8 / 15
失う
しおりを挟む
♡
ノルドはネッガー将軍家の養子になった。名を“アーノルド”に変えたらしい。ルナは本気で彼を引き取るつもりだったので少し残念だ。
(他にも転生して苦労してる人いるかな?)
気になったので残り21名の魂を探した。転生済の者はいなかった。皆、まだまだ幽界や天界でのんびりと魂を休めている。ノルドはやはり親子の因縁が深かったのだろう。彼を父母と再会させられて良かった。
そんな一件があったので、考えていた噴水の方向性を変えた。ルナは“絵画”の魔法で描いたデザイン案を彫刻職人に渡した。あまりにも壮大で何年もかかると親方が渋る。だからルナも手伝うことにした。魔法を使えばあっという間に彫れる。噴水は1カ月で出来上がった。
◇
今日はルナに任せていた噴水の除幕式だ。ジョンは全く関与しなかった。初めて見る。
「期待してて。親方も絶賛してたから」
彼女は自信満々だ。魔法で大まかに彫り、細かなところを職人に任せたらしい。ルナの頼みで亡くなった護衛騎士の遺族らも招いた。
「ジョン、これでリボンを切ってね」
鋏を渡され、大きな布で覆われた噴水の前に立つ。布の天辺に繋がる紅白のリボンの端を持つと司会のルナが式の開始を宣言する。
「只今より噴水除幕式を行います!では陛下、お願いいたします!」
変わった儀式だと思いつつ、ジョンは鋏でリボンを切った。同時に職人が綱を引いてさっと布を落す。人々はどよめいた。
「おおっ!!」
王は目を見張った。それは巨大な群像彫刻を配した噴水だった。22人の若い騎士と1人の王子が剣を振るう。背後の竜神が開ける口から水が流れ落ちる。
「これは…」
5年前に失った護衛騎士たちだ。
「噴水の名は“ジョン・シャルル王と22騎士の泉”です」
生前の姿を写し取ったような騎士たちの姿に、ジョンは涙を堪えた。遺族たちも泣いている。本当ならこの後スピーチをしなくてはならない。だが頭が真っ白になってしまった。ルナがそっと囁いた。
「仲間の名前、言える?」
彼は頷いた。己を守るため命を捧げた騎士の名を1人1人言う。ルナが魔法で音を大きくしてくれた。人々は静まり、遺族たちは亡くした息子や夫の名が呼ばれると跪いた。
「ノルド・ネッガー」
最後に将軍一家が膝を突いた。幼いアーノルドも黙とうを捧げている。王は思い出した。今日は彼らの命日だった。優しい巫女は忘れていなかったのだ。
♡
ルナのするべきことは終わった。彼女は友に暇を告げた。
「帰るわ。元気でね」
ジョンと宰相はびっくりしていた。祝いを届けに来ただけだ。ノルドや噴水の件で2か月近くも居候した。もう十分だ。転移魔法で地下大神殿に戻ったルナは、またしても寝てしまった。
(ジョンがいつまでも笑っていますように)
そう祈り、黒竜は長い眠りに入った。ルナは夢を見た。青いドレスを着てジョンと踊っている。あの美しい瞳が微笑む。最高に楽しい夢だった。
◇
ルナが去った翌年、ジョンは有力貴族の娘を娶った。だが国境での紛争で城を留守にしている間に王妃は若い男と駆け落ちをした。建国以来、最大の王室スキャンダルと言われた。
王妃の実家は爵位の返上を申し出たが、王は許さなかった。貴族間のバランスが崩れればまた内戦になる。多くの貴族が王妃を出そうと企て、またそれを阻もうと暗躍する。何年も王妃候補の名が浮かんでは消えた。
「ジョン独身王」
人々は密かにそう呼んでいるらしい。つくづく結婚に縁のない人生だった。
♡
10年ぶりにルナが目覚める。目の前には無機質な宝の山。素敵な夢の方が良かった。竜は欠伸をひとつして、魔法の鏡を開いた。王都が映る。
前回行った時に、鏡で見られるように魔法陣を描いてきたのだ。ルナの作った泉もまだ綺麗だった。
(ジョンは元気かな?)
画面を城に切り替える。城内はどこか重苦しい雰囲気だ。華やかな飾りが無い。人々は暗い色の服を着ている。どの部屋を覗いてもジョンがいない。まさか。
ルナは地下神殿を飛び出した。
♡
人間化して王都に転移したルナは、鐘の音に驚いた。時間を知らせる尖塔の鐘がずっと鳴り響いている。
「この鐘は何?」
手近にいた露天商に訊く。男は呆れたように言った。
「どんだけ田舎から来たんだい。王妃様が亡くなったのさ。今日はその葬式だ」
◇
1年前にやっと新しい王妃が立った。すぐに懐妊もして王子が生まれた。だが産後の肥立ちが悪く、あっという間に死んだ。ジョンは男やもめになった。
王都の鐘が鳴り響く中、王家の墓地に妻を埋葬して葬儀は終わった。ジョンは城に戻りながら思った。寂しい。己にはこの悲しみを共有できる家族がいない。生まれたばかりの息子しかいない。
「陛下。お会いしたいという方が」
執務室でぼんやりとしていると侍従が来客を告げた。
「追い返せ」
誰とも会いたくない。だが侍従は無言でドアを開けた。
ノルドはネッガー将軍家の養子になった。名を“アーノルド”に変えたらしい。ルナは本気で彼を引き取るつもりだったので少し残念だ。
(他にも転生して苦労してる人いるかな?)
