竜神の巫女~前世人間、今ドラゴン(♀)。拾った王子をとことん庇護します~

二階堂吉乃

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 ノルドはネッガー将軍家の養子になった。名を“アーノルド”に変えたらしい。ルナは本気で彼を引き取るつもりだったので少し残念だ。

(他にも転生して苦労してる人いるかな?)

 気になったので残り21名の魂を探した。転生済の者はいなかった。皆、まだまだ幽界や天界でのんびりと魂を休めている。ノルドはやはり親子の因縁が深かったのだろう。彼を父母と再会させられて良かった。

 そんな一件があったので、考えていた噴水の方向性を変えた。ルナは“絵画”の魔法で描いたデザイン案を彫刻職人に渡した。あまりにも壮大で何年もかかると親方が渋る。だからルナも手伝うことにした。魔法を使えばあっという間に彫れる。噴水は1カ月で出来上がった。



            ◇



 今日はルナに任せていた噴水の除幕式だ。ジョンは全く関与しなかった。初めて見る。

「期待してて。親方も絶賛してたから」

 彼女は自信満々だ。魔法で大まかに彫り、細かなところを職人に任せたらしい。ルナの頼みで亡くなった護衛騎士の遺族らも招いた。

「ジョン、これでリボンを切ってね」

 鋏を渡され、大きな布で覆われた噴水の前に立つ。布の天辺に繋がる紅白のリボンの端を持つと司会のルナが式の開始を宣言する。

「只今より噴水除幕式を行います!では陛下、お願いいたします!」

 変わった儀式だと思いつつ、ジョンは鋏でリボンを切った。同時に職人が綱を引いてさっと布を落す。人々はどよめいた。

「おおっ!!」

 王は目を見張った。それは巨大な群像彫刻を配した噴水だった。22人の若い騎士と1人の王子が剣を振るう。背後の竜神が開ける口から水が流れ落ちる。

「これは…」

 5年前に失った護衛騎士たちだ。

「噴水の名は“ジョン・シャルル王と22騎士の泉”です」

 生前の姿を写し取ったような騎士たちの姿に、ジョンは涙をこらえた。遺族たちも泣いている。本当ならこの後スピーチをしなくてはならない。だが頭が真っ白になってしまった。ルナがそっと囁いた。

「仲間の名前、言える?」

 彼は頷いた。己を守るため命を捧げた騎士の名を1人1人言う。ルナが魔法で音を大きくしてくれた。人々は静まり、遺族たちは亡くした息子や夫の名が呼ばれると跪いた。

「ノルド・ネッガー」

 最後に将軍一家が膝を突いた。幼いアーノルドも黙とうを捧げている。王は思い出した。今日は彼らの命日だった。優しい巫女は忘れていなかったのだ。



            ♡


 ルナのするべきことは終わった。彼女は友にいとまを告げた。

「帰るわ。元気でね」

 ジョンと宰相はびっくりしていた。祝いを届けに来ただけだ。ノルドや噴水の件で2か月近くも居候した。もう十分だ。転移魔法で地下大神殿に戻ったルナは、またしても寝てしまった。

(ジョンがいつまでも笑っていますように)

 そう祈り、黒竜は長い眠りに入った。ルナは夢を見た。青いドレスを着てジョンと踊っている。あの美しい瞳が微笑む。最高に楽しい夢だった。




            ◇



 ルナが去った翌年、ジョンは有力貴族の娘を娶った。だが国境での紛争で城を留守にしている間に王妃は若い男と駆け落ちをした。建国以来、最大の王室スキャンダルと言われた。

 王妃の実家は爵位の返上を申し出たが、王は許さなかった。貴族間のバランスが崩れればまた内戦になる。多くの貴族が王妃を出そうと企て、またそれを阻もうと暗躍する。何年も王妃候補の名が浮かんでは消えた。

「ジョン独身王」

 人々は密かにそう呼んでいるらしい。つくづく結婚に縁のない人生だった。



            ♡



 10年ぶりにルナが目覚める。目の前には無機質な宝の山。素敵な夢の方が良かった。竜は欠伸をひとつして、魔法の鏡を開いた。王都が映る。

 前回行った時に、鏡で見られるように魔法陣を描いてきたのだ。ルナの作った泉もまだ綺麗だった。

(ジョンは元気かな?)

 画面を城に切り替える。城内はどこか重苦しい雰囲気だ。華やかな飾りが無い。人々は暗い色の服を着ている。どの部屋を覗いてもジョンがいない。まさか。

 ルナは地下神殿を飛び出した。



            ♡



 人間化して王都に転移したルナは、鐘の音に驚いた。時間を知らせる尖塔の鐘がずっと鳴り響いている。

「この鐘は何?」

 手近にいた露天商に訊く。男は呆れたように言った。

「どんだけ田舎から来たんだい。王妃様が亡くなったのさ。今日はその葬式だ」

 

            ◇



 1年前にやっと新しい王妃が立った。すぐに懐妊もして王子が生まれた。だが産後の肥立ちが悪く、あっという間に死んだ。ジョンは男やもめになった。

 王都の鐘が鳴り響く中、王家の墓地に妻を埋葬して葬儀は終わった。ジョンは城に戻りながら思った。寂しい。己にはこの悲しみを共有できる家族がいない。生まれたばかりの息子しかいない。

「陛下。お会いしたいという方が」

 執務室でぼんやりとしていると侍従が来客を告げた。

「追い返せ」

 誰とも会いたくない。だが侍従は無言でドアを開けた。

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