竜神の巫女~前世人間、今ドラゴン(♀)。拾った王子をとことん庇護します~

二階堂吉乃

文字の大きさ
上 下
6 / 15

占う

しおりを挟む
            ♡


 即位式後もルナは城に居続けた。忙しそうなジョンには滅多に会えないが、たまにお茶や食事を共にする。その他の時間は1人で城内や城下をフラフラしていた。

 ある日、ルナは騎士の訓練を見物していた。若い連中を赤毛の上官が揉んでいる。その赤毛と顔立ちに見覚えがあった。亡くなったジョンの護衛騎士に似ていた。

 赤髪の中年騎士が振り向く。彼はルナを見て顔を顰めた。不機嫌な声で追っ払おうとする。

「陛下の寵姫か。女の来るところではない。去れ」

「失礼ね。ジョンは友達よ。あなた、ノルドのお父さん?」

 騎士は目を見開いた。当たりのようだ。

「なぜ…」

「私が彼を埋葬したの」

 屈強な騎士の体が揺れた。そしてルナを見つめ、一人息子の最期を教えて欲しいと乞うた。



            ♡



 ルナがジョンを見つけた時、護衛騎士たちは既に息絶えていた。ノルドの父親はどんなことでも良いから知りたいと言った。

「矢が沢山刺さっていたわ。彼が最後まで戦っていたみたい。ジョンが落ちた崖の側で倒れていたから。多分、胸を槍で突かれたのが致命傷だった」

 ネッガー将軍の執務室でルナは語った。固く目を閉じた将軍は微動だにせずに聞いている。

「あなたの息子は勇敢だったわ。だって背中には何の傷も無かったもの」

 決して敵に背を向けなかった。それが慰めになるのか。ルナには分からない。話し終えた巫女はそっと部屋を出ようとした。ふいに将軍が言った。

「…今の話を、私の妻にもしてくれないか?」

「奥さんに?」

「頼む」

 ルナはネッガー家を訪れることになった。



            ◇


 王は夕食にルナを誘おうとした。しかし巫女は留守だった。侍女によるとネッガー将軍の自宅に招かれたらしい。彼は慌てて馬車を用意させ、将軍邸に向かった。

(夫人にノルドの最期を聞かせるつもりか)

 先触れもせずに押し入るように門をくぐる。執事に案内される途中、女の金切り声が聞こえた。

「嘘よ!!あの子は死んでないっ!」

 遅かった。一人息子を失ったネッガー夫人の狂疾は有名だった。ジョンは何度か足を運んで説明したが、その度に怒り狂った夫人に追い返されたのだ。

「生きてるっ!あの子は生きてるの!」

 ドアの前で王は立ち尽くした。内乱で多くの貴族が死んだが、王族を非難するものはいない。夫人は唯一人、ジョンを断罪する人だった。会うのは辛い。意を決して彼は部屋に入った。

「うん。今は生まれ変わってるね」

 ソファに座ったルナがさらりと言う。向かいに座る夫人と将軍、背後のジョンは固まった。

「転生したノルド、見る?奥さん」

「ルナ?何を…」

 バカな事を言ってるんだ。言いかけて口をつぐむ。竜神の巫女に常識は通じない。彼女は執事に地図と鏡を用意するように頼んだ。夫妻はルナの異様なオーラに気圧されてる。

「竜神の巫女が問う。ノルド・ネッガーの魂は何処いずこか?」
 
 ルナが厳かに唱えると、テーブルに広げられた地図に赤い十字が浮かび上がった。王都だ。次に鏡に命じる。

「今のノルド・ネッガーを映せ」

 すると赤毛の少年がくっきりと映し出された。痩せて薄汚れているがノルドの面影がある。夫人は泣き出した。

「ノル!ああっ!ノルだわ!」

 母の手が愛おし気に鏡を撫でる。父親は青ざめている。いかさまだと思ったのか。地図も鏡も将軍邸のものだ。細工をする時間は無かった。

 ルナは鏡の上で人差し指と親指を閉じたり開いたりしている。その度に像が遠のいたり近づいたりする。

「王都っていっても広いしなぁ。どこ?ここ」

 どうやら場所を特定しようとしている。ジョンも鏡を覗いた。少年の背後にある窓から橋が少し見える。王都の西にある貧民街を流れるドブ川にかかる橋だ。

「西スラムの私娼窟だ」

「…詳しいね」

 冷ややかな声のルナに、ジョンは慌てて言い訳を並べる。

「貧民に紛れて逃げたこともあるんだ!本当だ!」

「あっ!」

 その時、鏡の中の少年が倒れた。夫人が叫んだ。音は聞こえないが大人が力任せに殴ったのだ。両腕で顔を守る少年に馬乗りになり、男は暴力を振るい続けた。

「止めて!ノル!ノル!」

 ルナがぱちりと指を鳴らした。すると男が消えた。少年は腫れた顔で周囲を見回している。巫女は将軍夫妻に訊いた。

「あんまり幸せそうじゃないね。どうする?」



            ◇



 王と将軍夫妻は平民に身をやつした。巫女は庶民の娘のようなブラウスにスカート、胴衣ボディス姿だ。4人で地味な馬車でスラム街へと向かう。

「ジョン、お仕事良いの?忙しいんでしょ?」

 街並みがどんどん怪しくなっていくが、ルナはまるで気にしていない。ジョンを気遣う余裕がある。

「君を1人でスラムに行かせるより良い。仕事は明日頑張る」

 護衛も密かについてきているはずだ。

「陛下。今からでも遅くありません。城にお戻りください」

 将軍が口を挟む。

「黙れ。そもそも将軍がルナを連れ帰ったせいではないか」

「こんなことになるとは思わなかったのです」

 生まれ変わったノルドを探すはめになるとは。男2人はため息をついた。ルナと夫人は仲が良くなっていた。

「私たち、どんな関係に見えるかな?」

「親子じゃないかしら。息子夫婦とその両親とか」
 
 夫人の見立ては妥当だ。ジョンは頷いた。

「ジョンが女衒で私が売られる娘。娼館の主人夫妻ってのは?」

「…」

 先ほどの失言が尾を引いている。王は唇を噛んだ。そうこうしているうちに馬車が目的地に着いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!

音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。 愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。 「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。 ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。 「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」 従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました

かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中! そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……? 可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです! そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!? イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!! 毎日17時と19時に更新します。 全12話完結+番外編 「小説家になろう」でも掲載しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。

闇黒の悪役令嬢は溺愛される

葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。 今は二度目の人生だ。 十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。 記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。 前世の仲間と、冒険の日々を送ろう! 婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。 だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!? 悪役令嬢、溺愛物語。 ☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。 ☆2025年3月4日、書籍発売予定です。どうぞよろしくお願いいたします。

処理中です...