2 / 15
弔う
しおりを挟む
◇
男が目を覚ますと、そこは質素な小屋だった。体中が痛い。生きているのが不思議だった。戦闘中に崖から落ちたことは覚えている。あれからどれぐらい経ったのだろう。
「起きた?気分はどう?」
急に横から女の声がして飛び上がるほど驚いた。しかし体は動かず、実際は首を向けることしかできない。
「痛い?痛み止め飲む?」
寝かされた男を黒髪の女が覗き込む。誰だ。問おうにも喉が枯れて声が出ない。女はそれに気づいて、陶器の吸い飲みを差し出した。渇きに耐えられず男は飲んだ。薬湯が入っていた。
「ここは…」
竜の神殿跡だと女は言った。逃げるうちに国の東端に来ていたらしい。他に仲間がいたはずだ。見なかったかと訊くと、生き残ったのは己1人だと告げられた。男は絶望し、目を閉じた。
◇
数分後、何とか目を開け女に礼を言った。黒い髪に黒い瞳の若い娘だ。
「助けてくれて、ありがとう。君は?」
「巫女よ。竜神に仕えてる」
神殿はとうに無いが、代々巫女が跡を守っているそうだ。彼女が崖下で男を見つけ、ここまで運んだとか。女の力では大変だったろう。しかし娘は
「大丈夫。竜神さまが運んだから」
と事も無げに言った。冗談かと思った。そして男に温かいスープを匙で食べさせてくれる。男の名も事情も訊かない。その優しさに涙が出そうになった。
♡
思った以上に男は傷ついていた。笑顔は当分見られそうにない。少しばかりの食事を取り、彼は眠った。ルナは小屋を離れた。戦場に瞬間移動する。
人間と馬の死体は大分カラスにやられていた。せめて埋葬してやろうと魔法で浄化と再生を施す。皆、若く体格の良い騎士だった。
(安らかにお眠りください…)
獣に掘り返されないよう深い穴を掘り、祈りながら一人一人埋めた。その上に切り出した岩を置いて墓石とした。遺体の特徴も覚えたので、後で名前が分かったら彫ろう。墓は全部で22基になった。ルナが起きている間は花を供えたりしよう。そうだ、彼も墓参りができたら喜ぶかも。歩けるようになったら連れてこよう。
お世話計画に“墓参り”を加え、ルナは小屋に戻った。
♡
男を“お世話”する生活が始まった。1日1回、傷の手当てをして包帯を巻き直す。3回、食事を食べさせる。数回、床擦れができないように体位を変える。排泄だけは男が頑として自分ですると言うので、トイレまで歩くのを介助した。
ルナは毎日が充実していた。何をしても男は律儀に礼を言う。素直に嬉しい。少しずつ少しずつ怪我も癒えていく。やりがいを感じる。竜となって100年。こんなに楽しい日々は初めてだった。
しかし1ヵ月も経たないうちに、男は介助なしに動けるようになってしまった。包帯は取れ、今は落ちた筋肉を取り戻すために森を歩いたりして体を動かしている。ルナの仕事は食事を用意し、部屋を整えるぐらいだ。彼の回復は喜ばしいが少し寂しさも感じる。
(子が巣立つ時の親の気持ちって、こんな感じ?)
別れの時も近い。ルナは男と墓参りに行くことにした。
◇
「お墓参りに行こう」
突然、巫女が提案してきた。男は驚いた。
「墓?誰の?」
「あなたの仲間の。もう歩いて行けそうだから」
ますます驚いた。仲間の墓があったとは知らなかった。この神殿跡に他の人間はいない。まさか彼女が1人で建てたのだろうか。訊くと「そうだよ」と言う。男は信じられなかったが、2人でその墓に向かった。
◇
小屋から歩いて半日ほどの所に墓はあった。そこは男が落ちた崖の上の開けた場所だ。戦の跡は既に無い。下草の中に22の墓石があった。
「右から背の順に埋めたの。名前教えてくれれば、彫るから」
巫女は故人の特徴を言った。一番身体が大きな騎士。髪は赤毛だった。
「名は…」
震える声で男はその騎士の名を言った。巫女が手を振るとそれが墓石に刻まれた。魔法のようだった。
『ノルド・ネッガー 王国騎士 ここに眠る』
なぜ騎士だと分かったのか訊くと、皆立派な鎧を着けていたと言われる。王国の旗も落ちていたとも。巫女は次々と墓石に騎士たちの名を入れた。男は彼女が魔法を使うところを初めて見た。
「君は魔法使いだったのか?」
「竜神さまの力よ」
しかしその竜神を一度も見たことが無い。巫女のふりをした魔女なのか。全ての作業を終えると、彼女は道々摘んできた花を供えた。そして祈る。
(何でも良いか。こんなに…)
優しいのだから。男も跪いて祈った。己を守る為に散った護衛騎士たちの冥福を。
◇
男は王国の王子だった。三番目の気楽な立場だった。長兄と次兄の王位争いに巻き込まれるまでは。
ある日、長兄が毒殺された。その罪を次兄は第3王子に擦り付けた。いきなり謀反人にされた彼は逃げた。主の無実を信じてくれた護衛騎士は22名。皆死んでしまった。己はこれからどうすべきなのか。次兄が王位を継ぎ、第3王子を血眼で探しているだろう。
(このままここで静かに暮らす?)
王子は隣で祈る娘を見た。とても魅力的な未来だ。だが。いつかきっと見つけられる。この美しい娘も殺される。
「じゃあ帰ろうか」
巫女は立ち上がり、王子に手を差し伸べた。本当はもうとっくに傷は癒えている。その温かい手を離し難くて、ズルズルと居続けているのだ。
男が目を覚ますと、そこは質素な小屋だった。体中が痛い。生きているのが不思議だった。戦闘中に崖から落ちたことは覚えている。あれからどれぐらい経ったのだろう。
「起きた?気分はどう?」
急に横から女の声がして飛び上がるほど驚いた。しかし体は動かず、実際は首を向けることしかできない。
「痛い?痛み止め飲む?」
寝かされた男を黒髪の女が覗き込む。誰だ。問おうにも喉が枯れて声が出ない。女はそれに気づいて、陶器の吸い飲みを差し出した。渇きに耐えられず男は飲んだ。薬湯が入っていた。
「ここは…」
竜の神殿跡だと女は言った。逃げるうちに国の東端に来ていたらしい。他に仲間がいたはずだ。見なかったかと訊くと、生き残ったのは己1人だと告げられた。男は絶望し、目を閉じた。
◇
数分後、何とか目を開け女に礼を言った。黒い髪に黒い瞳の若い娘だ。
「助けてくれて、ありがとう。君は?」
「巫女よ。竜神に仕えてる」
神殿はとうに無いが、代々巫女が跡を守っているそうだ。彼女が崖下で男を見つけ、ここまで運んだとか。女の力では大変だったろう。しかし娘は
「大丈夫。竜神さまが運んだから」
と事も無げに言った。冗談かと思った。そして男に温かいスープを匙で食べさせてくれる。男の名も事情も訊かない。その優しさに涙が出そうになった。
♡
思った以上に男は傷ついていた。笑顔は当分見られそうにない。少しばかりの食事を取り、彼は眠った。ルナは小屋を離れた。戦場に瞬間移動する。
人間と馬の死体は大分カラスにやられていた。せめて埋葬してやろうと魔法で浄化と再生を施す。皆、若く体格の良い騎士だった。
(安らかにお眠りください…)
獣に掘り返されないよう深い穴を掘り、祈りながら一人一人埋めた。その上に切り出した岩を置いて墓石とした。遺体の特徴も覚えたので、後で名前が分かったら彫ろう。墓は全部で22基になった。ルナが起きている間は花を供えたりしよう。そうだ、彼も墓参りができたら喜ぶかも。歩けるようになったら連れてこよう。
お世話計画に“墓参り”を加え、ルナは小屋に戻った。
♡
男を“お世話”する生活が始まった。1日1回、傷の手当てをして包帯を巻き直す。3回、食事を食べさせる。数回、床擦れができないように体位を変える。排泄だけは男が頑として自分ですると言うので、トイレまで歩くのを介助した。
ルナは毎日が充実していた。何をしても男は律儀に礼を言う。素直に嬉しい。少しずつ少しずつ怪我も癒えていく。やりがいを感じる。竜となって100年。こんなに楽しい日々は初めてだった。
しかし1ヵ月も経たないうちに、男は介助なしに動けるようになってしまった。包帯は取れ、今は落ちた筋肉を取り戻すために森を歩いたりして体を動かしている。ルナの仕事は食事を用意し、部屋を整えるぐらいだ。彼の回復は喜ばしいが少し寂しさも感じる。
(子が巣立つ時の親の気持ちって、こんな感じ?)
別れの時も近い。ルナは男と墓参りに行くことにした。
◇
「お墓参りに行こう」
突然、巫女が提案してきた。男は驚いた。
「墓?誰の?」
「あなたの仲間の。もう歩いて行けそうだから」
ますます驚いた。仲間の墓があったとは知らなかった。この神殿跡に他の人間はいない。まさか彼女が1人で建てたのだろうか。訊くと「そうだよ」と言う。男は信じられなかったが、2人でその墓に向かった。
◇
小屋から歩いて半日ほどの所に墓はあった。そこは男が落ちた崖の上の開けた場所だ。戦の跡は既に無い。下草の中に22の墓石があった。
「右から背の順に埋めたの。名前教えてくれれば、彫るから」
巫女は故人の特徴を言った。一番身体が大きな騎士。髪は赤毛だった。
「名は…」
震える声で男はその騎士の名を言った。巫女が手を振るとそれが墓石に刻まれた。魔法のようだった。
『ノルド・ネッガー 王国騎士 ここに眠る』
なぜ騎士だと分かったのか訊くと、皆立派な鎧を着けていたと言われる。王国の旗も落ちていたとも。巫女は次々と墓石に騎士たちの名を入れた。男は彼女が魔法を使うところを初めて見た。
「君は魔法使いだったのか?」
「竜神さまの力よ」
しかしその竜神を一度も見たことが無い。巫女のふりをした魔女なのか。全ての作業を終えると、彼女は道々摘んできた花を供えた。そして祈る。
(何でも良いか。こんなに…)
優しいのだから。男も跪いて祈った。己を守る為に散った護衛騎士たちの冥福を。
◇
男は王国の王子だった。三番目の気楽な立場だった。長兄と次兄の王位争いに巻き込まれるまでは。
ある日、長兄が毒殺された。その罪を次兄は第3王子に擦り付けた。いきなり謀反人にされた彼は逃げた。主の無実を信じてくれた護衛騎士は22名。皆死んでしまった。己はこれからどうすべきなのか。次兄が王位を継ぎ、第3王子を血眼で探しているだろう。
(このままここで静かに暮らす?)
王子は隣で祈る娘を見た。とても魅力的な未来だ。だが。いつかきっと見つけられる。この美しい娘も殺される。
「じゃあ帰ろうか」
巫女は立ち上がり、王子に手を差し伸べた。本当はもうとっくに傷は癒えている。その温かい手を離し難くて、ズルズルと居続けているのだ。
11
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~
二階堂吉乃
恋愛
同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。
1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。
一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

完結 愛のない結婚ですが、何も問題ありません旦那様!
音爽(ネソウ)
恋愛
「私と契約しないか」そう言われた幼い貧乏令嬢14歳は頷く他なかった。
愛人を秘匿してきた公爵は世間を欺くための結婚だと言う、白い結婚を望むのならばそれも由と言われた。
「優遇された契約婚になにを躊躇うことがあるでしょう」令嬢は快く承諾したのである。
ところがいざ結婚してみると令嬢は勤勉で朗らかに笑い、たちまち屋敷の者たちを魅了してしまう。
「奥様はとても素晴らしい、誰彼隔てなく優しくして下さる」
従者たちの噂を耳にした公爵は奥方に興味を持ち始め……
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
前世で辛い思いをしたので、神様が謝罪に来ました
初昔 茶ノ介
ファンタジー
日本でブラック企業に勤めるOL、咲は苦難の人生だった。
幼少の頃からの親のDV、クラスメイトからのイジメ、会社でも上司からのパワハラにセクハラ、同僚からのイジメなど、とうとう心に限界が迫っていた。
そしていつものように残業終わりの大雨の夜。
アパートへの帰り道、落雷に撃たれ死んでしまった。
自身の人生にいいことなどなかったと思っていると、目の前に神と名乗る男が現れて……。
辛い人生を送ったOLの2度目の人生、幸せへまっしぐら!
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
のんびり書いていきますので、よかったら楽しんでください。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。

闇黒の悪役令嬢は溺愛される
葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。
今は二度目の人生だ。
十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。
記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。
前世の仲間と、冒険の日々を送ろう!
婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。
だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!?
悪役令嬢、溺愛物語。
☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
☆2025年3月4日、書籍発売予定です。どうぞよろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる