうなったら地道に中から浄化と解呪をしていくしかない。
城の一室で倒れて動かなくなったルナを宮廷医が診察した。動けないが意識はある。なのに医者は大げさに嘆いた。
「ああ!これは酷い。持って1週間ほどでしょう」
「そんな!何とか助けられないか!?」
ジョンが真っ青な顔で訊く。大丈夫。すぐに解呪できるって。なのに医者は首を振った。
「手遅れです」
(藪医者め!)
ルナは心の中で毒づいた。ジョンはフラつきながら部屋を出て行った。顔なじみの侍女やネッガー夫人まで泣いている。安心させてやりたいが声も出せない。王の婚約者が呪いに倒れたことは、あっという間に城中に知れ渡った。
◇
あの不審な女は10年以上前に駆け落ちした元王妃だった。一緒に逃げた男に捨てられ、隣国で平民として暮らしていたらしい。それがなぜか王女の侍女となり舞い戻っていた。
「恐らく隣国の魔法テロです。自爆してしまったので確認はできませんが」
宰相が苦々しく報告をする。剣聖とノルドが術者を捕らえたが黙秘を続けている。隣国の王女も部屋に閉じこもっている。証拠も無く王族を捕らえることは出来ない。王はぐっと拳を握り締めた。
「…ルナの具合はどうだ?」
あれから3日経った。呪いの文様は消えず、目も覚めない。
「あのルナさまですよ。大丈夫でしょう」
そうだ。ルナは人ではない。きっと助かる。ジョンは嫌な想像を振り払った。今は隣国との折衝に集中することにした。
茶会はまさに見合いだった。5~6人の女性が座るテーブルに1席の空きがある。そこにジョンが順番に周るのだ。ルナは彼がいないテーブルを巡る。
王は若い令嬢たちとの世代の違いを痛感していた。
(話が合わん…)
流行の菓子だの小説だの。46歳の中年男にはさっぱり分からない。興味もない。隣のテーブルではルナが大使夫人と赤子の発達に合った玩具について話していた。
「歯固めのオモチャですか?」
「そうですわ。生え始めはムズムズとして何か噛むと落ち着くんですの」
もう王子殿下の前歯は見えている。急いで取り寄せないと…などと母親同士のような会話だ。
やはり彼女しかいない。令嬢たちに相槌を打ちながら、ジョンは確信した。
♡
あの高慢な王女は欠席だった。言い出しっぺのくせに。ルナは肩透かしを食らった。ジョンは令嬢たちの話を熱心に聞いている…フリをしている。辛そうなのでさっさと終わらせよう。
魔法で時間感覚を狂わせる。ささーっと全テーブルを周ったジョンとルナは笑顔で帰ろうとした。
「楽しいお茶会でしたね。では皆さま。ご機嫌よう」
「お待ちください」
急に1人の女性が2人の前に立ちはだかった。誰だろう。30代くらいの貴族夫人だ。
「その女を王妃にするのですか?」
夫人はルナを指差した。あまりに無礼な言動にジョンが激怒した。
「無礼者!引っ捕らえよ!」
時代劇っぽい。威厳があってカッコいい。だがおかしい。護衛が来ない。ルナは周囲を見回した。いつの間にか隠蔽結界が会場を覆っていた。
「陛下の横にいるべきなのは私よ!そこは私の場所だった!」
女は叫んだ。ストーカーかな。
「誰?ジョンの元カノ?」
「妻よ!」
「え?」
隠し妻がいたのか。思わずジョンを見る。彼は首を振った。
「知らん!」
不審な女は耳障りな悲鳴を上げた。しまった。今のは魔法が発動するキーワードだ。
◇
ルナが庇うようにジョンの前に出た。同時に女の身体が弾けた。なぜか黒い血潮が降り注ぐ。
「キャーッ!!」
令嬢と夫人たちが叫んだ。べっとりと黒い血がジョンの衣服や肌にも付く。
「“浄化”!&“解呪”!」
巫女の顔でルナが両手を空に突き上げると、光の雨が庭園に降り注ぐ。光に触れた黒い血は瞬時に消えた。
だが地面に残った僅かな血が集まり、ジョンに襲いかかってきた。
「!」
間に合わない。そう思った次の瞬間、何かがそれを斬った。
「陛下。ご無事か?」
剣聖がいた。斬っても消えぬ黒いものは何度も襲い来る。剣聖は凄まじい剣技でそれを退けた。
「マスター。キリがない。そいつは引き受けるから、術者を探して」
ルナは光の槍でそいつを地面に串刺した。剣聖は真顔で金を要求してきた。
「契約外だ。ボーナスをくれ」
「分かったわよ!行って!」
「承知した」
剣聖の姿が消える。早すぎて見えない。その頃になって護衛騎士たちが駆け寄ってきた。王は女性らの避難を命じた。護衛らは王の退避も求めた。
「陛下もこちらへ!」
しかしルナがまだあれと対峙している。ジョンが迷っていると、地に潜んでいた黒い血が飛び出し、ルナに取りついた。
「ルナっ!」
「お下がりください!危のうございます!」
助けようとする王を騎士たちが押さえる。ルナは倒れてしまった。ドレスから覗く肌一面に不気味な文様が浮かび上がっている。巫女は自らの身体を盾にしたのだ。
♡
竜の姿だったら、こんな罠には引っかからなかった。なまじ人間化していたから気づかなかった。ジョンの前で変身することも出来ず、自分の体に呪いを封印したので動けない。ルナは心の中でため息をついた。こうなったら地道に中から浄化と解呪をしていくしかない。
城の一室で倒れて動かなくなったルナを宮廷医が診察した。動けないが意識はある。なのに医者は大げさに嘆いた。
「ああ!これは酷い。持って1週間ほどでしょう」
「そんな!何とか助けられないか!?」
ジョンが真っ青な顔で訊く。大丈夫。すぐに解呪できるって。なのに医者は首を振った。
「手遅れです」
(藪医者め!)
ルナは心の中で毒づいた。ジョンはフラつきながら部屋を出て行った。顔なじみの侍女やネッガー夫人まで泣いている。安心させてやりたいが声も出せない。王の婚約者が呪いに倒れたことは、あっという間に城中に知れ渡った。
◇
あの不審な女は10年以上前に駆け落ちした元王妃だった。一緒に逃げた男に捨てられ、隣国で平民として暮らしていたらしい。それがなぜか王女の侍女となり舞い戻っていた。
「恐らく隣国の魔法テロです。自爆してしまったので確認はできませんが」
宰相が苦々しく報告をする。剣聖とノルドが術者を捕らえたが黙秘を続けている。隣国の王女も部屋に閉じこもっている。証拠も無く王族を捕らえることは出来ない。王はぐっと拳を握り締めた。
「…ルナの具合はどうだ?」
あれから3日経った。呪いの文様は消えず、目も覚めない。
「あのルナさまですよ。大丈夫でしょう」
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