気になったので残り21名の魂を探した。転生済の者はいなかった。皆、まだまだ幽界や天界でのんびりと魂を休めている。ノルドはやはり親子の因縁が深かったのだろう。彼を父母と再会させられて良かった。
そんな一件があったので、考えていた噴水の方向性を変えた。ルナは“絵画”の魔法で描いたデザイン案を彫刻職人に渡した。あまりにも壮大で何年もかかると親方が渋る。だからルナも手伝うことにした。魔法を使えばあっという間に彫れる。噴水は1カ月で出来上がった。
◇
今日はルナに任せていた噴水の除幕式だ。ジョンは全く関与しなかった。初めて見る。
「期待してて。親方も絶賛してたから」
彼女は自信満々だ。魔法で大まかに彫り、細かなところを職人に任せたらしい。ルナの頼みで亡くなった護衛騎士の遺族らも招いた。
「ジョン、これでリボンを切ってね」
鋏を渡され、大きな布で覆われた噴水の前に立つ。布の天辺に繋がる紅白のリボンの端を持つと司会のルナが式の開始を宣言する。
「只今より噴水除幕式を行います!では陛下、お願いいたします!」
変わった儀式だと思いつつ、ジョンは鋏でリボンを切った。同時に職人が綱を引いてさっと布を落す。人々はどよめいた。
「おおっ!!」
王は目を見張った。それは巨大な群像彫刻を配した噴水だった。22人の若い騎士と1人の王子が剣を振るう。背後の竜神が開ける口から水が流れ落ちる。
「これは…」
5年前に失った護衛騎士たちだ。
「噴水の名は“ジョン・シャルル王と22騎士の泉”です」
生前の姿を写し取ったような騎士たちの姿に、ジョンは涙を堪えた。遺族たちも泣いている。本当ならこの後スピーチをしなくてはならない。だが頭が真っ白になってしまった。ルナがそっと囁いた。
「仲間の名前、言える?」
彼は頷いた。己を守るため命を捧げた騎士の名を1人1人言う。ルナが魔法で音を大きくしてくれた。人々は静まり、遺族たちは亡くした息子や夫の名が呼ばれると跪いた。
「ノルド・ネッガー」
最後に将軍一家が膝を突いた。幼いアーノルドも黙とうを捧げている。王は思い出した。今日は彼らの命日だった。優しい巫女は忘れていなかったのだ。
♡
ルナのするべきことは終わった。彼女は友に暇を告げた。
「帰るわ。元気でね」
ジョンと宰相はびっくりしていた。祝いを届けに来ただけだ。ノルドや噴水の件で2か月近くも居候した。もう十分だ。転移魔法で地下大神殿に戻ったルナは、またしても寝てしまった。
(ジョンがいつまでも笑っていますように)
そう祈り、黒竜は長い眠りに入った。ルナは夢を見た。青いドレスを着てジョンと踊っている。あの美しい瞳が微笑む。最高に楽しい夢だった。
◇
ルナが去った翌年、ジョンは有力貴族の娘を娶った。だが国境での紛争で城を留守にしている間に王妃は若い男と駆け落ちをした。建国以来、最大の王室スキャンダルと言われた。
王妃の実家は爵位の返上を申し出たが、王は許さなかった。貴族間のバランスが崩れればまた内戦になる。多くの貴族が王妃を出そうと企て、またそれを阻もうと暗躍する。何年も王妃候補の名が浮かんでは消えた。
「ジョン独身王」
人々は密かにそう呼んでいるらしい。つくづく結婚に縁のない人生だった。
♡
10年ぶりにルナが目覚める。目の前には無機質な宝の山。素敵な夢の方が良かった。竜は欠伸をひとつして、魔法の鏡を開いた。王都が映る。
前回行った時に、鏡で見られるように魔法陣を描いてきたのだ。ルナの作った泉もまだ綺麗だった。
(ジョンは元気かな?)
画面を城に切り替える。城内はどこか重苦しい雰囲気だ。華やかな飾りが無い。人々は暗い色の服を着ている。どの部屋を覗いてもジョンがいない。まさか。
ルナは地下神殿を飛び出した。
♡
人間化して王都に転移したルナは、鐘の音に驚いた。時間を知らせる尖塔の鐘がずっと鳴り響いている。
「この鐘は何?」
手近にいた露天商に訊く。男は呆れたように言った。
「どんだけ田舎から来たんだい。王妃様が亡くなったのさ。今日はその葬式だ」
◇
1年前にやっと新しい王妃が立った。すぐに懐妊もして王子が生まれた。だが産後の肥立ちが悪く、あっという間に死んだ。ジョンは男やもめになった。
王都の鐘が鳴り響く中、王家の墓地に妻を埋葬して葬儀は終わった。ジョンは城に戻りながら思った。寂しい。己にはこの悲しみを共有できる家族がいない。生まれたばかりの息子しかいない。
「陛下。お会いしたいという方が」
執務室でぼんやりとしていると侍従が来客を告げた。
「追い返せ」
誰とも会いたくない。だが侍従は無言でドアを開けた。
31
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。

完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!
音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。
愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。
「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。
ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。
「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」
従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

闇黒の悪役令嬢は溺愛される
葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。
今は二度目の人生だ。
十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。
記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。
前世の仲間と、冒険の日々を送ろう!
婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。
だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!?
悪役令嬢、溺愛物語。
☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
☆2025年3月4日、書籍発売予定です。どうぞよろしくお願いいたします。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる